『まったく……なんで同じ美浦なのに気づかなかったんだろう?』
『俺もお前が美浦に居た事にビックリだ……てっきり栗東だと思ってた』
はーい、冬も押し迫って、朝日杯に近くなってきた頃の美浦からこんにちは、バーネットキッドです。
現在、一緒に併走しながら併せ馬の調教中。
お相手は札幌で共に爆走した、ストーミーカフェ君です。
いえね?
併せ馬ってのは、脚質の似た馬同士で、かつ実力が近い者同士じゃないと、互いに悪影響を及ぼす事すらあるのですが。
逃げ馬、大逃げ馬ってのは絶対数が少ない以上、相対的に『強い逃げ馬』なんてのは、まず滅多にお目にかかれないわけで。
増して、預託されたところは零細の石河厩舎。
有力な逃げ馬なんて、所属する馬で俺以外に居るわけもなく、テキの伝手でもかみ合う相手がおらず。
だから少し前までやることは、坂路とコース周回とプールとプールとプールと……ま、そんな感じだったのですが。
札幌での大暴走を機に、同じ美浦にあるカフェ君の厩舎が『是非、併せ馬の調教を行いたい』と申し出てくれまして……。
で、こうして時々早起きして、カフェ君と一緒に併せ馬の調教を受ける事になりました。
『ああ、そうか……いつも寝坊してプールで泳いでる馬がいるって、あれお前か』
『なんだ、俺、人間以外にも有名なのか?』
『変な奴がいる、って美浦で噂になってるぞ……寝てばかりなのに滅茶苦茶強いって』
あー……つまり調教の時間が普通の馬とズレまくってるから、同じ美浦なのに、顔を合わせる事が無かったって事か。
『良く寝て食って走れば、強くなれるさ。あとプール』
『お前の飯の量を基準に語られてもな……こっちが気持ち悪くなってくるよ』
などと、のんきなやり取りをしつつも。
それでも割と強めに併せ馬をしながら、コースを爆走し続けた。
「いやぁ、札幌で分かっていたが強いねぇ……キッド。
今、ストームがいっぱいいっぱいなのにまだ余裕があるじゃないか。乗ってるエンジンが違う感じだよ。それに、調教厩務員もずいぶん若い……ああ、息子だっけ?」
「ええ、賢介です。
キッドの事は一番あいつが解ってるんで、大介が乗れない時はあの子に任せてますよ」
札幌後に併せ馬を申し出てくれた、老調教師の先生と会話を交わしながら。
世間話ついでに情報のやり取りをする。
「そういえば、栗東の井出江の所に、マックイーン級の奴がいるって噂を小耳に挟んだんだがな……」
「ああ、アレですか……先日の騒動でお礼の電話をしたとき、当人からそれらしい事を耳にはしましたが」
「まあ、私のストームも負ける気はないが……レースでかち合わなければ、個人的に、同じ美浦としてキッドは応援したいね。なにしろ、美浦は今、栗東に圧されっぱなしだからね……」
西高東低。
競馬界でよく言われている事である。
その原因は……
「坂路……ですかね」
「うむ……」
栗東の坂路に比べ、美浦の坂路は傾斜が緩い。
故に、調教の経験値や練度が栗東のほうが高い……というのが定説である。
だが……
「確かに便利なんですけどね……坂路って。二流を一流に近づける手段として一番簡単なんですよ。
なにしろ真っ直ぐ走るだけで、馬は強くなってくれる。コーナーワークも何も必要ないから、騎乗さえできれば調教のスケジュールもこなせる。
だからこそ……そこに『落とし穴がある』と私は前から思ってるんですよ」
「ほう、君もかね?」
「ええ、正直、『ミホノブルボンの呪い』だと俺は思ってます」
俗に。
生き物の筋肉は速筋と遅筋に分かれる。
速筋は出力が大きく、遅筋は出力が小さい。逆に、速筋は持続時間が短く、遅筋は持続して長い。
マイル以下の短距離馬がムキムキマッチョなのは速筋を重視し、長距離を走るステイヤーがシュッとスマートなのは遅筋を重視した結果である。
だが、そこに第三の筋肉……『中間筋』とも呼ぶべきものが存在する。
出力もあり、持続力もあるという……速筋をそのような性質に変化させていく事が可能なのだ。
それは、坂路の調教で主に得られるものであり、それを具体的に体現したのがミホノブルボンであり、徹底した鬼調教と、それに応え続けたミホノブルボンが、当時の栄冠を勝ち取り続けたのは、ある意味で必然の結果『ではあった』。
だが……その夢のような『中間筋』にこそ、落とし穴があると俺は睨んでいる。
「結局、それで馬の能力の最大値がミホノブルボンで止まっちゃってる……中間筋の『先が見えてない』。だからどんな素質馬でも世界に追いつけない。
……零細二流の私が、言えた義理ではありませんがね……」
「ほう、興味深いね……続けて?」
「いや単純な話で。
中間筋は『速さで速筋に勝てず』『持続時間で遅筋に勝てない』。故に、坂路を使った中間筋重視の調教は『その馬の潜在能力を引き出す事はできても、潜在能力の最大値を貶めていないか?』って事なんです。
そして、調教の難易度も比較的低く、手早く強くなれる坂路が便利で重宝される……坂路を全否定はしませんし必要であるとは思いますが、だからといって『信仰』になっちゃったら、それは調教師としてダメだと思ってるんです。
確かに坂路の強い栗東に、馬の平均値の強さは軍配が上がるとしても『その馬の持つ素質の、潜在値のMAXを引き出す事ができれば』……私はそんな望みをキッドに賭けて調教してるんですよ」
「ほう? だからあのプールかね?」
「まあ、それにプラスして……」
文字通り『道草』のオヤツを探してきょろきょろするキッドに目を向け。
「ダイエットですかね?」