Re:escapers   作:闇憑

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東京競馬場 第10レース  第132回天皇賞(秋)(GⅠ)その2

「……だ、大丈夫かなぁ、キッド……」

「スイープトウショウとの相性の悪さが、あそこまでのモノとは思わなかった……」

 

 パドックに降りて石河のオヤジさんと会話しながらも。

 とりあえず、汗だくで怯えてるキッドが、騒ぎを起こさなかった事に安堵して、観戦のために馬主席に戻り。

 

 そして、返し馬から輪乗りまでは順調だったものの……ゲートインの風景を見て絶句。

 

「……おいぃぃぃぃ……」

「……うわぁ……」

 

 ああ、スイープトウショウのオーナーが、俺と同じチベットスナギツネみたいな目になっておられるよ。

 

「は、蜂屋オーナー、宝塚といい、本当に申し訳ない」

「いえいえ……生き物相手ですし」

 

 馬主である以上、馬のトラブルはお互い様である。

 ……というか、いつもはウチの癖馬がパドックで周囲に迷惑かけているワケで……

 

「しかし、本当だったんだなぁ……美浦と栗東で離れていて良かった」

「は?」

「いえ、ウチのスイープが、そちらのキッドに恋をしているとの事で……調教師の先生曰く、今までなかなか言う事を聞かなかったワガママ娘が、キッドの写真や映像を使ってご機嫌取りをしながら調教しているとか」

「うわぁ……」

 

 初耳である。

 

 ……ある意味、キッドがヘタレで良かった……

 これで無駄に5本目の脚がやる気出していたら、去勢(パイプカット)で済めば御の字。悪ければ用途変更で食肉処理かドッグフードである。

 

「ああ、そうかぁ……

 キッドって結局、俺たち静舞農高の人間が育てたようなモノなので、スペシャルウィークみたいな傾向があるみたいで。

 あのポスターの園長との絡みもそうなんですが、人間が遊んでやると機嫌がよくなるんですけど、馬同士で絡んで遊んだりやり取りするのが苦手みたいなんですよね。

 で、そこを好意をもってグイグイ牝馬に迫られたモノだから、ワケが分からずドン引いちゃってる、と……」

「なるほど……繁殖に入ったら苦労しそうですな」

「繁殖……以前に、需要あるんですかね、キッド?

 血統が怪しすぎるし、そもそも逃げ馬の産駒ってあんまり走らないから、種牡馬として人気が無いって聞きますが?」

「いますよ。目の前に一人、需要がある馬主が」

 

 ふぁっ?

 

「ウチのスイープの恋を抜きにしても、今、日本はサンデーサイレンス血統の飽和状態ですから、新たな血が求められている最中です。その証拠にキングカメハメハなど、引く手数多だそうで。

 ディープインパクトは確かに強いですが、あれもサンデーサイレンスの産駒ですから、血統的に付けられない牝馬も大勢いるのですよ」

「そ、そうですか……いや、個人的には種牡馬よりも乗馬として何処かの牧場で過ごしながら、時々タレント馬としてイベントにお呼ばれして出先でサーカスするような生活が、キッドにとって幸せかなー、とか考えていたのですが」

 

 と……

 

「とんでもない!」

 

 聞き耳を立てていたのだろうか。

 馬主の一人が、血相を変えて詰め寄って来た。

 

「蜂屋オーナー、是非、キッドは種牡馬にするべきです!」

「ふぁっ!?」

「ああ、失礼、私、サイレンスレーシングの吉沢と申します」

「えっ……社田井の?」

「冗談抜きに、このレース後に引退させて種牡馬にするのならば、ウチのグループで引き受けますぞ!?」

「いやいや、流石にそれは気が早すぎますって!」

 

 フジキセキやアグネスタキオンじゃあるまいし。

 

「まあ、それは兎も角……今、聞かれた通り、ウチも含めた今の日本競馬は、全ての馬産者がポストサンデーサイレンスを手探りにしている状態です。

 ウチのグループも期待のキングカメハメハが今年から頑張っておりますが、まだ産駒が出ておらず、海のモノとも山のモノともつかない状態。

 なればこそ一頭でも多く、新しい血の強い種牡馬が欲しい状態でして……海外からも求めておりますが、何処もなかなか上手く行っていないのが現状なのですよ」

「ああ……そうみたいですね、農高に在学中もそんな話を噂で聞きました」

 

 主に雲の上のネタとして、色々同級生と言いたい放題していたのは、ここでは言えない。

 

 ……そういえば、在学中におっ潰れて大騒ぎになったアソコも、凄い勢いで種牡馬を外国から導入して無茶な設備投資をした結果『あーなっちゃった』とかって聞いたなぁ……そのためにやらかした諸々の所業のせいで、日高どころか北海道……否、日本中の牧場が大迷惑を被ったと聞くし。

 

「兎も角……種牡馬の件、よくよくお考え下さい。

 冗談抜きに、バーネットキッドがサンデーサイレンスに次ぐ、日本競馬の救世主になる可能性すらありますぞ?」

「はぁ……」

 

 あの悪童が日本競馬の救世主!?

