「……はあ?
つまり……TDSさんは『私の家に突撃して来て、家中踏み荒らしたバラエティ番組』と『司会者が同じ動物番組に、キッドと一緒に出演してくれ』とおっしゃるのでしょうか?」
『はい、お怒りはごもっともですが、そこをなにとぞ……』
電話口の声に、呆れ果ててモノも言えない。
……こいつらの面の皮の分厚さって、どうなっていやがるのだろうか? 対物ライフルどころか、
「別に、件の司会者様には遺恨も何もございませんが……それ以前に、あなた方の神経ってどうなってらっしゃるんですかね?
大体、殺人教団に情報漏らして一家丸ごと誘拐殺人されても『報道でござい』って、どのツラ下げてモノが言えるんですかね?」
『ですから、重々社長からもお詫びを入れさせていただきますので、出来れば裁判のほうも示談に……』
「そういう事は、直接連絡ではなく、弁護士を通してください。
そうでないなら、放送免許を総務省に返上したら考えます。では……」
ぶつり、と携帯電話を叩き切った所に、更に連絡が入る。
リダイヤルかと思い『懲りない奴め』と一瞬、身構えるが……ディスプレイに表示された番号に、即座に受話スイッチを入れる。
『おう、ようやっと繋がった……蜂屋、無事か!?』
賢介の奴からの第一声に、俺は安堵した。
「石河か……ああ、まあ金銭的にはそうでもねーんだけどさ。極端にヤバい書類とかは貸金庫だし、仕事用のPCは別で持ち出してるし。
ただ、プライベート用のPCとか、それに入ってるエロゲとか資料とかさ……あとフィギュアも壊されちゃったよ。型月の箱もオジャンだ……」
『うわぁ……ご愁傷様。
あとなー、喜べ蜂屋。JRAはお前の味方だぞ。オヤジが談判してくれた。
っつーか、オヤジがマジギレしてて『もしどうしても対応しないというのなら、キッドを海外の厩舎に移籍させる事も考える』って、厩舎ごと解散させる覚悟で抗議してくれた。
更に、オグリやターボと縁のある幾つかの厩舎が、連名で抗議してくれたらしい』
「マジか……やりすぎだよ。でもありがとうな」
『「どうせキッドが来なかったら、何年もしないうちに解散してた厩舎だから、今更惜しくもない」だってよ。
大体、初動が遅すぎたんだよJRAも……まあ、変な取材が行く事は、今後多分ねーよ。
それに、お前の出版社のほうも、動いちゃくれてるんだろ?』
「まあな……何だかんだ突っ込んできた奴が複数いるから、責任のなすり合いになってるよ……全員、許す気は欠片もないけど」
『だよな……この件に関しては競馬関係者、特に直接馬に関わる現場組は、ほぼ全員がお前の味方だと思っていい。
そもそも、オグリにやらかして関係者全員キレさせた事例から、全然学んでないって解っただけで、喧嘩するにゃ十分な理由だよ』
「だよな……ありがとうな、連絡くれて。
今、まだホトボリ冷ますために出版社に缶詰だけど、オヤジさんたちや、味方になってくれた人たちによろしく言っといてくれ」
『おう。新居決まったら連絡くれよ。朝日杯には顔出すんだろ?』
「もちろん。じゃあな♪」
そう言って、携帯電話を切る。
……テレビ局一つに出版社二つか……エライ騒ぎになっちまったなぁ……。
まあ、ウチの出版社のほうも鼻息が荒くて。
『生え抜きの看板作家の一人に何してくれやがる』と、弁護士やら何やら雇って、徹底的にやるつもりらしい。
更に、執筆が捗るからって事で、未だに編集部の缶詰部屋で生活しながら作業してるんだけど。
「先生……だから以前から、あんなボロアパートじゃなくて、ちゃんとしたところに住んで欲しいと」
俺の担当でもある、編集者の新野女史が、溜息をついた。
「えー、だって匿名のペンネームで書いてるんだから、周囲にはただの貧乏学生としか思われてませんよ」
「その貧乏学生が、どうやったら馬主なんて出来るんですか! 危機感が無さすぎです!」
「だから今、この部屋借りてるんじゃないですか♪ ここならある意味、世界一安全でしょ?」
「そりゃそうですし、編集者としては助かる事は確かですけど……よく生活できますね?」
夜討ち朝駆け徹夜の結果、マグロと化してる人間がごろごろ転がってる編集部の部屋の隣である。
