(一体、何が間違っていたのだ?)
絶望的な状況で、TDSの現社長は、社長室で頭を抱えて溜息をついた。
一つ、『彼』を擁護するならば。
彼の『社長』という立場と視点からすれば『気が付いたら致命的な状態になっていた』としか言えない。
何しろ、事の仔細の報告を受けた時点で、状況的に既にもう『手遅れ』、あるいは『詰み』の状態だったのだ。
報道部の気鋭の若手ディレクター……しかも専務の息子が、独断専行で住居の不法侵入をし、窃盗まで含んだ警察沙汰になった。
まあ、その辺は報道をやっていれば、ままある事である。
『被害者に詫びを入れて、対価を払い、頭を下げれば済む話だ』。
大体、スクープをモノにするためには、そんな取材対象に対していちいち細かい事を気にしていては、報道なんてやっていられない。
そう判断したディレクターは、幾ばくかの金を包み、和解のために詫びに行き……門前払いを喰らった段階で、上司である報道部の部長の耳に入る事となる。
その上司である報道部の部長も、最初は『素直に受け取っておけば』『ウチがわざわざ詫びに行ったのにばかなことを』『こんな下らない理由で争ったって損しか無いってのに』と、思って居たのだが。
その報道部にスポーツ部の人間……小さいながらも競馬部門の担当者が怒鳴り込んで来る事になる。
『あんたら、オグリの騒動を知らんのか!? アレで競馬関係者がどんだけマスコミ全部に強硬な事になったと思ってる!』と。
いや、相手は馬じゃなくて人間なんだ。
大体、会話が通じるならウチのようなテレビと敵対する利益なんて無い。大した話じゃないんだ。
『お前らバカか!?
競馬の馬主関係者なんて、それこそ局全体を札束で往復ビンタ出来る人間たちの集まりなんだぞ!?』
いや、聞くところによると、馬主なり立てで、しかも学生馬主だろう?
そんな深い伝手やコネがあるワケも無かろう? 大きく騒ぎ過ぎだ。
『あんたらは馬主の繋がりの強さを知らんのか!? ……もういい、話にならん』
やがて……次に怒鳴り込んで来たのは、バラエティ部門の人間だった。
曰く。
『なんとかしろ、報道部!
あんたらのせいで、今、話題の馬と、その馬主に出演拒否されたんだぞ!
お陰で裏番組の『志室動物園』に、ウチの『珍獣奇想天外』が視聴率食われちまってるんだ!! 10年以上続いたウチの看板バラエティ番組だぞ!?』
知らんがな?
大体、動物ネタなんてありふれた鉄板だろうが。
お前らがあの馬に対抗できるネタ探してくりゃいいだけだろうがね?
『あんなキャラの立った動物、そうそう出て来ねぇよ! しかも競走馬だぞ!? あれはブレイクするぞ!』
そんな『ブレイクの種』なんて、そこら中に転がってるだろうが?
そのうち、いくつ芽が出て、芽が潰れたね? 最悪『潰せばいいじゃないか』。
そう言って割り切った、些細な部局間のトラブルは。
年を越え、バーネットキッドがレースで派手に勝ちあがって行くに連れて、だんだんと大きな摩擦となり。
『おい、ウチだけまた特オチだよ! どうしてくれるんだ!』
『報道部!! ディープ陣営にすらウチだけ取材拒否されたぞ!!』
『あの野郎のせいだ!!』
『ふっざけんじゃねー!! ウチだけ情報が回って来ねぇんだぞ!!』
更に……
『は、スポンサー取り下げ!? 何か落ち度が……はあ、社長が馬主で!?
……あー、はい、分かりました。上に伝えておきます』
『え、協力できない!? ちょ、ちょっと待ってください、何か……ええ、はい』
『丸川の弁護団の方が? 少々お待ちください!!』
『アニメの放送局を変える!?
そんな……視聴率はいいのに……え、丸川さんが?』
千慮の一失は、局全体を揺るがす大騒ぎとなっていた。
なまじ表沙汰に出来るような話では無いために、ネットの某巨大掲示板も酷い事になっており。
更に、身内の裏切りとしか思えない赤裸々な情報までネットに流れ出す始末。
その上、騒動の初期において専務が息子であるディレクターを、子飼いの部長を通じて庇って隠蔽した事が更なる事態の悪化を招き……最高責任者である社長の耳に入る頃には、既に手遅れの状態にまで燃え上がっていた。
「こ、こうなったらヤツのスキャンダルを握るんだ!