 ……21世紀入ってたった五年で、世紀末の様相を通り越して末期的なんじゃねぇの? などとは思っても口には言えず。

 

「まあ、とりあえず、種牡馬云々はまだまだ先の話だと思うので、目の前のレースからですかね」

「蜂屋オーナー、こう言っては何ですが、既にディープは種牡馬の話は出ておりますよ?

 早めに決断なされたほうが宜しいかと」

 

 なおも食い下がる吉沢氏に。

 

「はぁ……そういうモノなのでしょうか?

 まあ、成績不振で乗馬に用途変更になるまでの間、4、5年くらい種牡馬やってもらうのも面白いかもしれませんね」

「おや、期待しておられない?」

「期待してないというか想像がつかないというか予想がつかないというか。

 産駒が走らない事に定評のある逃げ馬で、これまた産駒に遺伝しない賢いタイプの強い馬で、更に、血統的にも主流から離れすぎてるから、遺伝する能力値が未知数過ぎて、正直『どーなんだろコレ』と。

 なので、今言った通り、ご迷惑をおかけしないために、数年程度ならば種牡馬をやるのもいいかな、と思っています」

 

 と。キッド自身は兎も角。その産駒がどんな代物になるかなんて、ホントに予想がつかなかっただけに。

 その時はそう思って居たのだった。

 

 ……まさか、種牡馬としてもキッドがあんな『問題児』だとは思わずに。

 

 

 

『さあ、年度代表馬の意地か。G1ホースの誇りか。はたまた無敗の矜持か。

 2000メートル、渦巻く思いをゲートに収めて行く各馬……いや、一頭だけ収める場所を間違っているようですが……今、14番スイープトウショウ、1番バーネットキッドに誘導されて収まりました。

 続いて13番、一番人気、ゼンノロブロイもゲートに収まります、他の馬たちのゲートインも順調ですね、田野さん』

『はい、少しトラブルがありましたが、おおむね順調ですね、あと6頭ほどです』

『更に初のG1を狙うハーツクライ、四ヶ月ぶり登場のタップダンスシチーも入ります。8番キングストレイル3歳馬、12番ダンスインザムード去年の二着馬、ハットトリック鞍上セリエ。初の三連覇成るか。そしてじっくりとソレを見て、最後に18番のバランスオブゲームが収まりました』

 

 

「さて……やるか」

「ぶるるるる……(おう、兄貴)」

 

 まあ、トラブルはあったけど。

 なんやかんや、やる事そのものは変わらんしな。

 

 ぶっ飛ばして、ちぎって逃げ切る。俺のターフでの仕事は、タダそれだけ。

 

 だからこそ、ゲートではリラックス……そう、緩く構えながらリラックスし……

 

 

『明治大正昭和平成、時代を超えて語り継がれる、盾を巡る物語……今、スタートしました!!』

 

 

 スタートの合図と共に、一気に加速!

 このスタート勘をもってしてのテン1F11秒台。

 こいつに付いてこれるヤツは……はい!?

 

 

『18頭、キレイに揃ったスタート! さあまずは問題の2コーナーへの位置取りとなります。まずはバーネットキッド、内側からいい位置へ。前へ前へと進んでいくが、並ぶようにタップダンスシチーも上がっていく、ストーミーカフェも外から並びかけた』

 

 

 いや、カフェ君は予想してた、してたよ?

 だけど……なんだぁ、この爺さん!?

 

『ふぉっふぉっふぉ……四ヶ月ぶりじゃな、お若いの。宝塚じゃ昔を思い出させてもろぅたぞぃ』

『ジジィ、冷や水が過ぎるぜ!』

『付け焼刃で逃げが通じるかよ爺さん。潰れる前に下がんな?』

 

 俺とカフェ君の言葉に……ゾッ、となる笑いをジジィが浮かべる。

 

『付け焼刃?

 ……もともとコレがワシの走り方よ!!』

 

 

『さあ、それに続くようにバランスオブゲームあたりも続いて、ゼンノロブロイはそれら先団をうかがう位置になりました』

 

 

『おーう、タップ爺さん熱くさせやがったな、若ぇの?

 ……おめーらどうなっても知らねぇぞ』

 

 後ろでロブロイ親分が笑っていやがる……っつーか。

 

『おいおいジジィ。俺たち3歳に付いてくる気かよ。潰されてぇのか!?』

『若造が、ゴールで9馬身くらい千切ってくれようわい!』

 

 はっ……

 

『上等だぜジジィ!!』

 

 OKOK、敬老精神なんぞ知ったことか!

 こっからは潰し合いだ!

