Re:escapers   作:闇憑

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中山競馬場 第11レース 第66回皐月賞(GⅠ)その3

 レースが始まってゲートが開いた直後から。

 馬主席で観戦していた俺の、嫌な予感は的中した。

 

『スタートしました、11番ステキシンスケクン好スタート! さらに中から3番ナイアガラが上がって来る!』

 

 即ち。

 多分、おそらく、状況に合わせた、即興でのクアッド封じに『他陣営すべてが』動き始めた事だった。

 

『7番クアッドターボは後方から三番手。その外に12番サクラメガワンダー、最後方に14番スーパーホーネット』

 

 一応、クアッドのポジション的に、外側からのスタートで、最後方のグループに付けてる……のはいいのだが。

 12番のサクラメガワンダーが、更に外側から真横にびったり張り付いて来て、その上前のグループが完全に団子の壁状態である。

 

「キッドの札幌記念にならないといいけど……」

 

 っていうか……じりじりと内側に追い込まれてない、クアッド?

 

 下がろうとしても、前に出ようとしても。

 徹底的に塞がれて、内側しか進路が無い状況に追い込まれていくクアッドの姿が、向こう正面を映したモニターに示されてまして。……っていうか、二頭くらい、完全に捨て身でマークしに来てないか!?

 

 い、いや、大丈夫、大丈夫、館さんだし。

 と、やきもきしながら、俺はモニターを睨み続け……

 

『さあ、第四コーナーに入って、ドリームパスポートが先頭で突っ込んで来た!!

 クアッドターボが群れの中! クアッドは来ないのか! 残り310メートル!!」

 

 ああ、だめだ!

 

 馬主席で、上から俯瞰して見ているからこそ。

 そして多分、どんなベテランでも、レース後にしか見ることが出来ない視点だからこそ。

 第三コーナーから、第四コーナーのポジション取りで、クアッドが『頭まで罠にはまった』瞬間が、まざまざと見えてしまった。

 

「最後の直線、クアッドターボが上がって来たが前が壁!

 その間に外からサムソンが来た! 外からサムソンが迫る! 残り200メートルを切った!」

 

 馬群の中で四苦八苦するクアッド。

 うん、仕方ない、良くやっ……て、えええええ!?

 

「クアッドが抜けた! 来た! 来た! 来た! しかし外からサムソンだ!」

 

 嘘ぉ?

 多分、鞍上の超絶技巧の類なのだろうが……本当に一瞬の隙間を縫って、クアッドが馬群を割って、抜け出したのだ!

 

「行けっ、クアッド!」

「そこだっ! 差し切れ!」

 

 だが……

 

『だが勢いはサムソンだ、外からサムソン抜け出して一着ゴール!! クアッドターボ二着! 三着にドリームパスポート!!

 皐月の栄光を掴んだのはメイショウサムソン!!』

 

 あぁ、くそ……ここまでか。

 

『おおおおお!!』

 

 地鳴りのような歓声が、馬主席『からも』響く中。

 俺は両手で顔を覆いながら、天を仰いで……それが『悔しさ』だと、久方ぶりに自覚する事となった。

 

 

 

 騒然となった馬主席で、滝のような拍手が鳴り響く。

 

 ……っつーか。

 馬主席全体が、その……昔、俺がゲーセンで50連勝くらいしまくって、最後に負けた時のような空気なのは、多分、気のせいじゃないハズだ……

 

「おめでとうございます! 松基オーナー!」

 

 そんな中。

 心から俺もサムソンのオーナーへと祝福の拍手を送る。

 

「はっはっは。ようやっと、古参の先達としての面目を保てたよ」

「あぁ……はい……負けました。流石に兄弟二年連続の皐月は無理がありましたね」

「いや、強かったよ、クアッド。あの状況から壁を抜けて二着に迫って来ただけでも凄いよ」

 

 いや、ホント……カオスだよ。

 想定を外したであろう騎手たちが、それでも最後っ屁とばかりに集団で封をしにクアッドにタカリに来て、最後の直線は、がっつり壁の中だもんな……

 それでもあれだけの馬群の間隙を縫って二着に入っただけでも、めっけものだし、むしろソコは館騎手の技量だろう。

 

 ……というか。

 

 キッドと違って。

 馬群の中に埋もれていても、ちゃんと真面目にレースしてくれて、ホンッッッッットに良かったよ。いやマジで。

 ……だってアイツだったら今頃、もっと滅茶苦茶なレースになっていただろう事は確定だしなぁ。

 

 で。

 二着入りを褒めるために、階下に降りて親父さんや館さんに会いに行くと……

 

「えっ、ええええ?

 くっ、クアッド!? 脚、大丈夫なの!?」

 

 レース直後で鼻息も荒い状態のクアッド。

 その四本の足元は、想像以上の無数の細かい傷で、血まみれだった、

 

「え?

