夜も明けて訪れた合宿三日目。A組もB組も引き続き個性伸ばし訓練に励んでいた。
「オラ、補習組。動き止まってるぞ」
「オ、オッス……!」「すいません、ちょっと眠くて…」「昨日の補習が…」
伏黒が自身が新しく呼び出した式神の性能を確かめている後ろで相澤の叱咤と、それに対しえ気合が入ってるようで微妙に入り切っていない返事が聞こえてきた。切島も上鳴も芦戸も瀬呂も砂藤も補習組全員がグッダグダだがこれにはしっかりとワケがある。それが先ほど上鳴の言っていた補習にあった。
補習の内容なのだが、相澤の演習試験の次の日に言っていた宣言通りかなりキツい。伏黒もスケジュールに目を通したのだが内容を見て思わず顔を顰めたほどだった。伏黒達の通常消灯時間の午後10時からなのに対して。何とビックリ切島達はそこから午前2時まで補習をやっていたというのだ。
ただでさえ個性を延ばす訓練がキツく補習無しでもフラつく人間がいるというのにそこから休まずに4時間ぶっ通しで勉強は普通にキツすぎる。内容も仮免に向けての為か戦闘を基盤にした内容を中心にみっちりとやらされたらしい。
しかも起床時間が午前7時と通常であれば9時間も眠れるところ5時間しか―――勉強で頭が冴え切っていたとしたらもっと短い可能性もある―――眠れないとなると地獄の沙汰もいいとこだ。普段からクラスの盛り上げ役として一役買ってる面子のテンションも下がるというものだ。
しかしそんな4人に対して相澤は容赦なく、期末で露呈した立ち回りの脆弱さを今の疲れを通して身を持って知れ、と叱責する。
「麗日!青山!伏黒!緑谷!爆豪!お前らもだ!赤点こそ免れていた。だが、30点を赤点とすると青山、麗日のペアは35点!伏黒、緑谷、爆豪のペアは40点とギリギリだったぞ!」
「げえ!ギリギリ!」「心外☆」「ああ、やっぱり。前半が不味かったか…」「そ、そっかー……」「チッ!」
呼ばれた5人は全員が全員、身に覚えがあったのか相澤の言葉に訓練での疲れも相まって苦い顔をする。
「何をするにしても"原点"を常に意識しておけ。向上ってのはそういうもんだ。何の為に汗をかいてるのか。何の為にぐちぐち言われてんのか。それを常に頭に置いておけ」
"原点"。それはありとあらゆる人間が持つ自分自身にとってのオリジン。伏黒は自身の原点を思い出す。因果応報は全自動じゃないことを。悪人は法のもとで初めて裁かれる事を。だからこそ伏黒恵は『不平等に人を助ける』。全ては善人が少しでも平等を享受出来るようにするために。
その考えが頭をよぎると同時に伏黒の特訓にも力が入っていく。すると緑谷がフラつきながらも相澤に他の教師が来ないのかと質問する。それに対して相澤は敵に動向を悟らせないためにも少数が良かったのだという。確かにオールマイトは強いがいかんせん派手過ぎて目立ちすぎる。間違っても隠密向きではない。
その考えに伏黒も納得しているとピクシーボブから肝試しの話が上がる。生徒一同は忙しさのあまりその話が頭からすっかりと抜け落ちていた。クラス対抗ということもあって一部の人間も自然と笑みが浮かぶ。
「という訳で今は全力で励むのだぁ!!!」
「「「「イエッサァァーー!!!」」」」
ピクシーボブの言葉にもはや慣れてしまったように生徒全員が元気良くそう返した。
そして午後4時まで続いた特訓が終わるとその日の夕飯は皆で肉じゃがを作った。
◇
あれからあっという間に日が暮れて生徒達が夕食を食べ終わると、クラス対抗肝試しが始まろうとしていた。
「腹も膨れた、皿も洗った!と、なればお次は……」
「「肝を試す時間だー!!」」
「「「「試すー!!!」」」」
その事実に常に特訓漬けであったヒーロー科の面々が拳を振り上げてはしゃぐ。とりわけ勉強会という名の補習を1日に4時間も味わい続けることで睡眠時間をゴリゴリと削られ心身ともに疲弊している補習5人組の反応は顕著だった。特に芦戸と上鳴は他の面々よりも声高々に叫んでいる。
「その前に、大変心苦しいが…」
すると相澤はいつもと変わらぬ表情でそんな2人に歩み寄る。何故だが知らないがいつもと変わらない様子だというのにどうしてから嫌な予感しかしない。それは補習5人組も感じ取ったのかはしゃいでいたのが一瞬でピタリと止む。
