ああ、師走だなぁ……
タクシーの後部座席に座りながら、窓の外を眺める。
2005年12月11日……朝日杯フューチュリティステークス
正直、船橋法典の駅から歩いて行きたかったが、駅からの道が凄い修羅場な事は分かり切っているので、西船橋の駅で新野女史と合流し、そこからタクシーである。
……そーいえば去年、マスゴミ共のせーで、すげー修羅場っちゃったもんな……まあ、なんか最近になって落ち着いて来てはいるみたいだけど。なんでもTDSの最強硬派……というか、俺に『泥を塗られた』と思い込んだエライ御仁が、どっかに飛ばされたとか何とかいう噂話を、馬主席で聞いたから、それやもしれん。
師走。
即ちそろそろ年内の色々なモノが大詰めの時期。
俺個人としても、今日を含めて年末の決戦が3連続だ。
朝日杯、有馬記念、そして……
「冬コミだ!!」
なんて、タクシーの中で語った瞬間、新野女史から脳天ドツキ回されそうになりまして。
「ね、ねぇ……その、年末は……」
「行けると思っているのですか、先生!? 29、30としっかり予定入れてますからね?」
「そこを何とか……出版社の忘年会は夜でしょ!? 有明からも近いんだし、少し離れたトコからタクシー捕まえれば」
「ダメです!! 今年は虎やメロンで我慢してください!!」
「行きたいんだよぉぅ……直接挨拶したい先生方がいっぱいいるんだよぉぅ!」
何より……小説の挿絵でお世話になってる、壁サークルの先生の手伝いに行く約束をしているので、サークル参加で入場できるのだ。
そりゃな? 預託費用を払う事を考えても、カタログ代+交通費で考えたら、虎やメロンで買うほうが合理的だよ。一冊二冊買うんだったら、列に並ぶ手間暇考えても、むしろそのほうがいいし、俺もそうしてる。
でも、でも……今年は復活したり、引退宣言した後にカムバックしたマストバイな先生が大量におって、だからこそ久方ぶりに参戦したいのだが……
「先生……素人の祭典は、本職がウロウロしていい場所じゃありませんよ」
「本音は?」
「デビュー前の18歳未満で18禁小説書き上げやがった末に、年齢偽ってエロ小説サイトに投稿してた大馬鹿者を、(2005年当時の)冬コミ二日目に放し飼いにする出版社がドコにいるんですか」
「だって……読みたいエロが『無かった』から『創る』しか無かったんだもん。在るなら買うなり立ち読みするなりしますって。それに18歳未満が18禁を描いちゃいけないなんて、六法全書のドコにも書いてないじゃないですか。
っていうか、某エロ小説サイトのBBS掲示板で好評だから、ぢつは続きをコッソリ書いてパソコンの中にしまってある……って言ったら怒ります?」
「『黙ってりゃバレないだろう』とコッソリ発表していないあたり、一応、本職としての自覚があって何よりです。ウチの出版社との契約が終わってから、おフランスにでも二次元にでも逝ってください」
「なんだよぅ……もう廃刊になっちゃったけど、多感な時期にナポ●オンにお世話になった青少年としちゃあ、そっち方面だって創作の原点……」
「ちょっと待て」
ひきつった顔で俺の頭をわしづかみにする新野女史。
「せ・ん・せ・い……具体的に『幾つの頃から』その手の小説読み漁っていたんでしょうか?」
「いや、ひと昔前は、本屋で普通にライトノベルの棚に一緒くたに並んでいたから、スレイヤー●やらロード●やらと続けて自然に立ち読みで……あと、パ●ポとか成人指定の無いエロが絡んだ雑誌も普通にあったし。
ていうか……俺が子供の頃から、割とエロゲやエロ漫画は規制され始めていたけど、小説媒体だと、今でも店によっては売り場のゾーニングゆるゆるですから、色んな先生にお世話になりまして」
なんというか……何も言えなくなったのか、手を離すと、深々と新野女史は溜息をつき……
「……エロガキ……」
「っていうか、雷撃で賞取ってなかったら18禁のほうでデビューしていたかもしれませんし。
「別のペンネームでも発表したら、即
「えー、雷撃にだって●●先生とか、◎×先生とか、元は×××の……」
「しゃーらっぷ! ……ドコから聞いたんですか、そのトップシークレット!!」
