炎龍戦のお話
「あらら……伊丹の兄ちゃん、変な人に絡まれてら」
そう言うのは、異能力者達が乗り込んでいる装甲車のルーフに座り込んで周囲を警戒する男は、前方に位置する車両に乗っている男の名前を呟きながら状況を観察していた。
その呟きが聞こえたのか、運転席から顔を出した竜司が声を掛ける。
「あぁん? 伊丹がどうしたってんだ?」
「伊丹の兄ちゃんが、なんかすっげぇ美人な女の人に絡まれてんだよ」
「あぁ、あのおっかない姉ちゃんか」
「あんなデカいハルバードを片手で持つなんてスゲェ筋力だぜ。あの細腕のどこにそんな筋肉が詰まっているのか……」
そう冷静に分析する男。
名を
それなりに伸ばしたというか、めんどくさくて切らなかったらここまで伸びてましたという具合のボサボサした黒髪を風になびかせ、日本人らしい黒目を遠くを見るように目を細めている。
樹の身長は、座っているためよく分からないが、おそらく百六十半ば程度の身長だろう。
そんな彼の服装は、一般的な異能力者達の隊服である黒い作業服ではなく、少し改造された隊服だった。
半袖半ズボンのラフな格好に、背中には鞘に納められた刀がある。
靴も改造されており、本来なら脛までを覆っているコンバットブーツのようなものではなく、スニーカーのようなもの。
一見、コスプレか何かだと思われそうだが、これでもれっきとした隊服なのだ。
実は、異能力者の隊服というのは、一定以上の階級になる、もしくは大量の資金を払うことで改造することができるのだ。
そのため、異能力者の間では隊服を改造しているというのは、一種のステータスとして認識されている。
もちろん、金を積むことで改造した者もいるが、そういった者達は未熟というわけではなく、むしろ修羅場を潜ってきたことで資金を調達し、その末に改造したとなればむしろ隊服の方が見劣りしてしまうだろうほどの実力を持っているはずだ。
ということは、樹は異能力者の中でもちゃんとした実力を持っているという証明であった。
実際、樹の階級は若いながらも〝上級〟に位置する実力者である。
今回の派遣のメンバーでは上から二番目に高い実力を持つ異能力者であった。
ちなみに、一番は竜司である。
そんな樹は、何かを感じ取ったのか目を据わらせて、匂いを嗅ぐようにして鼻をスンッと鳴らすと、運転席の竜司に声を掛ける。
「……なぁおっさん……ちっとばかし嫌な予感がするんだが……」
「奇遇だな。俺もだ」
樹の言ったことに竜司が同意する。
「いやな予感がする」
その直感は意外と早く的中した。
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「うわぁ!?」
「きゃあっ!?」
「ぬおっ!?」
「イテッ!?」
「しっかり捕まってろよ!」
エンジンが唸りを上げ、避難民を乗せた装甲車を加速させる。
ハンドルを握るのはもちろん竜司だ。
竜司はその巧みなハンドリングで避難民の多く乗った装甲車を右に左に動かしていく。
車内に収容されていた女、子供、老人はその急ハンドルと加速に振り回され、あちこちに体や頭をぶつけていたが、歯を食いしばって懸命に耐えている。
車窓から見えるのは、逃げ惑うコダ村の人々。
そして、それを覆う黒い影。
炎龍である。
コダ村を脱出して3日、どうやら無事に炎龍の活動域を脱出できたと思った矢先に、唐突に現れた炎龍が、獲物を見つけたとばかりに避難民達に襲い掛かってきたのだ。
炎龍がここまで進出してきたのにはそれなりの理由がある。
炎龍出現の知らせを聞いたコダ村とその付近の村落の住民達が一斉に避難し、巣の周囲では餌となる人間やエルフを見つけることが出来なくなってしまったのだ。
そのため、わずかな臭いを頼りに、人間がいるであろう地域まで遠出してきた。
そして、避難に手間取った挙句、多量の荷物を抱えていたが為に移動速度の遅くなっていたコダ村の村民に狙いを定めたのである。
「怪物退治は俺等の仕事だが、タイミングが悪すぎるんだよ!!」
天空を飛翔する炎龍に向かって、怒りのままに恨み節を吐き捨てる竜司。
確かに、異能力者というものは怪物退治を生業とする職業だ。
