「え……?」
スタート直後。
ダッシュに失敗して馬群に飲まれたまま、周囲をがっつり固められた
俺は首をかしげた。
「会長……アレって競馬のルール的にアリなの?」
「一応、ルールに反してはいない。いないが……かなり大人げないよ」
その言葉に、俺は納得する。
そりゃそうだ……。
観客席のほうからは『バカヤロー!!』だの『ふざけんなー!!』だの、ざわめきと怒声がこの馬主席にも聞こえてくるくらいである。
「まあ、ゲームに真剣な人たちが大人げないってのは、ドコも相場が決まっていますし」
「怒らないの?」
「いや、まあ……イカサマは嫌いだけど、テクニックは嫌いじゃない人間なんで」
程度によりますが、と付け加え。
「昔、カードゲーム始めた頃。
地元の店で、何も知らずに紙束デッキ使っていた初心者の俺に、ネクロとステイシスとクラフト系無限コンボと土地破壊ぶち込まれて、全試合なぶり殺しにされた事を思えば、まだまだ有情だと思いますし」
「それ、完全に初心者潰しとしか思えないんだけど……」
「何言ってるんですか」
にこやかに笑いながら、俺は会長に返す。
「二週間後にオリジナルデッキ組んで、全員にリベンジ果たしましたよ」
(あああ、やばいやばいやばいやばい!!)
ご機嫌斜めを通り越して、憤怒のオーラが立ち上っているキッドに騎乗しながら、失策に内心頭を抱えた。完っ全に耳は頭の後ろにピッタリ付いて眼光はギラついている。
最初、抑えて最後方から追い込みの競馬が出来ないかと試みたのだが……なんと周囲全てがほぼ同時に引いて、ロックされた状態のまま第一から第二コーナーを回って向こう正面まで行く事になったのである。
「あ、あんたら(逃げ失敗した逃げ馬に)そこまでやるか!?」
「やらないと勝てん!」
「逃がすワケないだろ!」
もー完全に全員結託して、このままゴールまで突っ込む気満々である。
ただ、最後の直線だけはバラけるであろうから、もうそこに賭けるしか……
……上等だ。
「は?」
一瞬、鞍下からそんな声を聞いたような気がして……次の瞬間、前で壁になってる馬に、物凄い勢いで突っ込んで煽り始める。
「ちょっ、おい!」
手綱を引くも、言う事を聞く気が無い。
……まずい……完全に掛かった……というより……
「頼むから退いて! キッドが『キレた!』」
『退けっちゅーとんじゃこんボケ共があああああああ!!!』
『ひいいいいい』
『そ、そう言いましてもぉぉぉぉぉ!!』
『退けぇい!! 退かんと踏み殺すぞボケ共があああああ!!!』
前を行く鞍上にコントロールされて、必死にブロックされるも。
全力で俺に威嚇されまくった周囲の馬たちがコントロールを失い始める。
現時点で、俺の馬体重502キロ。
確かに古馬相手のレース故に、俺より大きい馬も居る事はいるが……俺、絞ってこの体重だからね?
『出せおらぁ!! 道を開けろ、開けんかい!!
俺怒らせてタダで済むと思うなよ!!!』
殺気全開でキレ散らかす俺に威嚇されまくった結果、レースごと放り出して逸走して逃げ出したい周囲の馬を、ベテランならではの手綱さばきでコントロールする周囲の鞍上たちだが……もともと馬ってのは臆病な生き物である。
何より……俺は……俺は……
『俺は……今年の有馬まで負けられんのじゃあああああああああ!!!』
そして……とうとう……
「うっ……くそっ!」
最後の第四コーナー。
直ぐ前の最内を走っていた鞍上のインが、遠心力も含めて僅かに膨らんだ所を……
『だぁらっしゃらおらぁぁぁぁぁぁ!!』
「ぐっ……おおお!!」
その隙間から、かなり無理やりに突いて、先頭に抜け出した!
少し内ラチに体を擦ってるが今は知ったこっちゃない!!
「行けっ! キッド!! ぶちかませ!」
そして……兄貴の鞭が入った!!
『第二コーナーを回って向こう正面1000メートルを越えて、タイムは62秒ジャスト。ほぼ一群となってスローペースで進んでいく! 一番人気のバーネットキッド周囲を馬群に囲まれて苦しい展開! 間もなく第三コーナーを回って行くところ、先頭を行くコイントスを筆頭に、ほぼ団子状態! 完全に馬群のオリの中に怪盗が封じられた中で、ここから各馬どう動くか!
さあ第四コーナーにさしかかりました! おっとここで僅かに膨らんだ内を突いてバーネットキッドが来たっ! 来たっ! 来たっ! 凄い加速で前を走るコイントスを交わす! しかし後続もペースをあげる! 外からヘヴンリーロマンスが来た、ファストタテヤマ来た! スピード勝負! 最後の直線のたたき合い! 三頭並んだ! 並んだ! 並んでゴール!! 僅かにバーネットキッド内から差し切ったーっ!!
正にハナ差圧勝!! 最後の直線で見せたロングスパートの大脱走!! 見事に馬群のアルカトラズからの脱獄を成功させましたバーネットキッド!! 勝ち時計は2分2秒1。二着はヘヴンリーロマンス、三着にファストタテヤマ!』
『うわあああああああああああああ!!!!!』と……外野スタンドから、雨音を吹き飛ばす、地鳴りのような歓声が鳴り響く中。
俺も含めた馬主席のオーナーたち全員、第四コーナーから最後の直線を経てゴールに突っ込むまでの光景を見て呆けた後に……パチ、パチ、と篠原会長の拍手に正気づいた各オーナーが、俺に祝福の拍手を鳴らす。
「おめでとう!」
「いやぁ……凄いなぁ……」
「あそこを抜けるか……」
『いいモノを見せてもらった』と言って、俺を賞賛してくれる各々のオーナーたち。……無論、全員、目が笑ってないが。
「ありがとうございます! じゃあ撮影に行ってきます!」
と……
『ひひひひひいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃん!!』
札幌競馬場全てを揺るがさんばかりの、キッドの咆哮が響きわたる。
……うわぁ……分かってはいたけど、相当ご機嫌斜めだぞ、キッド。
騎手インタビューにて。
「石河騎手、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「道中、スタート直後から囲まれるという厳しい状況になりましたが」
「まあ、あの状況下でマークされる事は、仕方ないと言えば仕方ないんですが……途中、向こう正面あたりの馬群の中でキッドが完全に掛かっちゃって、正直本当に怖かったです」
「まさに、想像を絶する苦闘だったようで。石河騎手、失礼ですがヒゲに芝が……」
「ああ申し訳ない、脱獄直後なもので……本当は捕まる前に逃げ切るつもりだったのですが」
「まさに第四コーナーから最後の直線にかけて、プリズンブレイクといった感じのロングスパートでした」
「そうですね、キッドの本来の走り方ではないので、本当にもう厳しかったですが、二の脚の要領で頑張ってくれて……なんとか無敗の怪盗の名を貶めず、事故も無く済んで正直ほっとしています」
「この調子で、秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬と駒を進められる予定が発表されていますが、意気込みなどは?」
「まず秋の天皇賞を勝つ事を目指して……そこからはハードスケジュールになるんで、一戦一戦、丁寧な騎乗を心掛けながら、今年の最終目標である、有馬を目指したいです」
「ありがとうございました」