Re:escapers   作:闇憑

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中山競馬場 第11レース 第50回有馬記念(G1) その1

 クリスマス。

 世間では山下達郎あたりの歌うクリスマスソングが流れ、前日のイヴの日の深夜にサンタさんから渡されたプレゼントが、子供たちの手に渡って封切られ快哉を叫ぶ日ではあるものの。

 

 中山で大きな子供たちに配られるプレゼントの争奪戦は、これからが本番である。

 

 なので、道の混み具合を予想して、先々週の朝日杯の時と同じく、西船橋からタクシーのルートで。

 ただし、今回は顔を合わせる相手の都合上、午前中のレースに間に合うように家を出ている。

 

「にしても、あの芸馬が有馬記念か……宝塚あたりから現実感が乖離し始めてるけど、とうとう来るところまで来ちまった、って感じだよなぁ」

「落ち着いてください先生、現実です。……信じがたい事は事実ですが」

「うん、まあ……現実感無いよね」

 

 なんというか……去年も先々週も朝日杯で中山には来たけど。

 去年のあの時は色々あって慌てていたし『行くとこ行っちゃったなぁ』くらいに思っていたのだが。

 今や行きっぱなしでドコにどーゆー風に着地するのか、見当もつかない状態である。

 

 しかも、有馬記念の宣伝番組で、ホントにクリカンにナレーションで声あててもらえるとは思わなかった。

 『俺の名前はバーネットキッド、かの偉大なる怪物、オグリキャップの孫だ』って。……いやホント、農業科に指名手配を喰らった畑ドロが出世したよなぁ。

 

「ゴキゲンですね、先生。いつもは緊張してるのに」

「いや、今日は園長も篠原の会長も来るから、多少なり安心できるし。

 それに……一昨日の有馬の宣伝番組で、ホントにクリカンに声当ててもらえたのが嬉しくって。番組、PSX使ってDVDにデジタル録画しちゃった♪」

「まあ、経済効果とか凄いって聞きますしね」

「そだねー。なんかぬいぐるみとか、滅茶苦茶売れてるみたいだし、農高は農高でエライ事になってるようだし」

 

 地方の農業高校の割に『今年の出願倍率が狂った事になりそうだ』とか聞くと『人生踏み外してないかー』と、あの周囲に何も無い、収容所じみた場所に出願した人間の、その後の人生が心配になってしまう。

 

「でもまあ……とりあえず、今日も無事に帰って来れる事を祈るよ」

「人間が? 馬が?」

「両方」

 

 もうね、なんというかね……先々週の朝日杯から、マジで周囲の目が怖いの。

 今までは『顔は笑っていても目が笑ってない』レベルだったのだが、だんだん笑えなくなりつつあるというか、顔までひきつってるレベルになってるし。

 

 あの迫真のアブダクションなんか、引きこもりの物書きを『逃がさん』とばかりの勢いだったからな……いや、考えてみると、ああいうエライ人たちと自分と接点が無いから、もう『競馬場で会いましょう』くらいしか手段が無いのか。

 

「そいえば、新野女史も聞いてますよね?

 レースが終わったら、園長の番組の生放送に、農高の先生と一緒に顔出しする、って」

「はぁ……というか、ソッチなんですね。

 てっきり打ち上げとかになると思ってましたけど」

「短いインタビューみたいだから、ソレが終わったらお疲れ様会の打ち上げだよ?」

 

 に、しても……

 

「有馬、かぁ……本当に来ちゃったんだよなぁ」

 

 半年前。

 

 皐月賞が終わって、進路を定めたあの会見で内心考えていた事は。

 とりあえず『ハッタリ利かせて時間稼ぎしねーとヤバい!』だったのだが。

 

『宝塚記念ですが、これまで歴史上一頭も三歳馬の勝利は無かったと記憶していますが、その辺はどうお考えでしょうか?』

『バーネットキッドが、その最初の一頭になると信じて、石河調教師と石河騎手に託す所存です』

 

 などと、自爆覚悟で盛大に広げた大風呂敷を。

 本当にキッドが宝塚を3歳で取って来たのを皮切りに。

 怒涛の快進撃で古馬を蹴散らして、有馬に臨む事になった……そう、『なってしまった』のだ。

 

