Re:escapers   作:闇憑

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未だに色々バタバタしていますが、とりあえず、幕間的なモノで、お茶を濁す程度には何とか……本編はまだ少々お待ちください


幕間――とある馬主の回想

 逸材だ。

 

 見出した馬を見て確信した。

 血統こそ、現在では非主流のダンジグ系の血統。

 だが、この馬はダービーを……否、三冠すら狙える力がある。

 

 そう確信していた。

 

 性格も大人しく従順であるが故に仕上がりも早く、現場からの報告では新馬戦の始まる6月からレースを始められるとの事。

 これ程の逸材ならば、早々にレースで叩き上げるに限る。

 そう思い、福島競馬場の新馬戦に送り込んだ。

 

 そして、その馬は新馬戦で2歳のレコードタイムを叩き出した……そう、その『新馬戦が行われるまでのレコードタイム』を。

 

「は……?」

 

 全くのノーマーク。

 昨今の競馬では非効率で弱いとされている大逃げで、レコードタイムを更新した芦毛の馬に、私が見出した馬が敗れたのである。

 

 しかも……農業高校の授業実習で育てられた馬だと!?

 

「ばかな……」

 

 とりあえず、次の未勝利戦に愛馬を登録しながらも。

 その芦毛馬の情報を集め……益々、頭を抱える事になる。

 

 なんだ、あれは……本当に馬なのか?

 

 そもそも、あの脚の関節の可動域は柔軟なんてレベルの代物ではない。本当に馬の関節構造や筋肉の付き方をしているのだろうか?

 更に、食事に関しても競走馬として益々ありえない。オグリキャップ? あれは突然変異……いや、その孫だから隔世遺伝もあり得る……のか?

 分析すればするほど、益々ワケが分からなくなっていく。馬の姿かたちをしているだけの別の生物なのではないのか!? 

 

『まあ、馬じゃなくてUMAって言われてましたね』

 

 研究のために録画した動物番組で、問いに答えるオーナーに思わず悪態をつきたくなる。

 ……未確認生物を競馬場に持ち込むな農高生! 真剣に分析するこっちの身にもなってみろ!!

 

 

 

 私の見出した愛馬は、続く未勝利戦、OP戦と順調にレースレコードで勝利し、本日行われる、年末の二歳馬の総決算である朝日杯へと、文字通り駒を進めていった。

 

 無論最大のライバルである『ヤツ』の情報収集は怠ってはいない。

 いないが……あの芦毛の珍獣の情報を集めれば集めるほど、馬に人生を捧げた者として、名状しがたい狂気に触れている気分になってくるのである。

 

 ……なんだ三年寝太郎のカッパ馬って……競馬ゲームじゃないんだぞ。

 それに調教内容も尋常じゃない……普通の馬だったら潰れているような調教内容を、シレっとこなしながらも、食欲は増す一方だとか。

 

 ……いや、そうか……プールか。

 

 500キロ級の大型馬である以上、四肢に掛かる負担の大きさは他の馬よりも大きく、自然、蹄や脚への負担を考えれば、調教も慎重にならざるを得ないが……それを補う意味でプール調教の多用だろうか?

 元来、補助的に行われるプールでの調教は、精神的なリフレッシュが基本的な目的で、当然ながら直接的な脚力に直結はしないものの、総合的な運動量の増加が心肺機能の向上をもたらしたとするならば……

 

 無論、同じ事を他の馬に……というワケには行かない。

 過負荷に耐えきれずに潰れてしまうのがオチである。

 

 ……なるほど、強いわけだ……

 

 強靭な内臓と精神力によって維持された膨大な食事量に、それを消費するプールも含めた膨大な運動量。更に長時間睡眠でそれらを血肉へと効率よく変換して得た、尋常じゃないスタミナに任せて、先頭からレースそのものを加速させて支配し……昨今の定石である第四コーナーから最後の直線に入って仕掛ける頃には、もう並の馬はスタミナ切れで勝負なんて出来る状態じゃない。

 

 現代の競馬では一般的な『第四コーナーからよーいドン』の展開に必要なのは、瞬間的なスピードの瞬発力。

 その能力に秀でている者が血統的に多いからこそ、数多のサンデーサイレンスの産駒は重宝されているのだが……その展開そのものを封じてきた、異端の馬を思い起こす。

 

「タップダンスシチー……の強化型、と見るべきか?」

 

 そもそも、本当に強い逃げ馬が居るレースというのは、展開が早くなってレースが締まった結果……駆け引きの余地が小さくなりレース自体の難易度が上がる。

 無論、それは暴走による自爆と紙一重――ツインターボなどが代表例――の戦い方ではあるものの、あの馬は、それを豊富な練習量と食事量で得たスタミナで、その諸刃の剣を使いこなしてレースに挑んでくるのだ。

 

 ただ、まあ……強さの秘密は割れた。

 ならば、このレースでの勝ち筋も見いだせるのではなかろうか……と、考えていると。

 

 馬主席の静かなざわめきに目をやると、丁度、件の珍獣の馬主が現れたところであった。

 

 こう、なんというか……第一印象としては、嫌になる程に特徴のない『普通の青年』だった。

 

 量産型のリクルートスーツに身を包んで、ドレスコードに触れない程度に身なりを整えた、少年の面影すら残した青年が、恐らく生まれて初めてであろうG1レースの馬主席の雰囲気に飲まれてオドオドしていた……のだが、どうやら知り合いが居たらしく、彼に手助けされていた。

 

 まあ……噂によると、テレビ局や出版社から押し込み強盗のような取材を受けて雲隠れしてる最中らしいので、ああもなろうか。

 

