『ふぇっぷし!!』
それは……クアッドターボのくしゃみだった。
ただのくしゃみであり、それそのものは大した事はない。ただ……時と場所とくしゃみの角度が問題だった。
『!!!???』
朝日杯のウィナーズサークルでの記念撮影。
その最中に……石河パパの
「あ、ありがとうございました~♪」
「はーい、お疲れ様です~♪」
まあ、大人である。
周囲に居る人間、基本的に全員大人である。
何しろ、紳士のスポーツたる競走馬に関わる人たちなのだから当然だ。
故に。
決定的瞬間を見た人間こそ、近くに居た自分も含めて何人か居たものの、ソレがカメラに収まる事はなく、何事も無かったかのように全てがスケジュール通り、淡々と進行していく。
本来、G1を勝てば、慣例的に関係者を集めて祝勝会などの席があるものの。
最初の内は兎も角、G1を勝ち過ぎた&石河厩舎の人間『全員』の酒豪っぷりについていけない、下戸のポンコツオーナーなため……『経費はお渡ししますから、厩舎の皆さんでお祝いしてください』というのが、最近のレース後の、
(ダメだコレ……本格的にダメだぞコレ!?)
俗に『ヒヤリハット(ハインリッヒ)の法則』がある……1つの重大な事故の前には、29の軽微な事故があり、更にその前に300の事故未満の『ひやり』が存在してるという。
そう、クアッドターボだからこそ、この程度の『軽微な事故』で済んだのだ。
大人しく、従順で、それでいて練習や勝負にひたむきな、『性格面だけを見るなら』、正に理想の競走馬だからこそ、この程度の『軽い事故』で済んだのだ。
じゃあ『その同血の兄は?』
(……やる。絶対やる!! アイツは『確実にやる』ぞ!!)
『あの』バーネットキッドが、こんな美味しいシチュエーションを見逃すだろうか!?
『無い! 絶対にない!』と育ての親兼オーナーとして断言できる。
もうまざまざと、手に取るように想像できる。
有馬記念のウィナーズサークル。
写真撮影の絶妙のタイミングで石河パパの
そして……競馬場全てが爆笑の渦に巻き込まれる中、一足早い新年のご来光を輝かせながら、紙のように石化して精神崩壊する石河
「なあ、石河。
今日……は無理でも、明日か明後日あたり、ちょっと親父さんに話をしようかと思うんだ」
「……え?」
なので、厩務員であり、同じバーネットキッドの育ての親でもある友人に、計画を打ち明ける。
「ダメだよ。悲劇は回避しないとダメだ。
これを警告と認識するんだ。だから……うん、俺が行くよ」
「蜂屋」
親友の意図を悟った、その覚悟を前に。
「すまない、頼んだ」
「お前も来るんだよ!」
修羅場を予見して、神妙なツラしてバックレようとした所を獲っ捕まって、連行される事になった。
「は、蜂屋……生きてる?」
「うん……なんとか」
翌日。
会食に指定した、我が家の近くにある、蕎麦屋の二階のお座敷で。
とりあえず一足先に来た、石河弟にゲッソリとした顔で答える。
……いや、ホントにね……疲れ果てたよ……
朝日杯の直後。
迫真の勢いで偉いオッサンの集団に、新野女史と石河調教師と同時に確保されると、中山競馬場の最上階付近にある、普段は商談なんかに使われる偉い人用の個室に
で、そこで喧々囂々の議論の末に。
とりあえず最終的に、引退後にキッドは社田井に行く事に、クアッドは日高の総帥の所に行く方向で、大方、話がまとまりました。
っていうか……もうみんな目がマジなんだもん。
ある人なんか、泣いてすがって歯茎を剥いて『ウチの協会にお願いしますぅぅぅぅぅ!!』『片方だけでも日高にぃぃぃぃぃ!!』なんて迫られて、ドン引きだよ。
というか、こちらの提示した条件が『無茶な数の種付けはしない(目安は一年に100。最悪でも130は超えないで欲しいと要望)』『種牡馬としての引退後、所有権は俺に返してもらう』『シンジケートの金額は競走成績を加味して、引退後に二頭とも個別に応相談』という……まあ、常識的な範囲に落ち着きました。
というか、決め手は『キッドを育てた農高の同期たちが世話しますよ』という、大手ファームの資本力万歳な人選が、決定打になりました。
……うん、引退後は『かっつん』とか『ささぬー』とか、あの辺の社田井グループや総帥ン所に就職した同期の連中に、苦労してもらう事にしよう。
というか、金額的にも割と重要だけど、それより二頭ともちゃんと手元に返って来るのかどうかが心配なんだよね……種牡馬として成功したらしたで嬉しいけど、それよりも無事に過ごしてくれるかどうかが一番重要だし、そもそもが種牡馬としての成功率も、そんな高そうにないし。
「って事があってな……まあ、キッドの行先は、大方決まったっちゃあ決まって、お金の話は『今後の成績を見て応相談』って形に落ち着いた。あ、コレ、オフレコで頼むな?」
「うわぁ……お疲れ様。
でも良かったな、種牡馬としての行先がちゃんと決まって」
「っていうか、みんな目が殺気立ってて怖かったよ。新野女史や親父さんみたいな大人が一緒に居なかったら、ガキ扱いで押し切られていたかもしれない……えらい苦労したよ、ホント」
などと答えると。
石河の奴が溜息をついて忠告してくる。
「蜂屋……あのなぁ、分かってると思うけど億の金が動く世界だからな? しかも、向こうはお前みたいな『個人』じゃなくて『組織』っつー、下で働いてる人間の人生までを背負って交渉に来てるんだぞ?
