演習試験が行われたあの後に伏黒が目を覚ました。伏黒は身体中から感じる倦怠感と共に一体全体何があったのかと疑問に思っていると側にいた緑谷が一から十まで説明した。なんでもあの後、伏黒を助けるために爆豪と緑谷が戻ってきたようで伏黒に気を取られているオールマイトの横面を緑谷が殴り飛ばした後に爆豪が伏黒を回収したとのこと。
それを聞いた伏黒が緑谷と爆豪に礼を言うと照れ臭そうに「どういたしまして」と言い、爆豪は顔をそっぽむけながら「…貸し1だ影野郎」とだけ答える。緑谷も爆豪も倒すことは出来ずともオールマイト相手に勝利をもぎ取ったという事実が2人に余裕をつくったのだと伏黒が気づくと少しだけ微笑んだ。
何はともあれ、多少の負傷があったものの勉強、身体能力全てを使うこととなった期末試験は、こうして幕を閉じたのであった。
◇
そして、演習試験が行われた翌日の朝。
「み、皆……合宿の土産話、っひぐ……楽しみにっ……ううっ、してるっ、がらぁ……!」
伏黒が登校したそのときから嗚咽を漏らしていた芦戸が悲壮さを全面的に押し出しながらそう言う。嗚咽を漏らして泣いているのは芦戸だけだが、どうやら演習試験を合格できなかった人間が他にもいたらしく、芦戸のパートナーであった上鳴は一切の感情が抜け落ちた表情で俯き、目を伏せる切島と天を仰ぐ砂藤がクラスの一角で一様に真っ白に燃え尽きていた。
初めは登校していたクラスメイトは互いにこの学校に来てから味わった中でも最大とも言えるような難関をクリアした事実に喜び合っていたのだが、芦戸と上鳴が登校してきた瞬間、状況は一変、一気に静まり返る。そして爆豪を手懐けられるほどのムードメーカーの切島に助けを求めようとするも同じく死んだ魚の目をしながら登校してきた切島と砂藤を見て今度こそ空気が死んで悲壮すぎる空気がクラス中を包みこんだ。
「まっ、まだわかんないよ! どんでん返しがあるかもしれないよ……!」
「よせ緑谷。それ、言ったらなくなるやつだ……」
緑谷が何を言えばいいのかわからないが必死になって励まそうとすると瀬呂はいわゆるフラグ的なことを心配したのか緑谷の肩に手を置いて首を横に振ると無慈悲なツッコミを入れている。
「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄…そして俺達は実技クリアならず…これでまだ分からんのなら貴様の偏差値は猿以下だ!!」
「落ち着け長ぇ…ったく、分かんねぇのは俺もさ。峰田のおかげでクリアしたけど寝てただけだ。とにかく採点基準が明かされてない以上は…」
「同情するなら何かもう色々くれええええええ!!!」
上鳴がやけくそ気味に早口になって叫ぶと緑谷の目玉目掛けて指を突き出す。他の面々は叫ぶことはなかったがさめざめと泣いていた。上鳴の叫びに瀬呂はツッコミを入れるがそれと同時に自身にもそれが該当しているのかもしれないと言いながら冷や汗をかく。
「結果は結果だ。甘んじて受け入れろ」
「納得できてたまるかぁーー!!」「ちったぁ、慰めろ伏黒さんよぉぉぉ!!!」
伏黒の言葉に思わず叫ぶ上鳴と芦戸。しかし伏黒としても芦戸達の対戦相手を聞いたこともあってその結果は割としょうがないものだと思っていた。なにせ切島・砂藤チームの相手はセメントスで芦戸・上鳴チームの相手は根津校長、瀬呂・峰田チームの相手はミッドナイトとどう考えても重りがハンデになってない個性持ちなのだから。
寧ろ食らったら一発アウトと下手するとこの試験ではオールマイト以上に厄介なミッドナイトを出し抜いたとされる峰田。そして他にも当たりたくないと思っていたプレゼントマイクを相手に欠けることなく勝利した耳郎と口田にビックリしてたくらいだった。
そうこうしていると教室のドアが勢いよく開かれ、相澤が入ってくる。
「予鈴が鳴ったら席に着け」
