伊丹達がいろいろなことに巻き込まれて、アルヌスの丘に帰ってきた後、そこに住む人の様子を見る回。
炎龍が撃退された。
そんな話を聞くと、誰もが「嘘だろう?」と疑う。
何故ならば、炎龍とは動く〝災厄〟そのものとして知られているのだから。
実際、エルフの村が丸々一つ焼き払われ、生き残ったのはたった一人という結果を見ずとも、この世界に生きるものからしてみれば、炎龍とはそういうものだと認識している。
そんな炎龍が撃退されたのだ。
少なからずとも犠牲者は出てしまったが、炎龍の力を知る者達は、「よくその程度で済んだものだ」賞賛するほどの偉業である。
そして、その噂を聞き付けた者達が「で、その偉大なる勇者ってのは、誰なんだ?」と関心を抱くのだ。
その者達は……
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「…………」
そんなうわさが広まっている中、この世界――こことは世界を隔てた場所にある地球では〝特地〟と呼ばれる世界のアルヌスの丘と呼ばれる場所にその男は立っていた。
彼は紺色のジャージに、両腕全体を覆うように包帯を巻きつけているという少し奇抜な恰好をしているが、怪我人というわけではなく、ましてや厨二病患者というわけでもない。
むしろ、彼は作業を行うほどに元気な健常者であった。
「…………」
そんな彼は、小高い丘から見える広大な景色をただジッと見つめているだけだ。
そこには、空に伸びる摩天楼しか見ることのできなくなった日本人が素晴らしい自然を見た時に感じる感動の気持ちや、それを壊すかのように攻撃を開始する侵略者達への警戒心というわけでもない。
この自然に身を任せ、ただボーっとしているだけなのだ。
強いて言うなら、未だ慣れない環境にそわそわしている、と言ったところである。
「な~にしてんの?」
そんな彼に声を掛けてくる者がいた。
彼はその声がする方向――背後に振り向く。
そこにいたのは、上はタンクトップを下には作業ズボンを着て、頭には「安全第一」と書かれた黄色いヘルメットをかぶり、手には軍手をはめているという、ザ・大工とも言うべき格好の女性が立っていた。
作業の邪魔にならないようにと綺麗な茶色の髪をポニーテイルに纏め、しかし、作業人にしては似合わないような出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるという魅力的な肉体をしている。
そんな彼女は、人好きのするような笑み、もしくはいたずらっぽい笑みを浮かべて彼を見ている。
「……〝雲雀〟か……何の用だ?」
そんな彼女の名は
今回の派遣で特地にやってきた異能力者の一人だ。
雲雀は、景色を眺めていた彼に笑顔で近づいていき、肩に腕を回す。
「相変わらず不愛想だね~。そんなんだからいつまで経っても子供に泣かれるんだよ?」
「……精進する」
「ほら、そういうところが硬いんだよ。もっと口角上げて」
「…………」
そう言って雲雀は彼の口角を上げようと、頬に指を当てて、むにぃっと引き延ばす。
無理やりされているからか、硬い彼の表情と相まって変顔になってしまっている。
豊満なバストが当たっているが気にしてないようだ。
「……年頃の女が無暗に抱き着くな」
「おろ? 気にしてくれてるの?」
彼が気にしていることを指摘すると、更に笑顔になって抱きついてくる。
彼の鬱陶しいという視線も気にせず。
「……違う。お前はもう少し節度って言うのをだな……」
「ほらほらぁこういうのがいいんでしょ? もっと味わってもいいんじゃよ?」
そういうや否や、今度は正面から抱きついてくる。
まるで、まとわりついてくる猫のようだと心の中で思う彼。
行ってもだめなら、と彼は実力行使に出た。
「…………ハァ……」
「ん~? 諦めて堪能する気になっ……あのぉ……〝伊織〟さん? なんで私の頭を掴んでるのでしょうか?」
「言っても聞かなそうだからな……実力行使だ」
「ちょ!? あなたの握力で握られたらシャレにならないんで――あぁああああああ!!?? 頭がぁあああああ!? 割れるっ!? ミシミシいってるんですけど!?」
