戦闘員18号 しゃぼんだま。 Joan 紫月 幸 ランドルフィン
お気に入り登録ありがとうございます。
男の容姿は『異様』その一言に尽きた。包帯状のマスクを身に着け、赤のマフラーとバンダナ、プロテクターを着用していた。刃こぼれした日本刀と数本のサバイバルナイフを所持している姿はヒーローというよりもヴィランのそれだった。
「おい。あれがお前の援軍か?随分とヴィランっぽいが?」
「違う」
「は?」
「誰だ……アイツは」
伏黒は不良の言葉に疑問を覚えながらもヴィランのような風貌をした男に目を向ける。すると、
「ハァ……お前の言っているヒーローと呼んでいる贋作は
そう言いながら男は片手に持っていたものをこちらに向けて無造作に投げつける。飛距離が足りなかったのかこちらに届くギリギリのところでドチャっという音を響かせながら落下する。半回転して止まったそれを見た瞬間、伏黒を除く二人は悲鳴を上げて伏黒も目を見開き凍りついた。それは人の頭だった。半回転して止まった理由は鼻がつっかえただけだったのだ。
「あ、兄貴…」
「ハァ……お前ならわかっていると思うが……ソイツはヒーローの名を名乗りながらヴィランと結託し…お前の悪行を揉み消し続けた。ハァ……故に粛清した。ただ、それだけだ」
兄の死に言葉もでないほど焦燥し切った不良を侮蔑の目線を送り続けるヴィラン。伏黒は怪鳥——《鵺》をしまいすぐに数と機動力の勝る《玉犬》を呼び出す。しかし、
「やめておけ」
「ッ」
「お前の戦闘は……ハァ…見させてもらった。その歳で見事なものだった。……個性の扱い方も上手い。それに……俺の隙を常に伺い続けているのも悪くない。お前とそこの女は……見逃してやる」
「……その保証はどこにある。証明できんのか?」
「ハァ……なら、俺に挑むか?一向に攻めてこずに情報を分析した今なら……俺とお前の戦力が離れてることくらい……ハァ、分かると思ったんだがなぁ」
その言葉を聞き伏黒は顔を顰める。実際、目の前のヴィランの言う通りだった。不良を見下している時でさえもこちらどころが全員に気を配っているため、隙がどこにも見当たらないのだ。故に伏黒がその時選んだ選択は一つだけだった。
「拳藤!チンピラ!今すぐに逃げろ!」
「は?」
「なっ!?」
拳藤と癪だけど意識のある不良を逃す。それだけだった。
「ちょっと、伏黒!アンタ本気なの!?」
拳藤は呆気に声が裏返るほど動揺して、チンピラに関しては声が出ないほど呆気に取られていた。
「本気も本気だ」
「何ふざけたこと言ってんの!今のアンタのやってることって、アンタが普段から忌み嫌ってる善人のやってることでしょ!」
「ああ、そうだ。自分でやっておきながら吐き気がするッ。だけど、全員生き残るにはこれしかねぇんだよ!でも、とか言うなよ。現状、こいつを前にして動けんのは俺だけなんだからな!」
二の句を告げようとした拳藤の言葉を遮るように怒鳴りつけるように喋る。それを聞いた瞬間、拳藤は言い返せなかった。拳藤が目の前のヴィランに睨まれて、殺気をばら撒いたその時から足がすくんで動けないことを伏黒は察知していた。不良に関しては兄が死んだ上に殺気を浴びせられて半ば自失していた。その言葉を聞いた拳藤は顔をくしゃりと歪めて下を向き、顔を強く叩いた後に手を巨大化させて動かない不良を掴み上げる。
「絶対に生き残れよ!」
そう言いながら壁に向かい巨大化させた拳を叩き込んで破壊した。相変わらずの高火力ぶりに軽く引いていると。
「行かせるとでも?」
拳藤に、いや、不良に向けて小型のナイフを飛ばす。速度は信じられないほど早く着弾すればもれなく死は確定するほどの威力を持って不良へと向かっていった。が、
「させねぇよ」
その一言ともに白と黒の影が動く。白い影がナイフを弾きながら周りの気絶してる不良達も隅へと弾き、黒い影が伏黒を守るように前へ出る。その様子を見たヴィランは「ハァ」とため息をつくとこちらを睨む。
「動けない者、戦闘意欲のない者、これらを手早く脱出させる。いい判断だ」
だが、と一区切りすると重心を低くして構える。それに合わせて伏黒も左手は相手のあご先の位置に右手を相手の中段を突ける位置に配置して構える。
「俺はアイツを殺す義務がある。ぶつかり合えば当然……
弱い奴が淘汰される訳だ、さぁ、どうする」
全身の汗腺から汗が吹き出すのが分かる。先程までの殺気は小手調や相手を図るためのものであることを否が応でも諭され、軽く後ろに後退する。息が荒い、怖い。でも、
(耐えろッッッ!)
