「皆ー、進路希望調査を行うよー。って言っても大体はヒーロー科だろうけどねー」
教壇に立つ教師が間延びした声でそう告げるとその言葉を肯定するかのようにクラスメートの皆が個性を発動させながらアピールする。
「はーいはい、皆んなー。無断で個性の使用はー禁止だーからなー」
教師の一言に少しだけ頭が冷えたのか異形系の個性持ち以外のクラスメートのほぼ全員が個性を引っ込める。そんな様子を微笑ましく思ったのか教師はニコニコと笑いながらとある一人の進路希望を話す。
「そう言えばー。拳藤さんはー、雄英志望ーでしたっけー」
「ちょ、先生!」
拳藤と呼ばれた少女は進路希望を明かされたことに驚きをあらわにする。しかし、教師の告げたその一言と共にクラス中の目線が拳動へと向けられた。
「ちょっと、拳藤!アンタ本気なの!?」
「雄英って、あの国立の!?今年の偏差値が79で倍率が確か300倍なんでしょ!?」
一気に押し寄せるクラスメートの反応にことの発端となった教師に対して恨みがましい目線を送った後に苦笑いしながら返答する。
「うん、本当だし知ってる。無茶無謀かもしんないけど、まぁ…やるならてっぺん狙ってるから」
拳藤がそう言うとクラスメートが色めき立ちながら口々に「お前ならいけるよ!」や「頑張って!」や「応援してるよ!」などの言葉が返ってくる。予想だにしない反応に拳藤が照れていると。ガラガラという扉が開く音が響く。誰が入ってきたのかと確認すべく目線を向けた瞬間、クラスの空気が死んだ。
「遅くなりました。申し訳ありません」
教師に近づき伏黒はそう告げると自身の席に着席しようとする。通り過ぎるたびに奇異の視線や女子からは「ヒッ」などの黄色い悲鳴(笑)が響き渡る。そんな様子でも伏黒は我関せずの態度を貫き退屈そうに窓を眺める。そんな様子を見た教師は流石にこの空気はまずいと判断して。伏黒に遅れた理由を聞く。
「あのー、伏黒君はー何で今日ー遅れたのかなー?」
「不良連中に待ち伏せされて攻撃されたんでバトってたら遅れました」
そして、話題の晒す方向を明らかに間違えたと悟るのは伏黒の発した言葉が理由でクラス内の空気が数度下がったことで証明された。明らかに気まずくなった空気を涙目になりながら必死に空気を盛り上げようとする教師は授業を開始した。
◇
全ての授業が終わり放課後になった。伏黒は最後の6限で進路調査書の提出と今朝あった喧嘩で聞きたいことがあるとのことで生徒指導室に呼び出されることになった。荷物をまとめながらクラスに入ってから授業以外に言葉を発することのなかった伏黒は言いつけ通り生徒指導室に向かおうとする。が、
「伏黒」
呼び止められる。声の発信源に目を向けるとそこには朝、雄英に行くと騒ぎになっていた拳藤一佳がそこにはいた。眉間に皺を寄せたその顔には明らかに「不機嫌です」と書かれていた。
「もう喧嘩しないって言ったよね?」
「保護者面すんな」
拳藤一佳の一言に伏黒は朝の不良連中と同じトーンで言葉を返す。伏黒は悪人が嫌いだ。更地のような想像力と感受性で一丁前に息をするように見えるから。伏黒は善人が苦手だ。そんなどうしようもない連中を許してしまうようなこと格調高く捉えて吐き気がするから。そんな伏黒から見た拳藤一佳という少女は幼稚園からの幼馴染という長い付き合いから容易に判断できるような典型的な善人だった。
「気持ち悪りぃ」
嫌悪感たっぷり煮詰まったような一言と侮蔑の視線を向けた後に生徒指導室へと向かうべく前を向いた。すると、
バシャ
後頭部に軽い衝撃とともに少しだけ緩くなった甘い香りのする液体が伏黒の顔面を覆う。ビキィッと効果音がしそうな青筋を浮かべながら振り返ると、
「あ、ゴメン……流石に中身が出るとは思わなかった…」
申し訳なさそうな顔をした拳藤一佳がそこにはいた。その顔から察するに流石に故意でやったのではないと察することが出来る。しかし、それでも頭から緩いベタつくジュースを浴びせられればおとなしい人間でも腹が立つくらいはするだろう。伏黒も拳藤の善性を知ってる身としては苛立ちを覚えはしたが流石に殴りかかるまではしなかった。気まずそうにする拳藤と苛立っている伏黒の睨み合いが続くいていると。
