あの走りに憧れた。
天性の柔軟性と、不屈の闘志、そしてそれを含めたウマ娘としてステージの笑顔。
そして……幾度となく泣いたケガからの不屈の復活劇……
だから……
「よう、リン! 入学おめでとう!
元気か! 飯食ってるかー! 学園の飯はタダだから思う存分食え♪」
「姉さん……リン、食事は程ほどにね、食べ過ぎるとこういうバカになるわよ?」
「あ、うん……」
二人の姉……バーネットキッドと、クアッドターボには、本当に感謝している。
でも……
「あのさ、姉さんたち……その、スカウトの話なんだけど」
「あ? ああ、選抜レースがあるから、そこでスカウト待ちだろうけど、石河トレーナーに話は通してあるから、レースに勝ちゃあ大丈夫だ!」
「ごめんね、リン。寂しい思いさせた上に妹たちの面倒見させて……でも、お姉ちゃんたちと一緒に走ろうね?」
「……う、うん」
学園に入学した当初。
勢いのまま、右も左も分からなかった私は、姉二人の所属するチーム『アルデバラン』にスカウトされて所属する事になった。
「はい、こっち目線下さい、女帝っぽい感じで……はい、OKです」
「お疲れ様です陛下」
ゴールドシチー先輩の伝手で、時々モデルのアルバイトをするのだが……どうもその、なんというか、扱いが『女帝』であだ名が『陛下』なのである。
まあ、確かに……姉二人に比べて、少し目つきが鋭いかもしれないし、この金髪に赤いメッシュの入った髪の毛は女帝っぽい貫禄があるのかもしれないけど。
でも姉に比べれば体格は小柄だし、女帝どころか割と生活レベルで考えるなら普通以下の貧乏な家に生まれたのになぁ……そのおかげで推薦とれるかも怪しかったんだけど、姉さんたちが稼いでくれて……稼いで……
「……大体自分たちのおなかの中だったな……」
「どうしたの?」
撮影の合間の休憩時間。
一緒に撮影していた、ゴールドシチー先輩が私に聞いてくる。
「いえ、実家の事をちょっと思い出して。
……姉さんたちも私と一緒で、色々な事をして稼いで家計を助けてくれはしたけど、大体作った料理は姉二人のおなかの中だったな、って……」
「ああ、あの二人。
そういえば、あなたの姉二人と一緒に良く食べてるオグリが、地方時代にカサマツの食堂を一人で食いつぶしたって伝説を聞くけど……あの三人そろうと本当にトレセンの食堂が食い潰されるかもしれないわね」
「ははは、まさか。
流石に千人以上のウマ娘の食事を支える食堂が、たった三人のウマ娘のせいでそんな事になるわけがないじゃないですか」
……後に。
それが冗談になっておらず、厨房の担当者が私の食事量が普通な事に安堵していた事を知るのだが……それはまた別の話である。
「それよりどうしたの? いつものキレが無いじゃない、リン?」
「え?」
「こう、写真の中では『我こそが女帝なり!』みたいな貫禄のあるあなたが、こう物憂げな目線を向けるのも珍しいなって思って。
おかげでレアな写真が撮れたみたいで、それはそれでカメラさんには好評みたいだけど」
「ああ、その……」
モデルの世界に誘ってくれた先輩であり。トレセン学園においても尊敬する先輩の一人でもあるシチー先輩である。
隠す理由も無かった。
「このままでいいのかな、って」
「?」
「チームなんですけどね……勢いのままに、姉二人の居るアルデバランに所属しちゃって。
石河トレーナーに不満はないんです。
でも……憧れてる先輩が居るチームに行きたいな、って思う気持ちもあって……どうしようかな、って。
姉二人もよくしてくれてるし、学園で分からないところや勉強も教えてくれるし。
だから何も不満なんて無いんですけど……その……目標としてる人に近づきたいな、って気持ちもあって」
「誰、目標って?」
「トウカイテイオー先輩です。あんなふうにターフを走れたらな……って。
だから……スピカに行きたい、って気持ちもあって」
「ああ、あの? うーん……」
と。
シチー先輩は腕を組んで考え込んでしまった。
「移籍って、難しい、ですかね?」
「『難しい難しくない』の問題じゃなくてね……うーん、スピカじゃなければ『成りたい自分に成るために行って来い』って先輩として背中押してやれたかもしれないけど……。
ごめん、こればかりは流石に無責任な事言えないから、お姉さん二人に相談したほうがいいかもしれない」
「相談、ですか?」
「流石に身内じゃないのに『あの』トレーナーについて行けとは言えないよ……スピカのトレーナーは変人で有名でね。
有能なのは間違いないんだけど、人間的に色々ある人だから……」
「はぁ……?」
その意味が分からなかったので……とりあえず、先輩のアドバイスに従って、素直に姉二人に相談する事にした。
『移籍!?』
その話を漏らした途端。
姉二人……特に下のクアッドが慌てだした。
「ど、ど、どうしたのリン? 何か気に障るような事ってあったの!?