「いや、献本で貰った文章の癖から『あれっ』て思って、昨年の忘年会でお会いした時に『もしかして』って尋ねたら、当人からコッソリ教えてくれまして……中学の頃から『息子』がお世話になっていたから、お世話になった本にソッチ名義でサイン貰いました♪」
「………………」
「まあ、短文なら兎も角、長文になればなるほど、文章ってリズムやテンポに個人の癖が出ますから、エロ抜いて隠してもやっぱ分かりますよ?」
「はぁ……当時を知られたくない先生方もいるんですから、注意してくださいね!」
「はーい」
などと。
……余人にはとてもとても聞かせられない打ち合わせをしながらも。
タクシーは中山競馬場の、馬主専用駐車場へと入っていった。
「そういえば、今日のレースは、篠原の会長来ないんでしたよねぇ……」
エントランスを抜けて、受付から馬主席直通のエレベーターの中で。
俺は実に重い溜息をつく。
「今日は馬が出ていませんからね」
「はぁ……気が重いなぁ……」
「とりあえず、手を繋いで行きましょうか」
「恋人アピールは必要ですものね」
何しろ、マジで何人かの馬主の御方から、お見合いとかの話を振られたのである。『新野女史シールド』が無かったら、どうなっていたことか。
で……
(……………うーん、なんというか……)
なんというか……去年の朝日杯の時の、こう……『珍獣を見る生暖かい目』とは違って、今年に限ってはもうガチで『う わ で た』って目線なのである。
というか、宝塚以降、もう他所の馬主様が『マジでありゃ何なんだ!?』って目で見て来るようになり、ジャパンカップの『単勝転がし』を経て、正に妖怪を見るみたいな目になり……ぷるぷる、ぼく悪い妖怪じゃないよう……
っていうか……
……9千万ぶっこんだ馬が、200万の馬に負けてたまるかいな……
なーんて、高そうなスーツにヒゲとオールバックの、ヤ●ザの幹部みたいな強面の関西弁なお爺さんの、鼻息荒い会話まで聞こえて来たりするもんだから、まぁ怖い怖い。……どうも、何頭もレースに出しているらしく、俺が到着する前に今日の新馬戦を勝って意気軒高な状況なようで。
そりゃそうだ……高額馬ほど走る可能性が高いのは事実だし。実際にディープだって7千万もしていたし、ゼンノロブロイだって9千万を超えてるわけで。
正直、俺個人は、割安品の落穂ひろいをして楽しんでいる、木っ端馬主に過ぎないのである。
まーあれだ、コモンでデッキ組もうが、レアカードでデッキ組もうが、デッキはデッキだ。増して今回は館騎手っていうレアカードも組み込んであるわけだし……ね?
それに、どんなゲームでも永遠に勝ち続けるなんて事は不可能だ。止まるときは止まる、負けるときは負ける。それがゲームだ。
無論、無為に負けるつもりは無いが……永遠に勝利し続けられるのならば、それはもうゲームではなくシステムである。
「そういえば、今日は何番でしたっけ?」
「奇しくも、兄と同じ1番です」
と……
「蜂屋オーナー、はじめまして」
「あ、どうも初めまして」
そんな中……ご挨拶を受けたのは、長田総帥……あのリンちゃんの
「少々小耳に挟んだのですが……なんでも、バーネットキッドの種牡馬としての繋養先を、まだ決めておられないとの事で、こうしてご挨拶に伺いました」
「ああ、はい……まあ、とりあえずそろそろ真剣に考えないとな、とは思っております。4、5年程とはいえ種牡馬の仕事をする事になる以上、おろそかには出来ませんし」
「4、5年……ですか?」
「ええ、大体そうじゃありませんか? ダービー馬だ、菊花賞馬だ、有馬を取っただの……そんな風に鳴り物入りで種牡馬になっても、4、5年経ったら『結果が出ませんでした』って大体が『用途変更』になるじゃないですか? 競走馬としての才能と、種牡馬の才能はベツモノって事くらい、馬主二年生の私だって知っていますし。
だから、種牡馬としてよりも、その生活が終わった後の、余生とかを考えています」
「『悪友』でしたか。あの番組は楽しませて頂きました。
が……蜂屋オーナー。あなたは一つ、見落としておられる……いや、意図的に避けてますでしょう?
……もし、バーネットキッドが、種牡馬として『成功なさったら?』」
その指摘に。
俺はどきり、となる。
「あー……その時はまあ、種牡馬としてキッドに頑張ってもらうしか無い、の、かなぁ……?」
「それだけでは無いでしょう?
