ジャパンカップのお話は次話、明日からになります。
トレセン学園の春。
選ばれし者のみに開かれる門を潜り、学び舎へと一歩を踏み出す。
優雅に、気高く。名門、メジロ家に相応しい者として。
そう、この一歩。
ここから私の、そして新たなるメジロ家の物語が……
「いよぉ、スティ♪ メジロん
おめーもトレセン学園に合格できたんだ!?」
一歩目から声を掛けて来た闖入者によって、あっさりと台無しになった。
「ぐ……お、おはようございます、バーネット先輩」
「なに他人行儀に辛気臭ぇツラしてんだ? ん? 便秘か、痔か?」
「……」
……相変わらず過ぎて泣けてくる……このバカ
これでウマ娘としてG1含めた無敗最多連勝記録を持っている天才なのだから、本当に
「姉ちゃん心配したんだぞ?
食卓で年下のバンチョウあたりにご飯盗られてピーピー泣いてた泣き虫が、メジロ家に養子行っちまって、また一人で泣いてるんじゃねぇかって心配でな。メジロ家での生活はどーだ? ん? 窮屈じゃねぇか?」
「……とても良くして頂いてますよ。特にマックイーンお
今でも思い出す。
何故か……本当に何故か、初めて出会った時に、マックイーンお
それから、メジロ家に相応しい淑女としての教育を、お
なので……
「そっかー……でも気を付けろ? あの家の妖怪ばあさんとかホントおっかねーからな? 俺も何度か痛い目に……」
「い、い、か、げ、ん、に、し、ろ、バカ
つらつらと述べてくバカを物陰に引っさらうと、顔面をチキンウィングフェイスロックで締め上げつつ。
「いいですか、バカ
メ・ジ・ロ! 私はもうメジロ家のウマ娘なんです! 養子とかそういうのを世間じゃ見てくれないんです! そういう目で世間の人は私を見るんです!」
「お、おぉぅ、スティー!?」
「あと『妖怪ばあさん』てどなたの事をおっしゃっているのかは問わないでおきます。陰口なら兎も角、メジロ家の者に面と向かって言ったら戦争モノですよ!?」
「す、スティー、わかった、わかったから手を放せ」
「個人的にいろいろと実家に対して思う事は無いワケではありませんが、今の私は『メジロスティーブ』です。ウマソウルに刻まれた名に相応の義務が、今の私にはあるんです!」
ほんと……小学校低学年の頃に、『メジロ家じゃないメジロ』と何度からかわれた事か……
「す、スティ……成長して何よりだ……小一の頃、近所のいじめっ子に、犬のうんこ刺した棒振り回して、泣きながら反撃して追い回していた子が、こんな逞しく」
「だから、お黙りやがれこのクサレバカ
「無理は体に毒だぞ、スティ……さ、最悪メジロ家が潰れたらウチに帰って」
「そんなことはあり得ないしさせないし、万が一そうなったらその時は私がメジロ家を立て直します!」
メジロ家の方々は、養子である事を差別せずに迎え入れてくれた。
それに何より……マックイーンお
と……
「スティーブ、何をしてるのですか」
「お
手早くジャーマンスープレックスでバカ
「ああ、スティーブ……立派になって。その制服姿も素敵ですよ」
「はい、学校の間も、お
「よく頑張ったわねスティーブ。でも学園生活はこれからよ? 厳しいモノになる事を覚悟なさい」
「はい! 三冠ウマ娘目指して……そして、お
お姉さまの手を取り、誓う。
メジロの名をもう一度、トゥインクルシリーズに轟かせるのだ、と。
ちなみに、その後ろでは……
「おーい、大丈夫か、キッド?」
ごみクズのようにポイされたバカ
「う、ううう、妹が……スティが完全にメジロ家に行っちまった……」
「あー、そりゃそうだろうな……聞いたところによると、お前ん家よりよっぽど肌に合ったのか、メジロよりメジロなお嬢様してたって話だぜ?」
「そんな、そんなハズは無いんだ……あいつは小学校一年まで一人で夜トイレに行けなくておねしょが止まらんかったり、年下のバンチョウにご飯やオヤツ盗られて泣いてたり、本当に手のかかる子だったんだ。あんな深窓のご令嬢に擬態できるタマじゃなかったハズなのに……何があったんだ、スティ」
「そりゃ成長したんじゃねぇの?
