組屋の荒々しくも力強く振り下ろされた手斧を回避すると伏黒は鋭くかつ素早い速度で横に薙がれた棍を相手目掛けて叩きつける。しかしこれは組屋が屈んで回避される。回避して体勢が低くなった組屋は地面を背にし、地を這いながら横蹴りを放ち、伏黒はこれをギリギリで回避する。
伏黒は後ろに大きく飛び退くとその場で腰を深く落とし、棍を相手に向けて警戒して組屋はニターっと笑いながらゆっくりと立ち上がり腕から力を抜きつつも伏黒から視線を切る事なく警戒を続けていた。
日の当たらない薄暗くも寒気を感じそうな空間でヴィランとヒーローの卵による一進一退の攻防が繰り広げられていた。
「ハハハハハハハハ!!!本当に強いじゃないか伏黒くん!」
「チィッ!」
呵呵大笑といった具合で大口を開けた高笑いをする組屋に伏黒は盛大に舌打ちをして応える。あれから約10分、伏黒は組屋から放たれる攻撃の数々をひたすらに紙一重で避けたり、組屋の行使できる個性の全容が把握できないこともあって展開したサポートアイテムである《如意金箍》で防御や攻撃をする事で応戦していた。
ミリオとナイトアイに出会う前であった伏黒であれば慌てふためき本来のスペックを晒すことなくこの10分間で間違いなく仕留められていただろう。しかし伏黒はわずか1日と半分とかなり短い時間とはいえ学んでいた。常に視野を広く持ち死角を殺すこと、万が一予想外のことがあって難しくとも予測を忘れないことを。その甲斐もあってか伏黒は今怪我らしい怪我を負わずにいた。そして同時に伏黒は悟っていた。自身以外の要因が今の自分を無傷で済ませているのだと。
「どうしてだ…どうして首とかを狙わない」
伏黒が思わずそう呟く。そう、組屋はあれからほとんど急所を狙わなかった。それどころか狙う場所は決まって腕や鎖骨、体のど真ん中の急所がある正中線をなぞるようにしか攻撃してこなかった。今この場で逃せば【
「ん?だってマントを作るんだぞ?なのに素材となる場所を傷つけたら作品に影響をきたす」
そんなこともわからないのか?とさも当然のように宣う組屋。それを見た伏黒は息を呑むと同時に目の前に立つ人間が相互理解不能どころか理解してはいけない類の
「うーん、にしても伏黒くんの言う通りだ。このままズルズル長引かされても賢い君のことだとっくに救援とか呼んでるだろ?……ハァ、仕方ないか」
フードは諦めよう。その言葉を吐くと同時に伏黒の視界から組屋が消え失せる。回避できたのはミリオとの特訓ではなく今いる場所の足場が滑りやすかったという理由だった。いきなりの加速に目が追いつかなかったのと喰らいつけてたと思ったら遊ばれていたという事実に怒りを覚える。何となくだがミリオを相手したことも思い出し、後ろに回り込んだと考える。そして伏黒は振り返りながら後ろに目掛けて《如意金箍》を振るう。すると
ガキィィィンッ!!