「ちょっ、拳藤。どうしたの?」
第三者がこの睨み合いに参戦してきた。伏黒の顔と頭の惨状を見てギョッとすると、
「あー、とりあえず拳藤だけでも回収していい?伏黒君」
「ハァ、別に……好きにすればいいよ」
伏黒がそう言うと名前の知らない少女は申し訳なさそうな顔をした拳藤を連れてその場から去っていった。それを見届けると伏黒は生徒指導室に向かうよりも先に頭を流すべくトイレへと向かった。
◇
「伏黒ォ、あのなぁ、進路希望を出していないのはもうお前だけなんだよ。いつも進路希望調査には白紙で提出していたし、進路相談にも来ない。しかも、いつもすぐに居なくなってしまうときた。本当にもうギリギリなんだぜ?早いところでは、公立高校では今月の下旬にも願書の受付が始まる。はっきり言ってお前ならどんな高校でも合格できる筈だ。それだけの学力はあるんだから。ヒーロー科の学校でもだ。例え、雄英高校でも士傑高校でも、お前の個性なら」
「以前も言いましたが、俺はヒーローにはなりません」
「……ハァ、なんでだよ言ってみろ」
「リスクとリターンが釣り合って無いからです」
誰かが言ったヒーローという職業は常に命懸け、と。これに関して伏黒の答えは全く持って同意見であった。『個性を人に向けて使ってはいけない』という不文律を平然と破る人間を相手取るのははっきり言って正気の沙汰では無いと感じられる。ましてやヒーロー側は相手が強くても殺してはいけないと言うルールがあるのだ。『人の役に立ちなさい』『自己犠牲の精神は絶対です』などの心情を掲げたヒーローという職は善人嫌いな伏黒にとって吐き気がするように感じられた。仮にヒーローになろうものなら一週間と経たずに禿げると内心確信している。それに何より伏黒から見てヒーローという職は
「なら、将来はどうするんだ?」
「まず、高校卒業後には大学へ行きます」
「おう」
「ある程度国家資格を入手後に株関連の仕事につきます」
「…おう」
「あとは3、40歳まで適当に稼いで物価の安い国で残りの人生を謳歌しようと考えてます」
「……お前本当に中坊か?枯れすぎだろぉ」
伏黒の夢のない人生設計を聞き、教師は憐れみの目を向けながらため息を吐く。
「並木先生はなんだって態々俺を有名校に行かせたがるんですか?」
「んなもの俺の経歴のためだからな決まってんだろ?」
自己中心的な考えをあまりにも澄んだ目で言うものだから一瞬だけ感動した、と後の伏黒が語るほどの綺麗な目をした男のクズ発言だった。生ゴミを見る目で見てくる伏黒に耐えきれなかったのか並木と呼ばれた男は目を逸らして頭を掻きながら言葉を続ける。
「んじゃあ、後一週間待つ。気が変わったら言えよ?」
「経歴のため、ですか?」
「それもある。でもそれ以上に人生と仕事は似ててな?つまらないとやりがいがないんだよ。だから、つまらない人生よりも楽しい人生の方が多少はやりがいがあるだろ?お前にはそんなあっさり放棄できるような人生を歩んで欲しくないんだわ」
ニヒルに笑いながら並木はそう告げる。初めからそう言えば尊敬できるのにと内心呟きながら。生徒指導指導室を後にした。
◇
伏黒が生徒指導室で進路調査書について話を聞かれていた同時刻、拳藤は友人と共に帰宅していた。
「大丈夫だった?拳藤」
「大丈夫だけど、なんで?」
「なんでって。だってあの伏黒君だよ!?顔は良いよ?めちゃくちゃ良い!なんだったら告白しようかと考えたこともあったさ。でも、素行の悪さだけなら歴代で最も悪いって言われてるからね!?あの子!」
その言葉を聞いて拳藤はまたか、と思いながらも苦笑いしながら決まったセリフを吐いた。
「アイツは確かに素行は悪いよ?でもね、悪党じゃないよ」
「オヤオヤァ?それは小さい頃からの幼馴染だから?それとも…」
拳藤がフォローした瞬間、ニヤニヤといやらしく笑いながら下衆な勘繰りをする。拳藤はその様子を見て額に手を当てて頭を抱える素振りを見せる。フォローするたびにこのような反応をされるのは両手では足りないほどある。確かに、拳藤から見ても伏黒の顔立ちはよかった。それでも、
「異性、って言うよりも手のかかる弟って意識が強いかなぁ」
そう締め括ると相手は好奇心に満ちた顔から少しだけつまんなそうな顔に変わった。
