Re:escapers   作:闇憑

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天皇賞(秋)に向けて

 秋。

 それは、数多の生きとし生ける物が、冬という厳しい季節に向けての支度を始める季節である。

 

 人間は、服というモノを発明した結果、保温のための体毛が不要になり、大幅に毛が少なくなった。

 では、俺たち馬はというと……

 

『痒いー』

『あー、そこそこ』

『ブラッシング気持ちいいー』

 

 こうやって、みんな揃って夏毛から冬毛に生え変わる季節なわけなのだが……

 

『ふぇっくし! ……クアッド……お前……』

『なあに、兄さん?』

『いや、いい……』

 

 毛が……クアッドの抜け毛が凄い事に……近くにいると細かい抜け毛がふわふわ飛んできてくしゃみが止まらん。

 本当に正体はアルパカか何かなんじゃなかろうか、こいつ……どう見ても競走馬に思えない。

 というか、ブラッシングで抜ける毛の量が俺の三倍くらいあるんだけど!?

 

「ブラッシングっつーより、羊やアルパカの毛刈りをしてる気分になるな。掻いてる熊手が正月飾りみたいになっちまった……」

「なあ、兄貴。一度、クアッドの冬毛が生えそろったら、カットする前に綺麗にシャンプーして整えて写真撮らない?」

「いいね、オーナーに許可取ってやってみようぜ?」

 

 と……本日の調教を終えて、俺やクアッドのブラッシングをしてる石河兄弟。

 

「しかし、クアッドはこんなにもフサフサなのにオヤジは……かわいそうになぁ」

「抜け毛の量は増えているのに、冬毛が生えるどころか頭が冬だもんな」

「いっそ、このクアッドの夏毛を植毛してやるべきかな?」

「『毛量豊富に生えますように』って? っつかむしろ、案外、クアッドが毛根ごとオヤジの髪の毛吸い取ってんじゃねぇ?」

「じゃあ植毛しても片っ端から吸われちゃうし、ヅラにして還元すべきかな?」

 

 笑いながら実の父親に酷い事を言いつつも。

 丁寧に俺とクアッドのブラッシングをしてくれる石河兄弟。

 

 そう、天高く馬肥ゆる秋。

 我らが調教師たる石河パパの頭皮の毛根は、絶対防衛線を突破してバーコードすら維持困難な、戦争末期の殲滅戦に入ってしまったのである。

 

 一度「キッドを秋天じゃなくて、菊花賞狙いにクラシックに戻して二冠狙ってみませんか?」などと馬主君に振ったそうだが「3000mの菊花賞でディープと当たるより、2000mの秋天のほうがずっと勝算あるでしょう?」と、バッサリ切り落とされたらしい。そりゃそうだ。

 

 ……なんでも聞くところによると、石河パパはここ半年、頭皮へのマッサージと育毛剤の散布に余念が無いとか。

 ストレス激しいんだなー、調教師って。そういう意味じゃ馬で良かったわ♪ さあ、次の秋天に向けて、どんな芸を磨こうかなっと♪

 

 と……

 

「俺がどうしたって、ん?」

「いや、あの……」

「なんでもないです」

 

 調教師に声をかけられた石河兄弟。

 

 だが……もふもふ冬毛のクアッドを見て。

 それから、木枯らしが吹き抜けていくパパの頭頂部を見て。

 

「……お前ら、晩御飯、全部キュウリな」

 

 ぴきり、とカンシャク筋の浮かんだ頭で、父が息子たちに宣言した。

 

 ……後に。

 もふもふ冬毛な姿のクアッドの写真が、ネットやテレビに上がって好評を博した事により、引退後のクアッドの運命が、普通の馬とは少し変わったルートを辿る事になるのだが。

 それはまた、別の話である。

 

 

 

「はーい、キッドー、馬運車に乗るぞー」

『おう……って、え? レースじゃないよね?』

 

 そんなこんなで、秋天に向けての調教をしていたある日。

 俺は馬運車に乗せられて、移動する事になった。

 

『? 海岸?』

 

 で、連れて来られた先は、白い砂浜。

 更にもってして、テキも馬主君も勢ぞろいである。

 一体、何をするのだろうか……って。

 

「じゃあ馬装をよろしくお願いします」

 

 いつもの厩務員君たちと一緒になって、専門家と思しき方々が、鞍やらハミやらを付けていくのだが……競走用とは明らかに違う、やけに極彩色なヒラヒラした鞍や飾りが……これ、江戸時代とかにお殿様が乗る馬の装備じゃね?

 というか、ゼッケンの名前がひらがなで『ばぁねっときっど』って金糸で刺しゅうされてるのって……

 

「JRAの宣伝用ポスターの撮影だからな、頑張れよ、キッド」

「どうせなら派手にやろう、って話になってな」

 

 そして、最後に現れたのが……

 

「お久しぶり、キッド君」

『殿ーっ!?』

 

 白塗りチョンマゲスタイルでバカ殿姿の園長が、ひょっこりと顔を出したのである。

 

「よろしくお願いします園長……っていうか、本気で乗馬できるように特訓したって」

「そう、もう大変だったけど、なんとか乗れるようになった。いや本当に気持ちいいね、馬の上の景色って」

 

 えー、つまり、某荒ぶる将軍様よろしく、園長あらため殿を乗せてこの海岸線を俺がつっ走るって事!?

