Re:escapers   作:闇憑

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東京競馬場 第11レース 第40回共同通信杯(GⅢ)その2

 落ち着いていた。

 

 周囲に惑わされる事無く。

 淡々と。黙々と。いつものように。

 

 毎度の事ながら、動揺とは無縁のパドックを周回するクアッドターボの姿に風格すら感じ、馬主として本当に安心感を覚える。

 

 ……静かな馬だよなぁ……

 

 というか、あの毎度毎度バカ騒ぎを引き起こし、大人しかったら大人しかったで周囲に緊張を振りまく同血の兄を思うと、ある意味……

 

「平凡で良かった」

『……』

「あ……いや、性格。『キッドと比べて』ですよ? キッドと?」

 

 『3戦無敗で朝日杯を獲って、クラシック戦線に顔を出そうかって馬が、平凡であってたまるか』って目で周囲の馬主の方々に見られて、慌てて訂正する。

 

「まあ、確かにキッドと比べれば……」

「ええ、どんなバカ騒ぎをパドックで始めるか知れたモンじゃないし、大人しかったら大人しかったでレース自体がトンデモナイ事になるんで。

 その点、クアッドはパドックもレースも安心感がありますから」

「勝って帰って来る、と?」

「いや、無茶をしないでレースを終えて帰って来るって事です。

 そりゃ勝って帰って来てほしいですけど、それよりも前提として無事に帰って来てほしいですし」

 

 そう、クアッドに関しては。

 割と過保護かもしれない馬主な俺にとっては、安心感のある存在だったりするのである。

 

 兄と違って。無茶しないし。バカやらないし。

 

 むしろ、最近は厩舎のボスとしての貫禄すら出ているらしい。無論、裏ボスである兄の協力もあるそうだが。

 

「まあ、変な事故に巻き込まれなければ……館さんだから無茶はしないと思いますし」

 

 

 

 地下馬道を越え、返し馬へ。

 軽いウォームアップでターフを駆ける。

 

 抜群の操縦性。

 逃げから追い込みまで可能な幅の広い自在脚質。

 大人しく鞍上の言う事を聞き、賢く、真面目で……だからこそ。

 

「……何考えてるのか分からないアタリまで、オグリと一緒か」

 

 鞍上で手綱を取りながらも。

 普通の馬なら、抵抗したり反抗したりする部分が極端に薄いあたりに、逆にだんだんと機械を相手にしているような不気味さを、館は感じるようになっていた。

 

 『良く調教されている』と言えばそれまでだが。

 館の経験上、コレだけ頭の良い馬が、レースでソラも使わずに大人しく人間に従いながら走り続けている事そのものが、奇異でしかない。

 

 『賢い馬』というのは、それだけでソラを使うなどの手を抜いたり、逆に人間を見下してワガママになったりと、性格に難を抱えるケースも多く。

 故に『多少バカなくらいのほうが、レースも調教も真面目に走ってやりやすい』とこぼす調教師や騎手も居る程である。

 

 そういう意味でも、同血の兄であるバーネットキッドのような『傾奇者』になってしまったほうが、まだある意味で納得『は』出来るのである(やらかす所業に笑ったり驚いたりしないとは言ってない)。

 

 むしろ……

 

 『じっくり見られて試されているのでは?』『唯々諾々と従いながら『何か』を狙っている?』という疑問が、同血の兄から容易に連想出来てしまい、それがまた猜疑心を加速させて来るのである。

 

「……いかんな……」

 

 いや、どの道、もうレースは始まるのだ。

 今更迷っている余裕はない。

 

 大外、8枠の12番ゲートに歩を進め。

 静かにスタートの時を、待つ事にした。

 

 

 

「スタートしました!

