いやぁ、学校の敷地に、あんな旨いモンがあるとは思わなんだ。
畑じゃないし、牛や豚の飼料を漁ってるワケじゃないし。
これならコッソリ帰れば、誰も怒られんだろう。
てなわけで隙間から馬房に帰って来る事暫し。
「キッド……うっ、臭っ!! ニンニク臭っ!」
「うわ、アイヌネギ食ったな! あれ馬が食べちゃダメだって腹壊すぞ!!」
「おいおい、ってことは今度はドコから抜けたんだよ……」
面倒見に来てくれた学生たちが、引きつった顔で世話してくれる。
ええやん。
誰のモンでもない。畑にあったワケでもないんだし。
ちょっと人間の目線だと死角になる場所に、わっさわっさと大量に生えとったんよ。
トリカブト食べるよりかはええやろ?
「……おい、生産学科、また放馬しただろう!?」
「は、はい!? 坂本先生!?」
「って、またキッドが、豚舎や牛舎につまみ食いに!?」
「それより酷い。とりあえずお前ら全員、ちょっと来い!」
ありゃ……何だろう?
馬房の外に、聞き耳を立ててると。
俺の放馬に関しての雷の内容とは別に、大量の恨み節が混ざっており。
どうも……俺が今回食い荒らしたのは、代々教職員に受け継がれてる、アイヌネギの穴場だったらしい。
大変美味しゅうございました♪
「おい、マジで今度はキッドの奴ドコから……うわ、馬房の壁に穴があいてる」
「まさか、コツコツ蹴とばして、自分で開けて出て行ったんか、こいつ……」
「なんつーか、行動力と知性が全部食い気に逝ってるんじゃねぇか?」
「こんな授業の内容が全然アテにならない馬って、はじめて見た……」
まあ、人間の頭脳がインストールされた馬に、オグリの食欲がついてくるなんて、思わんわなぁ……
で……
その後、生産学科の教室にて。
「とりあえずみんな、聞いてくれ。
少し早いけど、キッド号を母離れしたあとに、追い運動本格化させよう。
で、その分食事量も増やそう」
「マジですか、先生! キッド、まだ四か月も無いですよ!?」
「先生も、正直こんな特殊な馬は扱った事無いが、そもそもこの脱走癖だ。母馬と引き離されても、多分大丈夫だろう。
運動に関しては……というより、そもそもセリに出る前にこんな食い続けたら、牛になっちまう。鍛えるというより、ほぼダイエットのつもりで無理はさせるな。
……デビュー前のエルコンドルパサーじゃないんだから」
「ああ……腹毛ぼうぼうで牛みたいだった、って何かで……」
「こいつがあんな名馬になるんですかね……そもそも、オグリの血統って、全然走ってないじゃないですか」
「先生もわからんが……脱走癖以外は、意外と従順だし人懐こい。
最悪、こいつサーカスでも売れるんじゃないかと思ってる」
「あ、競走馬としては匙投げてるんですね……」
「割とな……正直、こんな頓狂な馬で、実習する事になったお前らには、済まんと思ってるよ」
「だったら、今から芸でも覚えさせましょうかね? お座りとか、お手とか……」
「それはやめろ」
と、こんなやり取りがあったらしく、ずいぶん早く、親別れさせられました。
が……
「キッドーっ! また脱走したなー!!」
よーう、母ちゃん♪
顔見に柵抜けして来てやったぜー♪
じゃ、俺は追い運動の最中だから、アディオース♪
乗馬した学生の牡馬(なんでも、馬術部の馬らしい)に追われながら顔見に挨拶に行くと……なんか、母ちゃんがバカ息子に頭抱えてる態度取ってるんですが。
……まだ若いのに、老けちまうぞ、母ちゃん?
そいえば、来年に備えて、弟か妹、仕込んだりしてるのかなぁ?
そして……親別れから数日後。
俺にとって、農業高校生活最大のライバルが、我が前に現れる事になる。
「お? 蜂屋? それ、学校の大掃除の時に見つけた捨て犬じゃん?
拾ってきてどーすんの?」
「いや、こいつ調教して、キッドの見張り番させればいいかな、って。
どうも授業中とか深夜とか、俺たちが世話できないタイミングで良く逃げてるみたいだし」
「あはは、キッドの見張りなら、さしずめ湖南とでも名付けるか?」
「じゃ、それでいいや。
っていうか、結構飲み込み早いぞ、こいつ……」
そう、見た目は子犬、頭脳は成犬の雑種なこいつ……湖南号が、我が農業高校生活の最大の障害として、割とダメ血統な由緒正しき純サラブレッドの俺に、立ちはだかりやがったのだった。
何しろ……
ワンワンワンワンワン!!
「湖南の合図だ!」
「先生、またキッドが」
「……………いってらっしゃい」
座学の授業中を狙って逃走しようとすると、こいつの鳴き声で直ぐに農高生が集まってきやがる。
ええい、この犬チクショウめ!
我が疾走と自由と食事を阻むとはーっ!!
「分かった、分かった。飼い葉やるから馬房に戻れ、な!?」
ちぇーっ……アイヌネギまた食いたかったのに。