バカ姉がまた何かやらかした!?」
「クアッド、そろそろ脳天蹴たぐりまわしていいか?
……なあ、リン。移籍は好きにしてもいいが……理由だけは教えてくれよ。
所詮姉妹ったって他人なんだから、どんな身勝手な理由でもいいが……『何も言わずに』ってのは流石に寂しいぜ?」
「その……憧れてる先輩がスピカに居て……でも最初学園に入った時、右も左も分からなかったから、とりあえず姉さんについてきちゃったら、いつの間にかアルデバランに居たみたいな感じになっちゃって。
だから、今更だけど改めて考えてドコに行きたいかって思ったら、テイオー先輩のスピカに行きたいな、って……」
その言葉に、上の姉であるキッドが頭を抱えた。
「あー、しまったぁ……すまんリン。姉さんたちが浮かれ過ぎていた。悪かった」
「姉さん!!」
「クアッド。頭下げるべきは俺たちだ。リンの気持ちを無視した俺たちが完全に悪い。
すまなかったな、リン……悪かった。姉さんたち、お前と一緒のチームで走れると思って、浮かれすぎていたんだ。
選抜であんだけの結果を出せば、普通、群がってスカウトに来るトレーナーも『リンはアルデバランに行くから』って周囲に思われていたから、本来お前にアタックしに来るトレーナーも全然居なかったんだよ」
「そう、なの?」
「何だかんだ同期の注目株だぞお前?
しかし、スピカ……スピカかぁ……ううん……テイオー先輩はまあギリ問題ないとしても……沖野トレーナーにゴルシがなぁ……ゴルシもアブねーしなぁ……」
「ゴルシって……ゴールドシップさん?」
一瞬、先輩のゴールドシチーさんを思い浮かべてしまった。
「そ、学園一の大問題児。
割と電波気味の超変人でな、あいつと付き合ってると面白いっちゃ面白いし頭も良いヤツで日々退屈はしねーけど、リンみたいなタイプは翻弄されて終わりそうだしなぁ。
だから、あの芦毛の珍獣に付き合える沖野トレーナーの人物像も、推して知るべしってヤツで……っておいクアッド、おめー何こっちに鏡向けてんだおい?」
「いえ、何でも」
「何が言いたい、ン? お姉ちゃんにはっきり答えてごらん、クアッド?」
「……そうよね……そう考えれば大丈夫か。
リン、大丈夫よ。ゴルシも姉さんも大体一緒の変人だから、家族として私たちと過ごしてるあなたなら、あしらい方もわかるでしょうし」
「クアッド、後で裏で話がある。
問題は沖野トレーナーなんだが……まあ、向こうがOKしないと、こっちも動きようが無いしなぁ」
「それ以前に俺の事を忘れてるだろう……三人とも?」
そう言うと、チームをまとめる石河トレーナーが、扉を開けて部屋に入ってきた。
「あ、いえ、石河トレーナーを忘れてたワケじゃなくて、唐突に相談されたんでとりあえず話を纏めてから最終的に相談にもっていこうかと……」
「いや、構わんよ。ウマ娘の希望をなるべく叶えながら勝利を目指していくのが俺の方針だ。行きたい道があるのならば『無理に』とは言わないが……」
「が?」
言葉を切った石河トレーナーは、私に真剣に語り始めた。
「リンちゃん……憧れている存在が居るのはいい。それを目指すのも真似るのも間違ってはいない。
だが、お前は『セキトカイゼリン』なんだ。どう頑張っても『トウカイテイオー』にはなれん。テイオーが会長であるルドルフに憧れていた話は……知っているか?」
「!!」
「テイオーはルドルフを超えたかった。でも出来なかった。
お前は、ルドルフを超えられるか? もし超えたとして、テイオーはお前をどう見る? ああ見えてテイオーのヤツは意外と嫉妬深いぞ」
優しい石河トレーナーの声に。
私はただ……憧れていたダケで、その先に何が待つのか。考えてもいなかった事を悟らされる。
「今現在のお前のトレーナーとして、もう一度言う……忘れるな。お前はセキトカイゼリンだ。
だから『トウカイテイオーに憧れて、それを目指したセキトカイゼリン』にはなれるが、どんなに頑張っても『お前がトウカイテイオーになる事はできない』。それを踏まえたうえでどうするか。
もう一度、良く考えたうえで、慎重に結論を出しなさい」
真摯な石河トレーナーの言葉に、私は頷くしかなかった。
「あの……テイオー先輩、お話があります」
「?」
翌日。
喫茶店に呼び出したテイオー先輩を前に。
私は幾つか、質問をぶつける
「なに、ボクに聞きたいことがあるって?」
「その……気に障ったらごめんなさい。
ケガをする前、テイオー先輩はルドルフ会長になれると思っていましたか?」
その言葉に、テイオー先輩は少し顔をしかめた後、あっけらかんと答えた。
「違うよ。ボクは『会長を超える』ウマ娘になりたいと思っている」
「!?」
その言葉に、私は間違えた事に気づく。
ああ、そうか……テイオー先輩は会長を『超えたい』とは思っても、会長に『なりたい』とは思ってはいなかったのか。
そして、それは……
「現在進行形なんですね」
「もちろん!