軽く一呼吸をして息を整えて体の震えを抑える。そして、打倒すべきヴィランを見据えて睨み返す。
(相手はどう考えても実戦経験も純粋な戦闘能力も遥か格上。勝つ……というのは明らかに無理がある。できるのか?俺に。いや、出来るかじゃねぇ)
「やるんだよ!!《鵺》!」
「ほう、2体同時に出せるのか。……これで実質2対1。いや……お前も合わせれば3対1か……ハァ、面倒だ」
そう呟くヴィランに向けて伏黒は牽制を兼ねた《鵺》を飛ばしながら接近した。
「ハァ……珍しいな。この手の類の個性持ちが近接戦闘を挑むとは。……面白いッ」
喋り続けるヴィランに向けて拳を連続で叩き込む。しかし、首を傾けて、上半身を逸らし、激しく動きながら全てを回避される。時々、《玉犬》二匹が合間を縫って攻撃を仕掛けてくるもそれすらも回避していく。
「ハァ……どうした?さっきよりも動きが悪いぞ。数を増やしたのが……原因か?」
図星だった。影から出てきた分の動物は全てオートで動き回り、伏黒本人に合わせられるように行動してくれる。しかし、割と万能に移るこの個性はその反面欠点も存在する。それは許容量である。伏黒の個性はいわゆる召喚士のような個性であり影絵で作った動物を作るたびにMPのようなものをゴリゴリと消費する。万全の状態であれば2体同時に扱うのはまだ大丈夫。しかし、連続での戦闘でMPを半ば使い切っている伏黒にとって。
「ハァ……自身の首を自分で締めるとはな。愚策もいいところだ」
割と本気で洒落になってないのだ。息が切れやすくなる。体の力が抜けていく。だが、諦めない。だって死にたくないから。故に、伏黒は一か八かの賭けに出た。
「《鵺》!」
空を舞い続ける巨大な怪鳥の名を呼び地面に突撃させる。すると、地面がひび割れて土煙が舞う。ヴィランは一瞬、訝しみながらも伏黒の狙いを悟りため息を吐く。
「自身よりも速い相手に目の前を塞ぐ……ハァ、愚策だ。俺の見込み違いか?」
そう言いながら振り返ると伏黒と目が合うヴィランは伏黒の行動を先読みして背後から来るのを察知していた。呆れ果てながら片手に持っていた刀を振り切ろうとする。が、
「なッ」
何かに止められたように刀が動かなかった。目線を向けるとそこには刀の刃に噛み付く二匹の玉犬の姿がそこにはあった。自身が一本取られたことに笑みを浮かべて伏黒に向き直る。次の瞬間、動けないように足を踏み抜き、ヴィランの顔面に深々と拳が突き刺さった。
◇
「はぁ、はぁ、痛ってぇ……」
伏黒は
「《鵺》!《玉犬》!畳みかけろ!」
伏黒は無力化すべく玉犬と鵺に追撃を加えるように指示を出す。あの程度であのヴィランが倒れるわけがない。ここまでの戦闘でそのことを悟っている伏黒に容赦という感覚はなかった。しかし、
「──レァロ」
こちらからでも見えるほどの長い舌が何かを舐めとった。その行動を見た伏黒はあまりの不快感に鳥肌が立つ。
「おい、お前何をして———あ?」
不快感を払うべく自身も距離を詰めようとした瞬間。突如その動作が止まる。それどころか、体が思うように動かなくなり、ついには無防備な状態で地に伏してしまった。
「な、どういう、ことだッ。クソッ、体が動かねえ!?」
どれだけ力を込めようとしても指先がピクリとも動きはしない。何故体が動かないのか。それを考えようとする伏黒だったが、それは出来なかった。何故なら────。
「ハァ、詰みだ」
