Re:escapers   作:闇憑

75 / 103
すいません、遅くなりました。


有馬記念に向けて

 師走、美浦トレセン。

 

 ウッドチップのコースを、二頭の馬が併せ馬で走っていた。

 二頭共に、紫地に金文字で描かれたゼッケン……すなわち、G1馬たる証明を背負い、馬場を駆け抜けて行く姿は、正に二頭共に美浦のエースに相応しい力強さを示していた。

 

『ったく……全然元気じゃねぇか古いの。何が引退だよ』

『けっ、元気じゃなくっちゃボスは務まらねぇんだよ』

 

 バーネットキッド、そして……ゼンノロブロイ。

 二頭の併せ馬は、比較的緩く、しかし……

 

「引退、ですか」

「ええ……」

 

『ゼンノロブロイ、有馬記念を最後に引退』

 

 その一報は、厩舎や関係者のみならず。

 美浦で暮らしている馬たちにも衝撃を与えていた。

 

 なんといっても、ゴリゴリの縦社会である馬の世界で、美浦トレセン全体に睨みを利かせていた大親分である。

 それが引退ともなれば、後釜やら序列やらの変動が起こるのは、社会性を持つ生き物である以上、当然の出来事であり。

 そんな事情を気にしないのは、美浦の馬社会である種のキチガ……もとい、傾奇者(アウトロー)として扱われているバーネットキッドくらいのモノである。

 

『ったく。ジャパンカップの時点で、もう既に引退キメてやがったんだろ、親分?』

『ボスが迂闊に話を洩らせるかよ。

 まあ、暫くはかわい子ちゃんと戯れる生活になるみてぇだが……その前に、有馬でしっかりツラを拝んでおきたい相手も居るからな』

『誰?』

『『お前を一番追い詰めた』って栗東の野郎だよ』

『あー……』

 

 そういえば、ロブロイ親分、ディープのヤツとは一度もぶつかってないんだよね……年齢差を考えれば当たり前なんだけどさ。

 というか、3歳馬と5歳馬で、3度もG1レースで激突し合ってる、俺とロブロイ親分の関係のほうが、色々とおかしいワケで。

 

『お前から見て、どんなヤツだ?』

『牝馬みたいにちっこくて、普段はのんびりしたフツーのヤツです。

 でも、レースになると性格が変わるタイプですね。負けん気が凄いから大変らしいです』

『……誰かさんみてぇな野郎だな』

『はて何のことやら』

 

 しれっと返事を返すと。

 親分が真剣な顔で問いかけてくる。

 

『ところで、若いの。

 お前、何時まで美浦(ここ)で『一個の傾奇者(アウトロー)』で通すつもりだ?』

『古いの。俺が『ボス』なんて(がら)じゃないのは知ってるでしょうに』

『あのなぁ、少しは自分の影響力を自覚しろよ?

 お前が自分の厩舎だけでもボスに就けば、美浦(ここ)の勢力図が変わっちまうんだ。おかげで後釜探しに俺が苦労してんだぞ?』

『そりゃ大変ですね。

 俺を飼いならせる度量を持つ、親分の後を継げるヤツを探せ、って事なんですから』

 

 と……

 

『一頭、力量的に後釜に相応しいのが居るには居るんだが、なぁ……』

『ほう』

『そいつは傾奇者でな。群れようとしねぇんだ』

『ふーん、やる気が無いならショーがねーんじゃないですか?』

『なんとかヤル気を出させる方法はネェもんかね?』

『どーなんでしょーねー……『群れの親分』なんて柄じゃないんでしょ、ソイツは』

 

 などと、話を振って来た親分に応えてみると。

 親分は深々と溜息をつき。

 

『まったく……最近の奴らは分かんねぇよ。

 馬として、雄として生まれたなら、群れの頂点を目指すモンだろうが』

『その『分からないモン』を傍に置きながらも、美浦全体を統率する度量が要るんでしょー? 『美浦(むれ)の頂点』ってのは。

 大体、親分ってのは『分かりやすく見せないと』下が付いてこないモンです。

 誰だって『何考えているか分かんない基地外』になんて、付いて行きたく無いんですよ』

『……まいったね、傾奇者に群れ長の心得を説かれるとは』

『まー、ぶっちゃけ、知ってるからやりたくないの。そーいうのは弟に任せた』

『そういうのを『知ってるヤツ』に担って欲しかったんだがなぁ……』

『お疲れ様です、親分。最後のお勤め、お気張りなすって』

『あっさり他人事にして逃げやがって……なら、しゃぁねぇか』

 

 そう言うと、鞍上の指示で最後に別れ際。

 

『おう、若いの……』

『譲りませんよ。有馬も』

 

 親分の言葉を遮って、返事を返す。

 

『ちっ……少しは浮かれて油断しろよ。可愛げのねぇ』

 

 すんませんね、親分。

 どう頑張っても、『あいつ』相手に油断なんて出来ないんですよ。

 

 

 

 で、いつものクールダウン(?)のひと泳ぎのために、プールに行くと。

 カメラを始め撮影機材を抱えた人たちが何人かと、アナウンサーと思しき女性が一人。

 

 ……園長がおらん所を見ると、競馬関係の番組だろうか?