最早手慣れたと言わんばかりに一秒と掛からず流れるように全員の着席が完了するA組。相澤はそれを確認すると教卓に出席簿を置いてしゃべり始める。
「おはよう。今回の期末テストだが、残念ながら赤点が出た。したがって林間合宿は…」
いつものように前振りもなく早速本題を切り出す相澤。その話題が出た瞬間、切島と砂藤と芦戸は悔しげな顔をし、上鳴は腹を括ったからなのか騒いでも無駄と思ったからなのかは知らないが釈迦のアルカイックスマイルよろしく微笑みながら悟ったかのような表情をする。
これは終わったな、と誰もが皆で林間合宿に行けないことを確信していると相澤の口から
「――林間合宿は、全員で行きます!」
「「「どんでんがえしだぁ!!!」」」
クワッ!!という効果音がしそうな笑顔を浮かべながら林間合宿の全員参加を宣言する。誰もが全員の参加が出来ないと思っていたこともあり驚愕する。そしてそれ以上に芦戸と切島と砂藤はガッツポーズをしながら天高く歓喜に叫び、上鳴は参加出来ないと確信し切っていたこともあったからか叫ぶことも出来ず、呆然とした顔をしていた。
「行っていいんスか俺ら!?」「本当に!?」「嘘じゃないっスよねぇ!?」「よっしゃオラァァァ!!」
「落ち着けお前ら。切島の質問に関してだが、まぁな。赤点者だが筆記の方は0名だ、おめでとう。そして実技で切島、砂藤、芦戸、上鳴、あとは瀬呂の5名が赤点だ」
「うぇええ!?……まあ確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんなぁ…」
下手するとクリア出来ずの人より恥ずかしいぞ…と言いながら瀬呂は恥じるように手で顔を覆う。
今回の合否の判定は相澤曰く、今回の試験は結果もそうだが、敵側は生徒に勝ち筋を残しつつ、課題とどう向き合うかを見るように仕向けてクリアするという過程に重きを置かれていたのだと言う。叩き潰すという言葉も追い込むためのものだとのことだ。
その言葉に伏黒は確かに合否は時間制限内でのクリアだけではないなと思う反面、最後の最後で気絶した自分もかなりヤバかったのでは?と思い、軽く冷や汗をかく。そんな様子に気がつくことはなく相澤は言葉を続ける。
「それに林間合宿はあくまでも鍛えるための合宿。赤点取った奴らこそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。言ってしまえば合理的虚偽ってやつさ!」
「「「「ゴーリテキキョギィィィーーーーー!!!!」」」」
相澤は今度はカッ!という効果音がしそうな顔でそう言う。すると先ほどまで落ちたのが確定していた4人組は輪郭がボケるほどの勢いで「ワァイ!!!」と叫んびながらはしゃぐ。
「またしてもやられた…!!流石は雄英だ…!!しかし!二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!!」
ガタッという音を立てながら立ち上がって挙手すると飯田はそう言う。その言葉に後ろの席に座る麗日が「わぁ、飯田くん水差す」と呟き、相澤は意外にも「確かにな。省みるよ」と素直に返す。そして周りを見据えるとただし、と続ける。
「当然だが、全部が全部嘘って訳じゃない。赤点は赤点、それは事実だ。故にお前らには別途で補習時間を設けている。ぶっちゃけ言って学校に残っての補習よりキツいからな」
相澤の言葉にいつの間にか瀬呂も加わってはしゃぎ回る補習5人組は硬直するとあからさまにテンションが低くなっていくのがわかる。それもその筈。初日に除籍を言い渡そうとする相澤をしてキツイと言わしめるほどの補修。考えるだけでも十二分に恐ろしい。
全ての説明が終わるのと
ヒーローの法の授業や英語の授業などが行われて全ての授業が終わって放課後となる。そしてその際に林間合宿についてを大雑把に話すと帰りのHRで合宿のしおりが配られた。
