『……?』
何やら騒がしい。
G1レース前にレース会場側が騒がしいのはいつもの事だが、なんか騒がしさの質が違う気がする。
「キッド……頼むぜ……ほんと頼むから今回『も』パドックで大人しくしてくれよ。
お前の悪行が祟って別周なんだからな?」
おう! おいらもG14つ取った競走馬の端くれだからな?
ちゃんとソロデビューに向けて、ドッカンドッカン客を沸かせるためのネタは考えてあるぜ♪
と……
「すまん! 着替えと検量に手間取った!」
第8レースのウエルカムステークスで、1着に入線した石河兄だったが。
その後の撮影やら何やらで手間取り、馬具を抱えてギリギリで駆け込んで来たのだ。
……聞いたところによると、今の兄貴には珍しく、中段からの追い込みで勝ったために、ダート戦でヒゲまで砂まみれになった所を、マジでドリフの早着替えレベルで体を洗って、勝負服から何から何まで揃えたらしい。
「兄貴……鞍上増えて来たんだから、そろそろ専属の
「お前が厩務員にならなけりゃ雇ってたんだがなぁ……宝塚以降、半年で一気に騎乗依頼が増えて俺も焦ってるんだよ。今まで知り合いの騎手から、若手を複数担当してる子に依頼してきたけど、最近は彼女もてんてこ舞いみたいだし」
「しっかりしてくれよ兄貴、後検量で文句つけられたら裏方もタマンネェぞ」
ふーん……
……最近、友人のカフェ君にも乗ってG2取ったと聞いたし。『逃げ、先行』のスペシャリストとして順調に成長しているようである。
「冗談抜きに、厩舎から人出してもらえねぇかな?」
「
「どこも人手不足だからなー、かといって、誰でもいいってワケにも行かないし」
……裏方も大変である。
と……
「とうとう二人引きで別周か……お前が素直だったらこんな事になってないんだがな」
前走で走った、石河厩舎の馬の世話を終えた、調教助手の戸竹さんがやってくる。
「ダケさん。こいつが素直だったら兄貴はヒゲを生やしてませんよ」
「調教は素直なのに、パドックは芸馬だからなぁ……いい加減落ち着いて芸馬の副業は辞めてもらいたいのになぁ」
何を言う、逆だ逆。
今の俺は、本業が芸馬で、副業で競走馬やってんだ。
「ホント……コイツ落ち着いてくれねぇかな。
おかげで、農高の頃の学園祭の黒歴史が闇に葬れねぇんだよ」
照れるなよ、厩務員君。過去の美しい思い出じゃないか♪
そして……
「キッド……あのな……器用に口の中に隠すなよ」
「吐き出せって! 何時の間にどこで食ったんだコイツ!?」
なんだよ……植え込みの花壇の花を、咥えながら回っちゃいけねぇ、ってルールはねぇだろ?
タネを明かすと、目を離した隙にこっそり食って、口の中に隠して。んでパドック回ってる時に、花を口から取り出してピコピコさせながら咥えて回ったら、まあウケる事ウケる事。
慌てて引綱引かれて急停止させられてポイされて。それからは両サイド完全ロックされて抵抗も出来ず。……もーしょーがねーな、出来る事ったらこれしかないや、と、獅子舞みたいに尻尾振って応援に応える。
で……パドックの端っこに隔離された後。
他の馬たちの周回が始まったのだが……
『どこー、どこー、ここどこー!?』
『うええええ、人が、人がいっぱいー!!?』
なんか海外から来たと思しき馬たちが、完全にキョドって人間が振り回されていたのだが……
『やかましい!!』
『ぴゃいっ!!』
『にゃっ!!』
ロブロイ親分の一喝に、大人しくパドックを回り始める海外馬たち。
うーん、流石の貫禄である、ロブロイ親分。俺には真似出来んな……なにしろ、一緒になって騒ぐ側の馬だし。
「……キッドって、何でロブロイにもビビらないんだろうな」
「正直、馬社会でのキッドの序列がホントわからないよねぇ……ヒゲノが引退したら、ウチの厩舎のボスになるかと思ったら、クアッドが仕切り始めたし、でもクアッドはキッドに遠慮してるし」
「なんだろう、割と前田慶次っぽい自由人の立ち位置なのかな?」
だって面倒なんだもん、ボスなんて。
だからやる気のある馬に任せる事にしてるのさー。
「しかし、急に一番人気になったな……誰かお金持ちがブッコんだのかな?」
なにぃ!?
そうか、そうか……とうとう俺がG1レースで一番人気かっ!?
とうとうパドックでピン芸人として認められた甲斐があったというものだ!
「園長だったりして」
「あり得る」
そんな厩務員と調教助手の予想と笑いは……レース後に馬主から直々に事情を知って、色々と青ざめる事になるのだった。
「Oh……!」
「HAHAHAHAHA!!」
外人さん……どうもキッドを初見の、海外からお越しになられた馬主様方が、パドックで日本の珍獣を見て大笑いし。
「……………」
その珍獣がやらかした『いつものご乱行』を前に、馬主の俺と石河
勿論、パパさんの薄くなった絶滅寸前の毛髪は、11月の木枯らしに乗ってふわりふわりと抜けて飛んでってる……換毛期かな?
「……先生? 改めてお尋ねしますが、アレを見て『本当に3億突っ込んだ事に後悔は無い』と?」
「ま、まあ、お祭りだしね。元は千円札一枚よ?
遊びで突っ込んだんだから、最後まで遊びに使わなきゃね?」
因みに、現時点で一番人気ではあるものの。
一時は3倍や4倍台になったゼンノロブロイやハーツクライが、追いつけ追い越せでガンガン下がって、それに呼応するようにキッドの倍率が上がっている最中だ。
「正直、先生のあぶく銭と本業の稼ぎの分別がついてるスタンスは好感が持てますが、それにしても額が額ですよ……」
「だから、元は千円だって」
と……
「……蜂屋オーナー? ひょっとして……本当に気づいておられない?」
「はい?」
声をかけてきた金戸オーナーが、心配そうに……
「馬券の配当金にも税金は掛かりますが……勝ったあとに負けたとしても、税金は請求されますぞ?」
その言葉に……俺は顔面が蒼白になった。
「い、幾らくらいになるんでしょうか……?」
「私も税理士ではないので、詳しく計算してませんが、大雑把に三億の賭け金だと、一億は掛かるのでは?
……そもそも、勝っても一時所得で半分近くは税金かと。だから、この国では、馬主は億単位の賭けはしないのですよ」
「………!!???」
その言葉に、俺は石化した。
「じょ、冗談……ですよね?」
「いや、ホントの話です」
落ちる沈黙。
そして……
「…………………うおおおおおお、やっべぇぇぇぇぇぇ」
既に、退路がブッた切られてる事を認識した瞬間、ゲームを楽しむ気分はすっ飛んでしまい、悶絶する。
やべぇ、これで負けたら幾ら払う事になるんだ? いや、税金の支払いは収入以上は求められないにしても、経費とかあるわけだよな? その辺税理士さんに聞かないと……
「や、や、やっちまったぁぁぁぁぁ」
パドックの馬主スペースで、本気で頭を抱えて悶絶してる最中。
『止まれ』の合図と共に、騎手たちの騎乗が始まって……ふと、石河調教師が視界に入り、俺の髪の毛がストレスで数本、抜けて飛んでいく姿を幻視してしまった。
後に。
インタビューにおいて『後にも先にも、アレ以上に人生に危機感を抱いてキッドを応援した事は無い。本当に馬券は恐ろしい』と、俺は供述する事になった。