金属と金属がぶつかり合った音が下水道と思しき場所に響き渡る。
「おお!やるねぇ!指導者がよかったのか、なッ!」
受け止めた伏黒に組屋は心からの称賛を送ると技など一切ない力技で競り合っていた《如意金箍》を上目掛けて弾き飛ばす。《如意金箍》が手から離れ、凄まじい力に振り回された右腕は容易く上がった。その隙を見逃す組屋ではなく、ガラ空きになった伏黒の鳩尾目掛けて空中で回転すると回し蹴りをかます。
「カハッッ」
防ごうにも防ぐ手立てがなく吹き飛ばされる伏黒。鳩尾を蹴飛ばされ、壁に叩きつけられたことも相まって肺から空気を搾り取られたように息を吐く。頭の衝突は避けたはずが避けきれなかったのか頭が切れて頭部から血が流れる。それでも伏黒はいきなりの身体能力の向上に視野を入れて分析する。そして組屋の手に持つ手斧に目線がいく。
「ッ…手斧かッ!?」
「大ッ正解。いやー、完全にふいをついたと思ったのによく避けれたなぁ、今の攻撃。まあ、そのおかげで君の皮を傷無しで加工できそうだ」
いやー、今日は運がいいなぁと宣いながら何やら物思いに耽りニヤニヤと笑う組屋。考える内容はおおよそ伏黒の及ばない下卑たことなのだろうと思いつつも伏黒は組屋に問いかける。
「依頼人は誰なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、組屋はピタリと固まり思考を解除して目線を伏黒に向ける。驚いた顔をしながら今度は組屋が伏黒に問いかける。
「驚いたなぁ。いつ俺が依頼受けた人間だって気がついたんだ?」
「ハイになって気が付かなかったのか?俺にあった直後あたりでお前『聞いてた通り』って言ってたんだぞ?」
「プレゼントマイクの実況かもしれないぜ?」
「映像越しなら見てた、だろ。人間、情報の殆どを視覚に頼ってんだから」
伏黒がそう締めくくると組屋は俺の馬鹿、とだけ言うと禿げた頭をポリポリと掻く。その様子を見た伏黒は恨まれる覚えは確かにあるが命を狙われるほどか、と思わされる。が、ふとあるヒーローとの会話を思い出し考えを改める。
「ま、答え合わせはしねぇよ。個性無しにも関わらずここまで時間を食わさせるのは流石に予想外だった。知りたきゃ俺を捕まえてからにしな」
そう言いながら嘲笑うと組屋は手斧を大きく振りかぶる。狙いは頭蓋骨。本来であれば硬い頭部を割るのは至難の業だが、今の組屋は身体能力を強化されている。手斧の切れ味も相まって何の抵抗もなくスッパリと切り分けるだろう。それは戦っていた伏黒がよくわかっていた。
この状態では抵抗も出来ないし、出来たとしても【決闘】の効果で式神を引き出せない。ならばせめてダイイングメッセージを残そうかと考えるがそれを見逃すならば何十人もの人間を殺しておいてヒーローや警察から逃げ切れるはずがない。
詰み、その言葉が走馬灯と共に頭を駆け巡る。リフレインするのは16年もの間生きてきた軌跡や拳藤に助けられたことやステインを通してヒーローになろうとしたこと。
思い出したのはミリオの「少し窮屈そうだ。本当の君はさ、もっと強いんじゃない?」という言葉と雄英体育祭で行った騎馬戦での出来事。伏黒は考える。何故あの時、自分は
影に【鵺】を仕込んでいたから?それとも何度も見ていたから?いずれの考えも浮かぶがこれではないと否定して消える。そうしている間にある考えに至る。目の前に迫る絶死の一撃を前に伏黒はどうせであればと【玉犬】の構えを取る。
そして組屋の身体が宙を舞った。少しの間を置いてから組屋の身体は雑に地面に着地する。
「あ゛?」
何故、自分が今天井を見上げている?何故、今の俺の視界はドロドロに歪んでいる?何故、今俺の顎が砕けているのだ?何故、何故、何故、何故、何故。組屋の頭に無理解が支配する。
「ああ、
