今にも雨が降りそうな、曇天の空のもとに。
一人の栗毛のウマ娘が虚ろな目で、杖を携えて公園のベンチに座っていた。
『残念ですが……』
『右足は、もう……』
『切除しか……』
辛うじて、生き永らえはした。
だが、それがウマ娘にとって、何の救いになるだろう。
義足のついた右足。
かつて、ターフを駆けたソレは靴ベラのような代物に成り代わり、杖が手放せない体となった。
着順だけ見れば、彼女はとびぬけた結果を出したワケではない。
強いていうなら、自らが組み立てた理論を証明するために、通常より多くレースを走り続けた。
彼女の創り出した『レース後の疲労回復に効く薬』は、なるほど、確かにその効果を証明し、理系ウマ娘の彼女の体を、本来の限界を超えて走らせ続けた。
そして皐月賞の舞台で……限界を超えた代償を払う事になった。
「あっ……あ……」
三女神の祝福……などと言われた、自身のウマ娘としての象徴が、今はただひたすらに呪わしかった。
いっそ、この耳も切り落としてしまいたい。
いっそ、この尻尾も切り落としてしまいたい。
いっそ、残った左足も……腕も……命も……
「なあ、オバサン」
「……?」
気が付くと。
少年……否、芦毛のウマ娘の少女が一人、立っていた。
「あんたさ、皐月賞出た、つえーウマ娘だったんだろ?
ターフの走り方、教えてくれよ」
「……帰れ」
「東大出て、頭いいんだって? 教えるのも上手いんだろ?」
「……帰れ」
「頼むよ、俺、やり方詳しく知らねーんだ」
意に介さない少女の態度に、彼女は呪いを口にした。
「小娘。教えておいてやる……走れないウマ娘はな……すべてを呪って生きる事になるんだ。
私はお前が羨ましい、ターフに居る連中が妬ましい、だから……『私が何かしでかす』前に……失せろ」
腹の中に溜め込んだ呪いをぶつけられた少女は、それでも意に介さず。
「……だったらさ、俺が代わりに走ってやるんでどうだ?
あんたが取れなかった皐月賞、俺が盗ってきてやるよ」
「……何故だ?」
「あ?」
目立った戦績を残したワケではない。
名家の出で期待されていたわけでもない。
だというのに……
「お前、私の戦績を知ってて言っているのか? 私はそんなに強くは……」
「11戦中、2勝。2着が4回、3着が1回。
ただし……『8か月で11レース』……場合によっては二週間に一度。
昔なら兎も角、今どき短期でレースやって、こんな成績残してるウマ娘が、よえーワケねーだろ?」
「!?」
「東大出の秀才、って奴だったんだろ、あんた。
だったらソレは、根性や素質じゃねー、もっとなんかがあんだろ?
だから頼むよ……ソレ、教えてくれよ、マキノせんせー」
自分の走った結果を、見ててくれる者が、居た。
家族でも、知人でもなく、ただ……結果だけを。
その真実が……彼女を、呪いから救った。
「……っ……は、ははっははは、ははははは!
せ、先生、か! この、この私が……あは、あは、あははははは!!」
「な、なんだよ……気味悪ぃな」
呪いから解き放たれた彼女……マキノは、笑った。笑いながら……泣いた。
「いいだろう、お前、名前は?」
「……キッド。バーネットキッドだ」
「よし、教えてやる……が、まずは学業と基礎訓練からだ。
……秘伝を教えるには、お前の体がまだ出来てないからな」
こうして。
幼き怪盗は、研究者の弟子となった。
オリジナルウマ娘:マキノ
モデルは、マキノプリテンダーです。
この馬も東大農学部出身で、研究目的で特別な飼料を与えられ育ちました。
その特別飼料は「アミノエクリプス」(味の素)という名となり、いま多くの馬が食べています。速い疲労回復の効果が認められているそうです。
なお、その研究結果は、後にセイウンスカイを生み出した牧場と協力体制を築き、最終的にセイウンスカイが世に出る事になります。
調べてみると、セレクトセールって1999年から2006年まで、1歳のセリとかやってないんですってね……まあ、パラレルワールドということで、ひとつ。