「あの馬……サーカスにでも行くのか?」
一年前。
丁度、日高の生産牧場に用があったついでに、複数の生産牧場に営業の挨拶回りをし、最後の最後に、息子の通う学校の学園祭に顔を出した時。
雑種の子犬と一緒になって、お座りとお手をしてる芦毛の姿を見たのが、自分とキッド号……バーネットキッドとの、初遭遇だった。
「おう、元気か?」
「あ、オヤジ」
高卒資格を取りつつも、馬と関わる学校に通いたいと願った結果。
日高の果てまで飛んだ、我が子の姿を見に、やってきたのだが。
「……なあ、お前ら、競走馬を育ててるんだよな?」
「き、客ウケはしてるからいいんだよ! っていうか、勝手に芸を覚えちゃったんだって」
「は? おいおい、あんなの教えなきゃ覚えるワケないだろう?」
「覚えちゃったから、俺たちもビックリしてるんだよ」
そして、スピーカーから流れてくる声。
『では、これより大技いきます……ちんちん!!』
司会、兼、インストラクター役の生徒の声に従って。
二本足で立つ、犬と馬。
そのまま、一歩、一歩と、よちよち歩くキッド号。
世にも珍しい二足歩行の馬を見て、笑う観客たち。
愛想を振りまきながら、客から投げ銭代わりのニンジンをもらってご満悦な姿は、なるほど学園のアイドルホースではあるのだろうが……。
「……なあ、賢介。本当にアレを教えてないというのか?」
「アイツ滅茶苦茶頭いいんだよ……あんなの序の口だぞ?」
「おいおい、あれで序の口とか、どんな馬だよ?」
興味を惹かれて息子に聞いてみたが。
その内容はとても信じられないモノだった。
曰く。
馬房からの脱走の常習犯。乳離れの前から脱走を繰り返していたらしいが、それも生徒が授業中のタイミングばかりで狙ったかのようだったという。
簡単な閂程度なら簡単に開けて逃げ出す。
柵は気軽に飛び越える。馬術部の馬術競技に乱入して遊んでた。
食事量が普通の子馬の倍近い。
腹が減ると、雑草どころか寝藁でもモリモリ食べる。クマザサも食った。
脱走して畑の作物や、牛、豚の飼料を盗み食いしてたけど、怒られてからは原生林の野草を食い荒らすようになった。……馬にとっては毒なはずのアイヌネギをモシャモシャと食べておきながら何事もなくケロっとしていたとも言ってた。
何故か、脱走して外で学校の授業を聞いて居たりする。
夜中、寝る前にトイレを要求する。追い運動の最中以外、ボロは大体決まった場所で垂れるか、運搬用の手押し車の台に垂れる。だから寝藁はたいてい綺麗。
頭絡等の馬装を嫌がらない。人間には従順。ただし、ポケットにモノを入れてると、的確にポケットを狙ってイタズラしてくる。
「……なあ、賢介。その、お前、本当に馬の話をしてるのか、それ?」
「誰に俺の携帯電話、ダメにされたと思う?」
「齧られたか?」
「しゃぶられた。飴玉みたいに。
そのまま、ぺっ、てされて、衝撃と唾液でオジャン。
ショップ遠いから、行くに行けなくて……遠距離恋愛中の彼女にフラれた」
「それでか」
つい最近、息子の連絡が途絶え気味で、寮の公衆電話からだった理由が、よくわかった。
「まあ、高校卒業までの付き合いだし、何だかんだと愛嬌のある奴だとは思うけどさ」
「ほう、惚れ込んだか?」
「まさか……あんな癖馬……」
恋人に振られてふてくされてる息子だが。
一人の調教師として、あの馬は面白い、と思ったのも事実だった。
「まあ、なんだ。あの馬がウチの厩舎に来てもらえそうなら、馬主に営業かけといてくれ。
……意外と面白い事になるかもしれん」
「は?」
「後ろ二本足で歩けるバランス感覚と、半端な柵は飛び越えるバネ。顔まで上がる前脚の柔軟性、どんな状況でも衰えない食欲と図太さ……道化師めいてはいるが、あのまま育てば、面白い馬になるかもな」
「マジで言ってんのかよ、オヤジ」
「お前が言ってる事が本当なら、ダイヤの原石かもしれん……性格的に競走馬に向くかどうかは、本格的な調教を始めてみない事には解らんがな」
その判断そのものは、後年、間違ってはいなかった事は証明されたものの。
あの馬の性格を甘く見ていた事を、色々な意味で後悔する事になるとは、その時想像もしていなかった。