小学5年の二学期が始まってすぐの事だ。俺は親と共に漢字検定のお金を入金するために郵便局へと来ていた。
自分の事であるにも関わらず、俺は局内のベンチに座ってその頃からの愛読書だった銃器名鑑を読んでいた。かなり分厚い本だった気がした。
隣を見れば同じクラスの俺の数少ない友達の朝田さんが本を読んでいた。途中で本を読むのに飽きてきて、朝田さんも本を読むのに珍しく飽きたようだったから俺と朝田さんはしばらく話していた。
キィ……とドアが鳴る音を聞いて俺と朝田さんは入ってきた1人の男を見た。灰色っぽい服装で片手にボストンバッグを持った中年の痩せ男だった。
男は入り口で足を止めて局内をぐるりと見回した。一瞬、その男と目が合った。その目の真っ黒の瞳はせわしなく動いていた。焦点が定まって居ない……これは薬か何かやっているというのは警察24時などのテレビ番組を見ていて知識として理解していた。
男は貯蓄を落とそうとしていたであろう朝田さんの母を突き飛ばし、ボストンバッグをカウンターに置くとその中から黒い物を取り出した。
一瞬しか見えなかったが、銃器名鑑を見ていた俺はそれを見た瞬間それが銃だというのが分かったし名前も分かった。
──その名を《五四式・黒星(ヘイシン)》──
元はソ連で使われていた物を中国がコピーした自動拳銃だ。通常の拳銃よりも火薬量が多く、初速は音速を超える弾を撃つ。そんな銃を男は右手で持ち、男性局員に突き付けた。
その瞬間に漸く俺は理解した。コイツは強盗だと。
「この鞄に金を入れろ!ありったけ全部だ!!」
男性局員がそう言われるとぎこちない動きで鞄に札束を詰めていく。
そして次の瞬間。
パァンッ!
耳が痛くなる破裂音が耳につんざき、その次にキンと排出された空薬莢が床に落ちた音が聞こえた。
強盗の持っていた銃の銃口の先にはお金を詰めていた男性局員がシャツの胸の中心部分にある赤い染みの所を両手で押さえていた。
「ボタンを押そうとするんじゃねぇ!」
男性局員は胸を押さえながら横に倒れていった。
「チッ!」
強盗は局内をぐるりと見回すとカウンターの奥にいる女性局員2人に銃を向けながら言った。
「おい、お前!こっち来て金を詰めろ!」
そんな事を言われても女性局員は動ける筈もなく、2人固まった立ち尽くしていた。
「早く来い!!」
強盗の声が響いたが女性局員は細かく首を振るうだけで動こうとしなかった。
男はもう1人撃とうと思ったのか職員のいるカウンターではなく、客用スペースを向いた。そうして狙いを着けたのは宙に虚ろな視線を向ける朝田さんの母だった。
次の瞬間、俺と朝田さんはほぼ同時に走り出した。朝田さんは右手首に噛み付き、俺は強盗に右肩からタックルを喰らわせた。
いくら子供と言えども噛み付かれ若干後ろに仰け反っていたその体勢では耐えることは出来なかったようで、強盗は後ろ方向に倒れた。
倒れるのとほぼ同時に強盗は腕を朝田さんごと振るって朝田さんをはずした。それと共に右手の銃も放してしまったようで黒星は朝田さんの前に転がっていた。
朝田さんはその銃を両手で持って強盗に向けた。強盗は倒れた状態から急いで起き上がり、朝田さんの持っている銃を取ろうとしたが、強盗が朝田さんの手を握り、銃から手を放させようとした瞬間
パァンッ
二度目の銃声が響いた。
その後、更に二回銃声が鳴ると強盗は倒れた。強盗の顔を見れば眉間の所に穴が空いていた。
※─※─※
「はぁ……」
俺は教室の前の廊下に立って溜め息を吐いた。親の都合で引っ越しをすることになり、高校の編入試験を受けてなんとかそれをクリアし今日からこの新しい学校に通うのだ。
ついでに親は俺にアパートの部屋を与えて親は借家を借りた。俺が邪魔だったんだろうか……いや、どうでも良いけど。
「──では、入って来い」
担任にそう言われると俺は教室のドアを開けてクラスに入った。ホワイトボードには担任の男が書いたであろう俺の名前が綺麗な字で書かれていた。見掛けによらず丁寧な字だと俺は思った。
俺はクラスの生徒が見えるようにそちらを向くと自己紹介をした。
「神那岐(かんなぎ) 汐耶(しおや)と言います。趣味は読者、好きな物は──」
銃です、と言おうとしたところで俺は一瞬留まった。何故ならあの事件以来話すことが無くなった朝田さんが居たからだ。
「──ま、特にはありません。あえて言うならミリタリー関係って事にしておいてください。では、これからよろしくお願いします」
銃が好きだと言うのを留まった理由、それは朝田さんを思っての事だ。
あの事件以来、朝田さんは虐めにあっていた。銃で人を殺した、人殺しだ……そんなのは小さな町では一瞬で広がった。正当防衛だろうが何だろうが人殺しだ。そんな理由で虐めにあっていた。
