Re:escapers   作:闇憑

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二話連続投稿です。


中山競馬場 第11レース 第50回有馬記念(G1) その3

「しかし、蜂屋君でも『分からない』が多い事があるんだねぇ」

 

 馬主席。

 昼食を終えた後、篠原の会長の言葉に、周囲が納得していた。

 

「会長……私をなんだと思ってるんですか?」

「妖怪単勝転がし」

「やめてくださいよ。分からないモノは分からないですよ」

 

 園長のレースが終わって、次の第四Rの2歳新馬戦。

 新野パパの馬が出たレースに対して、俺の判断は『わかんないから馬券買わない』だった。

 なお、レースの結果は、なんと新野パパの馬が勝利。

 首の皮一枚で繋がった結果に安堵の溜息を洩らしたものの……

 

「ああ、レース前に、母にちゃんと連絡取ってますから」

「ゆ、由香里!?」

「年末で忙しいので、兄たち二人には、母から連絡を取るって言ってました。

 とりあえず今日、帰って来るのを、楽しみにしているそうです♪」

 

 無慈悲な処刑宣告に、灰になっていたり。

 ……まあ、購入金額が新馬戦勝ったダケじゃとても追っつかない額らしいからな……

 

 それは兎も角。

 

「『分からない』と判断したら、素直に退くだけですよ。ゲーセンの競馬ゲームだって普通にやってます。……今日の有馬記念みたいに、ご祝儀やロマンで突っ込む事は無きにしも非ずですが」

「ほう……じゃ、ウチの馬が出るこの後の500万下、どう見る?」

「正直語るなら、会長の馬は厳しいです。掲示板には頑張ってくれそうですけど……素直に一番人気、6番のチザルビーノ? ですかね?」

「ふむ……十分だよ。私もそう見ているから」

 

 で……予想通りに、会長の馬は3着。

 

「なに、無理に勝ちに行くより、掲示板に入りながら、永く走ってくれるほうがいいさ」

「無事之名馬って言いますもんねぇ」

 

 実際に、篠原会長の馬で億を稼いでくれた馬は何頭かいるらしいが。

 G1に出走した事こそあっても、勝った経験は無く、GⅡ、GⅢがぽつ、ぽつ、と言った感じでも、トータルで考えるとなんと黒字だとか。

 派手さは無いものの、細く、永く。正にベテラン馬主の風格である。

 

「上級者の馬の買い方ですね。あやかりたいなぁ」

「むしろ、こちらがあやかりたいくらいだけどね」

「いやいや、多分、私はそんな永い事馬主を続けられるとは思わないですし。

 毎年キッドみたいな馬の馬主をやれるとは、到底思ってもいないですから」

「そうかなぁ? まあ、むしろキッドの産駒なら私も買ってみたいがねぇ」

「その辺は吉沢会長……というか社田井さんのシンジケート次第ですかね……どう考えたってトラブルを呼び込むだろうから、個人でプライベート種牡馬ってワケには行きませんから」

「なるほど……シンジケート組むのなら、一口乗りたいね。

 今度会長に尋ねてみよう」

 

 などと、やり取りをしていると。

 

「ああ、時間だ……」

 

 馬主席に告げられるアナウンスに、立ち上がる。

 

「じゃ、園長、会長。キッドのパドックに行ってきます!」

 

 

 

 前検量を終えた兄から渡された馬具を、装鞍所で付けながらも。

 育ての親にして厩務員の石河賢介は、緊張を隠せなかった。

 

 『あの』バーネットキッドが、珍しくシリアスだという事。

 そして、そういう時は、決まって『とんでもないレースになる』という実績。

 

「まあ、正解っちゃ正解なんだろうけど……いや、既にとんでもないレースになる事は確定か」

 

 何しろ相手は『あの』蜂屋源一が最初に見出した馬、ディープインパクトで。それを鍛え上げた名伯楽に、鞍上は天才、館ナユタだ。

 

「すまんな、キッド」

 

 競走馬がレース前に落ち着いて静かな事は、決してマイナス要素ではない。

 むしろ推奨されるべきではあるのだが、この馬の過去の実績がソレを安易に喜ばせてくれない。

 

 最終確認を終えて、パドックへと引綱を引いていき……

 

「……」

 

 静かな、しかし熾火(おきび)の如く熱い熱気――人の群れが、パドックを囲っていた。

 

 そんな中を、黙々と歩くキッドに。ディープに、ロブロイに、ハーツに……否、全ての馬たちの姿に。

 

 作法を知らないニワカファンですら理解できるような、パドック内の馬たちが発する張り詰めた空気が、場を支配していた。

 

 

 

「ようやっと、本性現したね……怪盗が」

「……です、かね?」

 

 新野女史を連れて、オーナーとして石河の親父さんとパドックでキッドを見守る俺に。

 金戸オーナーの言葉が響く。

 

(俺、中山とは相性が悪いのかもしれんな……)

 

 キッドやクアッドが2歳の頃の朝日杯は兎も角。

 やはり、皐月賞の『アレ』が心の中で尾を引いているのが自分でも分かる。

 無論、オーナーサイドとして、ここまで来たら、もう俺に出来る事は何もない。

 

 ただ……

 

(キッド……お前は、本当にそれでいいのか?)

 

 普段の陽気さを押し殺し、黙々とパドックを周回するキッドの姿に、胸が締め付けられるような気分になる。

 ……ああ、色々と手のかかる馬ではあったけど。なんだかんだとポンコツオーナーの自分は、キッドの巻き起こす騒動の笑顔に救われていたんだな、と。

 冬の中山で、理解出来てしまった。

 

 

 

 手綱を引かれ、歩く。

 黙々と、静かに。

 

 意識を向け合うディープも、俺も。互いに沈黙したままで。

 

 ふと、ロブロイ親分の目線に気づき……『やりゃ出来ンじゃねぇか』と不敵な表情ですれ違う。

 

 やがて、独特な間延びした『止まれ』の合図と共に。

 石河の兄貴がやって来て……!?

 

 緊張、あるいは、緊張を飲み込んでリラックスを心掛ける騎手たちがそれぞれの愛馬に集まってくる中。

 

 兄貴は、笑顔だった。

 

「兄貴、キッドは」

「分かってる。

 だからさ、キッドが笑えないなら、俺たちでキッドを笑わせてやろうぜ」

 

 よく見ると。

 その笑顔は少し引きつってこそいたが。

 

「キッド。笑って行こう♪

 いつも通りだ。相手が誰とかじゃない。

 『お前のレースをしよう』。ぐるっと中山を回って帰って来よう?」

 

 それでも、俺を気遣う兄貴が嬉しくて。

 だから……

 

「大丈夫だキッド。

 お前が自分のレースを忘れたら、俺が鞍上から指示を出して思い出させてやるから」

 

 その言葉に。

 俺は、競走馬として生まれて初めて。

 背中にヒトを乗せる意味を悟った。

 

「じゃ、行こうぜ、キッド」

 

 そのまま、兄貴を鞍上に乗せて手綱を地下馬道へ歩を進める前に。

 パドックに降りてきて、不安そうに見守る馬主君に向かって。

 尻尾を振り回して答える。

 

 

 

 じゃ、行ってくるわ♪ 馬主君♪

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