そりゃ馬主になった経緯が経緯だから、お前個人がのほほんとしてるのは間違いじゃないけど、ウチも含めて向こうは『仕事』だからな? ……っつーか、よくちゃんと『交渉』になったな?」
「まあ、そりゃ小学校は友達とソフトの貸し借りしたり、中坊の頃はトレカのトレードとかを店で初対面の人と普通にやってたし。
そもそも、普段の
あまり自慢は出来ないが。
俺も作家として作品を背負った上で、何度か拭い難い『やっちまった』を経験しているワケで……それを記憶の片隅に留めて『ここが正念場だ』と思いながら、なんとか涙目で交渉に当たったワケだけど。
それでもおっかなかったよ……ホントに。
二十歳そこそこの若造の世界じゃねーよマジで。
多少なり睨み利かせてくれる、親父さんや新野女史が居なかったら、ホントにどうなっていた事やら。
「だからこそ、今日の石河の親父さんとの『交渉』っつか『説得』はどうにかしないとな……このままだと確実に『事故』が起きるし、そもそも今の状況そのものが厩舎にとっても不健全過ぎるんじゃね?」
「まあな。
正直、有力馬主のお前が切り出してくれるのは現場としても助かるんだよ。
あーいうのって、家族でも言うに言えない部分があってさ……」
「俺が馬主として有力かどーかの是非は兎も角、親父さんの馬場がダートになった『諸悪の根源』のオーナーである事は事実だからな……そういう意味で、責任の一端はあるわけだし」
しかも、友人の伝手を使ってとはいえ、キッドもクアッドもリンも、こちらが頼み込んで預かってもらっている立場である。
向こうはどー思ってるか知らないが、コッチとしてもあまり強く出れるようなモノではない。
「だからお前も家族として、ちゃんとフォローしてくれよ? 『ハゲ隠しで無理に若作りするほうが変だ』って」
「ストレートに言えりゃ苦労しねーけどよ……あー見えて親父なりに若作りしてるから、そーとーショック受けてるみてーでな」
「もう60近いんだから『若く見られたい』というより、『経験を重ねて年を取りました』って渋い部分を見せるべきなんだよ……無理矢理オッサンや爺さんが若作りしたって、違和感しかないよ」
「いや、ジョッキーってほら、年行ってても外見若い人多いから……」
「それは仕事で節制するからであって、どっちかってと『職業病』に近いんじゃねぇか?」
などと会話してると。
「いやぁ、オーナー、お待たせしました♪」
今日の主題の人物が、店の階段を上がって二階席に入って来まして。
……さあ、昨日に引き続いて、本日の修羅場の始まりだー(泣
「あ、美味い……店構えはショッパイけど、蕎麦は美味しいな」
「でしょ? 割といけるんよ、ココ。先輩作家の先生に教えてもらったの」
昼食も兼ねた話し合いは、最初は和気あいあいと。
しかし……
「で、蜂屋オーナー。
息子以外の人払いをしてお呼び出し、なんて珍しい事をして、一体、どのような案件でしょうか?」
「えーと、石河
「……? ほう」
一通り、腹も満ちたあたりで。
ああ、チクショウ……でもやるしかねぇよな……覚悟を決め、本題を切り出した。
「その、ですね……ご自分でも気づいておられますよね?
