Re:escapers   作:闇憑

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ネタ切れやらコロナやら諸々で筆が止まってしまい、超お待たせしました。
とりあえず、少しずつまた亀ペースで再開して行こうと思います。


やべー事になった後始末のやべー話 その3

「……………先生?」

「はい」

「次、やったら。

 私、先生の担当、降りますからね?」

「はい」

 

 元旦を越えて松の内のある日、千代田区からの帰り道。

 タクシーの中で、片眉丸坊主姿で、新野女史に詫びる俺が居た。

 

 

 

 そもそもの切っ掛けは、去年の秋の天皇賞に遡る。

 

『このまま、馬場を軽く一周、できませんか?』

 

 優勝セレモニーの最中。

 『ちょっと乗ってみたい』とキッドの背に跨った、やんごとなき御方に、更にお言葉を賜りまして。

 

 なんでも、園長とキッドが一緒に砂浜ではしゃいでいる姿をTVで御覧になっていたそうで。

 

 ……で、お言葉を受け、ひとしきりパニックに陥った、俺含めた関係者(含、向こうの事務方)が顔突き合わせて相談した結果。

 

「申し訳ありません。『有馬が終わって少ししたら』でよろしいでしょうか?

 今、日程に余裕が無い上に、有馬でディープインパクトが待っていますので」

「ダメですか?」

「すいません。万全な形で調整してジャパンカップや有馬に挑むのに、余裕が無いのです」

 

 『今忙しい』と。

 明らかに『キッド以上に忙しい御方』に、吹っかける条件を返した。

 

 ちなみに、件の御方は、どんなに早くとも休暇も含め、最低半年先までガッチリと分刻みでスケジュールが組まれる。

 ので『大体、三か月後にスケジュールを空けてくれたら、乗ってもいいですよ』と……競馬関係者共通の『馬最優先の建前』を用いた『事実上不可能な無理難題を条件に出して、諦めてもらおう』と試みた結果。

 

 彼の御方の『情熱』を『関係者全員』甘く見積もっていた事により、色々な予定と思惑が吹っ飛んでしまい。

 『自宅の敷地内にある』普段、警護の騎馬隊の訓練に使われる馬場を、それはそれは気持ちよさそうな笑顔でキッドに騎乗して、嬉々として周回するやんごとなき御方に、俺も含めたキッドの関係者全員、唖然とする事になるのだった。

 

 ちなみに、向こうのスケジュールを管理する人が何人か、少し死にそうな顔をして、恨みがましい目で俺含めたキッドの関係者を見ていたのだが……それは見なかった事にする事にした。

 

 ……っつか、マジで乗馬、滅茶苦茶上手いんだけど!?

 農高の馬術部で一番上手くて部長やってた上に、現役の調教厩務員の賢介の奴より上手いかもしれない……本気でキッドの馬主として、形無しなんですけど……

 

 あと……有馬のセレモニーでぶっ倒れた石河調教師のお見舞いに。

 後日、その場に居た関係者全員、坊主頭で病院に詫びに行ったら『お前ら全員、裏切り者だー!!』ってエラい怒られまして……で、『分かりました、私も恥を掻きます』と、勢い余って坊主頭のついでに片眉落として石河調教師に詫びた事を、彼の御方に説明したら、ひとしきり笑ってもらえました。

 

 うん、笑ってもらえただけ幸せだよ……こっそりコミケ行って買い物がてら挨拶行ったら『病人見るみたいな目』で事情を知らない知り合いや先生たちに見られたからな……

 

 と、そんな感じで『そういう方々の情熱は甘く見ない事にしよう』という教訓を得まして。

 

 それは兎も角……

 

「……あのー、新野女史」

「何か?」

「ご近所に寄ったついでにアキバに……いえ、何でもありません」

 

 監視の目を掻い潜って、片眉丸坊主でコミケに突撃した結果、いろんな噂を垂れ流す事になってしまい、今回の一件含めて色々と激怒してる新野女史と。

 最高に居心地の悪いタクシーで、帰り道を行くことになりました。

 

 

 

 年末年始、という時期は。

 一般人にとっては、新年度に当たって英気を養う休暇の時ではあるものの。

『ある種の人間』にとっては、最も忙しい時期だったりする。

 

 例えば、神社仏閣関係者。

 例えば、芸能関係者。

 そして……

 

「あけましておめでとうございます」

「いえいえ、こちらこそ、本年度もよろしくお願いします」

 

 いわゆるセレブリティの方々にとっては、顔つなぎや関係の維持も含めたパーティが催されるのが常であり。

 そういう意味でも彼らにとって、純粋な『休暇』というのは、無きに等しい。

 

「そういえば篠原会長、今噂のバーネットキッドの馬主様と親しいと聞きましたが、どんなご関係で?」

「ああ、彼ですか。トレカ……カードゲーム仲間、といった所でしょうか」

「カードゲームですか。

 流石、ギャンブラーで鳴らした会長らしい……マカオのカジノで、BJのテーブルをクローズさせたのは伝説になっていますよ」

「いやいや、もうアレ以降、馬以外(のギャンブル)は懲りました。

 ドコに行っても、スタッフやディーラーの見る目が厳しい厳しい……回状が回ってしまったのか、ベガスもモナコも『勝てない勝負』しか、させてもらえなくなってしまいまして。

