「はえ?」
気が付くと。
とても見覚えのある……しかし、現在の私――新野由香里にとっては、非日常の場所となったリビングのソファーで、布団を掛けられて寝ていた。
「………………………しまった」
確か……そう、タクシーで行先の住所を問われた時だ。
反射的に、一人暮らしをしている三鷹の独身女性用のマンションではなく『実家』を指定してしまった事を、二日酔いの頭で朧げながらに思い出し、青ざめる。
「おはよう、一日遅れの酔いどれサンタクロースさん」
「お、おはようございます」
階段を降りてリビングに来た母が、にこやかな……しかし、シッカリと怒気を伴った声で、娘に挨拶をする。
「しかし、一日遅れでやって来たにしては、プレゼントも無しというのは、頂けないわね」
「え、え、えーと……コレなんかでどうでしょう?」
そう言うと、カバンの底からU字型の鉄の塊を取り出す。
以前、一日分の締め切り延ばしの対価として、担当作家から巻き上げた一品。
「今、話題のバーネットキッドの、2005年ジャパンカップ使用済みの右後ろ脚の蹄鉄でございます」
「あらまあ……? 何処から手に入れたの、こんなお宝?」
「あー、いやー色々編集者という仕事は伝手がありまして」
「ふーん……そういえば、昨日の有馬記念は凄かったねぇ。特に最後のセレモニーが」
「あー、そうですね……」
ふと。
あの『中山大爆笑』で、自分も割と引綱を持って身近な位置で笑っていたのを思い出し……
「で……何処まで話は進んでいるのかしら?」
「な、何がでしょうか?」
「昨日、送ってくれたバーネットキッドの馬主の作家先生とイイ感じなんでしょう?
なんでも秘書として毎回、競馬場に連れて来てもらってるそうじゃない? あの人が言ってたわよ?」
「……」
しまった……迂闊だった。
あのポンコツ親父が、わざわざ有馬に出向いたのって『コレ』の確認に来たワケか!?
……うーわーぁ……や、やってもうたぁ……
「そういえば、丸川じゃなくて……えーと、子会社の『雷撃』でしたっけ?
入社してからずっと、そちらに出向中なんですってね? どうして教えてくれなかったの?」
「別に、丸川自体に籍はありますから、給料も変わりませんし。
まあ……大学で学んだ『心理学概論、教育学概論、社会学概論』なんかの『児童福祉司関連の事柄』が必要とされる現場があったんです」
『彼』の先代担当とその編集長が『これは手に負えん』『いい人材は居ないか』と、親会社である丸川の人事に泣きついた結果。
就活の履歴書に書いた、児童文学への興味から派生して習得した『それら』が、彼らの目に留まり。
正式な入社以前……それこそ大学4年の卒業前から『内定後、事前研修も兼ねて子会社に出向』という、ウルトラCを喰らって、今の私が居るのである。
……なので、どちらかというと、最初は編集者としてというより『児童福祉司』として面倒を見ていたというのが正直な所で。更に、編集者としては、先代担当の編集者が私の教育係も兼ねていた、という関係だった。
まあ、PC関連に関しては私の方が強かったので、彼の静舞行きが決定して一年くらいで正式に担当編集を交代する事になったが。
「まあ、心配していたのよ。
26にもなって、仕事だ何だってずっと机にかじりついて居たと思ったら……我が娘ながら『光源氏』とは、血が争えないのかしら?」
「人聞き悪い事言わないで!!
……というか、同類と思われたくないから!? 本当に嫌だから就職したんだから!!」
「あら、普通でしょ? 職場の誰それと結婚して、寿退社して家庭を持つなんて?」
「別に『家』は城一兄様の家に跡継ぎまで居るんだし、継信兄様だって家庭があるんだし。末娘の私の人生くらい、好きにさせてくれたっていいじゃない!」
「もう……クロワッサン症候群って知ってる?
ちゃんと人生のパートナーを早いうちから捕まえておかないと、後々悲惨よ?」
「知ってるわよ、編集者なんだから。あの辺の商売文句の裏事情まで全部!」
まあ……正直な所。
活字中毒者だと自覚している自分にとって、この編集という職業は天職に近いのではと自負しており。それを辞める気などサラサラ無いという事実である。
「まあいいわ。元旦の集まりには彼も連れてらっしゃいな」
「だから、そういう関係じゃないの!
っていうか、裏事情も知らないで突っ込んで来られて、先生のトラウマがぶり返したら執筆止まりかねないから、偽装恋人してるだけで! 決して光源氏でも何でもないからね!」
「裏事情……ねぇ……どんな?」
「悪いけど。
編集者として作家との職務上の守秘義務の範疇だから言えません」
そう突っぱねたものの。
「そう……例えば……『彼の父の死後、何があったか』とか?」
ぎょっとなって振り返る。
……うわ……探偵か興信所あたり使ったな?
「ちょっと、困るんだけど!?」
「彼の父の死後に『何か』揉めたそうね……で、『何があって、あなたは何をしたの?』」
「言えません!! 社会人として!! 人間として!!
っていうか、作家と編集の信頼関係が壊れるから、絶対に無理に関わろうとしないで!!」
と……携帯電話が鳴り始める。
着信音からして、仕事用の連絡携帯だ。
「もしもし? はい、新野です。
……はい、針生先生の担当編集は私ですが……は? はい……はいぃ?」
『やんごとなき御方を支える事務方から』という電話先の突拍子の無さに、一瞬、石化して携帯電話を取り落としそうになるものの。
そこは何だかんだと現場で揉まれた編集者なダケに事務的な打ち合わせを無事に済ませ……
「あ、あ、あのトンチキ作家ーっ!!
『連絡待ち状態だけど、年明けに何かあるかも』の一言だけで『肝心なトコ』をコッチに知らせないってどういう了見だーっ!!」
「落ち着きなさい由香里!
何があったか知らないけど、せめてお風呂に入ってちゃんと服を整えてから出て行きなさい!」
怒りの余り、頭から二日酔いが吹っ飛んだ勢いに任せて、どちゃくそ乱れまくって女性として終わった姿のまま家を出て行こうとする私を、必死に抑える母であった。
とりあえず伏線を少しずつ回収していく予定です。
良い御年を……