「これ凄いなぁ……こんなことできるんだ、って。おじさん本当に感心しちゃったよ」
美浦トレセン内にある、インタビューなんかに使われる取材用の部屋の中。
備え付けられたモニターの中では、静舞農高の学園祭で、黒いボール紙やズボンで出来たタキシードに身を包んで鼻の下に付け髭をつけ、BGMに乗ってノリノリでヒゲダンスをキメているバカ二名……俺と賢介の黒歴史が流れていた。
無論、キッドの奴もノリノリで首を振りながら体でテンポを取っており『待て』を指示された湖南は、とりあえず指示された通りにキョトンとした顔で立っている。
そして、お座りだのお手だのちんちんだのを、指示通り曲に乗せて芸を見せるキッドと湖南の姿。
……あああああ、なかったことにしたい黒歴史が、よりにもよってな御方の前で……
「いや、本家!? あなた本家様じゃないですか!?」
「むしろ、園長が来られるって知らされてなくて、ビックリしましたよ!」
顔面蒼白でうろたえる、俺と賢介。
カメラが回ってなかったら、この場で土下座したいくらいである。
……学祭でやらかした悪行が、まさかこんな因果となって返ってくるとは、思いもよらなかった。
「っていうか、これ君たちが学校で調教したんでしょ?
競走馬の育成ってそういうこともやるの?」
志室園長の問いに、俺も賢介も全否定。
「違います違います! ほんと違うんです!」
「ほとんどキッドが勝手に覚えちゃったか、アドリブでやらかしてるダケですって!
キッドの奴が凄い特殊なんですって!」
「本当?」
「本当ですって!
っていうか、オヤ……あー、テキが許可したんですよね? なんで馬主の蜂屋まで話が行かなかったんですか?」
「ああ、調教師ともう一人の方から、ちょっと『必要なドッキリだから』って言われて、おじさん協力したの」
「もう一人……?」
「え、誰……?」
はて?
俺や賢介をこんな目に遭わせる必要があるような、恨みを買う人物に心当たりが無いのだが……
「今、隣の部屋で待機してるから……どうぞー」
園長の声に、隣の部屋の扉が開き……
「蜂屋、石河……二人とも久しぶりだな」
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』
キレ顔で現れた生産学科の教科担任である牧村先生が入ってきて、俺たちは思わずドン引きして逃げだした。
「せ、せ、先生!?」
「な、ななな、なんで美浦に!?」
「何って、キッドの取材で呼ばれたに決まってんじゃないか、この問題児共が。
お前らのせいで、学科の空気は緩んでバカやる生徒が増えるわ、馬に芸を仕込んでると誤解されるわ、今、散々な事になっててな。
あの学園祭の映像を去年の年末に放送されたのがトドメになって、その辺の苦情とか否定のために、わざわざ静舞から来たんだよ!」
その言葉に。
今度こそ、俺たちは二人揃ってその場で地面に膝と手をつき。
『色々と申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!!』
カメラの前で牧村先生と志室園長二人に土下座して、我が身の所業を、海より深く反省したのだった。
「そうですね……生まれた時から、色々な意味でヤンチャでしたね、キッド号は」
そんなオープニングで、牧村先生、俺、賢介の三人そろってのインタビューは続き。
「で、ようやっと飼い葉たべられるようになった頃かな……カレン……母馬が育児放棄しちゃって。
本来なら、乳母みたいな牝馬が充てられるんですけど、ウチの学校、牝馬はカレンしかいないので、人間が哺乳瓶でミルクとかあげて育ててたんです」
「そのころからだよね?
キッドにとって全然食事量が足りないって最初解ってなくて、飼い葉を標準量しかあげてないものだから、腹減らしたキッドが脱走して畑食い荒らしたり、畜産科の豚舎や牛舎の飼料とか食いに行っちゃったりしたの?」
「あん時冗談で、蹄耕法の研究してる先輩に、ヤギとか豚と混ぜて原生林の雑草たべさせに行ったんですけど、まあ食うわ食うわ。『お前本当に0歳のサラブレッドか』って感じでした」
そんなノリで、カメラを前に、いろいろと説明していくと、園長が感心したように。
「なんか聞けば聞くほど、オグリキャップみたいな感じだね」
「食欲とか内臓関係は隔世遺伝でもしたんじゃないですかね?