 事実上の出禁ですな。もうギャンブラーとしては引退です」

 

 そう、いわゆる『社交のお時間』である。

 企業役員や議員や投資家やら何やかんや……そういった偉い人たちが交わす会話から、『何か次のビジネスのヒントは無いモノか』と。

 表面上の穏やかなやり取りとは裏腹に、パーティに参加している各人それぞれの頭の中は、常時フル回転である。

 

「まあ……会社の方も、こうしてほぼ名誉職に退いて、ギャンブラーとしても引退したからには『孫とトランプ遊びでも』と思っていたのですが……そこで、逆に孫から勧められたのが、トレカという奴でして」

「ああ、私の孫もハマっていますよ。遊戯王、でしたっけか? 我々の頃はメンコ遊びでしたが」

「まあ、そんな所ですな。昨今はいろんな所から何種類か出ているのですが、どれも存外、奥が深い。

 甘く考えて、トランプで勝負事の駆け引きを教えるつもりが、最初の内は孫に負けっぱなしでしてな……」

「ほう、それは将来有望ですな。『ギャンブラー』篠原誠一を負かす才人ですか」

「ええ。そのまま負けっぱなしもアレなので、教えを乞おうとカードゲームの店に顔を出しまして……そこで彼と知り合ったのですよ。

 当時の彼は孫と同じ年の中学生でしたが、既に、高校生や大学生に交じって、店で一目置かれていましてね……で、彼の使っていたデッキのレシピを教わって、孫との勝負に臨んだら、今度は勝ちすぎて孫に拗ねられてしまいまして。

 いや、あの年頃の子と程よく『遊ぶ』というのは実に難しいですな」

「はっはっは、全くです」

 

 などと。

 そんなノリで、エラい方々の話題のタネや枕にされる、蜂屋とキッドだったのだが。

 

「そういえば、その蜂屋オーナーですが、バーネットキッドが今年の凱旋門賞の登録をしたのをご存じですか?」

「ほぉ? いや、初耳ですが……ソレ、本当ですか?」

「おや、ご存じない?」

 

 セレブの一人……当然のように中央の馬主の方の言葉に、首を傾げる篠原会長。

 

「いや、彼の人物像は良く知っているつもりなのですが、それと『凱旋門に挑戦』のイメージが結びつかなくて」

「はて? 国内であれだけの結果を出したのなら、海外に挑むのは自然な流れだとおもうのですが」

「いやいや、何だかんだ『今どきの若者』でリアリストですよ、彼は。

 遠征補助のあるドバイならば、まだ有り得る話ですが、名誉重視の欧州遠征に積極的とは……今度会ったら、聞いてみましょう」

「いや、助かります……我々だと緊張してるのか、彼もなかなか踏み込んだ話をしてくれなくて」

「それですよ。それも含めて『変だな』と。

 ただでさえ、国内のGⅠレースの馬主席に来る度に、緊張している彼の事です。

 日本語の通じない海外のセレブリティと顔合わせなんて、考えたくもないでしょうし。

 まあ、私の予想ですが、おそらくはキッドの面倒を見ている石河師が主導でしょうな」

「ふむ、慧眼ですな……彼の人物像をよく把握してらっしゃる」

「良くも悪くも『プレイヤー』ですよ……彼は。

 基本的に『ゲームのルール内でアレコレやってくる』怖さは有りますが、積極的にルールを逸脱したり、枠の外から何かを仕掛けて来るタイプじゃありません。

 そういう意味では、『ゲームを楽しんでいる内は』安心できるタイプですよ」

「ほう? では『ゲームが面白くなくなったら?』」

「そりゃ『やめて別のゲームを始めますよ』。

 まあ、若さ故の、あのヒゲダンスのようなイタズラ小僧の側面は有りますが、そういう意味でも、良くも悪くも『行儀のいい現代っ子』です」

 

 と……

 

「ほう……それは好機ですな」

「おや、金戸会長、お久しぶりです」

「いや、調教師の先生とも相談したのですが、今、ウチのディープも海外遠征を考えて居まして。

 まだ具体的なスケジュールが完全に決まっているワケではないのですが、去年から海外で『ディープ、キッドの二頭態勢で海外に挑めれば』という構想自体は有りましてな」

「『前門のキッド、後門のディープ』ですか」

 

 2005年の皐月賞と有馬記念で、全ての陣営が思い知った、恐怖のシフト。

 対策をしようにも、双方が両極端な脚質と戦法を有する上に、実力的に無視する事も不可能という、悪夢のような強制シチュエーションである。

 

「ええ、『強い逃げ馬』という絶対に放置できないキッドが居る事で、ディープの末脚も活きる。そんな態勢が組めれば、結末は『どちらか』になりますから」

「なるほど。

 ただ、さっきも話した通り、恐らくですが登録自体はしても、蜂屋オーナー自身は積極的では無いと思われますが……」

「ふむ……ならばもう一押し、巻き込む口実なり説得なりが必要になるかもしれませんな。

 幸い、石河師は積極的なようですし、そこから口説いてみるのが正解かもしれません」

 

 かくして……

 当事者たちの知らない所で『美浦トレセン発、凱旋門行き』の列車の歯車が、カタカタと音を立てて回り始めるのだった……

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