その日。
『世界の果て』に逃げてきた俺は。
運命に出会った。
「なあ、キッドってさ……幾らくらいの競り値がつくんだろうな?」
そんな事を、ぼそっと。
俺――蜂屋源一はクラスメイトの石河に漏らした。
「あー、まあ値段以前に、買い手が付けばいいほうじゃない?
血統的にも、父ちゃんノーザンキャップだけど、母ちゃん側が色々面白すぎるから、値はつかねぇだろ」
「でも、一応、母父だってGⅢ勝ってるじゃん。母母はシュンサクヨシコだから、叔父のヒシミラクルみたいなイッパツとかねーかな?」
「まあ、あったらいーな。
そもそも、母父が種牡馬入りして一年かそこらで早死にしてるから、確か産駒がウチの『レイヴンカレン』含めて『六頭』しか残ってないんだっけ?
牡馬はほとんど走らず、牝馬はほかにあと二頭で、残りが走る前に死んじゃったか何だったか……だっけ?
そんな馬が走ってくれたら、夢『は』あるよな……夢『だけ』は」
そう。
生産学科で、実習用の『教材』として購入された『レイヴンカレン』の経歴は、あまり褒められたものではない。
一応、中央で二歳の新馬戦を勝ち、さらに一勝……したところで、故障が発生。
予後不良による安楽死こそ免れたものの、競走馬としてはソコで終わってしまい。持て余されていた所を、実習用の『教材』としてウチの学校に売られてきたのだ。
ウチの学校の生産学科で求められた条件が、『毎年、実習用の授業に必要な仔馬を産めそうな、可能な限り若くて大人しい牝の純サラブレッド』という条件で、それに一番かみ合ったのが、この『レイヴンカレン』であり。
だから、結構……というか繁殖牝馬にしては若い。怪我さえ無ければ、普通にレースに出ていても、おかしくない年齢なのだ。
更にいうならば、その『褒められた成績ではない』彼女が、母父の産駒の一番の稼ぎ頭という段階で、血統的な能力は『お察し』状態である。
そして、その初産が、キッドだったのだが。
「母馬も見放す癖ウマだもんな……」
原因は、母馬にあるのか、それとも生まれた仔にあるのか。……多分、後者だと思うが。
いわゆる、育児放棄をしてしまったのだ。
まあ、ただの育児放棄ならばフォローの範疇。聞くところによると、生まれたばかりの仔を殺しにかかる母馬すらいるらしいし、それに比べればまだマシといえばマシだろう。
……ただ、今年。もう一度、同じ血統で繁殖には成功しているらしいのだが……その仔まで育児放棄となったら、いよいよ
願わくば……キッドが良い馬主に買われ、活躍してくれる事を。
「……」
祈る……だけか?
だって、俺は……もしかしたら……
「あのさ、石河、お前ん家、調教師だったよな?」
「おお……なんだよ、蜂屋?」
「色々聞きたいんだけど、馬主になるのって色々資格の条件があったよな?」
「あ? 地方走らせるんだったら、大体年収500万くらい必要らしいけど?
ちょっと景気のいい飲み屋のオッチャンとか、まれに馬主やってたりするぜ?」
「中央競馬と、何が違うんだっけ?」
「あそこは別世界。
っていうか、おめー、キッドの馬主になる気か?」
「いや、ほら……授業だとキッドが売られるまでだけど、その先でどうなるのか、って考えちゃってさ」
「あー、っていうか正直なー、社田井みてーな、馬に自分も従業員も含めて人生万人単位で賭けてるようなお化けグループ以外は、馬というより『馬主』っていう『ステータスを買ってる』ような部分が大きいからな。
馬の勝ち負け云々よりも、社交場としてコネをつなぐための場所って感じだぞ。マジモンのブルジョワ様の吹き溜まりって感じだったわ」
「へぇ……行ったことあるんだ?」
「一度だけな。
ガキの頃、親父……っつーか、テキに連れられてG1に。
俺まで可愛がってくれた良い馬主さんでさ……結局、ウィナーズサークルには入れなかったけどな」
と……
「それより蜂屋。おめーがキッドの馬主になるってんなら、ウチに預けてくれよ。預託料、負けておくぜ♪」
「ああ、そん時は頼むよ」
そして……静舞農業高校の昼休みに、寮の食堂で交わされた、この日の約束は。
一年後、実行される事になる。