「おお、よしよし♪
しっかり見張り番してたな、湖南♪」
今日も今日とて、馬房の脇に建てられた犬小屋から、あの忌々しい犬畜生が可愛がられてやがる。
「お座り」
「ワン♪」
「お手」
「ワン♪」
「ちんちん」
「ワン♪」
「よーしよし、いい子だいい子だ、キッドの見張りご苦労様♪
ごはんたっぷりあげようねー♪」
しっかりと芸まで躾けられた上に、がっつりとドッグフード貰ってやがる。
よーし……今から目にモノ見せてやる、犬畜生め。
こちらが上だという事を証明してくれるわ。
「じゃあ、キッドを追い運動に……おい、キッド!?」
そのまま、尻をつくようにお座りする。
「……え?」
「ひ、ひょっとして……湖南に躾けてたのを、見てて覚えたのか!?」
「う、嘘だろう!?」
と、一人の生徒が、意を決しておずおずと前に出て……。
「お、お手」
ほい、と差し出してきた手に、前脚をぽん、と乗せる。
「ちんちん……は、流石に無理があるな」
ほう、やってみせようではないか……せぇのっ!!
『うわぁぁぁぁぁぁ!!』
そりゃまあ、0歳の子馬とはいえ、200キロ超えた馬体が棹立ちになったらデカいわなぁ。
よっ……これ、バランス難しいな……でも、何とか……ん、よし!!
一歩、一歩……ああ、二歩が限度だ。
「あ、歩いた……」
「う、嘘!?」
「こ、こやつ、ついに二足歩行への進化を!!」
さあ、芸は見せたぞ。食物を寄こすのだ。
出来たら甘味な果物なんぞ所望じゃ。献上いたせ。
と……
「おーい、お前たち、何やってんだー?
キッドの追い運動だろう?」
追い運動のために乗って来た馬の上から、担任の先生が声をかけてきた。
「せ、先生、キッドが、キッドが!」
「どうした?」
「お座りとお手とちんちん覚えちゃいました!」
「はぁ?」
「いよいよサーカスが視野に入って来たな、この馬……」
農業科から分けてもらった砂糖大根を、もっしゃもっしゃと飼い葉桶から食べて、馬房でのんびりしてる時に、外からそんな声が聞こえてきた。
「一応聞くが。
本当にお前ら何もしてないんだな?」
「してません!」
「確かに湖南号に躾けの一環で芸を教えてましたけど、まさかキッドが真似して覚えちゃうなんて……」
と……
「もしかして……なあ、石河?
お前、湖南にお座りとかお手とかさせた後、ごはんあげてるよな?」
「そりゃあ勿論……まさか……」
「ああ、『芸をすれば飯が貰える』って、横で見て変な学習しちゃったんじゃないか!?」
その言葉に、一同、絶句。
「なんて頭のいい
「おかしいな、俺たち育ててるのって、競走馬だよね?」
「く、食い意地のためにそこまでやるか……信じらんねぇ馬だ」
おののく学生たちを尻目に。
対抗意識を向けてきた犬を、馬房からせせら笑う。
ふはははは、同じ芸でも、犬とは違うのだよ、犬とは。
「とりあえず、これ以上変な芸教えないように。
もしセリの最中に芸を始めたら、いよいよこいつ、競走馬じゃなくてサーカスに直行しちまうぞ。いいな?」
『はい』
……数日後。
この日、初めて頭絡とかつけさせられる事となり。
「つ、着いたな……」
「着いちゃったね……」
そら、中身は人間がインストールされとりますからねぇ。
で、人間と一緒に歩いたりする調教も、それはそれはもう簡単に終わり。
「これじゃ実習にならんな……」
ぼやく担任の先生。
どうも、頭絡やら何やらを装備させて、馴致させるための授業だったようだが。
あまりにも簡単に終わり過ぎて、採点に苦慮しているようである。
「あー、とりあえずな、キッド号が、かなり特殊だと思え。
普通は、嫌がって振り払おうとするのを、なだめたりしてコミュニケーションとりながら言う事聞かせていくんだからな?」
『先生……そりゃもう、みんなわかってますって』
生徒たちの視線の向こうに。
犬と一緒になって、お座りとお手をキメて餌をねだる、芦毛の馬体が、そこにあった。