 正直『ドコかで負けるだろう』とは思っていたし。

 実際に『ああ、負けたな』って思うようなレースもあった。

 

 というか、それ以前に、そもそもが、キッドがデビュー出来た事そのものが、物凄い豪運と確率の結果なんだよね……石河(弟)(ツレ)が騎手デビューしていたり、中学の先生が『マトモ』だったりしたら、俺もアイツも農高に行く事も無かったワケだし。

 

 そう考えると……

 

「まあ、運が良かったんだろうなぁ……」

「『運』の一言で、オグリ以来の『獲得賞金』より『経済効果』で語られる馬を作られては、馬産者もたまらないと思いますが……ほら、前の車とか」

 

 新野女史が示した、乗ってるタクシーの前の車両。

 後部座席の背もたれの後ろのスペースに、馬のぬいぐるみが複数並んでいるのが見えまして。

 ……そいえば、自分の作品(テンプレート・ガンブレード)のキャラのぬいぐるみって、ゲーセンでチラチラ見た後、すぐ消えたよな。

 って事は……

 

「……年収どころか、経済効果でもキッドに負けているのか、俺……」

「はいはい、意地張らない、意地を。正直、キッド効果で先生の過去作も注目されているんですから。

 それに、ジャパンカップで『やらかした』の、忘れましたか?」

「へーい」

 

 まあ、新野女史の言うとおりだ。くだらない意地を張っても仕方ない。

 そう、今だけだ。

 数年間。大人しく、かつ静かに、必要な最低限だけ顔を出しながら。

 愛馬の繋養や自身の老後に必要な資金を蓄え、キッドやクアッドの種牡馬稼業をソコソコで終わったら、あとはノンビリ老後を過ごさせてやろう。

 少なくとも、それが可能なだけの賞金は二頭共に稼いでくれているのだし、リンちゃんの分まで確保できれば……うん、短い間とはいえ、馬主としてシッカリしないとね。

 

 ……などといった目論見は、数年後に色々あってアッサリと破綻するのだが。それはまた別の話である。

 

 

 

「ああ、先生、お久しぶりです!」

「やぁ、蜂屋」

 

 中山競馬場に到着し、最初に出会ったのは。

 エントランスの馬主受付の前で待っていた、生産学科の担任である牧村先生だった。

 ……本当は、G1レースなんて晴れ舞台、生産者代表で毎回顔を出していてもおかしくないのだが……

 

「ようやっと休み、取れたんですか」

「まあなぁ。JCとか秋天も行きたかったんだけど、授業や家畜の世話が、な。

 ……しかし、テレビで見たが、ホントにバシッとキメて来てるんだな」

「ああ、これですか」

 

 銀座の老舗テーラーで仕立てた一張羅の上下は。

 早くも馬主席で、俺のトレードマークになりつつあった。

 

「そういや、高一の頃、『天皇賞って毎年秋と春に、陛下がレースを見に来る』って勘違いして、クラス中から笑われてたっけなぁ……それがマジモンの天覧競馬にあのキッドと出て勝つんだもんなぁ」

「『今年は来るよ』って言われて、慌てて仕立てたんですよぅ……勝つの負けるの以前に、キメて来ないと歴史に残っちゃうから」

「あははは、そんな事もあったなぁ。

 ところで……蜂屋。

 在学中に、学校のパソコンで『オランダ旅行に行ってた件』について、ちょっと話があるんだがね?」

 

 ぶふぉぉぉぉ!!

 

「な、なん、の、事、でゴザイマショウ」

「はっはっは、とぼけなくていいぞぉ♪ 『今の』3年生が全部ゲロしたから♪

 関わった生徒や卒業生たちを問い詰めていったら、そもそもの『大元』はお前なんだってな? 履歴の残らないアクセスの仕方とか色々教えたの?

 それが、お前から下の代に、代々『裏技』として伝授されていったのが、最近、PC周りのセキュリティを色々強化したら、知らずにドジ踏んだアホが出てなぁ」

 

 ぎゃーっ!! 誰だドジ踏んだスクリプトキディのクソ馬鹿野郎は!?

 大体、いくらド田舎農高のポンコツPCったって、5年も前の技法が、そのまんま現代に通じるワケねーだろぉがぁ!!

