話の時系列的に少し飛んでるので、後で整理するかもしれません。
「ドバイ……許可、出来ません!」
「オーナー!?」
ちょくちょく他人と会合に使う、蕎麦屋の二階のお座敷の一室で。
中東方面からのやんごとなき御方からのオファーを受けて、興奮気味な石河
「石河
「それが何か?」
「なのに、岸本さんと野口さん、でしたっけ? 厩務員が今年、二人も辞める予定だとか?」
「いや、彼らは元から退職予定だった人員ですよ。増して野口は定年ですし」
「ええ。それは存じ上げています。
失礼ですが、そもそも解散秒読み状態だった厩舎から、キッドやクアッドが凄い成績を出した結果、そこを免れた。それはいいんです。
ただ、厩舎スタッフたちの中には、解散を見込んで既に移籍や転職の支度をしている状態の人間が何人も居て、それを引き留められない事態が起こり。
更に、現場から人員不足で悲鳴が上がっている状況下で、人を増やす事も上手く行ってないとか?」
「ぐっ! そ、それは……」
オグリキャップの競馬ブームも遥か昔。
人手不足は何処の厩舎も頭の痛い問題である。
「たとえ主催者側の渡航費用の補助が有ったとしても、厩舎自体のスタッフが足りていない状況下で、OKは出せません」
「賢介や
「そういう問題じゃありません!
いいですか、石河の親父さん!
ド素人の俺だって、競走馬の渡航に、どんだけ人手が必要かは知ってるつもりです!
そんな中で、根本的な厩舎のスタッフ不足のしわ寄せは、ドコに行くんですか!? 俺が頭の上がらないエライ方々の馬も預かってるんでしょ!?
更に、俺自身、そう長い事、馬主業が続けられるとは思っちゃいません! あくまで数年の短期予定のスポット馬主ですよ?
そんな馬主の馬に『厩舎ごと全賭け』して、どーすんですか!?」
「それだけの結果出してるから賭けてるんです、私も!
はっきり言います! 今後ウチの厩舎が10年続いたとしても、キッド以上の馬なんて出て来ません! 今がチャンスなんです!」
「『勝負師』としての理屈は重々分かりますが、厩舎を預かる『経営者』として考えてください!
スタッフ不足の状況下で『キッド頼みの一本足打法』なんて、それこそ何のために馬房枠増やしてもらえたと思ってるんですか!?
もう二年前みたいに『厩舎の解散賭けて馬会上層部と直談判』なんて、簡単に出来る立場じゃないのを自覚してくださいよ!」
「オーナー!」
と……そこでようやっと気づいたらしい。
「……ああ、そうか! 賢介の奴か!
あの野郎、厩舎の機密をなんだと思ってるんだ!」
「いい加減にしてください、親父さん!
本来彼らだって、こんな事やりたくてやったワケじゃない!
戸竹さん筆頭に、石河厩舎のスタッフ皆がヒィヒィ言ってるのに、一向に人手不足が解消されないから、賢介君通じてむしろ旗立てて俺に直訴しに来たんじゃないですか!
『他の馬主なら兎も角、一蓮托生な俺ならばぜったい悪い事には成らないだろう』って! キッドを直接見てくれるスタッフが、この部外者を信じてくれたのなら、俺だってそれに応えるしかないでしょう!?」
「ぐ……」
「『どんな成績が振るわない馬だって、真面目に見てくれる』……そう信じたから、俺は親父さんにキッドを頼んだんですよ!? 忘れましたか!?」
「……………」
「海外行きは『スタッフ不足を解消して、厩舎の足元を固めてから』です。
今の親父さんは……正直、有馬のセレモニーの時よりカッコ悪いですよ」
言葉が無く、沈黙してしまった親父さん。
……いかんな……コレ。
アラを指摘しただけで、解決方法も示せていないし。
何より、親父さん自身へのフォローも必要だよな、これ?
なので……
「わかりました。今回のドバイを見送る代わりに、凱旋門の登録をしましょう」
とりあえず、分かりやすい前向きな話を振ってみる。
「!? お、オーナー!?」
「正直、俺だって海外でキッドを試してみたいですよ……ドバイの遠征補助は魅力的ですし」
大ウソである。
本当はドエライ方々との遭遇なんて、日本国内だって精神的にキッツいのに、海外方面なんて考えたくもない。
だが……これも石河厩舎で働く友人と、親父さんたち。
そう『みんなのための方便』だ。
「でもダメです。今はダメです。こんな、厩舎にむしろ旗が立ってる状況で、海外遠征なんて到底無理でしょう?
だから半年です!
半年後までに後顧の憂い無く、凱旋門に挑める厩舎体制を整えてください」
凱旋門。
日本競馬が背負った、宿痾とも呼ぶべき称号。
正直、そんな宿命なんぞ、知ったこっちゃない個人馬主であるが……中央の馬主である以上『登録だけは』可能である。
無論、勝てるかどーかなんて、完全に別問題な事は言うまでもない。
なので……
「ただし、私が遠征費の自腹を切る事になる以上、条件があります。
春天か宝塚、どちらかで勝つ事、これが絶対条件です!」
「!?」
「登録だけはしますが、勝てる見込みが無ければキャンセルです。
……正直、税金とか滅茶苦茶もっていかれてて、無理に行くならば予備費に手を付けないといけなくなりそうなので……春天か宝塚の賞金を当て込む形で行こうかと思ってます」
「失礼ですが、あのジャパンカップの単勝転がしの賞金は?」
「半分近く持って行かれて、残り半分を予定納税とか色々ほざかれて、四苦八苦していますが何か?」
「……ああ……」
そういえば、石河厩舎もキッドやクアッドの賞金で大きく稼いで、2005年の最多賞金獲得調教師に至っているために、ひとしきり大騒ぎにはなっているらしく、税理士さんと頭を抱え合っているとか。
まっ、アレだ。
クラシック登録だって、トータルで一次登録、二次登録併せて1レース4万くらいだったし、予約程度の登録くらいならその程度で何とかなるでしょ?
これで調教師含めた、厩舎の人間全員が、前向きなやる気を持ってもらえるなら、費用対効果として安いモンである。
そう思って居た俺は……凱旋門賞というのは、登録だけで80万以上、さらに取消料まで加えると合計で100万近く掛かる事を知って、盛大にジュースを吹き出す事になるのだが、それはまた後々の話である。
はい、そういうワケでドバイ回避で、春は国内路線ですね……秋以降のフラグを、順調に蜂屋君はおっ立てています。