 ああ、蜂屋オーナーは普段、キッドの大逃げしか見てないから、こういうのを見るのは初めてか」

「馬群で揉まれた馬の足元って、蹄が擦れたりしてこうなるんだよ。

 葦毛で血の赤色が派手に目立つダケで、筋や骨は無事っぽいし、薬塗って包帯巻いておけば、暫くすれば治るよ」

「いや、だからって……うん、はい。信じます」

 

 プロである親父さんや賢介の判断に、うろたえるド素人馬主。

 

 最後の直線。

 オペラオー張りの壁破りを敢行したはいいが、そこで力尽きた原因はこれか、と納得させられた。

 

 ……そらそうだよ、足元がこんなになっちゃ……ああ、キッドの札幌記念の時は、囲まれた途端に、キチゲ全開で威嚇しまくって周囲がドン引いていたから、あの程度で済んでたのか。

 

「申し訳ありません。連勝記録を途切れさせてしまって」

 

 と。

 検量その他が終わったのか、館騎手が、俺に頭を下げてくる

 

「いや、連勝ったって4連勝ですし、二着に入れば上等ですよ。

 皐月でこれだけの結果出せて、ダービーの優先出走権もゲット出来ましたし」

「え、いや、そうじゃなくて……あの、オーナー、自分が『馬主になって初めて負けたの』気がついていますよね?」

 

 そう指摘されて、俺はようやっと気が付いた。

 

「……え? あ。あー……そういえば、そう、でしたね。

 ただ、まあ、その……なんというか……『ずっと負けない』なんて有り得ないですから、来るべきモノが来ただけですし、気にしないで下さい。

 というか……凄く、言いにくいんですけど、ある意味ほっとしてたりするんですよ。オペラオーに乗ってた戸田騎手の気持ちが、少し分かった気がします。

 去年の最初の内は良かったんですが、最近は馬主席での嫉妬の目線が怖くて……少し、肩の荷が下りました」

 

 と、そんな風に答えると。

 

「はは、それを言っちゃうと一流にはなれませんよ?」

「作家としては兎も角、馬主としては一流じゃなくていいです。

 ゲームも賭け事も、ぼちぼち楽しむのが一番です」

 

 その言葉に。

 館騎手どころか、親父さんや賢介含めた周囲の人間が。

 全員そろいも揃って『嘘つけ、妖怪小僧』と目線で訴えて来たのだ。

 

「いや、だって。

 最近の馬主席って、ガキの頃ゲーセンでヤンキー軍団相手に、ザンギやホークで50連勝した時よりもおっかなかったんだもん!」

「ゲーセン……」

「あー……昔、小学校の頃、通ってたゲームセンターって、あまり治安が良くなくて。

 格闘ゲームでも10連勝超えちゃうと、リアルファイトに発展する確率が上がるんですよ。

 そういう時は、もう空気を読んで台放り出してバックレるしかないんですけど、馬主席って色々な意味で、逃げるに逃げられなくて……ホンモノの鉄火場を駆け抜けている騎手の方々からすれば、チャチな話かもしれませんけど」

 

 我ながら情けないのは承知の上だが。

 本気でおっかなかった事を心情として伝えると。

 

「ああ、何となく分かります……」

「馬主席じゃありませんけど、いっぺん首絞められましたからね、爺様たちに。

 ……やっぱ、勝負事って、最後はリアルファイトが付いて回りますから、程ほどが一番ですし、重要なのは退き際かなー、と」

 

 と……

 

「蜂屋……あのな? あえてこの場で、友人(ツレ)として言わせてもらうが。

 ここまで日本競馬会を荒らしまわった末に、皐月で二着に『負けた事』がニュースになるお前が『ホドホド』とか、何言っとるんじゃ」

 

 賢介の奴が、強烈なツッコミを入れて来るも。

 

「いや、ホント怖かったんだって!

 もう全員『目が笑ってない』なんてレベルを遥かに通り越してるんだもん。

 っつか、お前来れないから知らないだろうけど、馬主席の空気、凄い事になってんだぞ?

 ゲーセンで50人抜きの後で負けた時みたいな空気で、周囲が『やったー!!』『勝ったー!!』って。

 ……プロゲーマーじゃあるまいに、マジでそんな感じだったんだぞ?」

「ほぼ同類だよ」

「おおい!?

 俺、3年生! アイ、アム、所有馬3頭しかいない、零細馬主の馬主歴3年生!」

 

 そんな風に必死の顔で言い訳するも。

 賢介の奴の、デスブローの如きツッコミは止まらない。

 

「あのな。

 『複数のGⅠ含む年間無敗』なんて狂った所業をキメた段階で、俺含めて『タダの若手零細馬主』なんて見ちゃいないし。

 だから妖怪ごとキッド凱旋門に突っ込ませようか、って話が出て来たんじゃないか」

「いや、キッドやクアッドが凄いダケだって!

 二頭共に、それなりに長い付き合いでイケると思ったから買ったダケだって」

「ディープやリンの才能を、初見で見抜いといて何言ってんだ。

 もうとっくに言い訳なんて出来ねーぞ?」

「やめろ、俺の精神的な逃げ場を奪うんじゃねぇ!」

 

 と。

 にこやかな笑顔で、肩にポン、と手を置いて。

 

「そんなもん、とっくにねーよ。諦めろ。俺も丸刈りで覚悟を決めたから」

「鬼かお前は!」

 

 笑顔で退路をぶった切って来る親友に、恐々と叫ぶ俺だった。

 

 ……おかしい。

 忠告に従って、退路を常に考えて行動していたハズなのに。

 

 逃げ場が……逃げ場が、凄い勢いで消えて無くなって行く……

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