だが、正直そんなもん……
「別に、農高じゃたい肥やボロ山に囲まれて、二段ベッド二つの四人部屋で暮らしてましたし、今更どーとも思いませんよ。部屋から『絶対出るな』とも言われてませんし、近くに風呂屋も飯屋もありますし、アキバとかも近いし……『手書きで原稿書け』って言われるよりかは遥かにマシですって」
以前、新人賞を取った年の、忘年会という名の作家同士の交流会で、手書き原理主義な老大作家の先生が、酔っ払って俺に絡んで来たのを思い出す。
「いや、先生の『手書き原稿』なんて、こちらも渡されても困ってしまいますから……」
「あはは、ですよねー♪」
『超』の字がつく悪筆な自覚があるため、どうしても執筆にはノートパソコンが必須なのだ。
むしろ、タイピングのほうがイメージが湧きやすい、とも言える。
「それに、ね。新野さん。
なんていうか……損して得取れって言うじゃないですか」
「え?」
「滅多に味わえませんよ、こんな状況と体験……ぜひ、次回作なり次巻なり……なんなら『テン・ガン』の短編でもいいので、何かこう『作品のネタに使いたいです!』」
「……え、えっと……個人的な復讐は」
「そんなんじゃなくて、ただ純粋に『面白いネタを拾ったな』って思っただけですって。
だから新野さんも『話を面白くするために』『盛り上げて売るために』編集者として手伝ってくださいよ?
だって、ラノベなんて『面白ければそれが正義』でしょ?
さあ、どう面白おかしくしてやろうかな~♪ うふふふふふふふ♪」
アドレナリンとかエンドルフィンとか、そんな脳内物質に自我を操られながら、指先が加速していく。
作家としての、俺の筆……もとい、タイピングのノリは、今、どこぞの露伴先生張りにかなり絶好調であった。
「あ、井出江先生ですか、お久しぶりです石河です。
この度はお骨折りを頂き、ありがとうございました」
本来、JRAへの抗議は、自分の厩舎の中の事だけで収めておくつもりだったが、話が広まるに連れて、美浦だけでは収まらず。
栗東の有力厩舎からも抗議が出る事態へと発展し、こうして協力してくれた厩舎に、一軒一軒お礼の電話をかける事になった。
『ああ、なに……マスコミ共にはいい薬だよ。
それにウチもオグリと縁が無かったわけじゃない……いや、あの時代の競馬関係者すべてが、オグリのお陰で潤っていたんだ。
その孫を……孫みたいな馬の馬主を、同じようにイジメようってんだ。黙ってはおれんよ。
しかし、石河先生も大胆な事をなさるね? 自分の厩舎の解散とキッドの海外委託を賭けたって……JRAも目を白黒させてたろう?』
「いやぁ、恥ずかしながら、この気性で損ばかりしてきましたからね……『もう何も失うものはない』って段階まで来てたからこその捨て身技ですよ。女房も居ないし、大介も賢介も、とっくに自立してますからね。10年前には出来ませんでした」
『はっはっは、捨て身が一番怖い、か……件のオーナー様はどうだい?』
「今、編集部で匿ってもらってるそうです。あちらも動いてるそうですよ」
『そうかい。ああ、キッド君は元気かね? と……ライバルに聞く事じゃないか、これは』
……!?
僅かに感じた、違和感。
ライバル……? それは……
「元気ですよ……人間の騒動なんて、本当に関係ないって態度です。のんびりしたもんですよ」
『おお、良かった……これで来年のクラシックは盛り上がるってものだよ。
こっちにも良い二歳馬が来てね。キッド君よりデビューは遅れたが、負けてはいないつもりだよ』
「そう、ですか……伝説の調教師の御眼鏡に適う馬ですか。お手柔らかにお願いします。では……」
受話器を置き、背筋が寒くなる。
あのメジロマックイーンを育てた伝説の調教師が認める馬……それがバーネットキッドと同期という事になる。
い、いや……リップサービスかブラフだろう……確かにこっちとは違い、向こうは多数の馬を預託されている、栗東の最大手だ。
そりゃG1級の素質馬なんて、よりどりみどりの選び放題ではあるだろうが、だからといってマックイーン級の化け物馬なんて、あの栗東の大手ですら稀である。
そう思ってはいたものの。
あの声色に込められた自信に、嫌な予感が拭い切れなかった。