眼前に佇むヴィランが、既にその手に構えていた錆びついた日本刀で伏黒の首を切り落とそうとしていたからだった。錆び付いているにもかかわらず軽く触れただけで首からわずかに血が出てきた。
「いい判断だった。最後の最後で見誤ってたよ。さて……ここからは質問の時間だ」
そう言うとヴィランは伏黒の肩にサバイバルナイフを突き刺した。
「ガァッ!」
いきなりの出来事に口から悲鳴が漏れる。肩を起点に全身が発火したかのような感覚に襲われる。視界がチカチカと白く光るような錯覚に襲われて
すると、少し離れたところでバチャっという水っぽい音が聞こえた。ヴィランが音のした方に目を向けると黒いタールのやうな液体がそこにあり数秒もしないうちに消えていったのを見た。
「ハァ……なるほどな。集中力や他の強い刺激に精神がいくと個性は解除される訳だ。……今後は気をつけるといい」
「ッグ……ハハッ、お優しいんだな」
「それは今後のお前の反応による。……ああ、そう言えば自己紹介がまだだったな。ハァ…俺はステインだ」
そう言いながら場違いな自己紹介をするヴィラン——ヒーロー殺しを見て伏黒は在らん限り睨みつける。そんな伏黒を尻目にヒーロー殺しは問いかけた。
「お前は何故ヒーローを目指す」
意味がわからなかった。自身が最も忌み嫌う存在であるヒーロー。それを何故目指しているのかと、ヒーロー殺しに問われたからだ。そんな問いに対して伏黒は鼻で笑いながら言い返す。
「ヒーロー?はっ、くだらねぇよヒーロー殺し。俺はそんなもん目指しちゃいねぇ」
「ハァ……何を言っている。貴様は」
「どうでもいいんだよ。どいつもこいつも。善人面してる奴らも悪人ぶってかっこいいと錯覚してる連中も!全員「なら、なんでアイツらをお前は助けた?」……効率が良かったからに決まってる」
「いいや違う。効率よく助けるのであれば、お前の理論に則ればお前はあのクズを見捨てるべきだった。ハァ……そして、俺があの社会の癌を殺そうとしている間に不意打ちという手もあった。……でも、お前はそうしなかった。もう一度だけ聞くぞ?何故だ?」
言葉が出なかった。普段であれば面倒くさそうに聞き流すか、個人の勝手だろうと言って煙撒くかなどちらかなのに。目の前にいるステインという男の言葉から発せられる重みには虚言を許さないという凄みを感じさせられる。そう、はっきり言えば良いのだくだらないと思っているのが本心だと。なのに、
「わからねぇ」
「あ?」
「わかんねぇよ、んなこと」
伏黒の口から出たのは戸惑いと疑問だった。なんだってこんなことで悩んでいるのか。なんだって自身が間違いないと思っていた本音がすぐに出ないのかと。すると、
「グ、ガァァァ!」
いきなりステインが肩に刺さったサバイバルナイフを少しずつずらし始めた。あまりの激痛に口から絶叫が漏れる。痛い、痛い、痛い、痛い!今すぐに痛みの発生源を抑えたい。だけど、体の自由が効かずに声だけが漏れ続ける。
「残念だ。見込み違いとはな。何かを成し遂げるには何事にも信念がいる。ない奴弱い奴は当然のように淘汰されていく。ハァ……ましてや、信念や自身の思いを気付けていないなど論外だ。お前ならもしかしたら、と思ったのだがな」
「何を、言ってる」
「お前には関係のないことだ。ではな、正しき社会の供物よ」
そういうと右手にもう一つのサバイバルナイフを持ち、首へと持っていく。この時伏黒は確信する。後、4、5秒もしないうちに自身が死ぬことを。これは決して避けられないことであることも。しかし、その結果は覆された。
「やめろ!」
