『私は普通のウマ娘ですよ』
そう語るヒシミラクルを、トレーナーとして口説きに口説いて、菊花賞を含むG1ウマ娘まで育て上げたある日。
ふと、気になった事をヒシミラクルに問いかける。
「『普通じゃないウマ娘?』 ですか?」
「うん。なんというか……ミラ子って『自分は普通だ』って強引に思い込もうとしてるっていうか……これだけ結果を出してるのに『そう在ろうとしていないか?』って思えて来たんだけど?」
「あー……あははは……まあ、『親戚の子たち』が普通じゃないですから」
「親戚の子?」
「わたし、結構年の離れた『姉』がいるんですけど。
その姪っ子たちと従妹みたいな付き合い方してて。でもなんていうか……姉妹全員が『濃い』んですよ。
川にダイブしたり、変なお化けとか見つけちゃったり、モデルやってたりとか……あと、メジロ家に養子に行った子もいたりして。
なんていうのか、姉妹全員、色んな意味でとんでもない子たちばかりだから」
「とんでもない、ねぇ……」
菊花賞を取った彼女が、自分を基準に『普通だ』と言ってるのならば。
……ひょっとして、その『姪っ子』たちには、相応の素質があるではなかろうか?
「その子たち、トレセン学園に来たりしてる?
出来れば選抜レースを見て、実力があるようならスカウトしてみたいなぁ」
「んー、レースは見られると思いますけど、スカウトは無理じゃないかな?
ほら、彼女です」
そこには……トレセンの練習用コースを駆け抜ける、バーネットキッドの姿があった。
「……はい?」
「だから、私はまだ普通だと思うんです……『あの姉妹たち』と比べたら」
そりゃそうだ……ゴールドシップと並ぶ変人な上に、クラシック級で宝塚を取るウマ娘と比較したら、どんなウマ娘だって『普通』になっちゃうよ。
……って。
「待った待った? って事は……」
「みたいですね~。
なんだかんだと長女のキッドちゃんの面倒見がいいんで、下の子たちが慕って、トレセンに入ったら、アルデバランに一度は所属するみたいです」
「あ、あの『アルデバランの姉妹たち』かぁ……」
トレセン学園というのは、ほぼエリートウマ娘にのみ開放されているだけあって、『姉妹で学園に所属している』というケース自体が珍しい中。
石河トレーナー率いる『アルデバラン』は、バーネットキッドを筆頭に、近年、毎年のように姉妹で重賞ウマ娘を輩出し、台風の目になっているトンデモチームだ。
「……うん、やっぱり素質があったんだよ、君は」
「えええ? そんな事は……少しは、あったのかなぁ?」
「そうだよ。だからきっと、君もバーネットキッドのように」
「ように!?」
トレーナーの言葉に、期待で目を輝かせるヒシミラクルは。
「プールで泳げるように」
「失礼します」
一瞬で死んだ目になると、その場でくるりと
「待って! 待って! プールの補習テスト、本当にやばいんだから!?」
「大丈夫です、逃げ切ってみせますから」
「だから逃げたら失格だって! 最悪トレセンに居られなくなるよ!」
「無理です無理! 無理なモノは無理ですってばぁ!!」
「大丈夫! オグリキャップのトレーナーに『頼りになるサポーター』を紹介してもらったから! あのオグリキャップも200メートル泳げたんだぞ?」
「……ううう……」
「あのプール嫌いのオグリだって何とかなったんだ。君だって大丈夫だって!」
「……ほんとに、大丈夫ですかぁ?」
で……
「おっす。お久しぶり、『おばさん』」
プールサイドに居る水着姿のバーネットキッドを見た途端。
「トレーナーぁぁぁぁぁ!! 騙しましたねぇぇぇぇぇ!!!」
「ンなワケあるか! オグリキャップも太鼓判を押したプールサポーターだぞ!」
「嘘です! 絶対嘘です!
