育成牧場からこんにちは。
バーネットキッドです。
北海道も雪が解け、ようやっと巡って来たハルウララかな日々。
『おう、ツラ貸せや、キッド!!』
『ああん? 何ガンくれとンじゃダボが!!』
穏やかなる育成牧場の日常風景。
血の気の多い、当歳馬同士の、餌場の取り合いにも慣れてきた今日このごろです。
『……チっ、覚えてやがれ!』
『おととい来いやクサレ駄馬が!
……さて、飯だ飯。飯にしよー』
もっしゃもっしゃと俺が飼い葉を食らいはじめると。
周囲の馬たちも安心したように、モリモリと食べていきます。
いえね……最初はどーでも良かったんですよ。
チンピラじみた畜生の勢力争いなんてモン、興味なんて無かったんです。
むしろ、お肉になりかけた俺を買って、馬主になってくれたあの生徒君に恩を返すべく、真面目に調教という名のトレーニングを受けたかったんです。
でも、ある日、牧場に乱入して人の飯にちょっかい出しくさった鹿野郎を、追いまわして牧場から叩き出したら、人間も馬も含めて周囲の見る目が変わっちまいまして。
それから、群れを追い出された気の弱い馬たちが、何故か俺を慕って周囲に集まってくるようになり、気が付いたら、いくつかある同じ歳のグループのボスに祭り上げられていました。
……解せぬ……
と……
「キッド」
呼びかける声のほうに、複数の人影。
その中の一人は……おお、生徒君……じゃなかった、馬主様!
時折、三か月に一度くらいのペースで、俺に会いに来てくれるのですが。
……確か、本土の学校に進学した、とか言ってなかったかなぁ……?
「立派になったなぁ……お前、見違えるほど大きくなった」
おう、育ったぞ。
で、作家先生や、新作書けたのか?
「あと一か月だ。6月20日、福島で新馬戦だぞ、キッド」
お♪
ついに俺がデビュー……しかも福島か。
これは天国のターボ爺さんに恥じぬよう走らねば……ってことは?
馬主様と一緒に居る、もう一人の生徒の父親であるテキは知ってるし、助手の人が俺の背中で調教してくれてたけど。
この初めて見る、少しテキに似た小柄な人は……ひょっとして。
「はじめまして、石河大介です。弟の賢介がお世話になりました」
「いえ、こちらこそ、無理を言って……キッドがお世話になります」
ああ、あの生徒君のお兄さんが、俺のジョッキーになるのか……
「この子ですか……2歳の新馬にしては、大きいですね」
「ええ、バーネットキッド……キッドと呼んでやってください」
「大介、責任重大だぞ。これで負けたら、賢介の奴にどやされるからな」
「わかってるよ親父……いい加減後が無いんだろ、ウチも」
「仕事中はテキと呼ばんか、バカ者」
あ……親子って事は、厩舎所属なのかな?
「先生、それで調教は、今、どういった塩梅で?」
「あー……それなんですがね……ぶっちゃけて言います。
この子、先頭を走らないとやる気をなくす……典型的な逃げ馬ですね。
無論、ご存じの通り頭はいいので、調教で色々学んではいるハズなんですが……とにかく頑固でね」
まあ、他の馬たちの群れに混ざって走るって、性に合わないし。
……なにより……
「あー……それ、もしかして……」
お? 生徒君……もとい馬主様?
「心当たりが?」
「こいつ、綺麗好きなんですよ。
もちろん、砂浴びとか馬場で寝転がったりはするんですけど、水浴びしてブラッシングで乾かしてもらうのが一番好きなんです。
で、中段以降につけるって事は、文字通り他馬の『後塵を拝する』事になるわけじゃないですか?」
よく分かってらっしゃる。
他馬のケツにつけるって、そーいう事なのである。
「ええぇ、まさか? 冗談のように神経太い馬だと思ってましたけど」
「まあ、大きい音とかには神経は太いですけど……ほら、ボロを垂れるときとか、端っこや決まった場所に垂れたりするでしょ?」
「うーん……ブリンカー付けてみましょうか?」
「やってみる価値はあると思いますが……やたら頭いいコイツの事だから、騙しきれない気もします」
よー解っておる、馬主様。
「その場合は、逃げか先行で勝負するしかないですね……」
「では、そのようにお願いします」
「!? いいんですか? 先行は兎も角、逃げ馬は……」
「かまいません。何だったら、大逃げ打ったってかまいませんよ。
でも……この子、多分勝つと思います」
おう、やったるぜ馬主様。
と……
「っ……はは、ありがとうございます。
一度、乗ってみたかったんですよ……『大逃げ馬』って奴に」
「おい、大介! 何を勝手に」
「オヤジ……いや、テキ。やろうぜ?
ツインターボみたいに大逃げキメて、場内全部、沸せてやろうじゃないか?
俺も騎手としてこのままじゃ先が見えねぇ……ここらでひと華ぶちあげてやろうぜ?」
「お、おい、バカ! ……あー……その、コイツ、腕は確かなんですけど……」
「ええ、賢介君から聞いてますよ。『厩舎の事も』。
だからこそ……この仔を預けるんです」
にっこりと笑う馬主様。
なんか、かなり無理して馬主になってくれた事といい、割とピンチ気味な厩舎に預けてくれた事といい、その根拠と自信は、何処から出てくるんだろう?
っていうか……
「頑張ってくれよ、キッド。お前なら、出来るだろう?」
ひょっとして、俺の中身の事……わかってません?