伏黒の上半身をすっぽりと覆えるほどの巨大な手が聴き慣れた声とともにステインに向けて放たれる。しかし、
「次から次へと……」
「なんで、今の避けられんだよッ」
ステインはそれすらも伏黒の上から飛び退くことで回避する。
「おい!一歩、退がれ!」
地に伏している伏黒が援軍——-拳藤に向かって叫ぶ。それを聞いた拳藤はすぐさまバックステップする。すると、比喩表現抜きで目にまとまらぬ速さで刀を振るったステインがそこにはいた。もし、伏黒が助言しなかったら自身の首が飛んでたかも知れない。そう理解した瞬間背筋が凍ったが、それを無視して再度巨大化させた拳を払うもこれを躱される。
「巨大化の……いや、拳だけ限定させた巨大化の個性か?ハァ…いずれにせよ言われたことは無いか?挙動が大雑把だと!」
「…ッ!あうっ!」
回避と同時に放たれた数本のナイフが寸分違わず、拳藤の巨大化させた拳に刺さった。そして、距離を詰めて宙を舞う血液をステインは口に含んだ。瞬間、拳藤も伏黒同様いきなり体の自由が奪われたかのようにその場に崩れ落ちた。
「ハァ……友を助けにきたか……思想は悪くない。だが、いかんせん思想と実力が釣り合っていないな」
崩れ落ちた拳藤を見下ろしながらそう呟くステインは再度伏黒に目線をよこす。
「ハァ……やはり解せないな。先程まで命の危機にありながら自身の傷に悶えた男が友のために傷の痛みを押して回避を促した。わからん。何故そこまで他人を想えるのに何故思想がないのだ。ああ、それとも」
そう言うと片手に持っていた錆び付いた日本刀の鋒を拳藤の首へと突き付けた。
「おい!なんの真似だ!」
「普段であればこんなことはしないのだがな。今からお前の本質を測る。窮地にこそ人は本質を見せる。今のお前は子供の癇癪と同じだ。ハァ……どうやらお前は自身の死線では窮地たり得ないようだからな。そら、早く答えを出せ。でなければ友が死ぬぞ?」
「〜〜ッ!」
体が動くようになったがそれすらも忘れて伏黒は完全に焦っていた。目の前の男はやる。今の言葉のどこにも虚言がないことなどここまでの戦闘で明らかだからだ。伏黒はすぐさま考える。血を流しすぎた影響か中々思考が纏まらない。頭がズキズキと痛む。何故こうなったと思いながらある言葉を、伏黒自身の起源を思い出す。
それは、『不平等な現実のみが平等に配られる』と言う言葉だった。これは伏黒の父親が出て行った時に気づいたことだった。そして今、疑う余地のないほど善人である拳藤は現在進行形で傷ついている。それ故に思い当たる。
「思い、出した」
「ハァ……なんだ。言ってみろ」
「報われて欲しかったんだ。俺は、そいつに」
訝しみながらこちらを見るステインを睨みながら伏黒は立ち上がった。動くたびに傷口が痛む。正直なところ泣きたいくらい痛い。て言うよりも少し涙目だ。それでも、
「因果応報は全自動じゃない。悪人は法のもとで初めて裁かれるんだろう。多分、ヒーローとかそう言う奴はそんな"報い"の歯車の一つなんだろうよ。ああ、思い出した。そうだ俺は。ありがとよ、ヒーロー殺し。色々と思い出せたよ。だから目指してやるヒーローを。そして、少しでも多くの善人が平等を享受できるように
—————俺は不平等に人を助けるよ」
胸を張ってそう言える目標を思い出して口にできた。瞬間、カチリと体内で歯車がはまったようなそんな不思議な感覚に襲われた。力が溢れ出そうなほどみなぎる。思考が冴え渡る。なんでだか知れないが今ならなんでもできそうな気がした。