っていうか……キミの上のお姉さんだって凄いじゃない? クラシック路線捨てて、いきなり宝塚に挑戦して勝ったんだよ? あんな事、誰も真似できないよ?
……正直、ボクはキミのお姉さんに勇気を貰った。
『定石なんて知ったことか、道が無ければぶち壊して進め、俺が歩いた後が道になる!』……かっこよかったよ、いろいろな意味で」
「そうですか。それは妹として嬉しいです。
あと、一つ……その、不躾とは分かってますが……その、仮に、私がルドルフ会長を超えたら、先輩はどう思います?」
「え? そりゃ決まってるじゃない♪」
にこやかに笑いながら。
「絶対に悔しいと思う。
ステージや人前ではおめでとうって言うけど、一人になったらわんわん泣いてる。『なんでだー!』って……色んなものに八つ当たりしながら。
っていうか……ある意味、君のお姉さんが現在進行形で別の形で会長を超えつつあるからね? このままキミの姉さんが秋天もJCも無敗で突っ込んで。クラシックのほうも一度ぶつかった皐月以外無敗の『あの子』と再び有馬でぶつかったら……今、あの舞台に立てない自分が、凄くもどかしかったりするよ……」
「あは、あはは……キッド姉さんですか……」
超だらしなーい天才肌のキッド姉さんの実態を知っているだけに……まあ、幻想は幻想で置いておいたほうがいいだろう、と思い。
「ありがとうございます。自分の中のもやもやが凄く晴れました!
この先どうなるか分かりませんが、これからも先輩としてよろしくお願いします!」
「? え、えっと、どういう事、なの?」
「その……沖野トレーナーにまだ話していないんですが……憧れてるテイオー先輩のいるスピカに移籍したいな、って思ってまして」
その言葉に、テイオー先輩は石化し……
「えっ? えええええええ!?」
「で……アルデバランからウチにリンが来たってワケ?」
喫茶店で、同じチームメイトになった、親友でありライバルでもある、ウオッカとダイワスカーレットに経緯を話した。
「はい。……なんか姉さんたちが色々裏で暗躍したらしいですけど、詳しい事は私も知りません」
「そ、そう……まあ、知らぬが花よね……」
「だな……」
ひきつった顔で、紅茶やジュースをすする二人。
後に……移籍が決まった後、沖野トレーナーが姉さん二人に『ウチの妹に変なセクハラしようものなら……』と、鬼人のような顔で締め上げられていたという裏話を私が聞いたのは……学園も卒業間近になってからの事であった。
「でもなんだかんだ、いいお姉さんたちじゃない?
心配して気に掛けてくれた上で、執着するんじゃなくてちゃんと妹を手放して他人に預けようって……なかなか出来る事じゃないと思うよ?」
と、スカーレットが言うと。
「ほれ、お前の上のキッド姉さんなんか、最終的にウチのトレーナーに扇子が五本入った箱渡してたぞ。
なんの意味か分からなくてスぺ先輩がグラス先輩に聞いたら『剣術道場なんかに弟子入りするときに、束脩として渡すもの』だとか……『ずいぶん古風な事をなさるお姉さんだ』ってグラス先輩が苦笑してたくらいだからな」
更に、ウオッカまで続けてきた。
「やだもう……姉さんたち、そんな事までしてたの? 恥ずかしい……」
「いいじゃん、何だかんだ愛されてる証拠じゃねぇの?」
「最強のお姉さんたちじゃない」
そう、何だかんだと、二人とも私にとって自慢の姉であり……
「あ、トレーナーに呼ばれてるんだった」
「そう、俺もちょっとゴート札の秘密を暴きにカリオストロ行かなきゃ」
「「いいから座れ」」
「「はい……」」
少し離れた場所で。
どんな逃げウマ娘だって逃げようもない状況下に置かれている、どこかで見かけた二人のウマ娘が。
更に芦毛でもさもさ頭の二人のウマ娘に、膝詰め説教を喰らっていた。
「……………(我が家の大恥さらし!!)」
「ねえ、リン、あの説教大会になってるウマ娘たちって……」
「確か、リンの……」
ウオッカとスカーレットの二人が指さした先を、意図的に無視して。
「……知らない人。さっさと行こう、二人とも」
何はともあれ、キレたクアッド姉さんには関わらないに限る。
我が家の問題児二名に対し、割と死んだ目で知らない顔をすると、一緒にお茶をしていた二人を促して、その場を立ち去った。
すいません、ゴルシが出て行ったくだりを修正します。
チームの人数の上限、完全に勘違いしていました。
あと、体調不良が続いている事と、年末にかけてそろそろ慌ただしくなっていくので、更新頻度が相当落ちると思われます。
とりあえず、一足早いですが、皆さま良いお年を……