皆さんご安全に。
「で、まあ……石河師のしょぼくれようを見て、コレは何とかせんとイカンと思って、条件付きで凱旋門に行く話を持ち出しちゃったんです」
「……あー、やっぱり?」
金曜日の夜。
行きつけのカードショップで行われた、夜の小規模大会で、久方ぶりに『社長』……篠原会長と出会い、軽く一勝負した後。
色々追い詰められていた俺は、察してくれたのか篠原会長に喫茶店に誘われ。
そこで割と溜まったモノを吐き出す事にした。
……というか、馬関係でグチが吐ける人って、消去法的に篠原会長しか居ないんだよね……
新野女史は監視兼ガードでしかないし、カード仲間とかは論外だし、作家の知人友人はネタにされるダケだし、普通の馬主関係の方々なんて若造の嫌みにしかならないだろう上に、そもそも相談する事そのものがオッカナイし。
「まさか登録そのものが公開情報だったとはつゆ知らず……っつか、皐月もダービーも菊も、早期の一次二次登録あわせて5万くらいだから、凱旋門もそのくらいかなと思ったら、取り消し料金コミで100万近くボッタクられるとは思わなくて。
ほんとーに失敗したっつーか、オヤジサン……もとい、石河師がガチ乗り気で、止めようったって止まる気配が無いし、金戸オーナーは割とマジで誘って来るし……」
「行きたくない? 凱旋門?」
「ない、って言うか……『無茶はさせたくない』ってのが本音です。
もう、キッドもクアッドも老後預金はキッチリ確保したんで、基本、日本以外でレースしたくないんですよ」
そう言いながら、バニラアイスをストローで突き崩して、メロンフロートを啜りつつ。
「プロジェクトXってあるじゃないですか」
「ジャッキー・チェンの?」
渋いな『社長』……いや、篠原会長が俺に合わせてもらってるのか。
「いや、NHKのほう……ストーリーテラーとしては大いに参考にしますし、凄い良質な『物語』だなとは思いますけど。
俺、アレ、基本的に嫌いなんですよ。
少なくとも『俺はあんな物語の登場人物には成りたくない』んです」
「ほぉ?」
「だってアレって『1話分の物語』の裏側に『Xに成れずに破滅した物語』が100とか200とか山ほど付いてくるじゃないですか」
「……あー……」
ブラックコーヒーを口に運びながら、会長は遠い目で俺を見て来る。
「釈迦に説法を承知で言いますが……本来、ああいう話の理想像って、プロジェクトABCくらいの段階で、山もオチもドラマも無く終わるべき代物で、XYZ級に逝っちゃってるのは、もう『基本、無理』って事じゃないですか。
関係者の力量を超えた無茶を振られたら、普通はプロジェクトって『正しく破綻する』でしょ?
無論、だからこそ、世にも稀な成功例が、ああいうドキュメンタリーの物語として輝くワケですが……ぶっちゃけた話、凱旋門挑戦なんて、まんまプロジェクトXそのものじゃないですか」
そう。
物語としては、美しく。
だからこそ、俺はキッド含めた愛馬たちのために現実的な守護者にならねばならないのである。
「だから、『ディープに勝てたら』なんて条件出したの?」
「ええ。
まあ、今回は前二回と違って、こっちが不利を受ける状況ですから」
「ほぅ? その心は?」
興味を持ったのか、会長が俺の分析を聞いてくる。
「今年の宝塚、阪神じゃなくて京都開催でしょ?
