『さあ、中山競馬場。スタンド前は立錐の余地も無い凄い事になっております。
この日のために仮設スタンドの拡張工事をしたものの、既に入場者数は19万人を突破し、オグリキャップのラストランを超えた新記録を達成しました。
しかし、スタンドも凄い事になっていますが、パドックの中も凄い馬たちが揃いました。
古馬勢からは、今年の春の天皇賞馬スズカマンボ、G12冠タップダンスシチー、そして前年の秋古馬三冠にして英インターナショナルSを制したゼンノロブロイ。
しかし、注目はなんといっても二頭の三歳馬。バーネットキッド、そしてディープインパクト。
これまで10戦無敗、G15勝、3歳にして、秋古馬三冠と年間無敗を賭けて有馬に臨むバーネットキッド。
対して、7戦6勝。敗れたのはバーネットキッドと走った皐月賞のみ。リベンジ成るかディープインパクト。
この二頭、個性も脚質も対照的なまでに正反対ですが、長部さん、この有馬記念、どう見ますか?』
『まあ、まずこの二頭がそれぞれ台風の目になる事は間違いないでしょう。
しかも、二頭共に、性格も脚質も正反対な双方に対処しなければいけないから、他の馬は大変ですよ。
中でもバーネットキッドは、レースそのものを加速させて、最悪、駆け引きそのものを潰しに来ますからね……だからこそ、確実にハイペースのレースになる事を前提に、他の陣営も構えているでしょうが、そこを踏まえたうえで、果たして、ディープインパクトの館騎手相手に、バーネットキッドと石河騎手のコンビが、どんな奇策を打ってくるか』
『奇策、ですか?』
『ええ。
今でこそ『ある』と分かっているバーネットキッドの『二の足』ですが、初披露がここ中山での皐月賞なんですよ。逆を言うならば、そこまで『追い詰められた』とも取れるんですね。現に皐月賞ではキッドがレース後に倒れていますし。
無論、あれから半年経って、双方共に肉体的にも精神的にも成長がみられるワケですが……うーん、やはり難しいですね』
『そうですね。
何と言っても、二頭の馬連の倍率が1.1倍という……菊花賞だとディープインパクトの単勝が1.0倍でしたから、それよりはマシなものの、圧倒的な支持と倍率ですね』
『無論、他の馬も虎視眈々と隙を狙っていますしね。先ほどもあったスズカマンボ、タップダンスシチー、ゼンノロブロイ。決して油断できる相手ではありません』
『悪いな、お先に』
周囲がワチャワチャと輪乗りしている中、さっさと誘導される前にゲートに入る。
一枠一番。
距離的に一番優位……だが、同時に、永い待機時間が鬼門となるポジション。
もっとも……その優位を一番強く使えるのが、俺の強みだ。
だから……
「OK、キッド……頑張って行こうぜ」
ぽんぽん、と落ちつかせようと声を掛けてくる鞍上の兄貴に。
ふと、思いついて、サービスしてやる事にする。
「!!?」
ぶるり、と一つ。武者震いして。
あとは静かに待つ。
「……お前……」
一瞬、呆けたような兄貴を、鳴り響くファンファーレが正気に戻す。
『さあ、クリスマスに迎える有馬記念。無敗の怪盗か、最強の衝撃か、それとも迎え撃つ古馬勢か!?
史上初の無敗6冠成るか、今、スタートしました!!』
ゲートが開くと同時に、一気に加速。
おそらく、今までの生涯で一番のスタートを切って、ぐんぐんと後続を突き放す。
『各馬好スタート! 会心のスタートでバーネットキッドが先頭を切る。ディープインパクトはやや下げて後ろから二、いや最後方につけた。先陣を切る怪盗の後ろをタップダンスシチー、オースミハルカが続いて……おっと、四番手にハーツクライ! ゼンノロブロイは馬群の中段に構えました』
え、ハーツ?
意外なヤツが、意外な所に居て戸惑ったが……いや、俺がレースでやる事は決まっている。関係ない!