……それはそうと、他にもスティーブの実家ネタで面白い話とかネェか?」
「いっぱいあるぞ。
チキチキロケット花火事件とか、シャイニングウンコ事件とか、他にも……」
……消そう。
語られる前に物理的にこのアホ
そう覚悟を決めた瞬間……
「バーネットさん。
スティーブはもうメジロ家の一員ですのよ。いくら実の姉とはいえ、あまりそちらの実家のノリでからかわないでくださいませ」
「む……」
お
「ご心配なく。彼女には私がついていますから」
「はぁ……わぁーったよ……」
両手をあげて、降参の意を示すも。
「ああ、でもスティ、メジロ家でなんかあったら姉ちゃんに言うんだぞ?」
「ご心配なく。無神経な
そう言って、ぴしゃり、と相手にせずに去る事にする。
まったく……このバカ
「振られちゃったな、お姉ちゃん」
「とほほー……おかしいなぁ……昔はあんな子じゃなかったのに」
『メジロスティーブ』
2006年4月に死去したメジロマックイーンの、正真正銘、文字通りの『ラストクロップ』。
父や母に似た芦毛馬で、幼名を当時の学生たちから『メジロ君』と名付けられる。
その縁もあって、社長である南野オーナーがセレクトセールにて、レイヴンカレン2007を3000万で落札し、正式にメジロの冠名を名付けられる。
その後、井出江厩舎に預けられるも、引退に伴い息子の方の井出江厩舎へと移動。
レイヴンカレン産駒らしく早熟な仕上がりで、2歳で朝日杯を獲得した後、3歳の時点で、皐月賞、ダービーこそ2着に終わったものの、弥生賞、神戸新聞杯、菊花賞と重賞を勝利し、その年の有馬記念を獲得。4歳の時点でダイヤモンドS、天皇賞の春秋連覇(秋は同着1位)と、メジロアサマから数えて4代目の曾祖父からひ孫までの天皇賞制覇を成し遂げ、更に4代目にして初の春秋連覇を成し遂げる。だが5歳以降は一歳年下のオルフェーヴル、半弟テイエムバンチョウの後塵を拝する結果が多く、ダイヤモンドSの1勝のみで、5歳の有馬記念を4着で引退。
父親似の成績と容姿、更に繁殖に入った時点でドリームジャーニーや、オルフェーヴル、ゴールドシップ等に代表される『ステマ配合』が結果を出していた時期なため、ステイゴールド産駒の牝馬との『準逆ステマ配合』や産駒同士による配合が期待され、アイルトンゼロ、サクラマックイーン、そして、メジロアサマから数えて五代目の玄孫に当たる天皇賞馬メジロスタローンや、菊花賞馬メジロヴァンダムといったメジロ
血統的にも能力的にも、完全にステイヤーと見られているものの、短距離で結果を残したロードポリアフや、ストライクバビロフ等の産駒も少数ながら存在しており、断絶寸前のパーソロン系(ヘロド系)の維持に、一役買っている。
また、2010年以降のメジロ復活の立役者でもあり象徴的存在。『彼が居なかったら、遺言に従って私は牧場を畳んでいた』と南野氏は後に語っている。
20年代以降もメジロが存続してパーソロン系がソコソコ頑張ってる世界線を描いてみたかったんですが……ちょっとロマン盛り過ぎて、メジロスティーブ主人公で話が描けるレベルのお話になっちゃった気が……。
あと、レイヴンカレンかーちゃんのUMA具合が加速し過ぎて悩んでます。
……どうやったら止められるのか、ほんと見当もつかねぇや……