そりゃ彼女は『両手足をロープで縛っても泳げる変態』ですけど、他人をフォローしたり出来る子じゃないんです!!」
泣き叫びながら逃げ出そうとしてるヒシミラクルを。
例によって、逃走防止のためにクアッドターボやヤエノムテキががっつりと確保していたり。
「もー、いつの時代の話してんだよぉ」
「あなたと! 一緒に! 近所のプールで遊んだ時! どういう目に遭ったか!」
「そんな子供の頃の昔の事を持ち出されてもなぁ……大体、プールなんて海や川みたいに水流があるワケじゃないし、着衣や甲冑じゃなくてちゃんと水着着てりゃ、そう簡単に溺れようもないだろうに?」
「聞きましたトレーナー!? この子の『泳げる』は基準がおかしいんです!」
「はいはい、とりあえず蹴伸びで浮けて呼吸のタイミングさえ掴めれば、近代四種を水着で25メートル程度なら、大体割とどーにでもなるから。
あー、じゃー、そこから始めましょうか」
そう言うと。
割と浅めの、腰までしか無い深さのプールに入る。
「ほら、入って」
「嫌です」
「腰までしか無いって。風呂と一緒。足が付くよ」
「そう言いながら、『また』立ち泳ぎで水深を誤魔化したりしてない?」
「それは相手がある程度泳げるようになったらドッキリでやる」
「やっぱヤル気だぁぁぁぁぁ!」
「今はやらないから安心しろって。
大体、このプール、真ん中の一番深いとこでも2m無いんだから、簡単に水深を誤魔化せないんだよ」
「ううううう……」
イヤイヤながらも、浅い所でプールに腰まで浸かり。
「はーい、じゃあスクワットの要領で、しゃがんで頭まで水に浸かりながら、ふーっと息を吐いて。で、全部吐き出し終えたら立ち上がって息を吸う。
これを繰り返して、全身で自分の呼吸のタイミングを計るよー……って」
水中スクワットで膝を曲げはするものの。
目をつぶりながらも、頑なに水面から下に頭を下げないヒシミラクルに。
「……これ」
「おぶぁっ!!」
水面を掌底の要領で押し出して、顔面に水をぶっかけるキッド。
「ちゃんと頭まで沈んで、ゆっくり息を吐く。
でないと自分の呼吸のタイミングが分からないだろ?」
「……(ふるふるふるふる)」
首を振って、無言で抗議するヒシミラクルに。
「……あーもー、しょうがない、最終手段。クアッド、洗面器もってきて!」
そう言うと。
持ってきた大き目の洗面器に、なみなみと水が注がれる。
「プール云々以前に、まず『顔面を水に浸ける恐怖』から何とかしないと、ダメなレベルじゃないか」
「……」
「正直言うけど、『コレ』も無理なら、本当にお手上げだよ。
はい、さっきみたいに洗面器に顔を付けて、ふーっと息を吐きながら、いっぱいになったら顔を上げて息継ぎする。これに慣れたら、さっきの水中スクワットね」
と……
「あのー、キッドちゃん。水面からずっと顔を出したまま泳ぐ方法って、ない?」
「それ……あるにはあるけど、上級者向けというか、逆に超疲れる泳ぎ方だけど?」
「そうなの?」
「人間にしてもウマ娘にしても、『頭』が人体で一番重たいんだよ。
だからビート板みたいな補助具抜きなら、水面から顔を上げっぱなしにするよりも、水の浮力を利用して呼吸のためだけに軽く一瞬だけ上げるほうが、全身のバランスも取りやすいし、よほど楽なの。
つーか、こう……水面を境に、頭も含めた全身の上下する頻度や高さが減ってフラットになればなる程、体力を使わないで楽に泳げるようになるから、最終的に着衣前提の古式泳法だと、水すましみたいに『水面を這う』感じの『伸し泳ぎ』になったりするんだ。
だから、全身や腕が上下動しやすい近代四種だけマスターして、うっかり『泳げる』と勘違いして着衣で泳ぐと、割と簡単に沈んで……ん?」
ふと。
何かに気が付いたキッドが問いかける。
「ちなみに。今まで、その状態で、どうやって泳いでたの?」
「どう、っていうか……溺れないように必死に手足を動かしてるだけで」
「ひたすら暴れながら、カンカンカンカンと後ろから空き缶鳴らして追い立てる感じです」
「あー、じゃあ、現状を確認したいから、ちょっと泳いでみせて?