「期間は一週間か」
「結構な大荷物になるね。早め早めに準備しないと……」
「ん?合宿先海があんのか。俺、水着持ってねぇな」
「お、伏黒もか?」
「暗視ゴーグル」
最後の峰田の持ち物は何に使うのかはあえてスルーするが、各々が持ち物リストに目を通して確認しながら必要なものに口を溢す。一週間の外泊ともなると、着替えの用意だけでも大変な訳で。伏黒としてはいくら父親の遺産(?)があるとは言え、ある程度はバイトでも生活を補っていることもあってどの程度資産を崩すかを考えていく。
「あ、じゃあさ! 明日休みだし、テスト明けだしってことで、A組みんなで買い物行こうよ!」
「おお、いいねそれ! 何気にそういうの初じゃね!?」
表情が見えないにも関わらずどうしてか笑っているとわかる葉隠がそう提案する。それに真っ先に反応した上鳴はその提案に乗り気だった。ただ、いきなりということもあって参加できないものが何名かおり、女性陣からは家の事情で蛙吹が男性陣からは面倒くさいということで爆豪と入院中の母の見舞いで轟が不参加となった。
「伏黒はどうするー?」
「参加で頼む。キャリーバッグと二着ほど服を買っておきたい。すまないが服の選択の手伝いも頼む。そういうのには疎いからな」
「オッケー!任せとけ!」
「この
「で、できる範囲でよければ…」
そういうわけで1年A組の9割の面子で、休日ショッピングに出かけることとなったのだった。
◇
強い陽射しに青い空。喧しく感じる蝉の鳴き声に、青い空に映える大きな入道雲。夏真っ盛りという言葉がよく似合うような景色がそこにはあった。時期が時期ということもあって梅雨が心配されたが、今朝の天気予報では夕立や天気雨などの心配はないと言っていた。しかし、あそこまでどデカい入道雲があるため一雨降る可能性はあるように感じられる。
「ってな感じでやってきました! 県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!その名も――木椰区ショッピングモール!」
「「「「ひゃっはー!盛り上がってきたー!!」」」」
芦戸の言葉に世紀末にいそうな人間の叫び声を上げながらはしゃぐ面々。今いる木椰区ショッピングモールは先ほどの芦戸の説明通り県内最大の規模を誇るショッピングモールである。品数も最大規模で増強系や精製系、果ては異形系など様々なジャンルに対応できるように様々な店舗が並んでいる。
「個性の差による多様な形態を数でカバーするだけじゃないんだよねティーンからシニアまで幅広い世代にフィットするデザインの物が取り揃えられているからこそこの集客力と親子、兄弟、姉妹、友人、恋人、様々な組み合わせがいることから簡単に推察できるんだよねしかもそれだけじゃなくて「緑谷、そろそろよせ。幼子が怖がる」
ついて早々に発動する緑谷節に常闇が待ったをかけることでなんとか中断させる。じゃあ早速、欲しいもの求めて別行動。となる前に周りの人間から
「お!? あれ雄英生じゃね? 一年生たちじゃね!?」「うわマジじゃん! うぇーい! 体育祭うぇーい!」「クリエイター捕まえた伏黒じゃね!?おーいサイン!サインくれよ!」
チャラい大学生か高校生のノリで絡んでくる者もいればサインを求めて寄ってくるものもいた。因みにサインに関しては伏黒はちゃんと答えた。
「サインってヤバいな伏黒…。まあ、兎も角ウチ、キャリーバッグ買わなきゃ」
「あら、では一緒に見て回りましょうか」
「お、悪い俺もいいか?」
「ええ、是非とも」
「ん、全然いいよ」
「悪いな2人とも」
八百万と耳郎がキャリーバッグを購入するために行動すると聞いた伏黒は参加していいかと聞くと八百万と耳郎は快く受け入れた。それに対して伏黒は一言だけ礼を言って振り返る。
「おい、切島。服選びは後ででいいか?」