「補習連中はこれから俺と授業だ」
「「「「「ウソだろぉ!?!?」」」」」
死刑宣告にも等しい言葉に補習5人組が一斉に作画が崩壊すると堪えきれなかったのか相澤に向かってタメ口になって叫ぶ。芦戸にいたっては間違っても華の女子高生がしていい顔をしてなかった。冗談を言う質ではない事を知ってはいるがそれでも確認せずにはいられなかったのか5人は一斉に相澤の顔を見る。しかし、相澤の顔を見ても何も変化しておらず、それどころかマジと書いて本気と言わんばかりの表情だった。この事から冗談を言ってないのは明らかだ。
理由はまぁ、言わずもがな普通に演習試験を落ちたから。そして他にも日中の訓練であまり集中できなかったのもあるらしい。それでも納得できなかったのかあんまりにもあんまりな事実に5人は一斉にその場から逃げようとする。
しかし相手はイレイザーヘッドこと相澤。捕縛布を主体とした戦闘を得意とするプロヒーローを相手にヒヨコどころか未だに卵な5人が逃げられる筈もなく一瞬でお縄についてドナドナされる。引き摺られていく5人。
上鳴は「この為に今日まで頑張って来れたんですぅ!」と瀬呂は「御慈悲をォー!」と切島は「肝を試させてくれぇ!」と芦戸は「御堪忍をぉ!」と砂藤は「頼みます先生ー!」と断末魔にも似た叫びをあげながら薄暗くなった暗闇に消えていった。
試験に落ちた時と同じレベルの悲壮感を漂わせながら引き摺られて消えていく5人に伏黒を含めた何名かは顔を背けて、何名かは合掌して見送った。
「………うん!じゃあ、というわけで!」
思いの外アッサリと切り替えたピクシーボブに周りもどういう顔をしていいのかわからないでいると、ワイプシの面々から肝試しを開始するにあたってのルール説明が始まる。
内容はまず初めにB組が脅かす側になるとのことだった。既にいない事からどうやらもうスタンバイは完了いるらしい。そして次にA組は二人一組で3分おきに1ペアずつ出発する。森の中をぐるっと回ってこの広場まで戻ってくるような道を歩き、ルートの途中にあるお札を持って帰ってくる。脅かす側は直接接触禁止だが、個性を使って脅かしてくるらしい。規模もルートを守れば歩けば10分程度で走れば5分もかからずに終われるくらいだとのこと。内容を簡潔にまとめて仕舞えば要は個性を使う以外のことは基本的に知られている肝試しと何ら変わらなかった。
「「「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスの勝利だ!!!」」」
「いや、失禁させちゃダメでしょ」
「伏黒の言う通りですよ。止めてください、汚いから…」
しれっととんでもないこと言って締め括ったマンダレイを除いたワイプシに対して思わずツッコム伏黒と耳郎。そして少しすると考え込んでいた飯田がワイプシのルールと締めくくりを聞いてハッ!としながら顔を上げる。
「なるほど!競争させることでアイデアを推敲させ、その結果個性に更なる幅が生まれるというわけか…!流石は雄英!!」
「んー、まぁそれでいっか!それじゃあ、くじ引き始めるよー!!」
毎度お馴染みの飯田による独自解釈をピクシーボブが流すと組み分けの為のくじ引きが始まる。本来であればクラス人数が奇数なところ、5人は
そうして厳正なくじ引きの結果。ペアは1番初めに行く順から一組目に常闇と障子、二組目に爆豪と轟、三組目に耳郎と葉隠、四組目に青山と八百万、五組目に麗日と蛙吹、六組目に尾白と峰田、七組目に飯田と口田、八組目に緑谷と伏黒に決定した。
「またお前か…。ここまでいくと何かの縁を感じるよ」
「あはは…。まただけどよろしくね伏黒君」
演習試験から引き続き、同じペアとなった伏黒と緑谷。オールマイトの頼みもあって伏黒は思わずまたかと言う。それに対して緑谷は笑うとペアとなった伏黒を歓迎した。その他のペアは普段の高校生活では中々見られないもので青山、八百万のペアと爆豪、轟のペアには伏黒もどうなるのか少しだけ興味を持つ。が、この結果に納得がいかないものも存在している。
「おいコラ尻尾…代われ…!」「俺は何なの…」
「青山ぁ、オイラと代わってくるよぉ」「ッッ」ブン!ブン!