 そして……

 

「う、うぅむ……」

 

 その日行われた、朝日杯FS。

 勝利を期待した私の愛馬は、最後の直線で届かずに二着に終わった。

 

 

 

 その後の『ヤツ』の軌跡は、凄まじいモノだった。

 共同通信杯、皐月賞、そして……ダービーに挑まず、クラシック戦線を早期離脱しての三歳で宝塚記念の勝利。

 

 対して、私の見出した同世代の期待の愛馬は……クラシック戦線のG1で二位、三位と掲示板に載る善戦を繰り返してはいるものの『ヤツ』と『ヤツのライバル』と目された二頭によって、G1の舞台で完全に蓋をされてしまい。預けてる厩舎との相談の上、彼の二頭とぶつからないマイル路線への転向を考えている状態である。

 

 事、ここに至っては、もう認めねばなるまい。

 あれは……あれら二頭は『時代を作る馬』なのだろう。

 

 ナリタブライアン、トウカイテイオー、テイエムオペラオー……そして彼の馬の祖父、オグリキャップのような。

 おおよそ、数年~十数年に一度の割合で生まれる、時代に愛され、競馬という枠を超えてファンに求められる馬。

 

 そういう馬を生み出したいと思い、馬に人生を捧げて来たこの身だが。

 どうやら……残念ながら、今年も手が届かなかったようだ。

 

 ただ、それだけに……

 

「惜しい……」

 

 あの二頭の片割れ。

 芦毛の怪盗のほうは『次』に繋がる可能性は、まず薄いだろう。

 オグリキャップは、その才能を産駒たちに伝承させる事はなく――無論、サンデーサイレンスが日本に導入された時期と重なった不運もあるが――早々に種牡馬として終わった。

 今、我々が目にしているのは奇跡の欠片に過ぎない。

 

 だが……

 

「『一度きりの奇跡』と見捨てるには……あまりに惜しい」

 

 聞けば、彼のオーナーは繁殖など全く考えてもいないという。『種牡馬になれるか否かも怪しい、需要の無い血統である』と。

 だが、その出自を実力で覆し続け……ついには三歳で宝塚記念をとってのけるという、前代未聞の記録を打ち立てたのだ。

 

 また、なんでも彼の馬の全弟もデビュー間近だとか。聞いたところによると、兄と似て相応の素質馬だと聞く。つまり逆説的に『全血の弟の結果次第では』その強さを『血統として』証明できたならば……次に繋げる意味も可能性も出てくる。

 

 そして、仮にもし、そうであるとするならば……社田井を超えんと目指すウチのグループの厩舎に、種牡馬として招く価値と意義は大いにある。

 

 ならばこそ、彼の馬の強さの秘密を血統面から知る必要性を考え……今となっては血統再現が不可能となった母馬が暮らす、静舞の農業高校に見学を申し込んだものの。

 どうも見学希望者が殺到しているらしく、生徒の授業に支障をきたすために、現在、学園祭を除いて見学はお断り状態なのだとか。

 

 さもありなん。

 

 だが、彼の馬を産んだ牝馬の産駒……父トウカイテイオーの半妹が、今年のセールに出てくるとか。

 

 その強さの秘密……ひいては、知能と運動量、そして食事量の秘密を探る、またとないチャンスであると思い、社田井のセレクトセールに顔を出す事に決めた。

 

 そして……

 

「ほぉぅ……」

 

 尾花栗毛……否、尾花赤毛と評したくなる、美貌馬がそこにいた。

 

 ……昨今の農高生は本当に侮れないな……いや、むしろ非営利の学校という組織だからこそ、ここまで挑戦的で大胆な配合と調教が行えるのやもしれん。

 

 やがて、セールが始まり……

 

『7500万!!』

 

 私が提示した差し値は、少々……いや、かなり予算をオーバーしていた。

 が、それと引き換えに静舞農業高校の……ひいては、レイヴンカレン産駒の秘密を、いち早く手に入れられるのだ。

 

 この程度の金額、投資と考えれば安いモノである。

 

 ……が。

 

『1億!』

「む?」

 

 彼の馬……芦毛の怪盗のオーナーが付けた差し値に、私は戸惑った。

 1億……1億、か。出せない金額ではないが、秘密を知る対価として考えると悩ましい所である。

 

 暫し、懊悩し……そして、私は経営者としての合理を取った。

 ……仕方ない。来年以降のレイヴンカレンの産駒に期待……って……

 

「はぁ?」

 

 テイオーステップを刻んでステージを去っていく牝馬を見て。

 思わず私は間の抜けた声をあげてしまった。

 

 

 

 その後。

 落札直後に勃発した見苦しい騒動に身を任せるような、愚かな真似こそしなかったものの。

 その日の夜、誰にも醜態を見られないよう、私はホテルの自室に鍵をかけて少々やけ酒を呷った。

 

 なんだ……何者なのだ、あの一見、平凡な外見と人当たりの青年は!?

 怪盗といい、あの牝馬といい、彼の相馬眼は一体『馬の何が見えているというのだ?』。

 

 あの会場で、もみくちゃにされながら興奮したご老人に首を絞められる青年を思い出しながら……しかし、どう考えても彼の相馬眼の正体が、私には全く理解できなかった。

 

 

 

 なお、余談だが。

 数年後に件の牝馬が、繁殖に入って産駒がその真価を発揮し始めた時に。

 私は、今日のセールを思い出し、再び酒を呷った事を、ここに記しておく。




モデルは去年お亡くなりになりました、あの御方です。ご冥福をお祈りします。
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