Re:escapers   作:闇憑

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連続投稿二話目です。


中山競馬場 第11レース 第65回 皐月賞(GⅠ) その1

 さて、中山競馬場からこんにちは、バーネットキッドです。

 美浦で最終の追い切りが終わった後、馬運車に運ばれて競馬場で待機するための馬房に入ったところなのですが……ここ一週間の飯の量が少なめです。

 

 まあ、競走馬やってる以上、しょうがないっちゃしょうがないんですけどね……パドックのお馬さんが、ビッグ便やリトルジョーをタレまくるのも見苦しいし。

 

 ただね、気分はもう試合に向けて減量してるボクサーそのもの……レース終わって美浦に帰ったら、がっつり喰うぞコンチクショウめ。

 

『……お?』

 

 で、競馬場に備え付けられた馬房には関西……栗東から来たと思しき馬たちが、何頭も入っていたワケで。

 ……そーだよな、俺やカフェ君たちは美浦だから中山のご近所まで、早朝から二時間もしない距離を移動して馬房に入ればいいけど。栗東から来た奴らは数日前から入ってるんだよな……

 

 かったるい移動ご苦労様……と思いつつ、指定された馬房に引かれて入る。

 あとは、レースまで少しあるし軽く寝ようか……と、思ったのだが。

 

 ご近所さんが誰なのか気になって、軽く挨拶をしようと馬房から首を出すと、少し離れた馬房から、額に小さな流星のある一頭の小柄な鹿毛の馬が顔を出していた。

 

『おや、ご近所さん? レースまでの短い間だが、よろしく』

『あ、よろしくー』

 

 軽く挨拶だけすると、引っ込んで寝る事にする。

 

『じゃ、おやすみなさい』

『……よく寝れるね』

『俺が走る順番は遅いから今のうちに寝るの。おやすみなさい』

『そうなの?』

『レースで一番を取れば取るほど、レースの順番が遅くなるんだって。

 俺はいっぱい一番取ってるから多分最後のほう』

『ああ、そうなんだ』

『そゆこと。ってわけでおやすみ』

 

 そう言って、馬房の奥に引っ込んだ。

 

 ……しかし、小柄なヤツだったな。もしかして牝馬なのかな?

 

 

 

「おめー本当に太い奴だよな……隙あらばイビキかいてるんだから」

 

 早朝に中山まで連れて来られて、待機の馬房の奥で寝藁かぶって寝て。

 起きたらもう正午を過ぎて1時近かった。

 

「普通、移動とかしたら寝ていられないだろうに……ドコから来るんだ、この神経の太さは?」

 

 あきれ返った声の厩務員君や調教師たち。

 ええやん……今日はクラシックG1の重賞らしいけど、文字通り『敵はおらんやろ?』

 

 で……連れて来られた先で、馬具やらゼッケンやら馬装の身支度をしていると。

 栗東から来たさっきのご近所さんも、出走の支度を始めまして。

 

『おや、おたくもレース?』

『みたいですねー』

 

 呑気なやり取りを交わしながら、ふと相手のゼッケンに記された名前を見て……絶句。

 

『……あ、あの、どちらのレースに出られるのでしょうか?』

『11Rですねー』

『そ、そうですか、は、ははははははははは……』

 

 なんでさ……なんでディープインパクトが居るのさ、こんなトコに!!

 

『ちなみに、おたく何歳でしたっけ?』

『三歳ですが?』

 

 ぎゃーっ!! 嘘だろう!? 同期じゃねぇかあああああ!!!

 

「……今日はキッドがやけに大人しいな」

「普段は馬具を付けてると絡んできたりからかってきたり、五月蠅いのになぁ?」

 

 すまんな、厩務員君たち。

 もう冗談やってる余裕も眠気も、彼方までぶっ飛んだわ……

 

 ……待て? 待て待て待て? 思い出して来たぞ。

 そいえば俺、オークションの時『レイヴンカレンの2002牡』って言われてたよな?

 で、俺が今三歳だから……パラレルの世界にしても、推定2005年ごろって事か!?

 

 そうだよ、確かにその頃に活躍始めていたよな、かの英雄様。

 ……マジか!? マジであれとやり合えってのか!? しかも今日からクラシックシーズン通して、古馬になってヤツが引退するまでずっと?

 

 嘘だろう……?

 

 もうパルプンテ喰らった宇宙猫ならぬ宇宙馬と化して、彼方を見るしかなかった。

 

 

 

「おーっす! 蜂屋!!」

「おいーっす!!」

 

 皐月賞当日。

 今日居る場所は、中山の場外の広場。

 同窓会を兼ねてキッドを応援するため、参加できる面子全員で横断幕を張って応援しようという話となり。

 こうして集合場所に集まって待ち合わせていたのだが。

 

「あ、牧村先生!!」

「よう、蜂屋。馬主席はいいのか?」

「もう勘弁してくださいって感じですよ……雲の上の偉い人ばっかで、何やっても失礼になるんじゃねぇかって気が気じゃないです」

 

