「60キロ!? ……マジかぁ?」
GⅢ、ダイヤモンドS。
発表された資料に書かれた『ハンデ』の斤量の数字を見て、俺は絶句した。
そう、『ハンデ』。
我が愛馬、バーネットキッドにとって生涯初の『ハンデ戦』である。
競馬のレースというのは、基本的にギャンブルを伴う『興行』である以上、あまりにも強すぎる馬が出ると『結果が見えすぎて場が白けてしまうケース』というのが多々あり。
で、そういう盛り上がりを期待できない……というか、盛り上げるために、GⅡ以下のレースだと、レースによっては各馬の戦績を加味して、それぞれに重量でハンデを付けるワケだが……
「なんで、最軽量と10キロも斤量の差があるんだよ!」
そう。
我が愛馬、バーネットキッドの、ダイヤモンドSにおける斤量たるや60キロの大台である。
っつか、他の馬たちの数字を見てると、ほぼ50キロ台前半とか50キロジャストとか。せいぜい重たくても57キロ前後だってのに……しかも。
「3000メートル超えのレース……キッド、初めてなんだけどなー……」
つか、距離だってMAXが有馬の2500で、そこから一気に900も上乗せされてるんですけど!?
遠い目で、数日前に電話越しに交わした
『4月末に開催の春天を考えると、期間が空いているほうが調整にも余裕が出るでしょうし……ハンデもキツい事になりそうですが、その分、対ディープインパクトを想定して、3000メートル超のレースを走りきれるかどうか確認してください。
もし、無理そうなら、春天回避して、無難に大阪杯のほうに行きましょう?』
『承知しました。
……因みに、オーナー?
仮に、ステイヤーの適性がキッドに無くて、大阪杯で勝ったとしたら、凱旋門に行く話は……』
『は? 今更キッドがGⅡ勝ったって、何の証明にもならないでしょ?
基本的に海外行きを想定している基準が『GⅠの舞台でディープインパクトに勝てるか否か』ですから』
『…………………』
『どのみち、日本の軽い高速芝で3000超のレースを走り切れないようじゃ、ドス重い上に高低差10メートル超の、ロンシャン2400なんて、スタミナ持たないでしょ?
繰り返しますが。
今回のレースは、あくまで『春天に挑めるか否かの試金石』だと思っていてください』
『……つまり『勝て』と?』
『いえ、負けたら宝塚か春天の二回のチャンスのうち、春天が『無し』になるだけです』
『…………………』
『絶対に無理はさせないで下さいね? あくまで『試金石』ですからね?
正直、俺は連勝や記録や海外なんかよりも、キッドが無事に帰って来る事を心配していますからね?』
などと、呑気に構えて考えていたのだが……
「だ、大丈夫かな……」
不安に駆られて調べてみると……大昔、テンポイントに67キロとか背負わせていたような、滅茶苦茶な事をやっていた時代は無視するとしても。
ここ20年で見ても、ダイヤモンドS出走馬において、エアダブリンの59キロが最高値(しかも当時は3200M)だった斤量を、更に更新するような距離と重量を背負わされている事が分かり。
最悪、回避を考えて、再度、
「あ、あの……斤量60キロで、しかも3400は流石に……出走をちょっと考え直したほうが……」
『ダイヤモンドSを回避するならば、阪神大賞典でディープインパクトと勝負する事になりますが、よろしいですか?』
「あぅ……」
前門の60キロ。後門のディープ。
……っつか、コレって……
「なんか去年の宝塚を思い出す修羅道なんですけど!?」
『もとより競馬は修羅道ですよ。
それに、ロンシャンに行く事を想定するならば、四歳馬は60キロ近い斤量で走る事になります』
「それは……そうです、けど……本当に大丈夫ですか?」
『普段、賢介の奴を乗せて調教で走っている時は、コレに近い重量ですから大丈夫です。
それに、ロンシャン2400を日本の芝3000超と定義したのはオーナーじゃないですか? 凱旋門を視野に入れるならば、それこそ、オーナーのおっしゃる通りの『試金石』ですよ?』
「む、う……」
やべぇ……事ここに至って、盛大なブーメランが返って来やがった。
『指摘された人手不足も解消の目途が立ちましたし、他所の厩舎との協力が前提ですが、凱旋門に向けての態勢に不安が無いのは『息子からも聞いているでしょう?』』
「は、はぁ……」
つい先日。
珍しく……とてもとても珍しく、賢介の奴から『半年ぶりに一日休暇が出来た』と連絡を貰い、一緒になってツルんで遊んだのだが。
その時に『親父からの監視の目がキッツくなって来た』『電話で直は不味いからメールでやり取りを頼む』『割と親父、不機嫌だぞ』と言われたりしたのだ。
そりゃそうだ……従業員が有力な取引先とつるんで反乱起こした末に、ドバイをふいにしちゃってるんだから。しかも『マルハゲドン』な有馬記念のおまけ付きで。
……っていうか、あの外出込みの一日休暇は『厩舎の人手が足りましたよ』ってアピールかよ。
『だから、オーナー……凱旋門、約束ですからね?』
「……承知してますとも。そういえば、クアッドの様子はどうなってます?