「ハァ……『不平等に人を助ける』か、矛盾だ!全てを救うべきヒーローとしてあるまじき考えだ!だが、いい!とてもいいぞ!伏黒とやら!それにその覇気!なるほど、ここからが本番というわけだ!」
ステインは拳藤に押し当てていた錆び付いた日本刀を持ち直して上半身を低く構えることで限りなく早く攻撃しようと体制を整え、伏黒は左腕内側に右手拳を押し当てた上で頭の中で浮かんだ言葉を唱える。
「
「魅せてみろ!伏黒!」
ヒーロー殺しは突進する。相手を試すために。
「
そこまで述べた瞬間、ヒーロー殺しは何かを察知してその場から飛び退いた。飛び退いてすぐに銃弾がヒーロー殺しのいた地点に数発着弾する。
「そこで止まれ!無駄な抵抗はやめて大人しくしろ!」
「ハァ……無粋な」
どうやらヒーローが到着したらしい。周りに複数名の警察官もいた。突然の横槍に苛立ちを隠せないほど顔を歪ませながらステインは拳藤が開けた大穴へと飛び込んだ。
「待て!」
「いいのか?その男はかなり出血しているぞ?」
そう言うとヒーローは伏黒の方に目をやる。ステインの言う通り、伏黒の上半身は制服の色が元々赤かったのではないと言うほど血に染まっていた。ヒーローが目線を逸らした一瞬でステインは逃げ出した。
「いずれまた会おう。伏黒、そしてそこの少女よ」
そんな言葉を残して。ヒーロー殺しが去ったことを確認した途端、緊張が抜けたからか糸が切れたように伏黒は膝から崩れ落ちた。
◇
後日談と行こう。まず初めにボロッカスにやられた伏黒と拳藤だったが、速攻で病院へと搬送させられた。
こっ酷くやられたように見えた伏黒だったがそこまで酷くなかったらしい。そこそこな量の体内の血が抜けていた点を除けば一週間程度様子を見たら退院していいとのことだ。手を抜かれたことは知っていたが、ここまでとは思っても見なかったから流石に腹が立ったのは内緒だ。
拳藤に関しては一応病院に搬送させられたがガーゼと包帯を巻かれた後、次の日には退院していた。拳藤の見舞いにこようとしていた人間が泣きながら来ていた。それを見た時、幼馴染がここまで周りに愛されていることを知った。
そして、入院して二日経った今、
「まさか見舞いが私だけって……。アンタどんだけ友達いないのよ」
「……悪かったな、友達いなくて」
「あと、そう言えばあの不良のリーダー格がさ自首したよ」
「へぇ、意外だな。後ろ盾が無くなったからか?」
「さぁね。でも、周りから見たらそうでもなかったらしいよ」
拳藤が見舞いに来ていた。手に巻かれた包帯は未だに解けないがここまで元気に見舞いに来ているあたりもう大丈夫なのだろう。そう思った伏黒はふと質問をする。
「お前、どうするんだ」
「ん?何がだ?」
「ヒーロー。目指すのか」
「……」
そう聴きたいこととはこのことだった。今回の一件で拳藤は誘拐された挙句に軽く犯されかけた。そしてトドメと言わんばかりのヒーロー殺しの乱入だった。正直言って心が折れても、ヒーローという道が折れても仕方ないように思えた。だけどそれは杞憂だった。
「目指すよ」
「……なんでだ。あんな目にあったんだぞ」
「だからだよ。今回の一件で苦しんでるかもしんない奴だっているかも知んないだろ?だったら、尚のことやる気が出てな?後、自分の未熟さもね?それに…」
「それに?」
「憧れたんだ、目指したくなんのは当然だろ?」
