「オールマイト…!!あの会見後に、まさかタイミング示し合わせて……!?」「や〜!」「おい、木の人!引っ張んなってば!押せよ!」
シンリンカムイの【ウルシ鎖牢】から逃れるべく意識のあるヴィラン達は身を捩る。するとオールマイトの宣言と同時に扉の隙間から忍者の装飾をしたエッジショットが扉を開けて制圧部隊を引き入れる。
「ピザーラ神野店は俺達だけじゃない。外はあのエンデヴァーを始め、手練れのヒーローと警察が包囲している」
セリフからしてどうやらエンデヴァーも参加しているらしく、どう足掻いても逃さないという強い意志と共に完璧に仕留める気できているのが窺える。するといつの間にか伏黒の側に立っていたオールマイトが優しく語りかける。
「怖かったろうに…だが、よく耐えた!ごめんな…もう大丈夫だ少年!」
「……ありがとうございます」
「HAHAHAHAHAHA!!素直でよろしい!!」
伏黒はいきなり有名どころがわんさか訪れたことに思考が追いつかずにいるが、助けて貰ったのは事実なためひとまず礼を言う。その反応にオールマイトは元気よく笑うと真剣な眼差しで死柄木と向き合う。木に縛られている死柄木がオールマイト達を睨みながらボソッと呟いた。
「せっかく色々とこねくり回したのに……何でラスボスがそっちから来てくれてんだよ……」
死柄木の視線が周りに巡らされる。それを見て再度手詰まりの状態だと理解すると屈辱からか身を震わせて「仕方がない…」と呟くと覚悟したかのように語る。
「俺達だけじゃない?奇遇だな、そりゃこっちもだ。―――黒霧ぃ!!持ってこれるだけ持って来い!!」
「脳無だな!」
脳無の厄介さと強さを今この場にいる誰よりも知っているオールマイトは身構える。しかし待てど暮らせども部屋に変化は訪れず、脳無が現れることはなければ黒霧が個性を起動させる様子もない。流石の事態に命令した死柄木すらも困惑する。
「すみません死柄木弔……。所定の位置にあるはずの脳無が………ない!?」
「はぁ!?」
黒霧すらも困惑する報告内容に死柄木は混乱を極める。すると今度はこの状況を把握しているのかオールマイトが伏黒の肩に手を乗せながらゆっくりと話しはじめた。
「やはり君はまだまだ青二才だ死柄木」
「あァ!?」
「敵連合よ、君らは舐めすぎだ。少年の魂を、警察のたゆまぬ捜査を、そして…我々の怒りを!!」
そこまで聞いた誰もが理解する。最早、脳無のいる場所は制圧されて来ることはないということを。
「おいたが過ぎたな。ここで終わりだ死柄木弔!」
その事実を伝えると共に平和の象徴と謳われたNo.1ヒーローが終わりを宣告する。そしてそれと同時にあてられたもの全員が慄くほどの圧力が放たれる。今この瞬間、林間合宿とは異なり場を制しているのはヒーローとなった。しかし、この現状に誰よりも苛立ちを露わにしている死柄木だけは諦めることはなかった。
「終わりだと…?ふざけるな…始まったばかりだ。正義だの…平和だのと…言葉ですらあやふやなモンで蓋されたこの掃きだめをぶっ壊す…。その為に
死柄木は現状を打開すべく転移能力を持つ黒霧の名前を呼ぼうとするもそれよりも早く細長い何かが黒霧の体を貫いた。すると「うっ」という呻き声と共にその場で力無く項垂れた。マグネから「殺したの!?」という絶叫が響き渡るが、それを否定したのは黒霧の体を貫いた細長い何かだった。
「忍法千枚通し。この男は最も厄介……眠っててもらう」
そう語るとエッジショットが糸状から元の形に戻り始める。するとこれ以上、抗っても無駄だとわからせるためかオールマイトの後ろにいたグラントリノが前に出ると名前を呼び始める。
「引石健磁。迫圧紘。伊口秀一。渡我被身子。分倍河原仁。少ない情報と時間の中、おまわりさんが夜なべして素性を突き止めたそうだ。分かるかね?もう逃げ場はねぇってことよ」
