それは、見る者が見れば、目を疑う光景だった。
「オグリキャップがプールで泳いでる」
少し、情報が古い者ならば、それだけで驚愕しただろう。
なにしろ、彼女のプール嫌いは有名だからである。
だが、一人のウマ娘が、そのサポートに入る事によって、オグリキャップは徐々にではあるが、プール嫌いを解消しつつあった。
必死にビート板にしがみつきながら、何度も顔を水につけて上げてを繰り返しながら、バタ足で進むオグリキャップ。
そして、そのオグリキャップのビート板を掴んでサポートしながら……見事な立ち泳ぎで、バーネットキッドが誘導していた。
そもそもの事の発端は、ただの偶然であった。
いつものようにバーネットキッドが、朝から周囲がドン引きするほどの勢いで近代四種から古式泳法まで全開で泳いで高飛び込みまでキメていたところに、たまたまオグリキャップが、業を煮やしたトレーナーの指示で、スペシャルウィークとトウカイテイオーに両脇をがっつり固められて、プールに連行されて来たのである。
で、更にたまたまその場に居合わせたエアグルーヴの提案で、泳ぎの達者なキッドが、オグリのプールのサポートをやる事になったのだ。
その後。
オグリキャップが25メートルプールを100メートル『も』泳いだと知った彼女のトレーナーに、泣いてすがって歯茎を剥いてプールでの継続的なサポートを頼まれたバーネットキッドは、時折こうしてオグリキャップのプールの訓練のサポートをしている……というか、ぶっちゃけキッドが居ないと、オグリはプールに入ろうともしない。
このあたり、プールでのフォローとその指導に関しては、絶大な信頼をオグリキャップは、バーネットキッドに置いていた。
「じゃ、今日はおしまいで……約束通り、先輩のトレーナーのおごりでラーメン食べに行きましょっか」
「うむ……私は行った事はないが、そのラーメンは旨いのか?」
「旨いかどうかは兎も角、癖になる味です」
そして
サポートの対価として『3時のおやつ』をおごってもらう事になったキッドは
躊躇なく、トレセン学園の近所に最近できたラーメン店を指名したのである…ベビースターラーメン感覚で。
「一般のお店だけどウマ娘向けのメニューもあるから『夕飯までのおやつ』としてなら満足できるんじゃないかな、と」
「なるほど、夕飯までの腹持ちを考えたら下手にスイーツに手を出すよりアリだな」
もうこのあたりで人間どころか一般ウマ娘にもついていけない領分の会話なのだが、当人たちは自分が基準なので割と自覚ゼロである。
そして……
「ここ、ここ」
学園の門から出てしばらく歩いた路地裏
そのラーメン店の看板に堂々と
『ラーメン二狼トレセン学園前店』
と描かれていた。
「……うむ、食欲がそそられる匂いだな」
「でしょ? 最近できたらしーです。
……地元の二狼には何度か行ったんですが『何故か』出禁くらっちゃって……」
「ん?チェーン店なのか?」
「のれん分けのシステムみたいで、本店は世田谷区だか港区だかのほーにあるらしいです」
どうもキッドは既に地元の店舗を食い潰し……もとい制覇しているらしい。
店内に入ると、3時という時間帯にしては意外な事に二人以外に三人も先客がいた。
奥では夕方の客のための仕込みが行われており、お昼のあわただしさからひと段落ついた空気が店内に漂っている。
そして……
『麺カタメ』『ニンニク入れますか』『ヤサイマシカラメマシで』
『麺オオメヤワメ』『ニンニク入れますか』『ニンニクマシヤサイマシマシ』
『麺スクナメカタメ』『ニンニク入れますか』『ヤサイマシアブラマシ』
「………な、なぁ……キッド……あの呪文は何だ?」
「ああ、
先客たちが唱えた意味不明な呪文に対ししれっと答えるキッド。
暫しオグリは懊悩し……
「……注文、お前に頼んでいいか?」
「メニューは一緒で?」
「ああ、かまわない」
「了解」
そう言うと、食券機で、『麺ウマ娘大盛り&肉ウマ娘大盛り』を二枚買って、カウンターに置き……
「二人とも『麺ウマ娘オオメカタメ』」
最初の
そして……
『ニンニク入れますか』
店員の問いに。
『ゼンブチョモランマ』
キッドが二度目の
「……はい、ありがとうございます」
一瞬石化した店員だがそこはプロ。何事もなかったかのようにラーメン作りの作業へと戻っていく。
「慣れてるな」
「同じのれんの地元の店には何度か行ったので。
最初に麺のサイズと硬さを答えて『ニンニク入れますか』の問いに、とりあえず『ゼンブチョモランマ』って答えれば大丈夫です。店によって、チョモランマが無ければマシマシって答えてください」
「なるほど……あのアブラとかカラメとかは?」
「初心者は無視してかまいません。どうせ使う事もほとんどありませんし」
「なるほど……あの先客たちは上級者なのか」
と……常人なら
やがて……
「はい、麺ウマ娘オオメカタメゼンブチョモランマ二つお待ち」
ウマ娘向け、ということを差し引いても
常人には食欲以前に狂気しか感じられないであろう、肉と野菜とにんにくとアブラでそそり立つタワーと化したラーメンが、カウンターにドゴンと二人分置かれた。
「いただきます」
そして……
「……麺が出てこないな」
「天地返し、ってコツがあって。こうやって……こう」
「ほう、なるほど。これは勉強になるな」
あっさりと平らげた二人に白目を剥いた現場ネコのような顔になる先客三人。
ちなみに、彼らの
そして……
「なあ、キッド……おかわりとか、ルールはあるのか?」
「一応、一杯食べきったら列に並びなおすのがルールですが店も空いてるし食券買ってもう一回注文すればいいでしょ」
「なるほど……」
そして、軽く同じものを二人とも、スナック菓子感覚で3杯ほど平らげた後……
「店によりますが、食べ終わったら、どんぶりはカウンターにあげて、テーブルは布巾で拭いて綺麗にするのがルールです」
「その辺は学園の食堂と変わらないな……うん良いオヤツだった、少し緊張感のある店だが、食堂の夕ご飯まで持ちそうだ」
「ええ、先輩のトレーナーのオゴリなので、ゴチになります。じゃ……」
『ご馳走様でしたー』
そういって去っていくウマ娘二人を。
茫然と、先客三人と店員は見送っていた。
数日後。
「なんや、オヤツにラーメンって……自分もケッタイやな」
「うむ、美味い店を後輩に教えてもらったんだ」
「まあ、最近はデザートに力入れとるラーメン屋もあるみたいやし、そっちなら付き合うたるわ」
そして、タマモクロスは
一応、ひば二郎には大昔、一時期通ってたんですが、コールの仕方は多分こんなんだったかな、と思い出しながら描いています。
間違ってたらごめんなさい。
追記)
少し修正しました。