 まず好スタートはマイネルグロリアス。

 更にフサイチリシャールが並んでいって、クアッドターボが3番手に付けました。

 続いてヤマタケゴールデン、モエロタケショウ、ブラックバースピン。

 1番アドマイヤムーンは中段で控える形になりました。後はアンバージャック、ショウナンタキオン上がっていきます。

 後方は三頭並んで外からマシーン、マルタカアーサー、マッチレスバロー」

 

「向こう正面、中間を過ぎて残り1200を通過。一気にモエロタケショウが逃げる展開、二馬身差をつけてフサイチリシャール、マイネルグロリアス、クアッドターボが続く。更に1000メートルを過ぎて第三コーナーに入るところ、二馬身、三馬身、ちょっと差が開いてヤマタケゴールデン、ブラックバースピン、アドマイヤムーン、ショウナンタキオンと続き、やや縦長の展開。その後方にマッチレスバロー、マルタカアーサー、最後方にマシーン」

 

「四コーナーのカーブに差し掛かります。モエロタケショウ先頭で一馬身差。残り600を切りました、四コーナーカーブで並んで来たのはフサイチリシャール、クアッドターボ!」

 

「直線に入って先頭はクアッドターボ! フサイチリシャールも並びかける! 後続も一塊の横一線! 残り400で、外からアドマイヤムーンが来た!

 クアッドターボ、懸命に粘る!粘る! 外からアドマイヤムーン! フサイチリシャールも追いすがる! アンバージャック! 更に大外からマッチレスバロー! 大接戦だ!

 200を切った! 外からアドマイヤムーンが加速! 先頭のクアッドターボ粘る! フサイチリシャール! アドマイヤムーン!

 三頭の接戦!

 しかしクアッドターボ! クアッドターボがゴールイン!!」

 

「正に変幻自在のナンデモ有り! これが新型ターボエンジンの実力だ! 共同通信杯を兄弟制覇して皐月賞に弾みをつけました!!」

 

 

 

「やあ、凄いですな、おめでとうございます」

「……あ、ありがとうございます、ははははは」

 

 馬主席に響く、温かい拍手と、温かい賞賛の声。

 そして……絶対零度までに笑ってない、周囲の眼差し。

 

 つか『コイツ何時負けるんだよ』って目で見られるのがモォ……

 お願い係の人! はよ撮影にプリーズ! その足でマジで新野女史と一緒に、とっとと針の筵からバックレたいんです!

 

「というか、今回は先行でのレースでしたけど……もしかしなくてもクアッドって自在脚質では?」

「あー……みたいですねー……」

 

 やはり……という声と共に、ざわつく馬主席。

 

「そ、そういえば札幌記念で兄も脱獄レースをしてましたね」

「朝日杯の時からまさかと思っていたけど」

「素質はソッチか……うわぁ……」

 

 ……あー……はよ逃げたいなー……

 

「蜂屋君……蜂屋君……コレって……」

「有りましたよね……園長の()ってた昔のコントで、ギャンブルで勝ちすぎて胴元含めた周囲の悪役商会の方々がプレッシャー掛けて来る話」

「……リアルだとこうなるんだ……」

「愛馬たちのタメとはいえ、小市民にゃキッツいっス……」

 

 小声で園長とやり取りしてると。

 支度の整った呼び出しのアナウンスが有りまして。

 

「じゃ、園長……申し訳ないのですが、私このまま撮影終わったらサッサと彼女と逃げ出すツモリなので、今日はこれで失礼します」

「いってらっしゃい。お疲れ様」

 

 

 

 で。

 この時は、クアッドに関しての追及をかわすため、速攻でバックレる事に成功したものの。

 翌週、また同じ東京競馬場でキッドのレースがある事を、すっかり失念していた事に気が付いたのは、自宅に帰ってからの事であり。

 

 なんかもー勝てば勝つほど、成り上がりという名の深みに嵌って行くヤンキー漫画みたいな状況に、真剣に頭を抱える事になるのだった。

 

 っつーか、だんだん退路が無くなって来てるのは気のせいか!?

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