はーい、中山競馬場からこんにちは、バーネットキッドです。
「キッド~」
出走前にパドックに現れた馬主様は……なんか二か月前とは違い、凄くやつれておられた。
……何があったんだろうか? 原稿がヤバいのかなぁ?
軽く舐めて、すりすりして癒してみよう。
「相変わらず可愛いなぁ……頑張って無事に帰って来いよ」
おう!頑張ってくるぜ! 馬主席で見ててくれよ!
カフェ君は一緒の馬運車で来たくらい割と友達だが、レースなんだし遠慮はしないさ。
さて……
「愛想は振りまかなくていいからな……キッド。やるなよ、絶対やるなよ?」
割とキレ気味な厩務員君。
えええ、じゃあ、ここでアイーンしちゃダメ?
「芸も絶対にするな、するなよ……G1だからな、G1レース!!
別周なんて恥ずかしいの嫌だからな、俺は! 大人しく周回しろよ!?」
……それはつまり……『君にバレないように芸と愛想を振りまけ』っていう、フリって事でいいんだな?
そして……
『5枠9番、バーネッ……ぷっ……し、失礼、バーネットキッド。体重は498キロ。増減は+2キロ。い、いろいろな意味で目立つ馬ですね』
『あれ、完全に理解して遊んでるんじゃないですかね……あれで強いからワケがわかりませんよ』
さざ波のような忍び笑いと、時折首をかしげる厩務員君。
そして、その視界の死角で変顔を続けたり舌を出したり、ウインクしたりして愛想を振りまく俺。
パドックでは大声をあげちゃいけない……つまり『笑ってはいけない中山競馬場パドック周回』の始まりである。……誰か大爆笑でアウトにさせられねぇかなぁ?
やがて、止まれの合図と共に、半笑でやってくるジョッキーの兄貴。というか、騎手たちや関係者全員、ほとんど笑ってる。
……くそぅ……忍び笑いはあったものの、最後まで大笑いには出来なかったか。
「兄貴、頼む……え? どうしたの兄貴?」
「あのな、賢介。
お前、パドック回ってるとき、キッドに『志室うしろうしろー』されてたの気づいたか?」
「!!!?」
慌ててこっちを見る厩務員君に、変顔で答えてやる。
「てっ、てめぇ……後で覚えてろキッド」
「ほら、返し馬行ってくるから」
「ったく……頼んだぜ、兄貴」
「ほんと、おめーはいつも通りだな……なんか初めてのG1で力が抜けちまったよ」
鞍上の兄貴がそんな事を言いながら、返し馬を終えて、誘導馬に続く。
『さぁ、スターターが上がりまして中山競馬場にファンファーレが響きます』
観客席の方からGⅠのファンファーレが聞こえてくる。
『中山の冬空が歓声と共にゲートインの合図を受け止めました。各馬ゲートに収まっていきます』
いつも通りスッとゲート入り。今までは大体大外だったのだが、今回は9番目。
なので、残りが全頭収まるのを静かに待つ。
「……さあ、カマしに行こうぜ、キッド」
鞍上からそんな呟きが聞こえた。
『──マルカジークが収まりまして態勢完了。第56回朝日杯フューチュリティステークス……今スタート!』
おりゃあ!
開幕ダッシュの先頭切りじゃーい!!
『18頭そろった綺麗なスタート、まずは9番バーネットキッドがぐっと前に出て差を広げる、続いて後を追うように8番ストーミーカフェ、更に1番コパノフウジン、3番テイエムヒットベ……………7番マイネルレコルトはこの位置か? 更に……』
おうおう、やっぱりカフェ君が来たか、そりゃそうだ……
とはいえ、芝と洋芝じゃ、どっちかってと洋芝のほうが好きなんだけどね。
まあ、大した問題じゃないさ!!
全力全壊、かっ飛ばして行くぜおらぁ!!!
『さあ、緩やかなカーブ第三コーナーに入って、バーネットキッドが先頭、後ろからストーミーカフェがついていく、これは鈴がついたか? 完全にバーネットキッドだけを狙って差しに行く態勢だ』
あー……まあ、確かに、全速で爆走しながら前でぶっ飛ばす奴を相手なら、その方法はあるわな。
ただ、その方法は『俺が潰れたら一緒に後続に飲まれて共倒れになる』超ハイリスク戦法なんだけど……どうも、そんな心配もしていないらしい。
……そりゃ一緒に散々併せ馬してるからなぁ……タフさは全部知られてるか。
むしろ、スゲェ信頼感だね、友達として歓迎するぜ。だから……
『さあ、最後の直線、ただ一頭入ってきたバーネットキッド! 少し遅れたストーミーカフェも鞭が入る! ここで後方からすごい勢いでマイネルレコルトが抜けてきた! 中山の短い直線のたたき合い、だが先頭はバーネットキッド譲らない!』
その信頼に応えて、全力でぶっ飛ばす!!
『後ろからマイネルだ、マイネルだ、物凄い勢いだ、だが届かない、今、ゴール!!』
過ぎていくゴール板。
そして……俺は、同世代の牡馬の頂点に立った。
『一着バーネットキッド!! 1分32秒9! とうとう32秒台が出ました文句なしのレコードタイム!! 2年前のエイシンチャンプの記録を0.6秒も縮めて、32秒台の世界に踏み込んだ!! 二着争いは、僅かにマイネルレコルト。ストーミーカフェは三着に収まりましたが、こちら二頭も本来ならレコードタイム!!」
よっしゃあああああ!! 馬主君、見ててくれたか! 世代の天下、取ったどー!!!
『周囲を笑いに巻き込むパドックの芸人が、ターフで見せたその本性。
まさに三代目大怪盗の名に相応しい、大逃げっぷりを魅せました!!』
さて、勝利のウイニングラン……そしてスタンドに向かって、とびっきりの変顔で。
あい~ん♪
「……なあ、他人の振りしたいんだけど、ダメか、キッド?」
なんでやねん、ジョッキーの兄貴!?
スタンドどっかんどっかんの大爆笑やんけ!?