キッドにとって未経験のコースな上に、キッドの鞍上、関東……というか『東日本全般』と小倉は悪くないんですけど、京都の勝率が一番良くないんです。
更に持ってきて、ディープの鞍上は『淀の申し子』ですからね……勝率見てジュース吹きましたよ」
「あー……今までと違って、何もかもが、相手のフィールド、と?」
「そゆ事です。幾らキッドだって、ディープ相手でコレは、まぁ難しいだろ、と。
だから、もしソコを踏み越えられる素質と結果をキッドが示すならば……プロジェクトの『X』具合が『W』か『V』くらいの難易度にはなるのかなー、と」
「なるほど……『行きたくない』というより『確信が持てないから挑戦したくない』か」
どこか納得したような会長の言葉に、更に俺は付け加える。
「全く試してみたくないワケじゃないですけどね……それ以前にキッドの生活と賞金を考えたら『現実的に考えて、凱旋門よりかは国内じゃね?』と」
などと。
ここ数日考えていた結論を告げると。
かるく溜息をついて、会長は俺を見て来る。
「ほんと『今どきの若者』だなぁ……私の若い頃だったら、それこそ舞い上がって凱旋門に突っ込んでたと思うけど」
「あっはっは、『自由競争と自己責任』を無責任にガンガン謳ってる輩がテレビもラジオも国会にもワラワラ湧いてる今の日本で、若者が気軽に『冒険』なんて出来ますかいな」
ちゅるちゅるとバニラアイスの混ざったメロンソーダを啜りながら、会長の言葉に返す。
「えー……キッドにしてもクアッドにしても、ハタから見てると最初はかなり無謀な挑戦にしか見えなかったんだけど?」
「いや、その……『なんで?』と言われれば根拠はアレなんですが、とりあえず二頭共『オープンまでは行く』って確信が有って。
で、オープンまで達成した時点での賞金額を計算したら、現役時の預託費用含めた、キッドやクアッドの寿命までの生涯年収分は確保できそうだから、半分ボランティア感覚だったんですよ。
だから、そこから先はもう……雑な計算と設計で打ち上げた手作りロケット花火が、ウッカリ成層圏越えてっちゃったー……みたいな……」
「……正直、その無邪気なまでの相馬眼が羨ましくもあるけど。とっくにその打ち上げ花火が、成層圏どころか熱圏まで行っちゃってる自覚はあるかね?」
「だから戸惑ってるんですよ。無事着水してくれないと困るんだから……宇宙に行ったまま『虹の橋に向かってGo』なんてシャレになりませんし」
「そこまでは心配しなくていいと思うが……」
あとは……
「それに、お金ですね」
「え、融資ならするけど?」
スナック感覚で有難い事を言われてるが、それはソレとして……
「いや、『俺のキッド』ですよ?
もし凱旋門をやるならば、大前提として、全額俺の自腹じゃないと『キッドの馬主として俺が挑戦する意味が無い』じゃないですか。
あくまでキッドは『俺の夢』なんだから」
「うっわ、男前だなぁ……社会人としては失格だけど、馬主としては好きだよ、そのスタンス」
「自覚はしてます。
それに、税金とか去年のヤツ、色々持って行かれそうな話が出てて、正直おっかなくて……予定納税とか、去年のキッドの成績を参考に今年分はこんだけになります、とか税務署から……」
そんな話をすると……
「待って。予定納税?」
「ええ」
「税務署から?」
「ええ」
俺の言葉に、篠原会長が険しい顔になる。
「……蜂屋君、税理士、雇ってる?」
「はい」
「その話、伝えた?」
「いえ、まだ」
「すぐ、明日にでも、税理士さんと相談しなさい。
私は門外漢だけど、多分、かなり無理筋っぽい話になってるよ」
「はい?」
軽く首を傾げる俺に、会長が続ける。
「ハッキリ言うけど。
幾ら同血の弟が居るからって『バーネットキッドの戦績を、二度目がある事を前提にして予定した納税プラン』なんて、滅茶苦茶もいい所だよ。
それに予定納税の時期も早すぎる……君、知らない所で『何かに巻き込まれてる』可能性があるよ。具体的には、税務署内の派閥や出世争いとか、そんな所じゃないかな?」
「……………」
「ちょっと税理士の人に詳しく調べてもらいなさい。
なんなら、裁判沙汰にもなる可能性があるよ、それ」
おーまいがっ……なんてこったい。
「ぜ、税務署が善良な納税者に悪意を以て接してくるとは……」
「多分、彼らにとって、君の税金関係は出世の糸口でしかないと思うけど。億のお金ってそういう輩も引き寄せちゃうからね」
「うわぁ……肝に銘じておきます」
その後……お世話になってる税理士事務所が『先代』まで出張って来て、ひとしきり大騒ぎになるという事件が起こり。
『ちゃんと連絡をください!』と今の俺の担当税理士さんに怒られるまでになったのだが。
ソレはまた別の話である。