 ちなみに、全員スーツ着用。もちろん勝利した時、馬主や生産者として全員ウィナーズサークルに行く予定である。

 無論、一位を取ったら同窓会は祝勝会になって費用俺持ちだ。

 

 ……勝てるのかどうかは解らないけどね……あのバケモンに。その辺は……

 

「石河一家に期待……かなぁ……」

 

 

 

「やっ……たぜ……!!!」

 

 本日の第1レースの未勝利戦。

 キッドの帯同馬でウチの厩舎所属のストームシャリオで勝利を飾り。

 今日という一日の始まりに、幸先のいいスタートを切った。

 

「調子いいなぁ……石河」

「ああ、スタートがな……なんか、解ってきたのかもな」

 

 ストームシャリオはもともと追い込みだったが『もしかしたら』という事で逃げ馬に転向したら、それが大当たりである。

 キッドに乗ってて、だんだん逃げ馬の御し方とかスタートのコツとか解ってきた気がする……思えば俺は、馬の制御や駆け引きに終始する余り、馬の力の源である『個性』を殺し過ぎていたんじゃなかろうか?

 

「……しかし、マジか……」

 

 ここ最近、キッド以外の騎乗結果を見てみても、勝った馬の7割が逃げ、先行タイプ……劇的に勝率が上がったワケではないが、キッドの分を差し引いても上昇気味である。

 

 なるほど……ああ、悔しいが……

 

「これが『馬に競馬を教わる』って事なのか、な……?」

 

 もともと俺個人は正統派の差し、追い込みの馬を得手にしていたハズなのだが。

 キッドに乗り始めてから、逃げや先行を意識して積極的にするようになり……結果、逆説的に差し、追い込み型の騎手が『どのタイミングで何をしたいのか』『やられたら何が嫌か』が、より深く理解できるようになってきたのだ。

 弱いとか下手のする事とか言われている逃げ馬でも、学ぶべき事はあったんだと気付き……ああ、常識に囚われすぎて視野が狭すぎたんだな、俺……

 

 しかしホント……ベテラン様はスゲェよなぁ……一日に鞍上幾つあるんだよ。

 

 今日の俺は1Rと11R、合わせて鞍上2つなのに。

 俺のお手馬のライバルに騎乗する超ベテラン様は、このあと10レース連続である。

 

 だが……

 

(……やってやるさ……俺は二流かもしれねぇがバーネットキッドは負けねぇぞ……)

 

 

 

「……………お前、ホントにどうしたんだよ?」

 

 『あの』バーネットキッドが、パドックで不気味なまでに落ち着いて引綱に引かれているという事態に、逆に不安を覚えてしまう。

 思えば、馬装を始めた辺りから、普段なら『構って構って』とジャレついてくるキッドの様子が変だった。

 

 パドックでも常時五月蠅く、愛想笑いがデフォで変顔しながら周回して、何度も何度も恥をかかされたキッドが……

 

 今回に限って、妙に神妙で大人しいのである。

 

「やれば出来るじゃねぇか……って思っていいのか?

 それとも、何処か具合が悪いのか?」

 

 やがて、止まれの合図と共にやってきた兄貴に。

 

「兄貴、今日のキッド変だぜ……」

「何がだよ? これ以上ないくらい大人しいじゃねぇか」

「だからおかしいんだよ。

 こいつは周囲に愛想振りまいて変顔で笑う人間が好きなんだ。

 それが、カメラ向けても挨拶どころか、変顔の一つもしねぇ……馬装の時の構ってちゃんモードもなし。

 ……こんな事、生まれてからずっと面倒見てて、初めてだ」

 

 異常事態である。

 ただ、何が原因なのかは、全く分からない。

 

「ケガとかは?」

「健康そのものだよ……あんだけレコードで爆走しまくって故障一つねぇのが売りの頑丈馬だからな。

 だからこそ、とにかく気を付けてくれ兄貴。今回は何かあるかもしれん」

 

 

 

 すまんな、厩務員君……正直、精神的に余裕が無いんだよ。

 

 鞍上の兄貴の指示に虚ろに従いながら、パドックから地下道を通って馬場へ。返し馬で軽く走りながら……ふと、客席にあった一枚の横断幕を見て、足を止めた。

 

『頑張れ脱獄王!! 我ら無敵の静舞農業高校第〇〇期生産学科一同!!』

 

(ぁ……)

 

 太字の本文の他に、マジックでたくさんの寄せ書きがされた、その横断幕の傍には。

 

 飼い葉をくれた元生徒がいた。寝藁の世話をしてくれた元生徒がいた。非農家で馬に初めて触れた元生徒がいた。実家が馬の生産農家で、誰よりてきぱきと世話をしてくれた元生徒がいた。そんな生徒たちを纏め上げて指導していた先生がいた。

 

 そして……馬主になってくれた元生徒が、居た。

 

「おい、行くぞ……」

『ぶるるる(おう……行こうじゃねぇか兄貴)』

 

 だから……だからみんな心配すんな。

 俺も心配すんのをやめた。

 

 今日に備える事は、元生徒の厩務員君と、そのオヤジサンがやってくれた。

 

 だから……さあ、ゲートに行こう。

 競走の時間だ!

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