今日はとりあえずソレで往復50メートルだけでいいから」
「う、うううううう」
水を顔面に浸ける恐怖か、それとも普段通り泳ぐか。
死んだ目になって究極の二択を迫られたヒシミラクルは……
「せめて、せめて25メートルで!」
後者を選んだ。
で……
カンカンカンカンカン、と空き缶を鳴らして背後から追い立てられながら、溺れてるんだか泳いでるんだか分からない有様の、ヒシミラクルを見たキッドは。
「…………………トレーナー、ミラ子おばさん、そのままでいいかもしれませんね」
「え?」
頭痛を催したように軽く頭を抱え、ヒシミラクルのトレーナーに答える。
「『あの泳ぎ方で25メートルも泳げる』って……逆に、凄い才能ですよ。
さっきも話した通り、水面から頭を上げっぱなしで、手足の掻き方も超非効率。
あんな泳ぎ方したら、普通、人間でもウマ娘でも、水着だってほぼ沈みますよ?」
「えっと、一応、まだ沈んではいないけど」
「だから不思議なんです。
多分、身体能力で無理矢理浮いているんだと思うんですけど……まあ、スタミナは確実にあの泳ぎ方のほうが付きますね。
下手に正規の泳ぎ方をマスターすると、かえって楽を覚えるパターンもありますから……というか、本来、人間は水に対して無力だからこそ、普通は『正しい泳ぎ方』を覚える必要があるんですけど」
「なるほど」
『何だかんだでG1ウマ娘の身体能力だよ』というキッドの説明に、腕を組むヒシミラクルのトレーナー。
「どうします?
水の恐怖を克服するまで一苦労ですし、そこで泳ぎ方を覚えたら覚えたで、彼女の性格からして手を抜いて楽をしそうな感じがありますが?」
「うーん……」
と……
「あ、沈み始めた」
「……しゃーない、助けるか」
そう言うと、救助のために、キッドは軽くプールに飛び込んだ。
さて。
溺れている人間を、直接捕まえて救助する時。
一番やってはいけないのは、『正面から助ける事』だったりする。
なにしろ溺れている人間は、生命の危機を前に火事場の馬鹿力が利いている状態でしがみついてくるため、救助者も一緒に沈んでしまうケースが後を絶たないのだ。
で、それを避けるために、後ろから羽交い絞めのようにして助けようとしたキッドだったが。
うっかりと全力で暴れるヒシミラクルにしがみつかれてしまい。
じゃあ、こうなった時、救助者はどうするかというと……『息を整えて』一緒に沈んでやるのである。だいたい、溺水者の呼吸は一分も保たないため、あっさり離れるか……先に気絶して落ちるか。
「ま、こんなモンですかね。
とりあえず、あの泳ぎ方を続けるンでも、こんな風に『死なない事』だけはサポートできると思います」
そんな風にヒシミラクルを助け出したキッドだったが。
前述したように、割と荒っぽい手法だったために、周囲はドン引きである。
「……も、もう少し、優しく助ける方法は?」
「ライフセイバーが『優しく救助』すると、一緒に溺れちゃうけどいいの?」
凄まじくザックリした返事に、恨みがましい目を向けて来るヒシミラクル。
「で、どうしましょうかね? 今後の方針?」
「トレーナー! もうこれっきりにしましょうよぉ~!」
飄々としているキッドと。
懇願するヒシミラクルを前に。
暫し、彼女のトレーナーは懊悩し……
「とりあえず、今後もサポート、よろしくお願いします。バーネットさん」
「はーい、了解。毎度アリ~♪」
「トレーナぁぁぁぁぁ!!!」
心を鬼にしたトレーナーの決断に。
ヒシミラクルの心からの絶叫が、プールサイドに響き渡った。
余談。
「時にお尋ねしたいのですが。
キッドさんの泳法って、古式泳法ですね。
それも、一般的な水府流ではない……おそらく、水上での戦闘や救助を想定した、小堀流か山内流あたりでは?」
更衣室での着替え中。
武術家らしいヤエノムテキの分析と問いかけに、キッドは軽く苦笑し。
「あー、それ、ナントカ流とかは分かんねぇんだ。
近所に居たオッチャンの真似したりとかして、やり方教えてもらったダケだから」
「ほう……その御仁、恐らくは教士以上の水練の達者ですね」
「あー、かも。
最初はバカなガキが見よう見真似で遊んでるとしか思ってなかったみたいで、相手してもらえなかったんだけどさー。
悪ふざけし過ぎて両手足縛って川を泳いで遡上するのまで真似たら、オッチャンにえらい怒られちゃって♪
今思うと、ほんとアブナイ遊び方をしてたなー……どっちかっつーとオッチャンが教えてくれた事って、技術云々よりも、水深30センチで溺れる『水の怖さ』だった気がする」
「そりゃ怒られますよ。
ソレ、未熟者がやったら死ぬ技だし、むしろ『使わないに越した事は無い』技法じゃないですか」
「まーねー。ただ、オッチャンが立ち泳ぎで弓を引く姿って、結構かっこよくてさー……『どーなってんだ、どーなってんだ?』って生きたサンプル見て真似たダケだから、資格とか免許とか、持ってるワケじゃねーんだ。
で、トレセン入る前にポックリ死んじゃったんだけど、最後まで『流名』とかは教えてもらえなかったの。『弟子じゃないから名乗るのは許さん』って」
「なる、ほど……だから『謎の流派』ですか。意外と浪漫がある話ですね」
「まー、バカ過ぎて弟子にしたくなかったんじゃないかなー?