「おう、行ってこい。俺は先選んで待ってるからなー」
そうこうしていると自然と目的ごとにグループが分かれていった。最終的に切島が「なんかみんな目的バラけてっし、自由行動にすっか!」と提案をした。その意見に反対する者もおらず、その場で目的が同じなメンツが固まり解散した。
◇
伏黒、八百万、耳郎がたどり着いたのはキャリーバッグやリュックサック、日常的に使用するようなバッグなど多岐にわたる種類を扱っている鞄の専門店だった。
「スゲェな。鞄って一口にいうだけでもこんなにあんのかよ」
「私も普段は個別の専門店にしか出入りしませんから、右も左も鞄しかないなんて新鮮ですわ……!」
「……しれっとヤオモモの口からブルジョア発言が出て行き慣れてないことはわかったけど伏黒はどうなん?」
「完全に専門外。どれがいいのかとか全くわからん」
「おっけ。じゃあこの手の店に通い慣れてんのは私だけってことね」
片やそもそもそこまで金がないこともあって新しいものを買う機会が圧倒的に少ない伏黒と片や金持ちすぎて庶民の店に行ったことのない八百万。方向性は違えどどちらも行き慣れていないというところは共通していた。故にこの手の店に慣れている耳郎に全てが委ねられた。
「やっぱり大きいほうがいいのか?」「あー、1週間って言っても洗濯もあるしそこまで大きすぎる必要はないと思うぞ?」「あの?耳郎さんに伏黒さん。商品に勝手に触ってもいいんでしょうか?」「何言って…ああ、そういうことね大丈夫だよヤオモモ」「ん?…うおッ。なんだこのバッグ」「ちょっ、伏黒!触ってもいいけどそれはやりすぎ!中身聞きたきゃ店員さんを尋ねろ!」
あーでもないこーでもないと
「耳郎、マジで助かった」
「私の方からも礼を言わせてください。とても楽しかったですわ耳郎さん」
「2人が楽しそうでなによりだったよ…」
自動ドアから納得のいく結果でしたとでも言いたげな顔をした八百万と伏黒が耳郎に一言礼を言うと少々くたびれた様子の耳郎が笑って答える。そんな様子の耳郎に伏黒は再度礼を言って地図を頼りに切島の待つ服屋へと向かう。
「悪い遅れた」
「問題ねぇよ。俺の方も服選び終わったところだしな。そんじゃ、お前の服選びをはじめっか!」
一足早く集合場所に到着していた切島を見かけた伏黒は早足でそこに向かうと少し遅れたことに対して謝罪する。切島はなんて事はなさそうに笑って流すとそのまま自身が服を購入した店へと案内する。到着するとそこには先ほどの鞄専門店とは違い男女関係なく買えるような感じでは無く、男物専用の店といった感じだった。
到着すると切島からどんな服がいいかと問われた伏黒は今着ているような服のように肌触りのいいものがいいと言うと切島はいくつか見繕い伏黒と共に更衣室へと向かった。
「しっかしよぉー、林間合宿行けんのは嬉しいんだが、わかってたとはいえ流石に補習きちーな…」
伏黒が更衣室で着替えているため息混じりにそう呟き始めた。いきなりの話題に伏黒は困惑しつつも切島もテストに落ちていることに思うことがあったのだろうと思い納得する。
「まぁな。言っちゃあなんだが、相手が悪すぎたとしか言いようがない」
「本当によぉ…。壊しても壊しても壁が迫り上がってくんだぜ?」
「まぁ、聞いた感じ脳筋地味たやり方だったらしいしな」
伏黒の言葉に対して半ば泣き言に近いことを言う切島。伏黒は凹む切島の言葉に切島自身にも問題があったような口ぶりで指摘すると思うことがあったのか「うぐっ」と言って黙り込む。伏黒はああは言ったがコンクリートが使われていない場所がほぼない現代社会においてセメントスの個性は捕縛や戦闘面ではほぼ無敵に近い。おまけに救助面でも名を馳せているあたり本当に万能だ。
「どうだ?」
「お!いいねぇ!」
「そうか…。じゃあこれと似たのを数点買うわ。選んでくれてありがとう」
