俺の名前は、バーネットキッド。
かの名高き『怪物』オグリキャップの孫だ。
馬場中の
とーころがこれが……
「さあ、第四コーナーにバーネットキッドただ一頭だけが入ってきた! 他の馬はまだ来ない! ここで後続ツルマルオトメ! エイシンサンバレーがスパート! しかし届かない! 詰められない! この長い長い新潟の直線で、バーネットキッド全く足色が衰えない!」
捕まらないんだなぁ~♪
「ゴール!! 1分21秒0!! レコードタイム更新!
パドックの道化師が、その本性を魅せた!
怪物にして逃亡者! まさに『怪盗』の大逃亡劇!
騎手、石河ガッツポーズ! 高々と右手を挙げたー!」
ま、自分で言うのもなんだけど、狙った勝利は必ず奪う天下無敵の大逃げ馬。
それがこの俺、バーネットキッドだ。
調教師インタビュー
「石河調教師、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「新馬戦から二連勝。
まさか、まさかの大逃亡劇でしたが、これは完全に狙っておられたんですか?」
「ええ。
確かに、新潟は逃げ馬が不利なコースです。
でも、そこを覆せる実力は、新馬戦で見せてもらっていたので『あ、これはイケるな』と……むしろ新馬戦の1200では短かったと思っていたくらいで。
で、案の定、ほぼノーマークで行きたいだけ好きに行かせてもらえたので、もうこちらも、やりたい放題で逃げ切る事ができました」
「本当に、この新潟で逃げ馬が勝つなんて、誰も想像していなかっただけに、よりインパクトのある勝ち方で……しかも、ツインターボと、オグリキャップの孫という」
「はは、そうですね、最初、血統表を見た時に私もビックリしました」
「レースの方は、今、ツインターボの片鱗を見せて頂きましたけど。
何か、普段、その両方の父……失礼、祖父に似たようなところはあるのですか?」
「普通の馬の倍近い量を食べてますね。そこはオグリキャップに似たんでしょうか。
ただ、二頭共に全く似てないところもありまして」
「というと?」
「プール大好きで、ほぼ毎日泳いでるんですよ。
オグリキャップってプールが大嫌いだったそうなので、そこは真逆かなと……」
「なるほど……失礼ですが、神話に出てくるケルピーみたいですね」
「ははははは、そんな洒落たモノじゃなくて、みんなに『河童馬』って言われてますよ。冗談でキュウリあげたらぼりぼり旨そうに食べてました」
「ぷふっ……カッパですか!?」
「競馬に絶対はないですが、もし『競泳2000メートル』なんてG1レースがあったら、確実に一着取って来るでしょうね」
「そんなレースこそ絶対に無いと思いますが……あ、申し訳ありません、興味は尽きませんが、お時間です。
本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
口取りの撮影を終えた後。
俺は、興奮を隠しきれなかった。
「いやぁ……ビックリしました……ありがとうございます、石河先生」
新馬戦に続いて二連勝。しかもレコード更新連発だ。
走ってくれるとは思っていたが、これほどとは……
「こちらこそ。これで年末の朝日杯は十分に狙えますね」
「そうですね。それに何より……この賞金で、キッドの弟を、余裕を持って落札して預託できます」
「ああ……全弟だっておっしゃっていましたけど」
「そうですね、ただキッドが特殊だって思ってください。以前も電話で話しましたが、外面以外は割と普通の馬です。
……お手入れは大変だと思いますけど」
「普通、ですか? 失礼ですが、どんな馬なんですか?」
「ああ、冬毛ですが、撮影してきました。……まあ、落札できれば、なんですけど」
そう言って、写真を見せると……
「え、確かに芦毛ですけど……確か、キッドの父親ってノーザンキャップでしたよね?
これ、どう見ても……ビワハヤヒデの産駒じゃないんですか?」
そこに写っていたのは……雪原の放牧場に佇む、サラブレッド種かどうかも微妙な、白黒の熊みたいな、超もっさもさの冬毛で覆われた芦毛馬だった。
「冬毛の写真なんで、夏場はもう少しスッキリしてるハズなんですけど、春先の換毛期は凄い事になったって、後輩たちが言ってました」
「そりゃそうでしょう……ハヤヒデじゃないですが、一瞬、熊の写真見せられたのかと思いました」
「ですよね……まあ、ハヤヒデと違って顔は普通みたいですけど」
そして……
「あとですね……こいつの妹も、無事に生まれたみたいなんですよ」
「妹? 牝馬ですか?」
「ええ。どっちかと言えば、こっちが本命なんです……トウカイテイオーの産駒。
この仔も面白い仔ですよ。どっちかといえば、こっちのほうが性格的にキッドに似てるそうです」
そういって、見せたもう一枚の写真には。
見事な尾花栗毛の馬体に、父親譲りの整った美貌を兼ね備えた仔馬が、芦毛の母馬と一緒に立っていた。
「こらまた美人な……しかしテイオーの仔ですか……」
「いや、正直俺も、先生に『何でサンデーサイレンス系の繁殖馬付けないんですか?』って聞いたら『暴れ馬が出来たら、洒落にも授業にもならないから、ああいった気性の荒い馬は怖くて種付け頼めない』んだそうで。
だから、サンデー系以外で気性がある程度大人しくて、かつ勝てる馬を作らんといかんから大変だ、って……テイオーも十分気が荒いと思うんですけど、それでも『ルドルフよりはマシだと思うし、アレは神経質なダケで賢いから意味なく暴れる馬じゃないだろう』って」
「あ、じゃあステイゴールドなんかは……」
「『絶対無理&言語道断』だそうです。
だからもう、試せるトコは冒険でも何でもして試すしかない、と……。
それに……最悪、産駒が買い取られず、肥育に行ってからお肉になるトコまでが授業の一環だったりもするので……」
「ああ……なるほど」
年間に約7000頭ほど生産される競走馬全てが、デビューできるワケではない。
華々しいG1レースの裏では、経済動物としての淘汰は現実としてあるのだ。
そして、その淘汰が起こらねばならないほど『数を生み出さねばアタリは出ない』のが競走馬の生産現場であり。
故に、殺せない生産者は生産者として成り立たず、それ含めての生産学科の実習なのである。
皮肉な話だが。
馬肉やコードバンなんかをしっかり消費してくれるほうが、生産者や馬主はより『ガチャ』を多く引けるという現実は、存在しているのだ。
ただ。
だからこそ俺は思ったのだ。
「まあ、だからこそ『競走馬として走れる馬が、見出されずにお肉になるのは間違ってる』と思って、キッドの馬主になるのを決めたんですよ」
その、俺の言葉に。
何故か、石河調教師は、絶句した。
「……そ、その……何故、走ると、思ったんですか?