しかし、こうも避難民を抱えた状態で戦えるかどうかと言われると否定せざるを得ない。
確かに竜司は強い。
なにせ、数多くいる異能力者の中でも〝特級〟の称号を持っているのだから。
だが、竜司の本来の強さと今の状況は別物だ。
そして、今の竜司が目標としているのは、この避難民を守り抜き炎龍を振り切ること。
決して、戦うわけではないのだ。
そんな時に炎龍が、蹲って動かなくなった村人に狙いを定めて襲い掛かろうとする。
あわや、喰い殺される。
と思ったその時であった。
「うわっ!?」
「飛ぶよっ!」
目を見張るような速さで接近した樹が、村人を抱えて飛び上がる。
その際、樹の体から風が吹き出され、飛び上がった樹の体を加速させた。
そのおかげで間一髪、炎龍の攻撃から逃れられる。
そして、誰もいなくなったことで攻撃を外した炎龍は、苛立たしげに飛び去る樹を見ようとしたが、その背中を無数の弾丸が叩いた。
炎龍が振り向くと、そこには伊丹達が乗る装甲車がある。
「全然、効いてないっすよっ!!」
「かまうな!! 当て続けろ!! 撃て撃て撃て!」
効いていないと言う
巨大な体と強靭な鱗を持つ炎龍には、遊戯用空気銃のBB弾程度の威力しかないとはいえ、それでも感覚はあるはずと部下達に命令を下す。
浴びせられる銃弾に、さしもの炎龍も辟易した様子を見せる。
その様子を、炎龍の注意から外れた車内で見ていた竜司は感嘆とした声を上げる。
「さすがの自衛隊様だ! この状況にも対応するなんてな!」
思わず血が騒いでしまったと心の中で呟き、興奮したように戦っている様子を見つめながら装甲車のハンドルを操作して、炎龍からどんどん距離を取っていく。
そんな竜司の乗る装甲車の屋根に村人を担いだ樹が降り立つ。
「どうだった坊主!? 攻撃の効き具合は!?」
「でけぇ声出すなって! やってみた結果としてはダメだ! お相手さんの〝神秘〟が強すぎて俺程度じゃ掠り傷一つ与えられねぇ!」
そう言った樹の手には刃こぼれした刀があった。
実は、今から数分ほど前に炎龍が襲い掛かってきたが、何も自衛隊だけが戦っているわけではない。
樹も含めた今回の遠征に参加している異能力者達は自衛隊よりも早く炎龍の接近を感知し、率先して攻撃を加えていたのだ。
しかし、樹が言った通り、異能力者と自衛隊の攻撃は中々通用せず、圧倒的な戦闘力を有するはずの異能力者達の攻撃が効いていなかったのである。
それには理由があった。
そもそも異能力者とは、異能という名称の力を使っているだけでその本質は〝魔法〟。
そして、炎龍はその名の通り、神秘の頂点である〝龍〟なのだ。
よくある幽霊を倒す物語では、その幽霊と近しい力で戦うものが多いと私は思う。
それは異能力者達も同じで、地球に時たま出現する怪物――〝怪異〟という存在と戦うために異能を使っている。
何故ならば、その怪異は魔力の籠ったものでない限り、掠り傷一つつけることなど出来ないという特性があるからだ。
怪異は幽霊のようなもので、その実態は魔力の塊。
魔力という不可思議なもので存在を固定しているからか、ただの拳銃などでは攻撃がすり抜けてしまう。
そのため、魔力で肉体を構成している怪異には、同じく魔力を纏ったもので対抗することが必須なのだ。
しかし、炎龍は怪異とは比べ物にならない存在だ。
怪異は肉体を持たないのに対し、炎龍は確かにその肉体を持っている。
これだけでも脅威なのだ。
さらに言えば、その存在の格は最高位の〝龍〟。
分からないという人に解説しよう。
先程、怪異を幽霊に例えたがそれに関してはほぼ間違いない。
怪異とは、〝地球〟とは別の世界――反転世界に存在する生物
生物らしきものと称したのは、彼等は生殖などせず、種によって特定の行動をする以外生物らしい行動を行わないからである。
一応、食事らしき行動をとるのだが、それの行動理由についても今だ分かっていない。
栄養を摂るためなのか、それともただ食らいついているだけなのか、それすら分かっていないのだ。
そして、怪異が生物らしくないとほぼ断言できるものの一つとして、「死亡した場合、肉体の一部の器官を除いて塵となってしまう」ということだ。