『昨日の朝日杯の撮影の時、何が起こったか』」
「!? ……み、見た、の?」
その時の石河の親父さんの『この世の終わり』みたいな表情たるや。
男ってのは60近い年齢になっても『かーちゃんに秘蔵のエロ本見つかったクソガキ』みたいな表情になる事ってあるのだな、と、まざまざと認識させられるモノであった。
「はい、端っこがぺろっと……多分、他にも、あの場に居た何人か、気づいた人は居るハズです」
「……………」
「親父さん……ここからはタダの
健康不健康問わずどんな生活を送ろうが、六十近い男がハゲたって、ソレはもう体質によるモノとしか言えません。
そうじゃなくても、人間長生きすりゃジジィになるのは当たり前で、それだけ体のどっかがくたびれるんです。何ら変な事じゃありませんよ?」
「……」
「と、いいますか、自分のカツラをネタにするくらい吹っ切れて冗談に出来るのなら兎も角、若い人から見るなら、六十近い人間が、病気や職業上の理由があるワケでもないのに、ただ禿げを隠すためにカツラを被るなんて『そんなに年齢食ってるのに、自分に自信が無いの?』って思われますよ?
親父さんくらいの年齢になったのならば、下手に若作りするより『経験を魅せる』スタイルを心掛けたほうがいいかと」
「そ、そう、でしょう、かね……」
かわいそうな程に動揺してる石河の親父さん。
……ああ、なんだ、その……悪意は無いんだよ。でも誰かが言わないといかんだろ、コレ?
「で、ですね……危惧してるんですが……『クアッドターボだから朝日杯はあの程度で済んだ』と俺は思ってるんです。
いいですか? 有馬記念で走るのは『バーネットキッドですよ?』」
「! ……お、おっしゃる、意味が……」
薄々は分かっているのだろう。
狼狽える親父さんに、俺はたたみかける。
「分かっているでしょう、一年半も『ヤツ』の面倒を見て来たのならば?
ヤツは今現在、大人しく競走馬をやっていますが、本質的には芸人ですよ?」
「いや、最近はレースや調教に集中しているようで大人しく……」
と。
「親父、甘いよ」
ぽそっと。
石河弟……賢介のヤツがさらに突っ込む。
「アイツが大人しくなった時は、本当に諦めたんじゃないんだよ。
じっくり計画を練って『何か』を実行してくるんだよ……静舞で湖南が番犬になった後も、何度か裏を掻かれて脱走されてるんだ」
「うん。ヤツが大人しい時は、事の良し悪しに関わらず『何か』を企んでいると思った方がいい」
「いや、厩舎で、何度も近寄って具合を見ていますが、本当に最近は落ち着いてきたので、ちょっかいかけて来ませんよ」
「それは、周囲に居たのが『厩舎のスタッフだけだった時の話』ですよね?」
「あいつ、パドックやウイニングランの爆笑で味をしめたのか、最近はレースの前後を狙って『やる』ようになってるんだぞ? 自分でも気づいてるだろ!?」
「う、うう……」
狼狽える石河の親父さんに対し、更に詰めに出る。
「親父さん。冷静に想像してみてください?
有馬記念のウィナーズサークルで、静舞の先生たちやみんなに囲まれて写真撮影の最中、その頭のカツラをキッドに引っ剥がされた時の状況を? 止めようったって相手は体重五〇〇キロの大型草食獣ですよ?」
「!!?」
「本当に……本当に、悪い事はいいません。
お願いだから、カツラを止めて帽子にするとか、何とかして有馬までに年齢相応のスタイルにキメ直してください!」
「親父!
正直、厩舎の現場の人間としても、ヅラを見て見ぬふりし続けるのは辛いんだよ。
解ってる。キッドが色んな意味でアレな馬だって事は厩舎の人間全員が……何より育ての親の俺たちが一番よく知ってるから! 親父はよくやってるよ!
っつーか朝日杯のクアッドのアレで、バレる人間にはバレてるのに、それでもヅラ被り続けるのは逆にみっともないぞ? 三年前に死んだ
二人がかりで詰め寄られた石河の親父さんは、とうとう観念し……
「う。ううう……わ、分かった、分かったから!
……はぁぁぁぁぁ……しかしそうか…そうだよなぁ。無我夢中でこの仕事をして来たから意識してなかったけど、もう自分の
そう言うと、深々と溜息をつきながら、石河の親父さんは自分の頭からヅラを外し……手元のソレを見て、また溜息をつく。
「度々、若造の俺が言うのもアレな事は承知していますが……人間て、年齢を重ねれば重ねるほど、『似合う服』の選択肢って、本当に少なくなって行くんだな、と思うんです。
ほら、テレビに出てる芸能人とか評論家でも、むかーしの若い頃に似合っていた服装を、そのまま中年や初老の頃まで着続けて、変な事になっちゃっている人とかたまに居るじゃないですか?