「余裕そうだな? ならもうちょっと力を込めるか」
「ああああああああああ!?」
抱きついていた雲雀の頭を掴み、力を加えていく彼。
本名
そんな光景を見る通りすがりの者達は、「あぁ、またか」と、特に気にした様子もなく通り過ぎていく。
「あっ!? 仕事の時間だ!? い、伊織! ほら! 私! 仕事入ったから! 行かないと!」
「…………チッ」
「ふぅ……もうすぐで私のハイスペックな頭ちゃんが握りつぶされるところだったよ」
「……早く行け。親方に怒られるぞ」
「頭が割れそうになったのは伊織の所為でしょ!? ま、いいや! また後でね~!」
「…………」
手を振りながらどこかへ駆けていく雲雀を見送る伊織。
そんな彼は、またさっきのように景色を眺めるのではなく、背後に広がる町へと歩き出す。
彼もまた、仕事があるからだ。
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伊織がたどり着いたのはある作業場。
近くには、山のように積まれた木材があり、その近くには建設途中の建物があった。
そこでは、鍛え抜かれた肉体の男達が、互いに声を張り上げ指示を飛ばし合っている。
周囲には、すでに完成した建物があり少しだけ狭さを感じた。
そんな中、周りにいる作業員なんかよりずっと声を張り上げて指示を出す初老の男性に、伊織は迷うことなく近づいていく。
そして、親しげに声を掛けた。
「親方、休憩から戻ってきた。指示をくれ」
「あぁん!? っと、なんだ伊織か……休憩は終わったって? ならあの建材をこっちに運んでくれや」
「分かった」
伊織に親方と呼ばれた男性は、伊織に指示を出し、木材を持ってきてくれと言う。
それに短く返事をした伊織は走って建材の下へ向かっていく。
その下に着いた伊織は、建材を見上げる。
周囲の建物の半分に届かないとはいえ、その数は膨大だ。
「これか……よし……!」
普通なら、重機などを使い運んでいくはずなのだが、伊織は建材を二、三本小脇に挟んだかと思うと、
ヒョイという効果音がつくほど軽々とではないが、それでも数百キロはありそうな建材を持ち上げるという人間離れした力を見せつける伊織。
もうすでに分かっているであろうが、伊織は異能力者だ。
それも、常人の最高到達点である〝上級〟の異能力者である。
特級ではないにしても、その力はすさまじく、このように建材を軽々と持ち上げることなど造作もないのだ。
そして、建材を持ったまま親方と呼んだ男性の下まで運んでいく。
何故、伊織が運んでいるのかについては理由がある。
実はここはもうちょっと早めに建築される予定だったのだが、指示のミスにより後回しにされてしまい、建材はあっても重機が到着するのに時間がかかる場所になってしまったという事情がある。
そのため、伊織のような異能力者の手を借りて建築しているのだ。
雲雀も建築を担当とする異能力者の一人である。
尤も、伊織のような運搬担当ではなく、建設を担当とする者だが。
その後も、時間がかかったとはいえ、建材の全てを運び終えた伊織は親方に声を掛ける。
「親方。これで全部持ってきたぞ」
「よし! 後は俺達に任せな! お前はもう上がっていいぞ」
「? もういいのか?」
仕事を終わってもいいと言われ少しだけ疑問に思う伊織。
それは他の者も同じようで不満を口にする。
「え~!? 伊織だけずりぃっすよ!」
「俺達にも休暇をくれよぉ!」
「やかましい! そんなこと言うならもっと働け!」
「へ~い……ったく、人使いが荒いなぁホント……」
不満を口にしながらも作業に戻っていく者達。
それを聞いた伊織は、やはり親方の言葉が疑問に残っているようで答えを知るためにもう一度聞いた。
「親方。俺はまだやれる。俺のどこが不満なんだ?」
「ん? いんやぁ? お前さんの仕事っぷりに不満はねぇよ。むしろ働き過ぎって言いたいんだがな」
「俺が、働きすぎ……?」
「その顔……分かってねぇ顔だな。ハァ……」
伊織の呆けた顔に溜息を吐いた親方は、伊織の頭にそっと掌を乗せると優しくなでる。