 

 

『先頭はバーネットキッド、すぐ後ろをタップダンスシチー、ストーミーカフェ! 続いて何頭か前にいる先団を、ゼンノロブロイがうかがう形! ご覧のように、先頭を引っ張るのが、三歳馬バーネットキッド、ストーミーカフェに八歳馬タップダンスシチーという展開』

 

 

 向こう正面。先頭からグイグイと引っ張る形でレースを加速させる。カフェ君もジジィもいるからこそ、これは容易い。ここから少しでも後続のスタミナを削る!

 最内のインベタのラインは抑えている。コーナーもスムーズに曲がれている。

 ならば……今の俺に2000mを逃げ切れない、なんて道理は無い!

 

 

『さあ、第三コーナー中間点を過ぎて、物凄い歓声が出迎えます! バーネットキッド、無敗の怪盗が第四コーナーに突っ込んで行く! すぐ後ろをタップダンスシチー、ストーミーカフェが迫る!』

 

 

 さあ、こっからが正念場だ!

 ……おっかねぇ連中が突っ込んで来……

 

『だぁりぃぃぃぃん♪』

 

 ぎゃああああああ、一番おっかねぇのが来やがったぁぁぁぁぁぁ!!

 

 

『さあ、最後の直線、各馬一斉に動いた! ダンスインザムード! ハットトリック! そしてゼンノロブロイが来た! スイープトウショウも動いた! スズカマンボも来た!  しかし後続はほぼ一塊、先頭とは僅か1馬身差、さあどれが抜ける! どれが抜ける!?』

 

 

 逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ!!

 

『ぬおぉぉぉ!! 勝負だ若ぇのぉぉぉぉぉ!!』

『逃ぃがぁさぁなぁいぃぃぃわぁよぉぉぉぉぉ!!』

『逃げるわボケ共ぉぉぉぉぉ!!』

 

 

『僅かに抜けたスイープトウショウ! ゼンノロブロイも来た! バーネットキッドに迫る! 迫る! 並んだ、並びかけた! このまま躱すか!』

 

 

 ぐうぅっ、あと20m! なんとしても……なんとしてもぉぉぉぉぉ!!

 

『つぅかぁまぁえぇたぁぁぁぁ』

 

 クソ、だめかぁ!? って、え?

 

 

『今、ゴール!! ゼンノロブロイ、スイープトウショウ、バーネットキッド。頭一つ抜けた三頭を皮切りに、ほぼ一群となって全馬抜けていきました!!』

 

 

 ……ゴールの瞬間。俺は、見てしまった。

 

 

『審議です! 審議の青いランプが灯っておりますタイムは1分57秒1レコードタイム! 更に他の馬もほぼレコードに近い記録で各馬一群となってゴールを駆け抜けていきました! 混戦と言われた今年の天皇賞秋、物凄い掲示板になりました!!

 ……しかしゴール直前で、いきなり横を向きましたね、スイープトウショウ』

『丁度、バーネットキッドのほうを向いてますね……ゲートの時といい、彼の何が気になるのでしょうか? それが無ければ、エアグルーヴ以来の牝馬による天皇賞制覇だったのですが』

 

 

 完全に恋にトチ狂った、牝馬の目を。

 っつか、純粋なレースだったら、完全に抜かれていたぞ……コイツほんとヤバいわ……

 鞍上と係員が抑えてくれて、審議中に第二レースにならずには今の所済んでるけど……だからこっち見んな。

 

 

『今、結果が出ました。4着がダンスインザムード。5着にハーツクライが確定。

 引き続き、まだ審議が続いていま……あ、出ました出ました、3着にスイープトウショウ! 2着ゼンノロブロイ! 1着にバーネットキッド!!

 確定しました! 1着バーネットキッド! 盾のお宝を頂戴しました三代目大怪盗!! ハツピーマイト、バブルガムフェロー、シンボリクリスエスに続き、史上4頭目! 三歳馬による天皇賞秋の制覇達成!! 更に連勝記録を9に伸ばし、JRA最多連勝カブラヤオーの記録に並びました!!』

 

 

 ちくしょう……ディープのヤツみたいに、4馬身くらい千切って勝つのは無理だったか……いや、どう考えても無理だよな、面子的に? 全員合計すりゃG1の数の合計50個以上あるだろこれ?

 まあ、勝ったは勝っただけ良しとしよう……うん?

 

 そして……見てしまった。

 

 貴賓席と思しき場所に、それはそれはエライ御方の姿を。

 

 あ、そいえばディープの頃に天覧競馬がどうとかって騒がれてたな。

 ……よし、兄貴、挨拶に行こう。

 

「よし、ウィニングランで止まるなよ、芸をするなよ、さっさと帰るぞ、いいな?」

 

 芸はしねぇって。挨拶するだけだって、兄貴。頭下げるだけだっての。

 で、スタンド前に止まって……頭を下げる。

 

「あわわわわ」

 

 慌てて、ヘルメットを脱いで敬礼する兄貴。

 とりあえず、恰好だけはついた……かな?




後に。

二度目の天覧競馬を勝った馬の調教師は、こう語った。

『いや、ウチは馬に芸は教えていないので……』
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