「緑谷さん。その位置を交換してくださりません?言い値払いますわ」「買収は良くないよ、八百万さん?」
しかしこれをワイプシは『何の為にくじ引きをしたのかわかり無くなる』という至極当然の理由から却下した。そんなこんなで一悶着あったが問題なくA組とB組による合同肝試しが開始した。一組、また一組と3分おきに暗い森の中へと姿を消していくクラスメイト達。すると時々聞こえてくる絶叫に何名かは思ってたよりもガチだと確信させられる。
「じゃあ、5組目のケロケロキティとウララカキティGo!!」
こうして5組目の麗日、蛙吹ペアは怖がる麗日を蛙吹が手を繋いで安心させながら出発した。そして2分ほど経過して次のペアを送り出そうとしたピクシーボブとマンダレイが違和感を覚える。
「…ねぇ、ピクシーボブ」
「気づいた?何この焦げ臭いの――――…は?黒煙?」
匂いのした方へと目を向ける。違和感を覚え始めた伏黒達もそれに釣られて目線を向けると黒煙と星明かりを消すほど煌々と黒煙を照らす青い炎が森を包んでいた。
「山火事?」
「山火事で青い炎が出るもんかよ!一旦引くぞ!これは明らかに「行かせないわ」
「―――ちょっ!何!?」
伏黒の言葉を遮るように聞き覚えのない声が皆の鼓膜を震わせる。それと同時にピクシーボブがまるで何かに引き寄せられるように飛んでいくと殴打音が響き渡る。
「これで1匹目。邪魔な飼い猫ちゃんの中でも面倒なのは黙らせたわ」
音の震源地には頭から血を流し、意識を失っているピクシーボブとそれを押さえつけ、足蹴にする、二人の武装した男の姿がそこにはあった。
「何で…!万全を期した筈じゃあ……!!何で…何でヴィランが此処にいるんだよォ!!!」
ブラドキングや虎と張るほどのガタイを持つ女口調の男とヒーロー殺しによく似た格好をした鍛えられた体を持つ蜥蜴の個性と思しき異形型の男を見た峰田は腹の底から震えた声を絞り出すように絶叫する。
「ピクシーボブ!!」
「マンダレイさん!
「―――やばい…!」
血を流すピクシーボブを見た緑谷は思わず叫ぶ。そして伏黒はある事に気がつくとマンダレイに問う。すると焦った顔をしながら一言呟く。それに緑谷も反応するとはっとした顔をすると焦燥を浮かべながら崖の方へと顔を向ける。するとあたりからギャハハハハハハ!!という品のない笑い声が響き渡る。
「ご機嫌よろしゅう雄英高校!!我ら
「
「この子の頭どうしようかしら、潰しちゃおうかしら?ねぇえ、どう思う?」
「やらせぬわ!このっ……!」
蜥蜴男が手を大きく広げながら聞いてもいない部隊名を声高々に誇らうに語る。それを聞いた尾白は思わずそう呟くとカラーレンズの眼鏡をつけた大男がピクシーボブの布で包まれた金属で出来ていると思われる棒でゴリゴリと押し付ける。それを見た虎は激昂しながら殴りかかろうとし、それを見た大男はニタリと笑って迎撃の構えを見せる。
するとそれを遮るように虎と大男の前に蜥蜴男が手をやる。
「待て待て早まるなよマグ姉!それに虎もだ!今この場において生殺与奪の権利は―――ステインの仰る主張に沿うか否か、だ!」
「貴様らステインに
蜥蜴男の発言にヒーロー殺しの事件に深く関わっている人間の内の1人である飯田が反応する。するとその声を聞いた蜥蜴男は深く俯くと3本ある得物のうち布で雁字搦めに結ばれたほうに手をやる。
「アアァ!俺が用があんのは君だぜ、メガネ君。保須市にてステインの終焉を招いたきっかけを作った男よ。申し遅れたら俺の名はスピナー。―――彼の夢を紡ぐものだ」