組屋は何とか立ち上がると声のした方に目線を向ける。そこには伏黒恵が立っていた。しかしそれはあり得ない。組屋は知っているどの程度の勢いで叩きつけられれば人が動かなくなるのかを。組屋は知っている個性無しで人の膂力でここまで人が吹き飛ばないことを。組屋は知っている人間の瞳孔は間違っても
「
「ん?ああ、悪い顎砕けてるせいで何言ってるかわかんないけど俺の今の状態を聞いてるんだよな。俺の個性はさ【影絵】って言って影で模した動物を引っ張り出せるっていうものだ」
伏黒は淡々と自身の個性について説明する。それは雄英体育祭を見ていた大体の人間が知っていることで今の状態を表す情報には何一つとて繋がらなかった。組屋の口からボタボタと血が流れる。そうしている間にも伏黒は喋り続ける。
「俺は体育祭で不思議な体験をした。それが【鵺】の出来ることが俺にも出来るようになった感じだった。初めは【鵺】の思考が流れてきたと思ったんだ。だけど個性が使えない状況になってようやくわかった。―――あの時、俺は影の中で展開した式神の能力及び性能そのものを自分に投影して引き出してたんだ」
そこまで聞いた組屋は目を見開く。理解したから伏黒の言っていることを。そう仮に伏黒の言っていることが事実ならば組屋の纏うズボンの効果は何ら意味をなくす。【決闘】はあくまでも一対一を強制する結界型の個性。別に個性そのものを封じるものではない。だが、伏黒の個性は呼び出して使う類のものであったがために封じることができた。
しかし今その前提は壊れて呼び出さずに性能と特性のみを引き出すことに成功していた。これでは個性を封じることができない。そんな組屋の考えをよそに黄色く染まり縦に開いた瞳孔で伏黒は見つめる。
「必殺、【
そこまで伏黒は言うと組屋の視界から消え失せる。先ほどとは真逆の状態になりながらも長年培ってきた経験を活かし止まってはいけないと判断した組屋はその場から離れるように飛び出す。が、
「遅いな」
「〜〜〜ッ」
伏黒からは逃げられなかった。伏黒の発動させた【嵌合纏】。その対象となった式神は汎用性が高く、最も足の速い【玉犬】だった。【玉犬】の最高速度はOFAの40%ほどに及び下手な増強系よりも遥かに早く、緑谷との模擬戦でも余裕を持って翻弄できたほどだった。そんな速度を持つ【玉犬】相手に緑谷のフルカウルに並ぶ程度の速度しか出せずその上、手負いの輩が振り切れるはずもなく。
「堕ちろ」
【玉犬・渾】に似た形に変貌を遂げた伏黒の手が組屋目掛けて振り下ろされる。咄嗟に手斧でガードするもそれは紙屑のように容易く砕かれ、防御の意味をなさないまま組屋は地面に叩きつけられる。
「〜ッ!〜〜〜〜〜ッッッッッ!!」
顎が砕けた影響で満足に話すこともできずに地面にもがく組屋。その上に跨るようにして伏黒は着地する。
「動くな。動いた瞬間、攻撃する」
「――――――」
伏黒の言葉に組屋は停止する。伏黒の言葉、そして目に宿る力からは嘘の気配を感じなかったから。
それは今の自分がどの程度の力で殴れば相手は死なないで済むかということだ。今の伏黒はあくまでもヒーロー。目の前のヴィランのように人を殺す存在ではない。そしてこの逡巡は五体を強化された相手にとってあまりも隙だらけな状態だった。
ポケットから居合い抜きの要領で植物の実を連ねた形によく似た刃紋の嶺部分がやや大きく膨らみ、膨らみ部分に穴の空いた太刀を抜く。咄嗟にその場から飛び退き伏黒は攻撃を回避する。目の前には野太刀を持った組屋が目を血走らせながら荒い息で見つめていた。
今まさに組屋が手に持つ武器こそが組屋鞣造の傑作である野太刀『竜骨』。2人の人間を惜しみなく使い個性の複合に成功させた唯一の作品。
「この状況で取り出したってことは、それが虎の子ってことでいいよな」
