「はーちーやー!! お、お、お前……お前なぁ!!!」
セリが終わった後。
石河の奴が、顔面を真っ赤にして俺に詰め寄って来た。
「って、ワケで、石河ン
確か美浦だったよね? ……もちろん、友達価格の割引料金で♪」
「てっ、テメェ!! マジで嵌めたな!」
「いや、落札に幾らかかるか分かんなかったし、そもそも馬主資格取れるか、かなり怪しかったし。
なにより、あのままだとキッド、お肉コースだったろうから……」
珍種といえば珍種だろう。
なにしろ、現時点で唯一現存する、ツインターボ産駒の牝馬の仔だ。
とはいえ……それだけといえばそれだけの、パッとしない血統である。
経済動物である以上、利益をあげない馬に居場所はなく、故に淘汰されてしまう血統もある。
それだけの話、なのだが……
「っていうか、お前……正気か? マジでキッドを中央で走らせようって!?」
「うん、だって『もったいないじゃん』」
「は?」
「あいつ……多分、大体の馬に、勝てるよ?」
俺の言葉に、石河の奴が、石化して硬直。
そして、深々とため息をつく。
「あのな、血統表、見てるだろ?
オグリとターボの血統なんて、今時ドコに走る要素あるんだよ!?」
「いや……なんか育ててて、強い走り方するな、って。ほかの馬とか見比べても、凄いと思ったけど?」
「そりゃ、仕上がりはいいかもだけど、問題はそこから先だよ!
育成牧場や厩舎でコイツが脱走起こすとどうなるよ?」
「そこは現場の調教師や厩務員さんたちに期待かなぁ?」
「フザケンナよ!
……ああああああ、農高卒業して速攻でJRAの厩務員資格取るまではダケさんが見てくれるかもだけど、こんな事情知ったら絶対デビュー以降のキッドの世話、全部俺に回って来るぞ!」
「がんば♪」
「嫌だよ、こんな癖ウマの面倒! 脱走含めて前科何犯だよ!?
授業じゃみんなである程度持ち回りできたけど、デビューしたらコイツとマンツーマンじゃねぇか! 俺が何回アイツにいたずら食らったと思ってんだよ!
……っつーか、お前が俺と一緒にJRAの厩務員資格取って、ウチの厩舎に就職して、コイツの面倒見ろよ!」
「残念だったな、石河。
確か、基本的に馬主は、騎手や調教師や、まして厩務員になれないんだ」
「ぐああああああ、だったねぇ! ですよねぇ!?」
で……翌日の教室にて。
「と、いうわけで……キッド号の馬主は、蜂屋になったんだが。
育成牧場の手配が済むまで、少しの間、学校で預かる事になった。
まあ、日高のご近所にするつもりらしいが……」
『おおお』
「大雑把な流れを説明すると、育成牧場で本格的に競走馬としての調教を受けて、そこから多分、石河の親父さんの厩舎に入る事になる。
それと……蜂屋、発表があるんだったよな?」
「はい」
教壇の上に立つと、俺はチョークを手に取り。
初めての愛馬の名前を黒板に記した。
『バーネットキッド』
「えーと……あいつの脱走癖と盗癖を考えて、こういう名前に決めました。
バーネットは『怪盗探偵ジム・バーネット』から頂戴しました」
「怪盗探偵?」
「あー……アルセーヌ・ルパンの変装名です。
そっちから貰おうとも思ったのですが、キッドって幼名と、フランス語の『アルセーヌ』も『ルパン』とも、かみ合わないと思って。
一応、名探偵ではあるのですが、依頼された問題を解決するついでに、色々掻っ攫っていくというトンデモ探偵です」
「あははは、学校中の今年のアイヌネギ、全部攫ってったもんねぇ……」
「脱走もよくやるしなぁ……」
「一応、ルパンの変名として、ラウールとかジェラールとかバルタザールとかも考えたんですが……まあ、これが一番しっくり来たので。
この名前で、石河厩舎に預けて、中央で走らせたいと思います。
馬主として、応援、よろしくお願いします!」
そして、深々と頭を下げ、席に戻る。
「はい、次に石河」
「はい、バーネットキッド号を、オヤジ……っつーか、テキは受け入れてくれるそうですが……蜂屋に割引した差額の一部を、小遣いからサッ引かれるハメになりました。
更に、多分、キッドが育成から帰って来る頃には、テキのところで厩務員として働く事になると思うので、その場合、キッドとマンツーマンになる羽目になると思います。
……だからお願いです……誰でもいいです……ウチの厩舎にJRAの厩務員資格取って就職してください! あの癖ウマとのマンツーマンなんて、多分、胃が持たないです!」
生徒全員、石河のほうを向かずに目を逸らす。
……まあ、そうなるわなぁ……
キッドは人懐こいし、噛み癖も蹴り癖も無い……どころか、バイオレンス方面はすごく大人しいが、とにかく悪戯好きで人間をからかうし脱走癖もひどく……そして、一番の被害者が俺と石河だったりする。
そもそも、この教室の生徒たちは、どっちかというと実家が生産牧場だったり馬関係の仕事についてる連中が、馬の扱いを学びながら高卒資格を取るために通っているわけで。
ほぼ、就職先=実家、って連中が半分以上である。
ちなみに……俺は現在、本土の農業系の大学に行くため、猛勉強中だ。
「以上。落札価格は兎も角、今年はちょっと……いや、かなり異例の結果になった。
先生としても、昔育てた仔馬が『マキノプリテンダー』としてデビューした時を思い出す……いや、ある意味、超える展開になって、わくわくしている。
全員、応援してやってくれ。拍手」
『え“』
教室全員、絶句。
「なにそれ? 初耳なんですけど?」
「聞いてないですよ!」
「マジで!? 東大農学部だったの、先生!?」
馬の生産関係者には、ちょっとした伝説の片鱗にざわつく教室。
「まあ、あまり愉快な話じゃないから、話したくなくてな……」
だからこそ……
「だからな、蜂屋、石河。
キッドに……バーネットキッドに、無理はさせないでくれ。
……先生、自分と同じような思いを、生徒にしてほしくないんだよ」
『はい!』
先生の話した過去。
そして、その言葉の意味の重さに。
俺は……いや、俺と石河は、深々と頭を下げた。