「お前みたいな若いもんは体が基本なんだ。無茶して明日の作業に差し支えてみろ。いろんな人の迷惑になっちまう。そう言うのは嫌だろ?」
「それは……確かに、嫌だ」
「だからこそ、お前さんはもうちょっと休め。雲雀の嬢ちゃんと飯でも食いに行ってこい」
「……分かった」
渋々ながらも親方の言葉を聞き入れて作業場から離れていく伊織。
その後ろ姿を黙って見送った親方は溜息を吐くと作業に戻っていった。
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作業が終わり、ちょうど太陽が頂点に差し掛かる頃。
伊織はいつもの場所に向かっていた。
それは……
「あ! 伊織兄ちゃんだ!」
「伊織兄ちゃんお帰り~! お仕事頑張った~?」
「伊織兄ちゃん! 勉強教えてくれよ!」
「肩車してくれる? 伊織お兄ちゃん?」
「え~! 私が一番最初に伊織お兄ちゃんと遊ぶんだもん!」
「俺が先だよ!」
「「むむむ~!」」
避難民の中で幼い子供たちが集まる遊び場だ。
そこに伊織は毎日のように通っている。
伊織は異能力者である以前に一人の人間だ。
もちろん、将来の夢もある。
なにも、異能力者になったからといって、ずっと異能力者として生きていくわけではなく、ちゃんとした仕事に就くものが大半だ。
伊織もその一人で、そんな伊織の将来の夢は保育士や先生である。
そのため、今回の派遣中にもそれらの体験をして経験を積むために、こうして特地の子供たちと触れ合っているのだ。
「……喧嘩は良くないぞ。大丈夫、一人ひとり聞いてあげるから。それじゃあ、先ずはルカから」
「私? えっとぉ……〝だるまさんが転んだ〟だっけ? をしたい!」
「分かった。じゃあ、いつものように俺が鬼をするよ」
「「「「「やったー!」」」」」
仏頂面の伊織とはいえ、ちゃんと表情を変えることはできる。
それでも満開の笑顔というわけではなく、ニコッと笑うだけだが、子供達にはそんなことを気にすることはないようだ。
そうして始まった「だるまさんが転んだ」。
結果としては、子供たちの勝ちである。
「やったぁー! また勝ったー!」
「私が一番最初にタッチできた!」
「……よかったな」
子供たちが満面の笑みと共に抱きついてくるのを受け止めて、伊織は満足げに目元を緩める。
そんな時、誰かのお腹が鳴った。
それにつられるかのように、子供たちのお腹が鳴りだす。
「あ、ご飯食べてなかったんだった……」
「私も~」
「俺も~」
皆が口々に空腹を訴えるので、仕方ないと首を竦めた伊織は子供たちに言った。
「……ごはん、食べに行こうか」
「良いの……?」
「まだ開いてるはずだから、お母さんたちに許可をもらっておいで」
「許可……?」
「……それをしてもいいよってことを聞いてくることさ。わかったかい?」
「うん! 分かった!」
そうして、それぞれの家族が居住している建物に向かって散らばっていく子供達。
手を振りながらその姿を見送った伊織は、深呼吸をすると胸に手を当てて自身の鼓動を感じる。
我ながら緊張していたと、速くなっている鼓動を噛み締めながら、地面に腰を下ろす。
「綺麗だな……」
それは景色についての感想だったのか、それとも子供達とのふれあいか。
「悪くない」
そう締めた伊織は、子供たちが来るまで待っているのであった。
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「伊丹さん……こんにちは」
「あ! 緑の服のおじさん! こんにちは!」
「……なんだ伊織か。それと子供達……飯でも食いに来たのか?」
「そうですね。隣、失礼します」
「失礼しま~す!」
全員が許可をもらって再集合し、向かった先の食事処には先客がいた。
カウンター席に座っているくたびれた男性――伊丹がラーメンをすすりながらこちらを振り向く。
そんな伊丹に挨拶をしながら、伊織と子供たちはそれぞれ好きな席に着いて食事を注文し始める。
伊織は同僚として、子供たちはこの場所まで連れてきてくれた優しい人として。
