Re:escapers   作:闇憑

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中山競馬場 第11レース 第66回皐月賞(GⅠ)その1

「……はぁ……」

 

 中学三年の夏に作家としてデビューし、足掛け7年。

 個人の実年齢は兎も角。

 職歴としては『若手』とはもう言えないからこそ、今回の執筆で悩むところは大きかった。

 

「先生、短編集用の書下ろしは? ネタ出ました?」

「……も、いっそ全壊方向のネタに走っていいスか?」

「やり過ぎるんでダメです」

 

 最近、本編である長編の合間に、『繋ぎ』で短編を幾つか書いて、雑誌に載せていたのだが。

 このところキレがあまり良くなく、結局、『無理をするな』と少しの間、お休みをもらう事になったものの。

 雑誌に掲載した短編が、紙幅の都合で三つほど余ってしまったために『書下ろしで何か一本追加して短編集の形で出そう』という話になってしまい、結局、現時点での作業量があまり変わらないという事態に。

 

 なので……

 

「……いっそ最終手段で海女音(あまね)先生の『黙認本』からネタをチョッパって」

 

 挿絵を描いてもらっている少女漫画家の海女音(あまね)先生には、キャラもシナリオも気に入ってもらえて何よりなのだが。

 彼女は昨今の漫画家にありがちな『同人兼業』という作家であり、そして……とてもとても『腐って』おられる人物だったりするのだ。

 

 なので、コミケでは原作者すら想定していない、男と男の掛け算(カップリング)を(*´Д`)ハァハァしながら『公式絵師が描き散らす』という、悪夢のような事態が発生し。

 出版社とどう折り合いつけて解決したのかは兎も角、彼女の所業に対し原作者としての俺は『黙認』という立場を取り……堂々と自らの同人誌に『原作者黙認』『公式ではやるなよ!By原作者』とロゴをぶっ込まれる事態に発展したという、軽い悪夢を見ていたりするのだが。

 

 割とそんなトコからもネタを引っ張って来ようかというくらい、追い詰められていた。

 

「却下です。

 というか、編集としては、正直アレに関して、あなたが一番ブチギレてくれると思っていたんですけどね」

「出来がいいのは認めているんですよ……俺には理解が追いつかないですけど」

 

 いやね……壁サークルでダンボールガン積みした件の同人誌が、腐った女性たちにガンガン捌けて行くのを見てしまうと『俺の読者って俺自身が考えてる層と違うのかな』とか深刻に考えちゃったりして、ね……

 まぁ洋の東西問わず、戦国時代において衆道は普通に将帥の嗜みだった側面もあるし……自分の原作版を青少年向けの『マイルド仕様』だと思えば……ね。

 

「というか、馬関連からネタ引っ張って来たり出来ません?

 割と騎兵戦とか馬を世話してる下準備の描写とか好評ですよ? なんなら馬主関係とかでネタになりそうな人、沢山いるじゃないですか……」

「そんな恐ろしい方面、とてもとても恐ろしくてネタには……あー……戦後の話とかにするのはいいかもなー」

「戦後、ですか?」

「ほら、戦場で重宝される馬と。競馬場で重宝される馬の違い、って奴」

「あー……」

 

 重輓馬……農高に居たペルシュロンを思い出す。

 何だかんだと一番俺に馴れてくれて、カワイイ奴だったなぁ……体重1.2トンの黒王号のよーなムキムキバディに、体育の新城先生が学園祭でラオウのコスプレして乗ってくれたのは、良い思い出である。……どう見てもラオウというより山のフドウだったけど。

 

「あー、そういえば、魔力付与された馬鎧と、ユニコーンの話とか出したっけ……ああ、ユニコーンネタとか面白いかも!」

「え?」

「『14歳のあの日、森でユニコーンに認められた私は、羨望の目で見られた。

 あれから14年、今でも私は(ユニコーン)に乗り続けている。

 そして、何時しか周囲の眼差しから羨望は消え、微妙に哀れみの混ざったモノに変わっていった』とか♪

 同じ年の友人や同期が恋人が出来たり寿退職して子供が生まれたりしている中で、国防的な意味でも色々な意味で逃げられなくなっちゃった『28歳独身女騎士隊長の憂鬱』とかどうです?」

「…………あの、」

「で、戦力としては貴重な上に、家の跡継ぎは居るから、いっそBBAになるまで頑張ってもらおうと思っている実家や王家とか、人間に対してロクでもない事考えてるユニコーン(スケベツノウマ)の、割とどろんどろんな話を……」

「先生……ソレを今の私に相談しますか?」

 

 何故か据わった目をしているが。

 今の俺はそんなん知ったこっちゃない程度には、作家として追い詰められていた。

 

「割と参考になりやすそうな意見がありそうなので、話振ってみたんですがマズかったですか? 男性側としては色々と面白キッツいネタは出せるんですが、女性側の危機意識のイメージをもう少し詰めて考えたいんですよ。