「そ、それでいいのか伏黒?」
淡白な伏黒の反応に困惑する切島をよそに伏黒は金を支払って会計を完了させる。切島はそんな伏黒に少しだけ呆れると、ふとある考えが頭に浮かんだ。
「仮に、仮にだ伏黒」
「なんだ」
「お前が俺だったらどうやってセメントス先生を攻略したんだ?」
その質問に対して伏黒はすぐには返せなかった。自分自身ではないたらればを速攻で返すのが難しいのもそうだが、それ以上に相手が相手なため悩まされる。そして考えているうちにふとある答えに至る。
「周りはよく見たか?」
「え?」
「いや、だって今回の課題はあくまでも抜け道があったんだろ?話を聞いた感じお前も砂藤も猪突猛進に真っ直ぐしか進まなかったぽいしな。もしかしてだけど一部分を薄くしてたりして周りをよく見たら突破できるようにしてたんじゃねぇの?」
伏黒の意見に対して切島は思い当たる節があったのか一瞬固まると直ぐに頭を抱えて蹲る。それを見た伏黒はここでは迷惑になると言うと切島はハッとしながら顔を上げると店の外に出た。すると横にあったレディースの服を専門に扱っている店から先ほど別れた八百万、耳郎の2人が出てくる。
「お前らも服選びか?」
「そうですわ。その…恥ずかしい話ですが。最近になって私の服がキツくなってきまして……それで耳郎さんに」
伏黒の問いに対して八百万は少し照れくさそうにしながら答える。見た感じ変わってはいないがその手の話題に触れれば痛い目を見ることを拳藤から学んでいる伏黒はそれ以上深掘りしなかった。
しかし、なんで耳郎の顔が煤けているのかと疑問に思っていると、煤けているのと同時に八百万をどこか怪物でも見るかのような目を向けていることに気がつく。その目線を辿ってみると八百万のある部分に目がいき、伏黒はその辺りで話題を変えることにした。
「そう言えばお前らはどこを職場体験先にしたんだ?」
これ以上はいけないと思った伏黒は咄嗟に浮かんだ話題を切り出す。そして今まで熟考していた切島が真っ先に反応すると顔を上げて発言する。
「俺はフォースカインド!いやーやっぱり武闘派のヒーローは強い!」
「私はウワバミですわ。あまりヒーローらしいことはしてくださりませんでしたが…」
「うちはデステゴロ。索敵ばっかであんま活躍できなかったかなぁ…」
各々が体験先のヒーローの名前と共に感想を述べる。ヒーローに対してあまり詳しくない伏黒としては体育祭の昼休みの際に軽く話したデステゴロ以外に知らなかった。「伏黒は?」という耳郎の質問に対してナイトアイの名前を述べると周りから歓声が聞こえてくる。
「オールマイトの元サイドキックの!」
「なんでそこ選んだの?」
「単純にワンマンなオールマイトのサイドキック務めてたっていうくらいだから期待してみただけだ」
「確かにオールマイトのサイドキックといえば彼くらいですものね。……そうでしたわ!職場体験といえば私、拳藤さんとも少しの間でしたが一緒に仕事をしましたの!」
「なに?アイツ、確かミルコのとこで仕事してたんじゃ…」
拳藤と共に仕事していたという八百万の言葉に伏黒は思わず反応する。伏黒としては職場体験前にはミルコから指名を受けたと聞いていたこともあって何事かと思わされる。一瞬、見栄を張ったのではないかと疑った。しかし、冷静に考えて張るタイミングを間違えすぎだしそういう人間ではないと確信していることもあってその考えは伏黒の頭から消え失せる。
伏黒の反応に対して八百万は丁寧に説明する。なんでも初めは事務所がないこともあってミルコが直々に向かいに行く筈だったらしいのだが、向かっている真っ最中にヴィランによる事件が発生。解決に向ったはいいのだが、中々の強敵だったらしくかなりの足止めを喰らったらしい。
「ウワバミのもとで働いて2日目ほどでミルコが拳藤さんのことを抱えて出ていきましたわ。一緒にテレビのCMに出れたのもそうですが、話していてとても楽しい人でしたわ」