さっきも言いましたが、そういう下手な若作りって、むしろ『若い頃から自分は何も進歩していません』って相手に受け取られちゃう可能性もあるんですよ?」
「うっ……だ、だがホラ、ロックミュージシャンなんかはいい年でもステージ上で若い頃のキメキメの衣装で」
「アレは『自分はこの曲と共に心中してやるぜ』ってくらいの覚悟と実力を、ステージの上でキメてるからこそ映えるんであって、当時の格好をしていようが、年齢に負けて腑抜けた演奏なんてしたら、ファンから見限られるどころか『晩節を穢した』って石投げられますよ。
言わば彼らにとっての『勝負服』なんです」
「あぁ……なるほど」
「ショーン・コネリーだって、007やってた頃と、インディー・ジョーンズの
「いや、ハリウッドの俳優と比較で語られても……」
「一緒ですよ。
コネリー、絶対ある時期までヅラですよ。なにしろ、若い頃は二枚目のイケメン俳優で鳴らしてたんですから。
そこから、年齢を受け入れて渋い演技派へのイメージチェンジをして、晩年も成功してるんです。
今の親父さんに必要なのは、ヅラを使った無駄な若作りじゃなくて、年齢や自分の体を受け入れてソレにふさわしい恰好をする事ですよ」
「……なる、ほど。六十近い『おじさん』に相応しい恰好を、って事、か」
あ……これまだ分かってない。
なので。
「っつーか、親父……家族としてキッチリ認識を持ってもらいたいからはっきり言うけど、親父はもう『おじさん』どころか『お爺さん』に片足突っ込んでるんだからな? 兄貴が今年28で、そろそろ『おじさん』に足を踏み込む頃だからな?」
「む、……ろ、60代はおじさんだろう、まだ」
などと、認識の甘い悪あがきに、二人がかりで容赦なくトドメを刺す。
「親父……知ってるか? 日本人は65歳超えると『年金』が貰えるんだぜ?」
「ついでに言うと、75歳以降は『後期高齢者』と区分されますね。確か調教師の定年も70だったかと」
「こ、こうき…こうれいしゃ……」
「騎手とか他の調教師の先生とか、競走馬に関わる上での『節制』があるから若々しく見えるし、年をとっても動ける人も多いから認識がズレちゃうのかもしれませんけど。
一般人からすると、50超えれば爺さん寄りのオジサンで、60になればバスや電車のシルバーシートに座っても誰も文句言わない立派なお爺さんです」
二人がかりで、総ツッコミを入れ。
更に……
「ほら、女の人でも『美容とアンチエイジングで大丈夫、私はまだ
なまじ年齢の割に外側が若々しい人が周囲に多いから、親父さん自身が『アレ』の読者と同じ精神状態に陥っちゃってるんですよ!?」
とてもとても新野女史あたりには聞かせられない『猛毒』まで持ち出して、説得にかかり。
石河家全員が大爆笑してしまった。
「ぶふぉ……お、おま……おまえ……ひ、酷いなオイ……あっはっは!!」
「ぶっ……ま、待って……分かった……分かった!
「ラノベに突っ込もうとしても、なかなか猛毒過ぎて突っ込めないネタなんで、もう今使っちゃいます!」
……個人的に、あの手の雑誌は、本屋の売り場を『女性向け漫画雑誌』や『女性向け創作小説』だとかの『女性向けの創作系作品』の棚に置くべき代物だと思っていたりするのだが。
それは兎も角。
「分かった! 負けだ! これは完全に負けだ! あっはっは!!