 ああ、いっそ喪女拗らせたユニコーン乗りが、危機感のあまりショタっ子誘拐事件を起こしちゃう話とかもアリかな……」

 

 なので……

 

「……話すのは構いませんが、後で『責任』取ってくださいね?」

「はいはい。後で魔王でも伊蔵でも山崎25年でもおごりますとも」

 

 今、この瞬間に。

 

 外堀と内堀が完全に埋まり、城門全部が爆砕突破されてしまった事に、気がつかないまま。

 西船橋から中山競馬場に突っ走るタクシーの中で、俺の人生の重大な岐路が決定したのだった。

 

 

 

「ああ、勇気が要るなぁ……」

 

 中山競馬場の馬主専用駐車場からタクシーを降りて、受付までの馬主専用通路を歩く。

 毎度毎度、気が重い。

 

 というか……

 

「中山かぁ……」

 

 脳裏に浮かぶのは、あの皐月賞……そう、皐月賞である。

 

 無論、走るのはクアッドだ。鞍上も館さんだ。

 出走する馬たちのレースをそれぞれ見たが、ディープのような『正真正銘のお化け』も居ない。

 あの時とは、状況も相手も全然違う。

 

 そう……

 

(あの頃は『面白い経歴の若造』扱いだったんだよなぁ……)

 

 一昨年の朝日杯や去年の宝塚の扱いを思い出すと。

 割と珍獣扱いでも、受け入れられてはいたよなぁ……今や完全に、妖怪みたいな爺さんたちの集まりの中で、『お馬の妖怪小僧』扱いである。

 

 ……いっそ、下駄履いてちゃんちゃんこ着て馬主席行ったろか。

 

 などと考えていると。

 

「やあ、初めまして」

「あ、こちらこそ、はじめまして!」

 

 馬主席でのあいさつ回りの最中に、それはそれは珍しいオーナー様に声をかけられた。

 

「いつもクラスメイトたちがお世話になってます」

「いえいえ。こちらこそ、競馬界の麒麟児に一度お会いしてみたかったんですよ」

 

 柔和なご老人……馬産関係者ならば誰もが知るVIPの一人である、松基オーナー様その人だった。

 ……って、麒麟児? 誰が!?……ああ、まあ、そういう事にしておこう。

 

「いやぁ……ドトウ以来、なかなかクラシックや中長距離のGⅠに縁が無くてねぇ。

 ようやっと君に会えたよ」

「あ、サムソンでしょ?

 幾つかレースチェックしましたけど、良い走りしますよねー……オペラハウスの産駒で、GⅠ来たのって、オペラオー以来でしたっけ?」

「えー、チェックしてるの?」

「そりゃあ、ウチと一緒でサンデーの絡まない珍しい血統だし。

 あと正直、去年、脳天気にディープ相手に突っ込んで痛い目も見たんで、あのクラスの『お化け』が出るようなら、最悪、出走回避を指示しないとダメだと思っていますから」

「ほぉ……噂にも聞いてたけど、慎重だねぇ……」

「だってあの事故の直後『責任者ぶん殴ってやりたい』と思ったんですけど。

 考えれば考えるほど、ぶん殴る先に思い浮かぶのが、自分の顔しか出て来ないんですもん」

「ぉ…凄いね」

「え?」

 

 松基オーナーの賞賛に首を傾げていると。

 

「『そこで自分の顔が浮かんでくる事が』だよ。

 君くらいの若い子だと、普通は騎手や調教師に八つ当たりしそうなモンだけど」

「いや、松基オーナーと違って、自分は調教師の先生や騎手に、自分の()の面倒見てもらうために『お願い』しなきゃいけない立場の零細馬主ですし。

 だから『勝つの負けるの』ならまだ良いんですけど。『生きるの死ぬの』なんて勝負は、馬主権限使ってでも止めなきゃダメだな、と」

「なるほど。好きなんだねぇ、馬」

「ええ。……正直、こんなGⅠに来る事自体が、完全に計算違いなんですけど」

「ああ、インタビュー見たけど『オープンから先は考えてなかった』って。

 アレ、本当だったんだ」

「はい。オープンまで行ければ、馬自身の賞金で彼らの老後が何とかなりそうだったので……正直、自分のやっている事って、松基オーナーの縮小版というか、スケールダウン版というか……その程度のつもりでいたんですよ」

 

 そう。

 篤志家として、年に十何頭も発生する自らの引退馬全ての面倒を見続けている松基オーナーに対し。

 自分の場合は、現時点でキッドとクアッドとリンと……まあ、お財布に余裕が出たので、レイヴンカレン産駒を買い占めて、老後の面倒を見られればなー、くらいの雑な計画をしている程度である。……無論の事、暴騰した産駒価格の前に、早々に計画は頓挫する事になるのだが、それは兎も角。

 