そのうえで取引を持ち掛ければいい! 何か……何かあるだろう!?」
「そ、そう言われましても、普通に大学生だからとしか」
「大学生ならば酒の失敗なりなんなりあるだろう」
「彼は下戸だそうです!」
元々、表裏の無い人間を焚きつける事は、政治家なり企業なりに行ってはいても。
そういう情報操作は、たとえ大手テレビ局でも一社単独で行うのではなく、違和感を抱かせないために、原則として複数の局と協調して行うのが普通である。
その頃には、既に『やらかした事』が当然のように他局にも流れており……まあ、『積極的に擁護しよう』という局は皆無だった。
むしろ、報道として『お互い様なので触れていない』だけ御の字といった状態である。
更に、広告代理店を通じて、スポンサーやCMの取り下げが相次いでいる危機的な状況だった。
「社長の私自身が、件の馬主様含めた各方面に、詫びを入れるしかあるまい」
何しろ、前年のハルウララから端を発し、オグリキャップの全盛期に匹敵する『第三次競馬ブーム』に世間が乗っている状態で、一局だけ取り残されているという致命的なまでに最悪な状況である。
どうあったって放置はしておけない。
とりあえず手土産として、件の専務とディレクターに処分を下そうとし……
『なんでワシが、あんなシャバ僧一人のために、息子と一緒に責任なんて取らねばならんのじゃーい!!』
社内で、『内乱』とも呼べる事態に発展。大騒動となってしまう。
一時は社長派を含めた人間が追放される寸前にまで行くが、常識的に考えて正義が無いのはこちら側で許しを請う立場であり。
この期に及んで状況を理解できない件の専務が『社長』になんて就こうモノなら、ますますTDSという社……否、関連企業も含め『グループそのものが没落する』と、冷静に判断出来た人間が、株主である新聞社を含めた関係有力者にそれなりに居た事は僥倖であった。
とはいえ、こんな騒動で貴重な時間はどんどんと空費して行き……
『同着!! 同着であります!!』
最悪の状況は、最悪の形で結実する。
クリスマスのその日。
『志室動物園』の特番は速報値で35%超えの、近年まれにみる大台を叩き出し。
その対抗として作られた『珍獣奇想天外』の特番は……ゴールデンタイムにおいて5%にも満たない数字を計上する事となる。
「……あ、あ、ああああああああ!!」
無論、番組の現場を統括するディレクターだけではなく、司会者含めたタレントたちも、期待の星に取材拒否を喰らうという、この状況に『キレ』ており。
問題が解決しないなら降板も考えている状況。
「ワシが!
何故ワシが、こんな下らない事でクビにならねばならんのじゃ!!
どんだけワシがこの社を引っ張って来たと思っておるんじゃ!」
「いい加減にしてください、『元』専務!
関連子会社への左遷で済んでいるだけで温情判決なんです! 普通だったら息子と一緒にクビです! 大体、『ドコを敵に回した』と思っているんですか!」
無論の事。
この騒動の裏で、有力馬主や馬会からの『懸念』がTDSに伝えられているのは当然として。
刑事、民事といった裁判沙汰の『表側』とは別に。
被害者である蜂屋君当人すら知らない……『知る必要も無い』アレコレが動いていたりもするワケで。
『彼には、今のままのスタイルで馬主として居てもらうほうが、都合がいい』
『競馬や馬主に対してのイメージアップキャラとして、矢面に立ってもらおう』
『我々は立場上、気軽に表に出るワケには行かないが、今の競馬界の存続には彼とその愛馬が必要だ』
そういった『表立って動けない方々』までもが大量に暗躍した結果。
文字通りTDSはシャレにならない所まで追い詰められ……『TV局の終わりの始まり』として、後世に語られるネタの一つとして、色々とインターネットで取り沙汰される事となるのであった。
とりあえず、今年中はコレと次のお話で終わりです。