 そういえば有馬が近いし、一応、有力馬の端くれだったか、俺も。

 しかし、公開調教で見せるのがプールか……よし、ちょっと頑張っちゃおう。

 

「じゃ、泳がせますよー」

 

 で。

 いつもより少し力を入れて、ザッパザッパと泳ぐこと暫し。

 

「一周、18秒から17秒。これって早いですよね?」

「はい。大体一周50メートルで、泳ぎが苦手な馬だと40台後半から50秒台。得意な馬で20秒台前半ですから、かなり得意……というか、多分、美浦だと最速ですね」

「これ、ギネスに載せられるんじゃないですかね?」

「『世界一速く泳ぐ馬』ですか? 記録とかジャンルがあるんなら、確かに載せてみたいですね」

 

 などと、やり取りをする石河調教師(パパ)

 

 で、プールから上がると……

 

「うわぁ……プールに入る前は白くてモフモフで『可愛いなぁ』って思っていたんですけど。

 プールから上がると、毛が濡れてムキムキの筋肉が浮かび上がって。『ああ、競走馬だ』って……失礼ですが、やっぱりその……こうして見ると本当にG1馬なんですね」

「まあ、園長の動物園だと人懐こいコメディホースをやっていますが、実際は現役の競走馬ですからね。

 何だかんだ、調教は素直で真面目にこなしてくれているので、本当に助かっています」

 

 おお、筋肉か? 筋肉がウケるのか?

 ……はて? どんなポーズを取ればいいのだ? つか、人間のボディビルダーみたいなポーズって、馬にあったかな?

 

「じゃあ、最後に、有馬に向けての抱負を……」

 

 おう、〆だな。

 じゃあ、せーの……アイーン♪

 

「キッド、だからアイーンはいいの、アイーンは! そっちの番組じゃないの!」

「いえいえ、オイシイ映像、頂きました。ありがとうございました♪」

 

 

 

 変顔をして芸をする競走馬……最早、不動のアイドルホースと化したバーネットキッドの姿を見て、くすっ、と笑う声が部屋に響く。

 だが、モニターを見つめる、厩舎関係者と騎手全員……それも、最大のライバルと目されるディープインパクトを預かる、関係者の面々は微笑こそあれど目は真剣だ。

 

「冬だってのに、よく泳ぐモンだなぁ」

 

 無論、美浦も栗東も、トレセンのプールは温度管理もされた温水プールであり、更に馬という生き物は、比較的寒さに強い生き物ではあるものの。

 それでも『積極的に冬場に水泳をしたい』などという馬は稀である。

 

「担当厩務員曰く。

 少しプールを制限したいらしいんですが、そうすると勝手にトレセンを脱走して、霞ケ浦まで泳ぎに行きかねないそうです。

 実際、夏場に一度、深夜に馬房から脱走して、トレセン抜け出す寸前まで行って軽く騒ぎになったとか……報道はされていませんが」

「ああ……その噂は聞いたな。札幌記念で相当に機嫌を損ねたとか何とか」

「それこそ、あの札幌記念みたいな状況になれば、ウチのディープの独壇場なんですがね……」

 

 いくつかあるバーネットキッドの武器の中でも、大きな武器の一つ……テン1F11秒台がデフォの最速のスタートダッシュは、それこそ直線短距離の『アイビスサマーダッシュですら通じるのでは?』と思わせる程に鋭く。それでいて1枠1番という『出走馬中、最長時間のゲート入り』も苦にしないという、落ち着きっぷりである。

 その点は圧倒的にゲートが苦手なディープよりもキッドに軍配が上がる。

 

「で、美浦に行って、直接見て来た感想はどうだ?」

「どうも何も……多分、キッド自身が僕の事、完全に覚えていますね。

 僕が顔を出してる時の調教は、本当に適当に流している感じでした」

「まあ、そうか。

 しかし、キッチリ仕上げて来たなぁ……石河さんも」

 

 モニターに映る、バーネットキッドの馬体を見て、老練な名伯楽が呟く。

 水にぬれた馬体は、うねるような張りを持つ筋肉を浮かび上がらせ、仕上がりの良さを如実に主張していた。

 

「どうだ? 勝てそうか?」

「勝ちますよ。

 前回はディープ自身も僕も、初めて見るキッドの大逃げに対応出来なかった。

 今回は違います」

 

 あのサイレンススズカを彷彿とさせる『溜め逃げ』を思い出す。

 アレで完全に仕掛けどころを『見誤らされた』結果、苦杯を舐める事になった。

 だが………

 

「『ある』と分かっていれば、ディープならば『なんとかなる』と信じます。

 どのみち、レースは確実に時計重視の『真っ向勝負』になるでしょうから」

「そう、それだ。

 時計で気になったんだが……『去年のゼンノロブロイ』、超えて来ると思うか?」

 

 2分29秒5。

 去年、有馬記念にゼンノロブロイが『秋古馬三冠』の称号と共に刻んでいった、有馬記念のレコードタイムの蹄跡。

 

 それに対して……

 

「『超えるか否か』は兎も角。確実にそれに近いタイムで来るでしょうね」

「だよ、なぁ」

 

 一時停止したモニターの中で、仕上がった馬体を見せつけるバーネットキッドを見て。

 ディープインパクトの騎手と調教師の二人は、激闘の予感をひしひしと感じていた。

 

「まったく、厳しい戦いになりそうだ」




アイドルホースやってる白毛の可愛いソダシが、シャワー浴びた途端、濡れて萎んだ白毛の下からムキムキの筋肉が浮かび上がって来て『あ、競走馬だ……』って否応なく理解させられる、あの感じです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。