私も牧場を持ち、馬主クラブなんてモノを主催しているからこそ分かりますがね……彼の馬とオーナーの絆の強さは、理解しておるつもりなんですよ」
「ま、まあ……でも、競走馬は、経済動物ですから……」
「理解は出来ても、納得は出来ますか?」
「そういう風に、ちゃんと学校で教わりますから」
と……
「はっはっは……その農業高校で、あれだけ馬と共に色々な事件を起こした末に、馬主の世界にまで飛び込んできた人馬の絆を、若いあなたが『タダの経済動物』と割り切れるとは私も思っておりませんよ」
「!!? え、え、ええっと……?」
「アルファルファ事件、でしたっけ? あと原生林の探索とか、クアッドターボ出産の時の探索とか……ほら、同級生の笹貫君。彼、今、ウチの牧場で従業員として働いておるんですよ」
「ぶふぉっ!! さ、ささぬーの奴……!」
なんてこったい、日高狭いよ!!
っていうか、アルファルファ事件とか、バレたらヤバいモンまでバレてるよ!! 卒業しているとはいえ、学校にバレたら、ゲキド・オブ・ティーチャーが、また雷落としにこっちに来かねないよ!!
「まあ、仕事とはいえ、年間100頭も種付けを繰り返せば、寿命は確実に削れるでしょうなぁ……増してや、200ともなれば」
「ま、まあ……それは、仮定の話で」
「このままだと、一年目、二年目は、真剣にそのくらいの数の繁殖牝馬が押し寄せて来てもおかしくありませんよ?」
「ま、まさかぁ?
血統は主流外、種牡馬として評価低い逃げ馬で、子供に遺伝しない賢いタイプの馬ですよ? いくら何でも、種牡馬としての適性は疑われて然るべきかと」
「その主流外の馬が、日本の競馬界の芝中長距離を蹂躙して、海外馬……しかも凱旋門賞馬すら出た、ジャパンカップをも制したんです。もうフロックだろうが何だろうが、全ての馬産者は無視なんて出来やしませんよ」
「……」
「今、父であるノーザンキャップのサイアーや、母父のツインターボのブルードメアのランキングをご存じですか?」
「い、いえ……深くは考えておらず」
「調べてみれば、我々馬産家が大混乱な理由をご理解いただけようかと。とくに母方は再現不可能ですからね。
……母母はまだ現役の繁殖牝馬なので、今、件の牧場が躍起になって色々と探っているそうですが」
「……」
「分かりますか? それだけ『希少』なのですよ……現在のサンデーサイレンス一強の、血統が煮詰まった日本競馬界において、バーネットキッドの『血』というのは」
「はぁ……そう、ですか。参ったなぁ……個人的には、ふれあい牧場みたいなところで、のんびりとした余生を過ごしながら、たまにテレビでサーカスする生活を考えていたんですが……そうならない可能性もあるワケか」
キッドが種牡馬として成功した世界を考えてみる。
確かに、キッド自身は快適には過ごせるだろうが……馬主の俺ですら滅多に会えないだろうし、増してや二度と園長とバカなんて出来ないだろう……
「まあ、興味はバーネットキッドだけではありませんが、ね……」
「へ?」
「同じ血統の馬が、もう一頭。今日、出走しておられるじゃないですか」
「あー……」
つまり……
「正直、今の段階ではそちらのほうが興味深い……無論、全く同じにはならないでしょうが、双方の馬の素質を見極める、素晴らしい材料になるかと」
「な、なるほど……」
道理で……大手のファームどころか、見覚えのある日高の『協会』の人まで、馬主席でクアッドを偵察しに来ているワケだ。
「まあ、これで勝てば、サクラチヨノオー、サクラホクトオー以来の、朝日杯兄弟連続制覇ですからね」
「加えて言うならば」
不意に。
後ろから声をかけられる。
「同血の兄弟による初の連続制覇、ですな……お久しぶりです、蜂屋オーナー、長田会長」
「おや、吉沢会長、お久しぶりです」
「お、お久しぶりです」
社田井の総帥まで、直接視察でございますかー!?
「楽しみですなぁ……実に楽しみです。農業高校の産駒が、日本競馬のターフにどういう蹄跡を残して行くのか……まさに奇貨としか言いようがない」
「そうですなぁ……二頭の将来を占う布石として、これ以上のレースはございませんし」
「あ、あははははは……」
会話してるお二人……否、馬主席に座っている全員、表情は柔らかくても、目が笑ってないガチな状況に。
もう色々とプレッシャーから逃げ出したくなりそうになりながら、俺はジュースを啜りつつレースを眺める事で現実逃避を始めていた……
た、たしゅけて……篠原のかいちょー……