勝手に技は見て盗む癖に、水に対しての恐怖心が絶無と言っていいアホだったから、まずは『水の怖さ』から教えないと危なすぎるって判断されたんだろうな……って今現在の自分なら理解できるし」
遠い目をするキッドに、ヤエノムテキがどんよりとした目で答える。
「ああ……ミラ子があなたを怖がるわけですね」
「まあ、そんな調子だったもんだからさ。
人間万人全て『自分が基準』ってヤツで、ミラ子おばさんの水への恐怖心が、子供の頃の俺には『全く』理解できなくて……昔、ちょっと悪い事しちゃったかもしれないんだ。
そんなワケで、ちょっぴり後ろめたいから、彼女がちゃんとプールで近代四種程度は泳げるようには教えてやりたいんだけど……未だに、あそこまで怖がられるとは思わなかった」
「なるほど。反省はしているのですね」
「してなきゃサポートなんて引き受けないよ。
まあ、あの様子じゃ、首に縄つけて引っ張ってこないといけないかもだけど」
苦い表情で笑顔を浮かべながら。
「ま、しゃーない。
事が事だし、毒を喰らわばナントヤラだ。
こーなっちゃったら、もう『恨まれ覚悟』で教えるしかないのかもね~♪」
そう言って、制服に着替え終えると。
バーネットキッドは更衣室から去っていき……
「だ、そうですよ。ミラ子」
「う、ううううう……」
シャワー室の端っこから。
半分涙目のヒシミラクルが、物凄く複雑な表情になって、更衣室をのぞき込んでいた。
「分かってはいるけど……怖いモノは怖いし、ああは成れないわよぅ」
「別に、『彼女みたいになれ』とは言ってないでしょう?
というか、あの危なっかしい泳ぎ方でも面倒を見るって……相当な覚悟だとおもいますよ?」
「え?」
「基本、水泳って、まず『安全な泳ぎ方』をマスターしてから指導するものです。危ないし、死んだら元も子もないですから。
でも彼女は『ミラ子はミラ子のまま、泳ぎのサポートをする』って言ってるんですよ? 『死なない事だけは何とかするから』って。
無論、彼女の実力に裏打ちされた言葉でもあるでしょうけど」
「……………ううう」
かくして。
何だかんだと覚悟を決めたヒシミラクルは、嫌々ながらもキッドのサポートを受けるようになり。
「がぼぼぼぼ!! ぶばぶぁ!!」
「……………」
『洗面器で溺れる』レベルのヒシミラクルを、『如何に泳げるようサポートするか』という、キッドにとって試行錯誤と苦悩と難題の日々が始まる事となったのである。
キッド「なあ、イイカゲンちゃんと泳ごうぜ……大体、勝負服の腹回りをゴム素材にしなきゃいけない脇腹とか、中央トレセンのG1ウマ娘としてどうかと思うぞ(ぶにぷにぶに」
ミラ子「なによう! キッドちゃんだって通常Verと水着Verの胸周りにギャップがあり過ぎて、ファンから通常Verの勝負服にPAD疑惑が」
キッド「OK、今日のプールのサポートは、水深5メートルくらいある飛び込み用プールで、10メートルの飛び込み台からのダイブでいいな?」
ミラ子「」