ただ、あんな可愛いもんじゃなくて、俺たち生徒が授業中なのを狙って脱走するものだから、先生も授業中で誰も止めようがないんですよ。
で、それを止めるために、俺が学校の大掃除の時にみつけた、子供の捨て犬拾って来て、キッドの見張り番をさせるように訓練したら、まあ効果絶大でピタッと止まったんですけど……ねぇ……」
「俺も、あんなことになるとは、想像もしてなかったよ……」
二人して遠い目になる。
「その犬って、さっき一緒に芸をしてた犬だよね?
名前、なんていうの?」
「湖南です。キッドの見張り番なので、本当に適当に」
「ぷっ……」
ああ、蒼山先生も、ごめんなさい。
「最初のうちは湖南が居ても脱走してたんですけど、脱走すると湖南が吠えて知らせてくれて、そのたびに授業中断して脱走を阻止しに生徒が集まってくるので、脱走しなくなったんですよ」
「で、湖南も本当に頭が良かったものだから……お前だよな? 確かお座りとかお手とか、湖南の調教のついでに教えてたの?」
「そうだよ、お座りとお手とちんちん教えて、それができるたびに湖南にドッグフードあげてたら、馬房からそれ見てたキッドが『芸をしたら餌がもらえるんだ』って学習しちゃって、ある日いきなりキッドがお座りとお手とちんちん始めちゃって……」
沈痛な顔で、頭を抱える賢介。
「え、本当なんですか、先生?」
「残念ながら本当なんですよ……それ以前から食欲や知能も凄かったので、これはもう二頭目を比較対象としてレポートを作るしかないと思って。同じ父母でキッドの全弟をつくったんです」
「あ、弟も落札させてもらいました。今年のセールで」
とりあえず、手を挙げて報告。
「あ、弟も競走馬になるんだ?」
「はい、昨日、名前の審査が通った連絡がありまして……『クアッドターボ』って名前になります。今、育成牧場で調教中で来年以降デビューを予定してますので、競馬場で見かけましたら応援よろしくお願いします」
「え、お兄ちゃんと比べて、どんな感じ?」
「えー、とりあえず兄貴がいろいろと規格外だったな、と……弟は競走馬としては光るものはあっても、兄貴みたいなUMAじゃなくて普通に馬ですね。
まだハミも鞍もついてないので、戦法も兄のような逃げになるかは、まだわかりません」
「あ、でも食事量はキッドの弟ってだけはあったぞ。お前らが卒業したあと、学校でもよく食べてた。キッドのデータがあったから、食事不足で脱走とかされずに済んだのは幸いだったな」
初耳な先生の説明。
弟も食べる方なのか……大変だな、石河厩舎。
……預託費用、値切るのはやめておこう……。
「あー……じゃあ内臓関係は、二頭とも完全にオグリキャップから継承した感じなのかな?
でも、ターボって名前がついちゃったからには、逃げのスタイルは見てみたいなぁ……」
「どう、なんでしょうね……そればっかりは、育ててみないと分からないので」
と……
「そういえば、『バーネットキッド』って名前はどういう意味なの?」
「え? ああ、キッドは幼名そのままに、バーネットは怪盗探偵ジム・バーネットから取りました」
「怪盗探偵?」
「ええと、ルパンが変装した探偵で、依頼された事件を解決はするけどお宝も頂戴していくという……奴の脱走癖や、盗み食いから取りました」
園長に水を向けられて、名前の由来を説明。
「あーそうか……あの実況が叫んでた『怪盗』って、本当にそうだったんだ」
「まあ、怪盗というよりコソ泥の部類だと思いますけど……」
「いやいや、ある意味ファンの心をつかんでるから、立派な怪盗だよ。
じゃあ、その怪盗に、今から会いに行きましょうか」
そう、園長が告げ……
「カットー!」
番組のディレクターの声とともに、前半のトーク部分の撮影が、終了。
「じゃ、次のカットに移りまーす」
「お疲れ様でーす」
そんな感じで、一度緊張した雰囲気が切れたあと。
ぞろぞろと撮影班と一緒に、全員で移動。
で、移動の最中。
「そういえば、蜂屋オーナー、できればオフレコで教えてほしいんですけど」
「はい、何でしょう?」
小声で聞いてくる志室園長。
「その……どうやって馬主資格、取ったの? 君、まだ大学生だって言ってたよね?」
「あー、その……作家なんです。
ライトノベルって中高生向けの冒険小説みたいなやつを書いてて、おかげ様で漫画化やアニメ化とかもしてて……で、それにプラス祖父の遺産を継いで、併せてなんとかギリギリ資産や収入の審査通ったみたいで」
「はー……凄いね、若いのに」
「昔からペンネームで書いているので『キッドの馬主』としてなら顔を出しますが『作家』としての顔バレは避けたいんですよ……そういうわけで、そっち方面のネタフリだけは勘弁してくださいね」
「ああ、そういうことだったのか……取材の許可に、妙な条件がついているなと思ってね。
いっそ、番組でカミングアウトすれば、作品の宣伝にもなると思うけど?」
「それ編集部にも言われたんですけど、まだ大学生なんで変な顔の売れ方はしたくないし、何よりアニメの放送局が完全に他局ですから」
「ああ、それは確かに難しいなぁ。
……いや、ごめんね。正直なにか変なスキャンダルがあったら、撮った映像も無駄になってオンエアーも難しくなるから、気になってさ」
「はは、ですよね、ご心配おかけしました」
そう答え、園長の心遣いに感謝したものの。
……その心遣いが半年もしないうちに、無駄になる羽目になるとは、その時は思いもよらなかった。
「よーしよし、キッド。
今回は『お前向き』の取材だからなー……賢介もオーナーもこってり絞られてからこっちに来るからな」
美浦トレセン内にある、牧草の生えた取材用の広場に連れてこられた俺は、石河のオヤジサンに、そう声をかけられた。
……何か、声色が少々邪悪に感じるのは、俺だけだろうか?