そう言いながら蜥蜴男ことスピナーは布を解きながら抜刀する。そこにあったのは鉈やサバイバルナイフやククリ刀や日本刀等を無理矢理繋ぎ合わせて作り上げた悪趣味極まりない大剣だった。迫力とそれを難なく持ち上げた膂力に緑谷が半歩下がるとヒーロー科の生徒を守るように虎とマンダレイが前に出る。
「貴様らの主義主張はこの際どうでもいいがなぁ…!お前らが躊躇なく倒したピクシーボブは最近婚期を気にしていて女の幸せを掴もうと頑張ってんだよ…!そんな女の顔を傷物にしてヘラヘラと笑ってんじゃないよ!!」
「ヒーローが人並みの幸せを「やれ【不知井底《せいていしらず》】」
「ぬおっ!」「あら」
虎の言葉をきっかけにスピナーが踏み込むのを見計らった伏黒は
「伏黒君!委員長の指示に従って退がる!」
「ピクシーボブを救ったんですからチャラにしてください」
「あら、可愛い顔して抜け目ない」
マンダレイの言葉に伏黒は【不知井底】によって巻き上げられたピクシーボブを見せてそう言う。
「やるじゃないか。流石はステインが見そめた男なだけはある。しかし、人質を奪われたのなら取り返せばいいだけのこと」
「それは俺にじゃなくてピクシーボブに言ってくれ」
「何?」
「【
そうして伏黒は個性を行使すると人の1.5倍ほどの体躯と四つ目が特徴の鹿の式神が現れる。そして【円鹿】と呼ばれた式神がピクシーボブに鼻先を近づけたかと思うと血が消え失せるのと同時に傷が癒え始めた。そして完治すると同時に呻き声を上げるとピクシーボブが上体を起こした。
「何ぃ!?」「ちょっと、回復持ちがいるなんて聞いてないわよッ!」「あれが伏黒君の新しい式神!」
目の前で起きた光景にヴィランだけでなく味方のマンダレイ、虎を筆頭にヒーロー科の面々も驚愕する。理由は単純で伏黒の式神が【治癒】を使ったから。
超常社会において自分自身を治せる個性は数多くあっても他人を治せる個性となると滅多に見られない。個性が現れて現在に至るまで他人を癒せる個性が見つかった件数は片手で数えられる程度でヒーローともなればリカバリーガールを除けばほぼ聞かない。
「さて、これで戦況は戻ったな」
「
「前言撤回!ありがとう伏黒君!虎!!
「承知いたしました! みんな、行こう!!」
ピクシーボブが立ち上がるのを見たマンダレイは伏黒に一言礼を言う。そして直ぐにあたりに指示を出す。その指示を聞いた飯田は迅速に慌てる周りを纏めると相澤とブラドキングがいる宿泊所へと向かい始める。
「飯田君…先行ってて」
「はぁ!?何を言ってるんだ緑谷君!!」「緑谷!」
「マンダレイ!!!僕、
しかし緑谷はその指示に対して先に行くようにと頼む。これには飯田と尾白の2人が反応してしまう。それに対して緑谷はそれを無視する形でマンダレイに対してそう告げる。初めは疑問に思っていた伏黒も浩汰がいない事に気づいていたこともあって納得する。そして少しため息を吐く。
「マンダレイさん。俺も緑谷に付き添います」
「伏黒君!?君まで!」
「悪いな委員長。―――マンダレイ!こんな状態だ怪我してる可能性が高い!それだったら【治癒】持ちの俺も向かったほうがいい!それに敵戦力が不透明な以上、単独行動は危険すぎる!」
伏黒の言葉を咀嚼したマンダレイはヴィランとの戦闘もこなしつつ考え込む。そして少し唸った後に頭をガシガシと掻く。
「ああ、もう!わかった、お願い!!」
「行くぞ緑谷!」「うん!伏黒君!」
そうしてこの場をピクシーボブ、マンダレイ、虎の3名に任せて伏黒と緑谷はマンダレイの従甥である浩汰の保護へと向かった。