 

「まあ、ウチの学校に入って来るような生徒で、あんな高度なPCの使い方が出来るやつなんて、ここ5年で考えても、お前くらいしかおらんわなぁ♪」

「は、はぁ……」

「安心せい、とっくに卒業しとるお前に、何かあるってワケじゃないから。

 ただ、農高の校則が変わって、ネットの不正アクセス関連がエライ厳しくなったから、その辺を含めて『諸悪の根源』として不正アクセス禁止の講演にちょっと来てもらえればいいから」

 

 可哀そうに……今の現役農高生たち。

 あの強制収容所じみた場所で、食い気はともかく色気ゼロの青春を送る事になろうとは。

 それは兎も角。

 

「先生……あの……ちなみに、ドジ踏んだ後輩(アホ)たち、どうなりました?

 退学(クビ)とか?」

「いや。一応、校則が強化される前の違反だから、今やったら退学(クビ)だが、とりあえず『冬場の開拓地』送りで、一か月間の『強制労働』に落ち着いた」

「うっわぁ……」

 

 退学とどっちがマシかは、意見が分かれそうな所ではあるが……とりあえずご愁傷様である。 

 

 そして、馬主受付を済ませ……

 

「園長。お久しぶりです。ご無沙汰しておりまして」

「ああ、蜂屋オーナーに牧村先生。今回、お二人ともオファーを受けて頂いてありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそお招きありがとうございます」

 

 馬主席で待ち合わせしてた、志室園長にご挨拶。

 

「やー、ウチの馬も、これから未勝利戦のレースなんだけどね……キッドの前座で」

「ぜ、前座、ですか?」

 

 園長のお言葉に、顔が引きつる。

 この、キング・オブ・コメディアン様が前座!?

 ……出世しすぎだろ、キッド。

 

「正直、付き人やった先輩たちが、ビートルズの前座で武道館のステージで演奏した時って『こんな気持ちだったのかな』って、ちょっと考えちゃった」

「ああ、そういえば聞いた事が……あれ、園長って当時から既にメンバーでしたっけ?」

「いや、当時、まだ付き人どころかボーヤにすらなって無かったの。丁度、高校生の頃で、観客としてビートルズを見に行ってね……だから、もう想像するしか無いんだけど、ちょっとそんな風に考えちゃうな、って」

 

 うわぁ……オグリのブームですら『想像力』の世界だった俺には、遥か彼方の『歴史』の話だ……

 

「もう、なんか眩しいばかりの所にいっちゃったよね、キッド君も」

「ですねぇ……もう正直『どこまで行くんだろう』って。

 ただ……」

「ただ?」

「経済性を考えなきゃ行けない馬主としてはアレなのかもしれませんけど。

 ほんと、無事に帰って来て欲しいですよ。

 永い事馬主やってるオーナーの方とかに、『青い』って笑われちゃいそうですけど」

 

 と……

 

「いや、そんな事は無いと思うよ?

 少なくとも、馬が好きでやっている馬主様からすればね」

「おや、こないだぶりです、『会長』」

「ああ、おじ様。お久しぶりです」

 

 やって来た篠原会長にご挨拶。

 ……っつても、こないだのゲームのイベントで、ちょっと顔合わせてたんだよね。試合では当たらなかったけど。

 

「いや、しかし……なんか、ホント普段見ないような、凄い人たちで一杯だなぁ」

「そりゃあG1に出るような馬主の人と、顔を繋いだりしようって、大きなレースに付随する新馬戦やOPなんかのレースに、馬を出そうとしたりするのさ」

「ああ、そうか……そういえば、社交場ですものね」

 

 馬主席という場所は、レース自体よりも、むしろ『同好の士』としての繋がりを利用した、社交場という側面が大きいだけに。

 ……ますます、引きこもり気味の物書きには、分不相応な場所なんだよなぁ、と、少し焦る。

 

 ま、まあ……新野女史シールドもいるし、頼りになる園長も篠原の会長もおるし。

 レベル1の勇者だって、伝説の武器防具さえあれば、多分なんとかなるってなもんよ。

 

 と……

 

「そういえば、由香里。新野社長も今日、来るぞ?」

「え?」

 