 

 ああ、だからか……やけにカメラが回ってるのって。

 おそらくこの撮影風景も番組か何かで使われるんだろうなぁ……よし、そうと決まれば、撮って撮って♪ カメラにあいーんキメちゃうぞ~♪

 ああ、ふりーだーむ♪ 波打ち際もダッシュでいけそうだぞー♪ ひゃっほーい♪

 

 

 

「……すげーはしゃいでやがるな、キッドの奴。

 しかし、前代未聞だよな……現役のG1馬が、こんな風に屋外ロケの撮影に使われるなんて」

 

 ここ最近、厩舎で見た事も無いようなウッキウキの足取りを刻みながら、鞍上に園長を乗せて海岸線を走るキッドの姿に、少々呆れてしまう。

 

「まあキッドが大人しいのと、馬主である俺やJRA含めた周囲が協力的だってのが大きいしな……何より、札幌記念で溜まったフラストレーションを解消するなら、こういう形のほうがキッドは大好きだろうし」

 

 楽しそうなキッドを眺めながら、蜂屋がつぶやいた。

 

「G1馬だ何だったって、アイツの本質は静舞の悪童だった頃と変わんねぇよ……人間と遊ぶのが大好きなんだよ。

 それに、秋天以降は有馬までノンストップだし、もう撮影というか『園長と遊んでもらえる』チャンスなんて『今しかない』だろ?」

「まあ、そうだよな」

 

 札幌記念の後も、調教で機嫌が悪い事が多かったため、軽い短期放牧でご機嫌取りをする一環で今日の撮影に至ったのだが……思った以上に効果が出ているようで、オヤジも俺も、内心ホッとしてる状態である。

 

「なんだろうな……本当にホースショーとかの道に進んだ方が、あいつは幸せだったのかもしれんとか考えちゃうな」

「まあ、馬の背中に乗っちまった夢って、馬の意志で降ろせるモンじゃねぇしな」

 

 宝塚記念の後に発売されたキッドのぬいぐるみの売れ行きは好調なようで、復刻版のオグリのぬいぐるみと共に売れてるらしく。嘘か真かJRAの神棚にオグリのぬいぐるみとセットで祀られているとか何とか……あと、ディープとキッドのライバルセットも結構売れているらしい。

 

「まあ、機嫌が直ったようで何よりだわ……あとは秋天に向けて、調教よろしく頼むな?」

 

 にこやかな笑顔で、さらっと無茶振りする馬主様。

 こやつ……分かって言ってるだろう。

 

「それはオヤジに言ってくれよ。ってか、未だにパドックで大人しくさせるアイディアが無いんだぞ? 増して……宝塚で色々やらかしたスイープトウショウが秋天にも来るんだ、もう嫌な予感しかしねぇ……」

「礼を芸として教えるとか?」

「それ、やってんだけど……ヤツはどこかで必ず笑いを取りに来る真似をするから、途中までシリアスに進む分、破壊力が半端ないんだよ」

「ならいっそ目隠しでもするとか?

 要は秋天のレースだけ何とかなればいいんだから、一回限りだったらキッドを騙せる可能性は無くない?」

「目隠し、か……要は人間の反応が面白いから遊んでるワケだし、やってみる価値はあるかもな」

 

 なんか面白くなってきたのか、鞍上の殿と一緒に笑いながら海岸線を突っ走るキッドを見て『とりあえず使えそうなアイディアだ』と、候補に入れる事にした。

 

 

 

 後に。

 志室園長は番組内で『練習で乗った乗馬よりも素直に言う事聞いてくれた。滅茶苦茶頭がいい馬だ』と答え。

 付き添ったタレント馬の管理調教師が『もし万が一種牡馬になれなかったら、是非とも俳優馬としてウチに欲しい』と答えるに至るほど、スムーズに撮影は進み……

 

「じゃあ、最後に、志室さん。馬上からこちらのカメラに『あいーん』をください」

「はい、せーの……あいーん」

『あいーん♪』

 

 鞍上の殿と揃って、カメラに向かってあいーんをキメたりと。

 

「おい、撮ったか!?」

「ばっちりです!!」

 

 『CGじゃねぇか?』と疑われるような、それはそれは奇跡の撮影ショットを連発し。

 更に撮影時間が余ったので、園長とキッドは、そりゃもう楽しそうに一緒に海ではしゃぎまわったのであった。

 

 

 

 なお、映像やポスターが評判になり『本当の主戦騎手は殿だろう?』と騎手仲間に揶揄され、『鞍上取られちゃったよ』と少し拗ねる石河の兄貴の姿があった事を、ここに記しておく。

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