『一周目の三コーナーに向かって先陣を切るバーネットキッド、ぐーっと二馬身、三馬身と差を広げて、オースミハルカ、タップダンスシチーが後ろに喰らいついて、マイソールサウンド、オペラシチー、リンカーン、ゼンノロブロイは後方グループに居て、最後方にディープインパクト』
多少荒れていても力でねじ伏せて、内側の最短距離の部分をキレイに曲がる。
の……だが……
『各馬四コーナーを回ってスタンド前に来た。
先頭を走るバーネットキッドの後方二馬身にタップダンスシチー、その後ろを更に三馬身差でオースミハルカとハーツクライ』
先頭の俺から、付かず離れずの距離を保ったまま、不気味についてくるハーツ。
……いや、オースミハルカもタップ爺さんも逃げ宣言していた事は知ってるけど……何でハーツ?
まあいいや。
一周目のスタンド前の坂を一気に駆け上がりながら、加速する。
そう……この長丁場、逃げ馬の俺に出来る事は、後続のスタミナを削れるだけ削って、直線勝負の脚をどれだけ鈍らせられるかが肝である。
ならば……荒らす! 後続の連中が、レース自体を放棄したいと馬たちに思わせるくらいに!
『第一コーナーを回って、依然先頭はバーネットキッド! リードを四馬身、五馬身、ぐーっと大きく取って、後続はタップダンスシチー、その後ろからハーツクライが上がって来た』
先頭でコーナーに突っ込む利点として、カーブを利用して後方を大きく俯瞰で見る事ができる。
更に、高速展開で馬群をバラけさせる事で、大体の仕掛け時が分かってくる……の、だが。
……意外と馬群が固まってる?
……スピード、足りてないのか?
「キッド、落ち着いて……」
鞍上の兄貴が、控えるように手綱を通じて指示が出るが……いや、なんでタップ爺さんやハーツまでついて来れてるんだ?
馬群が一塊のままで……これ、スピード足りてないんじゃないか?
『先頭は依然バーネットキッド、リードは四馬身。続いてマイソールサウンドも上がって来た、ゼンノロブロイは中段後方、その後ろにディープインパクト』
もやもやを抱えながら、向こう正面を駆け抜ける。
……やっぱりそうだ。後続を突き放し切れてない……
「焦るな、焦るなよ、キッド」
そうは言っても……なぁ……
これ、負けるんじゃね?
『さあ、向こう正面に入ってキッドがペースを上げた、後ろからスズカマンボ、デルタブルースが上がって来て追走する』
……あ、これ……もしかして……
ふと、思い出す。
競輪や自転車のレースなんかで良くある、前方を風よけの壁にして後続を『引く』戦法。ロケットペンシルのように、先頭を順繰りに集団で交代しながら加速する技。
そもそも『大逃げが不利』とされる大きな理由の一つに、空気の抵抗がある。人間でも普通のママチャリだって20キロも出せば、些細な向かい風でもペダルが重かったりするわけで……
って、だああああ、そう来たか! 古馬勢+1とその鞍上!!
あいつら全員結託して、とりあえず『俺から』潰す作戦に出たんか!?
無論、展開任せの即興の協調だろうし、更にこんなハイペースに付いてこれる連中ばかりじゃない。当然ながら脱落していく面々もそれなりに居るが……それでも、14頭もいる一線級の古馬勢の脚は侮れるモノじゃないし、何より、後続が『温存されてしまう』ワケで……
OK……分かったぜ。
『勝ち続けると全てが敵になる』というのは、こういう事かよ。
ならば……受けて立つ!!
この景色を……『誰の後塵を拝する事も無く突っ走る』のが、俺の
なあ、
『バーネットキッドが更に加速、リードは六馬身、七馬身……残り千メートルを通過! 大きく開く、大きく開く!! 大怪盗の大逃げに場内の大きなどよめき! とにかく逃げ! とにかく逃げ! そのまま第三コーナーに突っ込んだ!! かなりトバしております!』
半端なリードは、俺一頭分の風除けを後続にくれて不利になるだけ……なら、もう自身の体力に賭けるしかない!!
15対1? 上等だ!!
『さあ、バーネットキッドが逃げる、逃げる、バーネットキッドだけがただ一頭、第四コーナーに入ってきました!! 懸命に逃げる、懸命に逃げる!