「そうかい。そいつは「フフ…」なんだ八百万。いきなり笑い出して」
伏黒の言葉を遮るように笑う八百万に少しだけ怪訝そうな顔しながら伏黒は問いかける。すると
「いえ、拳藤さんはよく伏黒さんのことを話していたので本当に2人は仲が良かったんだなぁと思いまして」
その言葉を聞いて伏黒は「アイツは…」と呟き悪態を吐きそうになる。それに過剰反応を示したのは共にいた耳郎と切島。何せヒーロー業は酷く多忙だ。それこそ色恋にうつつを抜かす暇などないほどに。トップヒーローであればあるほどその話題から遠のいており、エンデヴァーのように早めに身を固めたタイプを除けばほとんどが独身だというのが実情だ。
そしてその卵であるヒーロー科の面々でさえも勉強、実技、勉強、実技、勉強、実技の繰り返しと間違っても花の高校生がすごすような生活ではない。
単刀直入に言ってしまえばA組の面々は色恋など浮ついた話に酷く敏感で飢えているのだ。それこそそれっぽい話が出れば餌をばら撒かれたピラニアのような勢いで喰らいつく程度には。
そうして始まるのは切島、耳郎による質問攻めの嵐。伏黒は恨みがましく八百万に目線を送ると目をキラキラとさせながら質問しようとしているのを見て睨んでも無駄だと悟る。これ以上沈黙を貫いても面倒になるだけだと思うとそれっぽいこと言って誤魔化そうとする。
すると4人のスマホが同時に通知音を発した。クラス全体か、あるいは一時的に登録した買い物メンバー用のメッセージグループに誰かが連絡を入れたのだろうと思いつつ、画面に目を落とすとそこには
―――緑谷が
そしてそこから伏黒が昼頃に入ったショッピングモールから脱出できたのは空が橙色に染まり始めた夕方頃となった。どうやら別行動を始めたほとんど直後、緑谷が一人きりになったタイミングで死柄木弔に出くわし、個性で命を握られながらしばらく言葉を交わしたとのことだ。そして、麗日が緑谷の下に戻ってきた際に死柄木弔は追ってくるなという警告を残してその場を去っていった。
その後、麗日の通報によりショッピングモールは一時的に封鎖され、区内のヒーローと警察が緊急捜査にあたったものの死柄木が見つかることはなかった。緑谷は事情聴取のために警察署に連れて行かれ、伏黒を含めた生徒達は強制的に帰宅を余儀なくされた。
◇
翌日の学校、朝のHRにて、相澤先生の口からも事の顛末が語られた。しかし内容に関してはクラスメイトの共有しているラインで全てこと細やかに伝わっていることもあってそこまで驚かれることはなかった。
「……とまぁ、そんなことがあった訳で敵の動きも考慮し、例年使わせてもらっている宿泊場は急遽キャンセルとなった。行き先に関しては当日まで明かされないのであしからず」
「「「「えぇぇーーーー!!」」」」
周りから困惑の声があがるが伏黒としては中止されないことに驚きを隠せないほどだ。何せ相手はヴィラン連合。移動はワープ持ちの個性を持つ黒霧がいる以上、どんなセキュリティをしていてもまず後手に回る。そうなった場合、侵入されて雄英の信頼が地に落ちるのも十二分にヤバいが最悪、侵入された上に生徒になにかしらの被害が出たともなれば信頼云々の話ではなくなる可能性が沸くかも知れないからだ。
行き先が当日まで明かされないのが救いだなと思いつつも終業式が行われ、一年間学校で過ごしたのではないかと錯覚してしまうほどあまりにも濃い前期は幕を閉じた。
◇
学校が終業式ということもあって午前中に帰ることのできた伏黒は自身のアパートの郵便入れをみると何か手紙が入っているのがわかる。何かに抽選したわけでも、身内がいるわけでもないため来た郵便物に間違いではないかと思いながら宛先を見ると自身の名前と住所も記載されているため間違いではないと確認し、封を開ける。中に入っていたのは―――