怪異は何のために生まれてきたのか分かっていない一方、その特徴から発見当初は非常に驚かれたようである。
幽霊は何かを依代にしているが、怪異も同じく何かを依代としている。
それが先ほど言った塵であるのだ。
こういった生物とは言い難い特徴を持っているため、更に
これらを踏まえて、炎龍に話を戻すと明らかに生物と言える行動をとっている。
「腹を空かせたから、人間を襲って食らう」という行動だ。
腹が減るということは、栄養を必要としているということ。
なら、怪異とは違い肉体を持っているということだ。
「肉体を持っているからどうしたのだ?」そう思う者もいるだろう。
だが、割と深刻な問題なのだ。
怪異というものは砂や塵を依代に、周囲の魔力を取り込むことでようやく形を保っている。
しかし、それらの脆すぎるものを依代にすると出来上がるものは貧弱でしかない。
更に、それらを維持するために膨大な魔力を必要とするため、魔力のない場所にでもいたらものの数秒で消滅してしまうのだ。
そのため、怪異はより強靭な依代を求めて地球にやって来る。
だが、炎龍は生まれながらにして肉体を持っている。
それも見上げるほど巨大で強靭な肉体を。
しかも依代ではなく自前のものだ。
怪異を「出来損ない」とするなら、ちゃんとした「完成品」が炎龍。
只人の魔力で掻き消えるような存在ではない。
例えるなら〝山〟だ。
魔法という神秘を炎龍に通すには、それこそ炎龍ほどではないにしろ強力な神秘が必要になってくる。
異能力者的に言えば、それこそ〝特級〟レベルでないと歯が立たない。
要するに、デカいものを動かすにはデカいものをぶつけねばならない理論で、今この場にいる異能力者では炎龍に歯が立たないのだ。
……もっと言えば、炎龍がとある神の加護を受けているため、並の異能力者では攻撃が聞かないというのも理由に入るのだが、今の彼等に走る由もない。
「やっぱりか! そいつぁ大物だな!」
「喜んでんじゃねぇよ!」
ハンドルを握りながらも、背後の戦場に思いを馳せる竜司。
久しぶりの大物に不思議と唇が弧を描く。
そんな時に、その背後から爆音が聞こえた。
「な、なんだぁ!?」
思わず驚いたように振り返る樹。
そこには、黒煙を上げている腕があった場所を抑えて苦しむ炎龍の姿があった。
一拍遅れて、地面に炎龍の腕が落ちる。
原因は、そう伊丹達自衛隊だ。
「なるほどっ! 神秘を圧し潰す現代兵器なら、神秘を無効化して通用するってなっ!」
そう興奮したように話す竜司の眼には、伊丹達の装甲車から今まで使っていた機関銃とは違う兵器が見えていた。
厚さ七十cmもの鉄板を貫通する能力のある、個人携行する火器としては凶悪な破壊力を有する武器である。
それならば、巨木のような炎龍の腕が千切れたとしても不思議ではないだろう。
しかし、巨木を切り落とすことならば樹ですら可能なことだ。
では何故、樹達異能力者の攻撃が効かなくて、伊丹達自衛隊の攻撃が効くのか?
それに関しても神秘云々が関係してくる。
神秘とは、過去の地球にもあったかもしれない「歴史の姿」のことだ。
時間が経るにつれ、昔は存在したかもしれない竜などは現代では見かけなくなってしまう。
これが神秘の減少に基づく、世界の変革だ。
そして、時代は人間の時代になっていく。
詳しいところは省くが、このことから神秘を無視して成長する人間の武器は〝神秘を無効化する力〟を得たのである。
……中には、神秘を無視する現代兵器を自身が持つ神秘で圧し潰してくる規格外がいるのだが……
おう、お前のことだよ総司令。
オホンッ……
そのため、伊丹達の武器が炎龍に通用したのである。
しかし、そんなことを知らない伊丹達は動きが止まってしまう。
その隙に、空に舞う炎龍。
翼を広げ、よたよたとよろめくようにしながら、高度を上げていく。
その場にいた者達は、その後ろ姿を黙って見送るだけであった。
作中の神秘云々は独自解釈です。
登場人物紹介
風系の異能を行使する異能力者。
風を体から放出することで空中制動や加速を行える。
感想を……下さい……っ!