しかし後ろが動いた! ハーツクライが来た! ハーツクライが来た! ゼンノロブロイ、ディープインパクトも動いた!! 一気に加速!』
『若造ぉぉぉぉぉ!!』
『待てぇぇぇぇぇ!!』
『僕の勝ちだああああ!!』
後ろから突っ込んでくる、ロブロイ、ハーツ、ディープの三頭。
この期に及んで……なんて連中だ!!!
「逃げ切れぇぇぇぇぇ、キッド!!」
「差せぇぇぇぇ!!ロブロイ!!」
「ディープぅぅぅぅぅ!!」
客席からの絶叫が聞こえる。
ふざけるな……ふざけるな、こんな、こんな……
『残り200メートルを通過! 4頭並んだ、並んだ!!』
こんな所で……終われるかあああああああああ!!!!!
『バーネットキッド、鞭が入る、鞭が入る! 得意の二の足が出た! 出た! しかし弱いか、並んだ、並んだ! もつれた、もつれた、勝負は首の上げ下げ! 四頭もつれたままゴール!!!!』
ゴール板を駆け抜けると同時に。
後ろから来た三頭が、コースの最内を走る俺の外側を追い抜いていった。
……くそっ……レースは、どう、なった?
『タイムは2分29秒4。レコードタイム!! 大混戦となりました第50回有馬記念!!
5着に三馬身差で4番コスモバルクが入って……ああ、4着にハナ差でゼンノロブロイ!! 惜しくも、昨年の自身のレコードを0.1秒更新するも、他が強かった!!』
「館さん、すいません。
三頭のうち『誰』です? レザードのロブロイは何とかなったと思うんですが」
「ごめん、僕も分からない」
「ワカラナイ……一番、ダレ?」
レースが終わった馬たちが、三々五々それぞれ地下馬道に引き返して行く中。
残った三頭が鞍上の誘導で集まって、館さんや、ルネール騎手と、鞍上が会話している。
で、着順が出るまで軽く
「まさか三頭同時とか?」
「どうだろうねぇ……」
「サスガニソレハ」
掲示板に順位は表示されず。
ただ着差の表示が、上から三つまで『ハナ』の文字が並んだまま。
そして、レースよりも長い時間が過ぎた頃に。
『あ、今、出ました! 3着にハーツクライ!! 惜しくもジャイアントキリングならず! 僅か6センチの差でハーツクライが3着!』
「Oh……」
鞍上の溜息と共に。
ハーツのヤツが踵を返して、去っていった。
そして……
『今度は勝ったよ』
『あ?』
不意に。ディープのヤツが、俺に声をかけてくる。
『半年前とは違う。僕の勝ちだ』
『どうかな?』
『君は最後、ヘロヘロだったじゃないか』
『へっ……どんなヘロヘロだって、そこのゴールを先に駆け抜けたヤツが一番なのさ』
『むう……もう一周、する?』
『止せよ。今、人間が結果を調べてんだ。大人しく待とうぜ』
既に。
ハーツの結果が出てからも十分以上が経過し。
トータルだと十五分近い時間が過ぎていた。
やがて……掲示板の着差を表示する一番上にあった『ハナ』の文字が消え……
『出ました!! 同着!! 同着です!
バーネットキッド、ディープインパクト『同着!!』
日本競馬史上G1レース初の『同着』が、しかも有馬記念で出ました!! 両雄、甲乙つかず! 二頭共にレコードタイムでの同着勝利という凄まじい結果になりました!!』
有馬記念、同着&レコードタイム決着。
この日、中山で繰り広げられたレースは……伝説となった。
はい、妖怪単勝転がしのフラグ通りの結果になりました。
……一応、言い訳をさせてもらうと、この結果は最初の頃から計画してたプロット通りなんですが、ウッカリと蜂屋君に馬券買わせちゃったら、感想で当てて来た方が多くて……それこそ史実通りハーツにしてみようかな、とか色々弄って考えてたんですが、この結果が4歳時代の予定に色々絡んでくるんで、動かせませんでした。
やっぱり妖怪は府中の馬主席に封印しておくに限りますね。いやホントに。