伏黒の問いに組屋は砕けた口からヒュー、ヒューと息を漏れ出す。砕けた顎をカバーしていた手を外して両手で持つと剣先を伏黒の左拳に向けた所謂、平正眼の構えを取る。これが最後の一撃だと察する伏黒はそれに対して左手を前に出し、右手を後ろに引いた構えで左足を前に出し、右足を後ろに引いたボクシングにおけるオーソドックスな構えをして迎え撃つ。
初手は余裕がなく早期な決着を望む組屋からだった。作品のことなど忘れたかのように伏黒の心臓目掛けて突きを放つ。それに対して伏黒は『竜骨』の刃の腹部分にパリィの要領で拳で叩き軌道を逸らし、組屋の顔目掛けて残しておいた左の拳を叩きつける。
しかしそれを組屋は大きく上体を逸らすことで回避。そして伏黒はよろける組屋に迷うことなく攻撃を続ける。それを全てすんでのところで受け続ける組屋。その後も武器の大振りの一振りを回避したり、伏黒の蹴りを野太刀の腹の部分で塞ぐなどの攻防が7度ほど続き、強めに組屋の攻撃を弾いた伏黒が加減の感覚を覚えこの一撃で意識を刈り取ろうとした瞬間。組屋は
これこそ『竜骨』の能力。『竜骨』で受けた衝撃を蓄積し、使い手の意図に合わせて蓄積した力を峰から放出するというもの。本来であれば相手の攻撃を『竜骨』で受け続け、タイミングを図ってカウンターを放つ武器なのだがこれ以上の戦闘は危険だと判断した組屋は逃げのために使用した。突然の出来事に伏黒は驚きつつも呆れながら止まると一度【嵌合纏】を解除してすぐに再度発動させる。
それを見た組屋は警戒しつつも逃げ切れる確信を抱く。この下水道は組屋にとっておおよそ10年近い付き合い。どこに逃げればどこに繋がっているのか全て把握している。自身の傑作をこんな形で使うという事実に悔しさを感じる。しかし今はとにかく扉を潜ればこちらのものだと思い、『竜骨』の推進力を利用しながら移動する。目の前に扉が見え始め自身の逃げを確信する。
しかしその確信を否定するのは組屋の体に走る電流だった。
「はひゃッ?」
間の抜けた声が組屋の口から漏れ出ると同時に『竜骨』を手放し、手放された『竜骨』があらぬ方向に飛び出していく。再度無理解が組屋の頭を支配するとその答えを持った伏黒が歩み寄る。
「俺の持つ《如意金箍》はただの棍ではない。これには特殊なギミックがあって【鵺】の電気を貯蓄出来る。【鵺】の体力不足で電気の生成が出来なくなった時に帰還電撃で引き戻して回復させるためにな。まだ試作ってこともあってそこまでの威力はないが―――帰還電撃の延長線上にいた奴の不意をついて痺れさせるくらいの威力はあるさ」
伏黒の言葉に組屋は首だけを動かすと目線を吹き飛ばしたはずの棍へと向ける。その間に伏黒は鳥類に似た手を人と犬の合いの子のような手に変えると組屋の首を掴んで持ち上げる。
「あんだけ好き勝手やったんだ。なのに今になって怖くなったから逃げたいです、ってか?
―――舐めるのも大概にしろよ」
伏黒の顔と声が怒りに染め上がる。そうして伏黒は拳からギチギチと音が鳴るほど握りしめると組屋の首から手を離す。涙を流して口から掠れた呼吸音を流しながら一瞬の間だけ宙を漂う味わう組屋目掛けて拳を叩き込んだ。4、5メートルほど地面と平行飛んだ組屋は何度かバウンドして体を壁に叩きつける。
そうして動かなくなった組屋の呼吸音を【嵌合纏】で強化された聴覚で聞き取ると腕のリストバンドと思しきリングから仕込んであったワイヤーを取り出すと伏黒は授業で習ったように縛り上げる。
縛り上げて行動が完全に停止したのを再度確認。するとアドレナリンが解けて気が抜けたのか【嵌合纏】が勝手に解除されて伏黒はその場に座り込む。
「嗚呼、しんど……」
―――
勝者、
→影の中で展開した式神の能力及び性能そのものを引き出すことのできる能力。例えば影の中で【玉犬】を展開して嵌合纏を発動させると【玉犬】の持つ固有の能力とフィジカルを伏黒に投影し、まるで伏黒が【玉犬】になったかのような性能となる。