『ああ、大丈夫です。
仕上がりは良いので、共同通信杯で一叩きしてから皐月賞ルートですね。ただ……やはり他の厩舎から、警戒はされていますね』
「は、ははは……まあ、派手にやっちゃいましたもんねぇ……」
有馬記念で伝説のレースをやらかした『キッドの全血の弟』という部分ダケでなく。
去年の朝日杯の館騎手を使っての『奇襲』……しかも、『上がり3ハロン、朝日杯最速記録』の末脚は、競馬ファンのみならず、調教師たちすらをも驚愕……というより、阿鼻叫喚に叩き込んだとか。
『あと、共同通信杯のクアッドの斤量も、一番重い57キロです』
「デスヨネー……」
二歳で同年代唯一のGⅠ牡馬である……そりゃ警戒もされるか。
「まあ、作戦はお任せというか……オーナーの私も、知らないほうがいいでしょ?」
『助かります』
あの自在性と折り合いの付けやすさは最高の武器であると同時に、秘匿性が命である。
それだけに『鞍上や調教師の思考から、展開を読まれる』のが、一番怖い。
『それに、真っ向勝負をする力量は有るので、最悪はソレを考えています。
あの末脚は
「なるほど」
自在性に隠されてはいるけど。
何だかんだ弟のクアッドは、正統派の競走馬なんだよなぁ……もふもふだけど。
「ああ、それと、最後に。
育成が終わり次第、入厩して面倒を見てもらう予定のリンちゃんですが、今、どんな塩梅です?」
『セキトカイゼリンでしたら、調教は順調です。
6月の早い時期にレースに投入出来そうです。が……』
「が?」
『その……エージェントや当人含めた、騎乗の売り込みが凄くて……ベテランから有望な新人まで、凄い事になってまして。
現時点で美浦、栗東併せてトータル30人くらいの騎手からラブコールが……』
「うっわぁ……」
もってもてだな、リンちゃん。
「やっぱり長部さんのアレ、ですかね?」
『テレビで『テイオーの後継者宣言』しちゃいましたからねぇ……今から誰を乗せるか、スケジュールを如何にするか、ちょっと考え物ですよ』
「もう目星をつけた何人かに調教で乗ってもらって、オーディションにするしか無いんじゃないですか?」
『既にその方針で人数絞ってます』
デスヨネー……
「あ、ならそのオーディション……ちょっと見学とか、出来たりします?
純粋な鞍上への興味とは別で、創作のネタとかに使う可能性も考えてるので」
『わかりました。リンが美浦に入厩し次第、スケジュールの連絡をします』
「了解しました。じゃ、失礼しまーす」
ぷち、と電話を切り。
深々と溜息をつく。
……60キロ……60キロかぁ……
試金石としての想定しているレースが、完全に春天じゃなくて凱旋門になっている事に、色々と戦慄しながらも。
どこか、非現実的な状況に、もう遠い目をするしか無かった。