「毎度毎度、競馬関係の取材で関係者に芸をおっ始めるお前向けに、とっておきの御方を呼んでおいたぞ~♪」
なんだよ、失礼な。
ちょっと関係者向けに、お座りとかお手とかして、愛想振りまいてるダケじゃないか……さすがに、競走馬になってからは、ケガが怖いからちんちんはしてないぞ?
って……え!?
あの、オーバーオール姿のおじさんって、まさか……
「キッド、久しぶりだな。ほら、志室園長だぞー」
あ、アイエエエエエエエエエエ!!! 園長、園長ナンデー!!
「はじめましてキッド君、志室です」
園長だー、生の志室園長だー!!
すりすりしておこう♪
「おわ、本当に人懐っこいね……警戒心が無いよ」
「まあ、人間に対して噛んだりとか蹴ったりとかはしませんね……軽い甘噛みや服を噛んで引っ張ったりくらいはしますけど」
「こんな人懐っこくて、パドックとか返し馬でも五月蠅いくらい愛想を振りまくのに、ゲートに入る直前から、凄いキリっとした顔であんな凄いレースするんだもんねー……おおよしよし」
「レース中とレースの外で、完全に別モードって感じですね……こう、悪ふざけしたり芸をするのも、ある意味リラックスしてるからだと思うんです。人間の反応見て、楽しんでるんだと思いますよ」
「あはは、頭いいんだなぁ……」
そりゃ人間が中にインストールされとるもんなぁ。
と……
「いっそ、園長。何か芸とかキッドに教えてみますか?」
なんと!?
ナイスフォロー、馬主様!?
「こう、簡単な奴だったら、こいつ直ぐに真似てくれるんじゃないかな?」
「は、蜂屋オーナー!?」
泡を食う石河のオヤジサン。
「別に、変な馬なことはもう解ってるし、ひとつふたつ芸を追加で覚えたとこで、今更調教に影響なんて出ないでしょ。……既に2歳世代で、芸人枠に収まっちゃってるし」
「まあ、確かにそうですけど……知りませんよ、もう……」
多少ヤケクソ気味で遠い目な馬主様と、軽く呆れる調教師。
そのやり取りに。
「い、いいんですか?
……いや、俺40年近くこの仕事してるけど、馬をステージに上げた事はあっても、芸を教えるのは初めてだな……じゃ、とりあえずこれか?」
そう言って、水平にした手を首に当てて……
「あい~ん♪」
変顔で笑う園長。
……ほう、これをやれと?
「……あー、馬にはちょっと難しかったかなぁ……」
ならばやってみせようではないか、右前足を顔の下まで上げ、限界までの変顔で……
『あい~ん♪』
「……え? えええええええええええ?」
「お、覚えた……覚えた!?」
「こいつ、ついに芸人への道を……!!」
ひとしきり、騒ぎになる撮影スタッフや調教師たち。
後に。
志室園長は番組内で語ることとなる。
『いやー、確かに俺もゴリラに弟子入りした人間だけど、その俺に競走馬が弟子入りしてくるとは思わなかったよ』
かくして……美浦のカッパUMAの存在が、お茶の間に広く知れ渡ることとなった。