歯を見せながら大きく笑う拳藤を見て伏黒は思っていた以上に幼馴染は強かであることを再確認させられた。その様子を見てため息を吐くと拳藤は要件が済んだのかその場から去ろうとする。立ち上がろうとした直前に何かを思い出したかのように伏黒の顔を見て告げる。
「伏黒」
「なんだ」
「ありがとう、私を助けてくれて」
微笑みながらそう告げる拳藤は伏黒が今まで見てきたどんな笑顔よりも綺麗で彼女の整った容姿と相まって、その姿はまるで一枚の絵画のように輝いていた。
それこそ伏黒が思わず一瞬見惚れるほどに。
呆気に取られた伏黒はふと笑みが溢れて言い返した。
「おう、どういたしまして」
それを聞いた拳藤は心底幸せそうに満足げな顔をすると病室を後にした。
◇
「よーう、伏黒」
「……なんすか?並木先生」
拳藤が病室を去ってすぐに入れ違うように並木が伏黒の病室に入ってきた。それを見た瞬間、伏黒の頬が熱を帯びるのを感じた。来た感じからして明らかにあの会話を聞かれていたのだ。そう思いながらも一縷の望みにかけて聞かれてないことを望みながら並木先生と向き合う。が、
「いやースマンな、邪魔するつもりじゃなかったんだが……」
「……ッ」
がっつり聞かれていたらしい。瞬間、伏黒は神がいないことを悟り、こいつを消すべきなのかもしれない、一瞬本気でそう思ったらしい。
「んま、冗談はさて置き。俺が来たのはさ、伏黒。進路相談についてだ」
そう言うとバックの中から少しだけ皺のある進路希望調査書と一本の鉛筆を取り出した。
「退院は最低でも一週間後なんだろ?だったら、今この場で決めろ。言っとくが無理言うなとか言うなよ?これでも割と伸ばした方「ヒーロー科で」……なんだって?」
「ヒーロー科でお願いします。雄英の」
それを聞いた瞬間、並木先生は明らかに未確認生物を見るかのような目で伏黒を見た方思うと、伏黒の額に手を当てて熱がないかを調べる。割とイラッとしながらも自身のこれまでの行いが招いたことだったから軽く手を払って済ませた。すると、並木先生は普段のふざけた態度を変えて真剣に伏黒と向き合った。
「なんでだ。言っとくが幼馴染が選んだからは無しだぞ」
「夢です」
「は?」
「夢を見たくなった。ただそれだけです」
大真面目に伏黒がそう告げると並木先生は一瞬呆気に取られた顔をした後に吹き出して大笑いした。大笑いしすぎて騒がしいと看護師に注意されたほどだった。
「あー、了解したぜ伏黒。だけど、今の内申書じゃあ、難しいことぐらいはわかるよな?」
「覚悟の上です」
「うん、わかった。お前の覚悟はよく伝わった。難しいと思うが先生かわいい生徒のために頑張っちゃうぞ」
「ありがとうございます」
頭を下げて礼を言う伏黒に並木先生は少しだけ微笑むと頭を撫でる。伏黒は渡された調査書に希望校を書くと並木先生に渡す。それを受け取り記入漏れがないかを確認した並木先生はその場を後にした。
一週間後、伏黒は問題なく退院。周りの目が以前よりもいい意味で変わったことに戸惑いながらも雄英の試験へと着々と準備を進めていった。
◇
そして、2月26日。いよいよ入試本番の日を迎える。
伏黒恵……身長175cm。個性《影絵》。影で形どった動物などを現実に引っ張り出す個性。作り上げられた動物はそれぞれ固有の能力を持っており。玉犬の場合は共有、鵺の場合は帯電と割と万能。新しく影絵の動物を追加するには形どった際に作った動物と一対一で戦い勝利する必要がある。
ヒーローを目指す理由が大雑把すぎましたかね?難産だったうえにようやく本編です。描きやすくなるといいなぁ。