 ……待って。待って。

 前回は兎も角、偽装恋人の現場を身内に見つかるって……

 

「新野女史……お父さんが来るこの状況って果てしなくやばくないですか?」

「そうですね。一応、仕事上でと誤魔化して……」

「確か、第4レースの『2歳の新馬戦』に馬を……あ」

 

 その不意に洩らした篠原会長の言葉が。

 状況を一変させた。

 

「は? 『新馬』?」

 

 確か、新野女史のパパって札幌記念の時……

 

「今、なんと?」

 

 ビキビキビキッ! と凍り付いた笑顔をうかべた新野女史が。

 篠原の会長に詰め寄る。

 

「あー、いや、その……」

「おじ様? その辺、少し詳しくお願いします。

 確か、4ケ月ほど前に、あのポンコツを札幌競馬場で締め上げた後、『もう新しい馬は買わない』と、新野家の家族会議で兄二人と母と、全員で吊るし上げて確約させた覚えがあるのですが?」

「あー、うん、まあ……社長って立場上、付き合いってモノは色々あるんだから、もう少し大目に見てあげたほうが」

「お・じ・さ・ま?

 まさか、おじ様が……」

「いやいやいやいやいやいや、ソンナ事は無いヨ」

 

 殺意の波動に目覚めた新野女史が、ゆらゆらとオーラを立ち昇らせて、篠原会長に詰め寄る姿にドン引きしてると。

 

「ね、ねぇ、何があったの?」

「連れの彼女、えらいキレてるけど?」

 

 同行者が殺気を放つ様に、やや引きながら問いかけて来る園長と牧村先生に。

 

「その、彼女のお父上も馬主なんですけど、以前、派手に火傷して、それでも懲りずに新しい馬買ったみたいで……」

 

 小声で状況を説明すると。

 割と生暖かい目で彼女と篠原会長を見守る。

 

「ああ、で、それが、今、バレたと?」

「以前、札幌競馬場でお会いしたんですけど……その、何と言うか、新野女史(かのじょ)に見つかった瞬間、塾バックレてゲーセンで遊んでる中坊が、カーチャンにトッ捕まったみたいな有様になってまして」

「うっわぁ……」

 

 まあ、馬主席といっても、スペースはかなりある上に、意外と混雑している。

 とりあえず少し離れていれば見つかる事も……

 

「やあやあ、お久しぶりです、篠原会……ちょ……お?」

 

 間の悪いことに。

 にこやかな笑顔で現れた新野パパの表情が。

 殺意に満ち満ちたイビルスマイルを浮かべる実の娘を認識した瞬間……恐怖に凍り付いて命乞いが始まるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

『有馬記念……か』

 

 美浦から馬運車に揺られながら、俺……バーネットキッドは、思う。

 

 静舞の農高で、馬主君や厩務員君や先生たちと暮らした日々。

 お肉になる寸前だった所を、馬主君に見出され。

 そして新馬戦から、無我夢中に、数多の強敵と駆け抜けた。

 

 マイネルのヤツに、カフェ君、ロブロイの親分、タップ爺さん、スイーピー……そして……ディープインパクト。

 

 その総決算に向かう馬運車の中で、共に走ったレースを反芻する。

 我ながら、よくもまあ、ここまで来れたモンだ。

 ……冗談抜きに奇跡だな。

 

「はーい、着いたよ、キッド」

「ひん(はいよ)」

 

 中山に到着し、待機用の馬房へ。

 そして……

 

『よぅ、ご近所さん』

『やぁ……お久しぶり、白いの』

 

 すぐ傍の馬房に。

 『ヤツ』がいた。

 

 ……相も変わらず、レースの外だと、のんびりしてるヤツだ。

 じゃあ、俺も……レースまで、寝るとするか。

 

 

 

「キッドの調子はどうだ、賢介」

 

 待機用の馬房に。

 バーネットキッドの様子を見に来た石河調教師は、直接面倒を見ている息子に問いかける。

 

「静かです」

 

 端的な。

 それでいて、一番『怖い』返事が返って来た。

 

「静かで、落ち着いて、寝てます。

『まるで皐月賞の時みたいに』」

「そうか……怖いな」

 

 バーネットキッドが『悪ふざけをしていない』。

 その状況に、関係者として気が引き締まる。

 