確かに『運命の相手』とやらを追いかけて、
「はっ、はっ、蜂屋。おまえホント酷いな……久方ぶりにお前の『本気の猛毒』を聞いたよ。
正直、館さんの番組に出るって聞いて割とヒヤヒヤしてたし、お前の担当編集の新野さん? あの人が事後報告でトーク仕事を受けた話を聞いて、真っ青になってた理由が改めて良く理解出来たよ」
「いや、ちゃんと『毒』の『量』と『使いどころ』を加減しながら考えないとシャレに受け取ってもらえないって、中坊の頃に進路が『ド底辺ヤンキー工業校』か『静舞の農高』の二択になって理解したんだから……つか、一応、その辺は本職だぞ俺」
何しろ、加減を間違えると……全国模試で偏差値75を超えて歴史社会の全国順位1桁台に入り、学校の定期テストで毎回100点とっても、成績表に『1』を付ける『中学校の歴史教師(当時35歳独身女性)』が現実に居るのが世の中だと、とーても理解していますとも。
「あの話、マジだったのかよ……信じらんねーヤツだ」
「当時はガキだったんだよ。
ちょっと進路指導の時に『賞も取ったし進学しながらラノベ作家を目指したい』って言ったら『オタ』だ『キモイ』だ何だって先生含めて周囲からイジメに遭って、言われっぱなしも腹が立って反撃したら『加減』を間違えちゃったダケだって」
クラスのカースト上位の陽キャ女共が『ホントの事じゃない♪』と色々俺に言って来たので、こっちもそいつらに『ホントの事』を色々指摘してやったら、全員逆切れした挙句、指摘する過程で『流れ弾』を喰らった件の女教師まで加わって、量産型に鳥葬喰らった弐号機の如く、物理的に集団で……うん。薬丸自顕流(猿叫剣)って、抜刀以外は振り下ろしメイン&猿叫で精神と肉体のリミットを外すとか、凄く
当然、救急車が来る騒ぎになったのだが、件の女教師含め全員『
そろそろ証拠含めて色々と揃って、全員、確実に傷害で起訴できそうな見通しが出来たんで、時効になる前に軽く警察沙汰にしてやろうと思っている最中である。
まあ、それは兎も角。
「は、蜂屋……お前、ホント下手すると刺されるぞ? 気を付けろ?」
「酷いなー。だから、普段ラノベの作品の中くらいでしか使ってないし、ちゃんと用法容量は守ってるって。
それに農高入ってお前と出会った頃には、色々と身辺が片付いて落ち着いた頃だから、そんな毒吐いてなかっただろ?
俺だって成長するんだぞ?」
「……あれで?」
「なにか?」
「いや……」
そんなやり取りをする息子と、その友人を見て。
石河の親父さんは全てを納得したような諦めたような顔で。
「あーなるほど。ここに来て座敷に座った段階で、もう勝ち目は無かったんだ」
「何がですか?」
「いや、『何らかの説得をされる』事は予想していたけど、こんな説得のされ方をするとは夢にも思わなかったんで。
いや、昨日のアレといい、ホント交渉上手ですよ、オーナーは」
「やめてくださいよ、基本的にタダの引きこもりの文章書きですよ、俺は」
「いやいや、昨日だってあの日本屈指の大牧場の方々に、一歩も退いて無かったじゃないですか」
「やらなきゃイケナイから踏ん張っていたダケで、内心半泣きどころか全泣きですって!
マジで新野女史や親父さんが脇を固めてくれたから、変な詰められ方しなくて助かったって分かってますから。
……ホントに信用できる大人がいるって、マジでありがたいんですよ」
昔。
賞を取って俺を評価してくれた、審査員や編集長、そして新野女史を思い出す。
少なくとも。『信ずるに値する他人はいるのだ』と知れた、あの時が無ければ、自分自身どうなっていた事やら。
と……
「その『やらなきゃいけない事』に、泣いてゲロ吐きながらでも立ち向かえるのは、
「やめろよ! それって『あいつに任せりゃ大丈夫』って無茶振りされる第一歩じゃねーか! 実際マジで
などと泣きを入れると、親父さんまで……
「あ、ウチの厩舎の他の馬主の方から、たまに『そんな事出来ないかなー?』って、話を聞かれるよ」
「ぎゃー!! 勘弁してください!!
知ってるでしょうに! 本性はタダのビビりのヘタレですがな!」
なんというか……。
昔のヤンキー漫画に割とあった、高校デビューの主人公が偶然と幸運とハッタリで得た、周囲の過大評価で成り上がっちゃって『どうしよう』みたいな状況に。
『これ、本格的に『退き口』が無くなって行くんじゃ……』という嫌な予感が、拭えなくなっていた。
と……まあ、何だ。そんな感じで、目標は達した。
無謀な若造の忠告は、確かに石河の親父さんに届き、改めるべきところを直してもらえる見込みも出来た。
そう、俺は俺個人の良心と責任において、然るべき行動を果たしたのだ。
だから、もうこれ以上の……具体的には有馬記念で『起こってしまった不幸な出来事』に関しては、声を大にして断言したい。
『……もう俺の
そこそこ頭の出来がいい蜂屋君が、何で『北海道の辺境の農高に飛ばされたか』の説明回です。
『生徒の成績を、偏見や好き嫌いで決める先生なんて、日本に居るワケ無いじゃん』とかいう人は……本当に真面目な教育者に育てられた、幸せ者なのだなぁと思います。いやマジで。