伊織は迷うことなく、かつ丼を注文し、子供たちは文字が読めずに伊織の手助けを借りておいしそうと思ったものを注文した。
やがて、それぞれの注文したものが届き、「いただきます」と食前の挨拶をしてから食べ始める。
しばらくして、その光景を眺めているだけだった伊丹が、伊織に質問した。
「……なぁ、なんで伊織は俺と同年代ぐらいなのに敬称をつけるんだ?」
「……愚問ですね。俺達の総大将とその副官、その友人には敬称をつけるのが俺達異能力者の暗黙の了解なんですよ」
伊丹の質問に、口に含んだカツを飲み込んでから答える伊織。
その答えを受けて、納得のいかないような、あの野郎何やってんだと言うべきかよく分からない顔をしている伊丹に、伊織は問う。
「逆に、そんなに気にすることですか?」
「いや、気にするって言うか、むず痒いんだよ。こう、同年代にさん付けで呼ばれると……」
もう空になったどんぶりを前に、後頭部をかきながら伊丹は言う。
確かに、そんな歳の離れていない同年代。
それも、現在では同僚と言うべき人物にさん付けをされるのはなかなか慣れないものだ。
そんな伊丹の様子に、伊織は言った。
「つまり、馴れ馴れしくしてほしいんですか?」
「ん~……まぁ、そんなところかな」
「それなら俺には無理です。命の恩人である総司令の友人とはいえ、他人には敬意を払うのが俺なんで」
「そっか……ん? 待て、『命の恩人』って言ったか?」
伊織の言った言葉の中に気になることがあったのか強調して言う伊丹。
そんな、伊丹にあっけらかんと答える伊織。
「そのままの意味ですよ。総司令は俺の命の恩人。殺されかけてた俺と姉を救ってくれたのが柊木さんですから」
「……アイツ……何やってんだよ……」
どこか尊敬の籠った眼差しを虚空へと向ける伊織と、友人のやってきたことを想像して頭を抱える伊丹。
いろいろな疲れがピークに達している伊丹に、とどめになるであろうことを告げる。
「それに……伊丹さんは俺の姉さんを救ってくれたので、敬称は外せません」
「……へ?」
突然の伊織の言葉に呆けた声を出す伊丹。
そんな、伊丹を放っておいて伊織は話を続ける。
「あの銀座事件の時に、俺と姉さんはいました。だけど、様々なしがらみの有る異能力者の俺は力を使うことが出来ず、みすみす姉さんを死なせてしまうところでした。だけど、総司令が動けなかった時に伊丹さんが動いてくれたので、あの場にいた姉さんは死んでないんです。だから、伊丹さんには感謝の念が尽きません。こんな場所で言うのもなんですが、俺の家族を救ってくださり、誠にありがとうございます」
「わ、分かったから、頭を下げないでくれ……」
そう言って、頭を下げる伊織。
知らず知らずのうちに、現在同僚となっている男の家族を助けていたことが判明した。
謙遜する伊丹の手を握り、深く感謝を伝える伊織。
子供たちは、少しだけ気になったりもしたが、事前に伊織から伝えられていたので特に驚きもしなかった。
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この後、仕事終わりの雲雀に絡まれた伊織を子供たちがからかったり、勉強会を開いたりなどして時間が過ぎていく。
こうして、伊織の住む街の一日は過ぎていった。
どうだったかな?
一応言っておきますが、作者は政治描写というものや戦闘描写というものが非常に苦手です。
なので、よほどのことがない限り、それらはカットしていきます。
前回の炎龍戦に総司令たちの模擬戦? こまけぇこたぁいいんだよ!
次回、イタリカの町防衛戦……だといいなぁ……
登場人物紹介
家族を伊丹に救われた一人。
伊丹のことを総司令の友人と言うことを抜きにして尊敬している。
ちょっと仏頂面。
感情が薄いというわけではないが、表情筋が硬い。
能力は筋力強化と肉体硬化系の能力。
「特地」に派遣された異能力者の一人。
主に建築などを担当とする。
笑顔が絶えない。
栗林に負けず劣らずのボンキュッボン。
伊織のことを……
能力は物質操作系の能力(コンクリート等を魔力で動かせる)
次回もお楽しみに
感想をくれると、作者のやる気が上がって作品の質とかが上がるかも……