 秋天、札幌記念、そして……皐月賞。

 この馬は『悪ふざけして五月蠅い時ほど、関係者にとって安心できる』。

 そんな認識が周囲に知れ渡ってからは、むしろ『沈黙する時ほどキッドは怖い』と、関係者が恐々とするようになった。

 

「ヤル気があるのはいいが『有りすぎるのも困った』……ってのは贅沢かもしれんが。

 既にもう引退後を考えないといけない身分になっちゃったからなぁ」

「まあ、その辺は兄貴に伝えておきます」

「『大人しい方が怖い』ってのは、ある意味難儀だな……まあ、馬会もその辺を汲んでくれているようだが」

 

 危うく、『沈黙の日曜日』になりかけたあの皐月賞を経て。

 キッドもディープも、日本競馬の顔として大きくクローズアップされて宣伝されている。

 無論、性格的に宣伝向けのキッドが大きく取り上げられてはいるものの、それに比肩するライバルとして、ディープも大きくクローズアップされている。

 

 そんな状況下で、主催者も手をこまねいているワケではなく。

 高速展開から『本当に潰される』馬が大量に出る事も想定して、例年の1.5倍の規模で、待機している馬運車や獣医が増員されていた。

 

「後は、大介に託すしかない、か」

 

 

 

「ふぅ……」

 

 23日の夜から詰めた、調整ルーム。

 設置されているサウナから出て、体重計で体重を量る。

 食事を計算し、体調も含めて、予定通りのベスト体重。

 

 有馬記念の前日のレースは、所属厩舎の馬も含めて5レース中、一着1つに二着が2つ。あとは掲示板外という、なかなかの出来ではあったのだが……

 

「……ああ、クソ……」

 

 自室で一人。誰も見ていない場所で。

 弱音が口を突いて出る。

 

 バーネットキッドの相棒として、この一年半、駆けて、駆けて、駆け抜けた。

 

 中でも、忘れられないのが、去年の朝日杯。

 初めてのG1の舞台で入れ込んで、真っ白になっていた自分を、まるで『肩の力を抜けよ』と笑わせに来た、アイツの姿。

 そして……皐月賞。あの時は今でも夢に見るほどに心に刻まれた。

 

 正直、人一倍、馬に乗り、練習を重ねて来たつもりだった。研究熱心ではあった。

 だが……今にして思えば『馬に教わる』という言葉の意味を『体で理解する』までには至ってなかった。

 

 そう。

 騎手というのは、全ての馬に対して永久に『勉強』し続けなくてはいけないのだ、と。

 ソレを悟ってからは、騎乗が自分でも相当に変わったと、理解していた。

 

 ……まあ、教わっている内容が、愛馬(アレ)がアレなだけに少々(いびつ)な事は自身でも理解してはいるが。

 正直……

 

「どこかで負けていれば、まだ気が楽だったのかなぁ……」

 

 誰が予想しよう。

 あの番組で、園長と戯れていた愉快なコメディホースが、シンボリルドルフどころかトキノミノルに並ぶ連勝劇を見せるなどと。

 

 正直、皐月賞を終えた後の記者会見の後に『ああでもハッタリこかないと、多分世間が納得せんだろうし』と、前置きした上で、オーナー直々に『負けてもいいから無事に帰って来るように』と、裏事情まで説明を受けており。

 だからこそ、ある程度までは半ば居直って『やったろうじゃん』と相棒の背に跨って来たのだが……

 

「有馬? 俺が? ……ははははは」

 

 一昨年までの自分はどうだった?

 勝って負けて負ける方が多くて、たまに拾った勝ち星に一喜一憂して。

 必死に騎手という立場に、振り落とされないようにしがみついていたダケだった。

 

 ああ、でも……そんな俺に……いや、キッドにだって。

 あのオーナーは優しかったんだ。

 

 だから……

 

「勝たなきゃ。

 なぁ……キッド」

 

 覚悟を、決める。

 

 最高の逃げ馬から教わった、最高の逃げ方で。

 希代の『ターフの怪盗』に相応しい、鞍上(あいぼう)として。

 

 石河大介は、騎手としての全存在を、翌日の有馬の騎乗に懸ける覚悟を決めた。

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