言っては何ですが、血統的には走るとは思えないんですが」
「いや、まぁ……『見れば見るほど、他の馬より走ってくれそうだな』って」
……? 何か、変な事言っただろうか?
きょとん、と俺が首をかしげていると。
「……その、これから言うことは、馬主と調教師としてではなく。
友人の父として、言わせていただきたい」
「はぁ?」
改まって真剣な表情で。
石河調教師……否、石河の親父さんは、俺の肩をつかんで、語りはじめる。
「蜂屋君。
君がキッドを買ったと知った時。正直、私は賢介を通じて、止めさせるべきかと思った。
だって、時間と金をドブに捨てるような行為だ。それも千円二千円の話じゃない。
今、キッドは走ったからいいものの、それは完全に結果論だ。
どんな良血馬だって、走らないときは走らない。生産者筆頭に、馬にかかわる人間はそれを覚悟で血道を挙げている。確率論の確率を上げようと、必死になっている」
「はぁ、まあ、それは静舞に居たから、知ってますけど?」
「過去、馬と人間の出会いには、真偽も定かならないオカルトじみた伝説がある。『馬に競馬を教えてもらった』なんて騎手も居れば、その馬と目が合った瞬間、何かを感じて馬主になった結果、ダービーを取ったなんて話もある。
分かるかね?
君がバーネットキッドを見初めて、この世界に足を踏み入れたその動機と行動は、正に競馬のオカルトに類する領域の話なんだよ?」
そう詰め寄られても。
正直、俺にはピンと来なかった。
「……そう、ですか? 自分でも、良くわからないんですが。
だって……あんなにも『走りたそうな馬』アイツくらいしか見てないですよ」
「それだよ。
君の相馬眼は、オカルトの領域に踏み込んでいる。……稀に、そういう馬主さんが居たりするんだ。
無論、大抵は勘違いだったり、気のせいだったり……そして、『ホンモノだとしても期間限定』だったりするんだ。
だから、君は……もし、君が『馬を見て分からなくなったら』潔く馬主業から手を引いてほしい。
おじさんも、この仕事に就いてるからこそ『馬主という立場で見る夢から抜けられずに』破滅していった人間を、大勢知っている。
馬の事が分からない人間ほど、馬の見せる夢に容易く惑わされてしまうんだ。
これは、調教師と馬主としての話じゃなくて、息子の友人の父として……本当に、心に留めておいてほしい。
頼む……この通りだ」
調教師という商売の立場をかなぐり捨てて頭を下げる、石河の親父さんの真摯な願いと言葉に。
俺は一瞬、どう答えていいか分からず。
「……そう、ですよね……キッドは引き続きお願いしますけど。
そうか……見込みを間違えた時には、辞めたほうがいいですよね……」
「ああ。キッドがドコまで行けるか分からない。
正直……私が今まで預かって来た馬の中では、ピカ一と言っていい馬だという事は、わかってる。
だが……気軽に深入りしていい世界じゃない事だけは、心に留めておいてほしい」
「えっと……じゃあ、俺が馬を間違えるまで、分からなくなるまで、付き合ってください、お願いします。
そう石河……ああ、賢介君にも伝えてください」
「ああ。
それと……これは、調教師として、言わせていただきたい。
バーネットキッド号を預けて頂いたこと、本当に感謝している。
正直、私は調教師としては二流かもしれない。
だが、それでも若いころ、馬に見た夢は、覚えている。
忘れようもない……忘れられない。ああいう馬を走らせたい、と。
だからこの仕事を選んだ。
……そのおかげで女房と別れて、大介と賢介にも迷惑をかける事になってね……だから、黙って居られなかったんだ」
「そう、ですか……」
馬主と調教師として、ではなく。
真剣に、人生の先達として俺に向き合ってくれた事に、感謝しつつも。
ふと、俺は気になった事を聞いてみた。
「あ、ちなみに、その……石河調教師が、夢を見た馬って、どんな馬でした?」
「……バーネットキッドの父父だよ……」
ああ……それは。
夢を見て人生惑わされたって、しょうがないのかもなぁ……
「だからね……私は君を心配すると同時に。
本当に、深く感謝しているんだよ。蜂屋君」