「へー、意外。てっきり昔から恋仲かと思ったんだけどなぁ。でも、そっか。伏黒君ってそんなに悪い人じゃない「いいや、伏黒は極悪だよ?それもえげつない程にね」……え?」
拳藤の説明を受けて少しだけ伏黒に対する印象が変わったと思ったと同時に声をかけられる。聞き覚えのない声に拳動と一緒に振り返ると下卑た笑みを浮かべた男が複数人いた。そして、次の瞬間。強い衝撃が二人の体を叩いた。
◇
進路についての話が一通り終わって家に帰るべく下駄箱から靴を取り出し始めようとした時、校門が騒がしいことに伏黒は気づいた。別に野次馬すべきでもないと判断した伏黒は少し大回りをしてもう一つの校門から通って帰ろうとする。が、そうはいかなかった。
「伏黒は、!?伏黒はどこ!?」
切羽詰まったような声が自身の名前を叫んでいることに気づいたからだ。突然の出来事に訝しみながら声のした方へと向かう。野次馬が多く道の邪魔になったが、「邪魔だ」と一言かけるとモーセのように人混みが真っ二つに割れた。声のした方へと歩みを進めていくとそこには頭から血を流した女がそこにはいた。この事態に流石の伏黒も目を見開き驚く。
「おい、どうした!?」
焦りながらも頭に負担をかけないよう出来るだけ声を抑えて訪ねる。そして、あることに気がつく。
「お前、拳藤と一緒にいた……」
そう頭を怪我していた少女は、あの時拳藤と一緒に下校しようとしていた少女だったのだ。そのことに気がつくと同時にあることにも気がついた。
「おい、拳藤は何処だ」
何処にもいなかった。一緒に下校していたはずの拳藤が何処にもいなかったのだ。流石の事態に先程は落ち着きを持って対応できていた伏黒も心を乱された。そして、少女の一言に伏黒の心情はさらに掻き乱された。
「攫われた」
「は?」
「攫われたって言ったの。いきなり襲われて、拳藤が私だけでもって必死に応戦してくれて」
そこまで聞いた瞬間、伏黒の頭の中が真っ白になった。しかしそれでも予想だにしない出来事に取り乱しながらもなんとか立ち直り、落ち着きを取り戻す。そして、少女が何か持っていることに気がつく。
「おい、それはなんだ」
「え、これ?ブラウス。拳藤がこれを持たせて来てから逃げろって」
「いや、わかった」
少女の話を聞いて拳藤という少女が想像以上に強かであることと自身の小4の頃に話した自身の個性について覚えていたことを再確認させられたら伏黒はため息を一つ吐くと同時に目に怒りと報復を誓った心意の炎が宿る。そして、左手の中指と薬指の間を空けて、両手の親指、右手の4本指で犬の影絵を表現すると、一言言った。
「『玉犬』」
影が鳴動を開始する。するとすぐに影が物理法則を無視して二次元的なものが三次元的になる。そして、二匹の白い犬と黒い犬が形を象ると同時に遠吠えを行った。
「へ?」
突然の出来事に少女は呆気に取られていた。それもそのはずだった。伏黒は普段から喧嘩をする際には一切個性を使用することはなかった。故に教員や拳藤を除けば皆から無個性であると思われていた。そんな伏黒が初めて人前で個性を使用した。呆気に取られた少女は伏黒の顔を見ると「ヒィ!」と悲鳴を上げた。周りの人間も伏黒の顔を見て1、2歩その場から離れた。
「おい」
「は、はい!」
「そのブラウス貸せ」
「わ、わかりました」
そう言うと少女は恐る恐る伏黒にブラウスを渡す。ブラウスを受け取った。そのブラウスを犬に嗅がせると。犬は校門の前まで行って一声吠える。その後を追うべく伏黒がバックを置いて走ろうとする。すると、
「あ、あの!」
声をかけられる。伏黒は振り返らなかったが、声の音からして先ほど怪我をした少女であることは察することができた。一度、走るのをやめて言葉を待つ。
「拳藤を助けて」
切実に心の底から出た本音を伏黒は。
「わかってる」
そう一言だけ返して。薄暗くなった道を玉犬と呼ばれた犬を先頭に走り始めた。
・並木思考……植蘭中学校の生徒指導員。個性は《並列思考》。2つ以上のことを同時に脳で処理することができる。割とすごい個性だが本人はマルチタスクができて便利程度にしか思ってない。
・少女……植蘭中学校の生徒。名前も浮かばなかったため少女としか書かなかった。