「なるほどねぇ……そういえば、幼駒の頃のディープを見て『欲しい』って言ったって、本当?」

「一応、本当ですけど、証明が出来ないです。自分自身も賢介の奴から突っ込まれるまで、忘れていたくらいですし、もう風聞かホラだと思って頂ければ」

「ふむ……じゃあ『ジャパンカップの』単勝転がしの話とかも、本当?」

 

 げっ……

 

「……なるべくソレはご内密に……もう二度とやりません」

「いや、なんでやったの?」

「その……キッドってあの時までGⅠで一番人気取った事無かったんですよ。

 それで……まあ、客観的評価の意味も意義も理解はしているんですが、それでも馬主って全員『自分の馬がナンバーワンだ!』って思っているワケじゃないですか。

 だから……ついワガママを……ええ、もう二度とやりません」

「はっはっは! 一着だけじゃなくて一番人気まで欲しかった、と?」

「はい、強欲が過ぎました……もう馬券は遊ぶダケにします」

「それで勝っちゃうんだから凄いよ! はっはっはっはっは!」

 

 などと。

 ひとしきり、時候の挨拶とか噂の真偽とか、お互いの認識の擦り合わせみたいな感じのやり取りをする中で。

 

「そういえば、キッドが凱旋門に行くって本当?」

「あー……まあ、春天か宝塚に勝てれば、ですかね。ディープも確実に出て来るんで」

「ふむ。いや、私としても、凱旋門にキッドは行って欲しいとは思っているんだけどね」

「日本競馬の浪漫、ですか?」

「まあ、それもあるんだけど……さて……どう伝えるべきか……」

 

 何か、言いよどむ松基オーナーが、

 

「若い君には『汚い事』のように思われるかもしれんが……その、他の馬主や調教師が、少し『諦めはじめている』のが気になってね……」

 

 意を決したように発したその言葉に、俺は全てを悟った。

 

「あっ! あー、あー……そうか、しまったなぁ……そりゃ『凱旋門に行け』って話にもなりますよねぇ」

「え? 分かるの?」

「そりゃあ、格闘ゲームの隆盛と衰退を、体験者として直で目の当たりにしている世代ですから。

 『対戦ゲーム』って『競う相手有ってのモノ』ですし……今、格ゲー頼みだったゲーセンが、バンバン潰れているのを目の当たりにしてますから」

「ほぉ……」

 

 迂闊だった。

 言われてみりゃあ、今のキッドの立ち位置って、完全に戸愚呂(弟)か浦飯じゃん……そら『トンネル空けて魔界(かいがい)に行け』って言われるワ。

 正直、俺自身はキッドの事しか考えてなかったけど、そりゃ周囲にとっちゃ大迷惑だわなぁ。

 

 ……あー、そうか、オペラオーが人気が無かった理由って、そーいう部分も……

 そらドトウやトプロあたり以外の馬主やファンたちからすれば『ソニック連打からのサマー』くらい『どーせいっちゅーねん!』って話になるよね。

 

「えーと、凱旋門行く事自体は吝かじゃあないにしても……んー、難しい話になって来たなぁ……」

「え、何が?」

「あー、その……まあ、石河厩舎が弱小厩舎である以上、どこか他所の……多分、ディープの所の厩舎と、合同で行く話になるとは思うんですよ」

「ふむ、そうだろうね?」

「で、まぁ……直接は向こうに言えないんですが、最悪、キッドがラビットにされる懸念が、ね……正直『勝負を挑んで結果として負けるの』はいいんですけど、初手から『誰かの勝利のための踏み台に突っ込まされる』ってのは、ちょっと避けたいんですよ」

「ああ、なるほど……それ、伝えておこうか?」

「いや、口約束なら幾らでも出来るからこそ、今年の『春天か宝塚』なんですよ。

 ちゃんと実力でディープとの力の差を覆せる部分を、どちらかでも証明できるのならば……って部分もありまして」

 

 っつーか、何となく、薄々感づいたんだけど。

 これ、松基オーナーだけじゃなくて、他の馬主様たちからも含めた凱旋門行き(どっかいけ)のオファーじゃね?

 

「ええ、ディープとは一勝一引き分けで、キッドがリードしているけど?」

「はっきり言って、去年の皐月は奇襲勝ちで、有馬は枠順に恵まれたラッキーです。

 正直、自画自賛を承知で、ダービーと菊を回避したのは、我ながら英断だったと思っています。あの時点だと、ダービーか菊のどっちか、あるいは両方でボロ負けしていた可能性が高いです」

「それが君の見立て、と?」

「12連勝ったって、限りなく綱渡りなレース、何度もありましたから……っと、しまった。

 ごめんなさい、つい熱くなって。『今日はクアッドのレースでした』。そっちの心配しないとクアッドが拗ねる」

「ああ、いや、すまんね。私もつい……そうだね、私もサムソンの心配をしないとね」

 

 そんな風にやり取りを繰り返してるうちに。

 

 本日のメインレース……皐月賞のパドックの準備が整ったアナウンスが、馬主席に告げられるのであった。

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