朝田さんを助けようと声を掛けたが『放っておいて』とピシャリと言われた。
「じゃ、席は……」
クラスを見回して担任が空いている席に行かせようとしたとき、担任は席がどこかと言うのを止めた。担任の視線の先には空いている席では無く、その右隣の席に座っている朝田さんだ。左の廊下側の席も空いているが恐らく不登校が居るのだろう。
見れば周囲の視線も朝田さんに向かっている。あの視線……どこかで……。
そこで漸く俺は気が付いた。クラスメートの視線、それは犯罪者を見るような目だ。担任は流石にそんな目では無いが、何かを……確実に蔑む目を抑えるような目だった。
これが示す事はただ一つ、朝田さんの過去を知っている者がそれを言い触らしたという事だろう。最近、マスゴミの情報のみならず普通の奴らの情報ですら疑いなく信じる傾向があるから困った物だ……。
「チッ……」
俺は小さく、しかし一番前の列や担任には聞こえるような苛立ちを込めた舌打ちをして窓際の一番後ろの席に座った。
「あの……」
朝田さんが声を掛けてきたが今の所は朝田さんに誤解されようが何しようが無視だ。話すのは授業中、特に世の中で使わないだろうと思われる歴史の時間だ。朝田さんも中学の頃は適当にしか受けてなかったからな。
話し方は……筆談で問題ないだろう。切欠は……資料集がないって事で問題ない。
※─※─※
そうして午前の3時限目、歴史の時間。
「では、資料集を出して下さい」
歴史の担任はお爺さんだった。何気にラッキーだね。
そこで俺は朝田さんに話し掛ける。
「あのさ……」
「何?」
「資料集持ってきてなくて……見せてくれない?」
俺がそう言うと朝田さんは無言で机をこちらに寄せて来た。俺も席をくっつけるように机を寄せる。
俺が席をくっつけると朝田さんはルーズリーフを一枚取り出して何かを書くと此方に見せた。1行目にはこう書かれていた。
『久しぶり』
俺はその2行目から返事を書いた。
『久しぶり。何やらクラスでやらかした様だね。この分で行けば、全校に広まってる感じかな?』
朝田さんは目を見開き返事を書く。
『何で分かったの?』
『クラスの雰囲気、あとクラス委員長から聞いた話と一番朝田さんに蔑む目を送っていた女子3人からの垂れ込み情報。よく全員あんな情報を信じられたなー……と思いつつ聞いてた』
『それで?』
『ま、偶然にも同じ学校同じクラスだ、よろしくね朝田さんm(_ _)m』
筆談で顔文字……良いよね。
『変わってないね……あの頃から』
『あの頃は大変だったよね~。俺の地道な草の根外交も功を為さなかったし』
『草の根外交?』
『クラスへ真実を伝えただけ』
『しなくて良いって言ったのに』
『当事者ですし。友人を助けるのは義務ですので(^_^;)』
朝田さんははにかむような笑みを浮かべた。自然な、故意に出した笑顔ではない、極々自然な笑顔だ。
『ところで、銃器名鑑は読まないの?あの頃の愛読書だったよね?』
『ん……ま、ちょっとね』
『別に読んでも良いのに』
心を見透かされた気分だな。小学の頃からそんな感じだったし。
『ま、なら読むよ。最近は真面目にミリタリー……って言っても銃器と戦闘機だけどね……に興味があってね』
『てことは自衛隊志望?』
残念、外れだね。
『いや、普通の会社に就職する予定だよ。まぁ、直で就職じゃなくて専門学校に行ってからだけどね』
『そうなんだ』
キーンコーンカーンコーン
ここで授業終了の鐘が鳴る。何気にタイミングが良いのか悪いのか分からんな……。
「起立、礼!」
授業が終わると俺と朝田さんは席を戻して次の授業の用意をする。
用意が終わると俺は机の横に掛けていた鞄から愛読書の銃器名鑑(三代目)を取り出して読み始める。
「お?転校生は銃とか好きなんだぁ……隣の朝田もさぁ、銃見て吐くぐらい好きだからもしかしたら気が合うんじゃね?」
確か遠藤とかっていう奴が突っかかって来た。読むのを止めてたのはこうなるのが嫌だったからだよ……まったく。
「そうだねぇ~……気は合うかも知れないねぇ~……ねぇ、朝田さん?」
朝田さんは読んでいた本を読みながら答えた。
「そうね」
俺は銃器名鑑を閉じて朝田さんに右手を差し出した。
「よろしく」
朝田さんも右手を差し出して俺の右手を握った。
「はぁっ!?馬鹿じゃねぇの?朝田は人殺しだぞ?」
「んでどうしたの?」
「そいつは根っからの犯罪者なんだってのが分かんねーのか?」
人1人を正当防衛で殺して人殺しって馬鹿じゃね?
「馬鹿が居る。この場に馬鹿がいらっしゃる……」
「どういうこことだよ?」
「しっかりと朝田さんの件について調べ直しやがれ。馬鹿共」
俺は本を開き読み始めた。
……これから頑張ります。