先ほどまで【ウルシ鎖牢】から逃れるべく騒いでいたヴィラン連合の面々が黙って顔を伏せる。そして場に沈黙が満ちる。死柄木はこの現状が受け入れられないのか「こんな…こんな、呆気なく…ふざけるな……ふざけるな…」と声を震わせながら拒絶する。
「なぁ死柄木、聞きてぇんだがお前さんのボスはどこにいる?」
「失せろッ…!消えろッ…!」
「奴はどこにいる、死柄木!!」
「お前が!!嫌いだ!!!」
グラントリノとオールマイトの質問に拒絶を含んだ絶叫を返す死柄木。その直後、
ドドドドドドドドドドドドドドドッッッッッ
黒い水のような音と共に、突然死柄木の両隣の空間から黒いナニカが出現する。そしてその黒い断面から覗いて見えるのは脳無だった。それをきっかけのように空間から零れ落ちると大量の脳無が加速度的に増えていく。
「シンリンカムイ!絶対に離すんじゃあないぞ!!」
「わ、わかりました!!」
「あ゛ごぁ!?」
オールマイトが捕縛の手を緩めないように指示を出していると伏黒の口から脳無が現れた時に出てきた黒い水のようなものが溢れると包み込み始める。
「なっ!?伏黒少年!?」
慌てて伏黒を助け出そうとしたオールマイトだが黒いナニカはあっという間に伏黒を飲み込む。味わったことのない浮遊感と共に「NOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」というオールマイトの叫び声が聞こえる。そして伏黒はその場から消えてしまった。
◇
「ゲホッゲホッ……!何だこの水、臭っせぇなッ…!それにここはどこだ。まさか転移型の個性なのか?」
黒い泥のような粘性を持つ液体によってバーから別の場所へ飛ばされた伏黒は嘔吐きながら辺りを見渡す。周りを見て一言言うとするならば『廃墟』、それに尽きた。しかし同時に疑問も湧いた。辺りに見える倒壊した建物なのだが、経年劣化で壊れたにしては嫌に新しい。しかも破壊跡がまるで演習試験の時に見たオールマイトの一撃のようにとてつもない力で吹き飛んだような感じだった。今この場にある全てに疑問を抱きながら下がると何かに足が引っ掛かる。石というには少し柔らかく。大きめなゴムのような感覚に戸惑いながら下を見る。
「は?」
そこには胸部の少し下を大きく抉られたNo.4ヒーローのベストジーニストが血を吐き出しながら転がっていた。いきなりの事態に追いつけないまま周りを見渡す。視線を向けた先にはNo.10ヒーローのギャングオルカ、新規精鋭で有名なマウント・レディ、そして林間合宿で散々世話になったワイプシの虎と何故か全裸のラグドールが転がっていた。事務所も活動範囲も異なる彼らだが今現在共通しているのはいずれも怪我を負っているということだ。
「【円鹿】!今すぐに全員を癒せ!!」
伏黒は片方の手で頭部を作り、もう片方の手で角を見立てることで【円鹿】を呼び出すと5人の中でもとりわけ重症なベストジーニストを中心に治癒できるフィールドを展開する。早く、そして上着を脱いだ伏黒は血を止めるためにも浅い呼吸をするベストジーニストの傷口を圧迫するように抑える。ベストジーニストはまだまだ時間がかかりそうだが、比較的軽症な虎やラグドール、マウント・レディとギャングオルカは早く治りそうだと確信する。
「面白い個性だね」
しかし、その治療は伏黒の後ろから聞こえてくる声と共に中断させられる。声が聞こえたのと同時に伏黒はその場から飛び退いた。圧迫して止血していたベストジーニストのことを無視して。そして伏黒の目の前に声をかけた人物が立っていた。スーツ姿で顔には厳ついマスクを装着していた。不審者極まりない衣装だが、それ以上に目の前に立つガスマスクに似た厳ついマスクを被る男の放つ気迫に圧倒された。
オーラから感じることのできるオールマイトとは異なる強さ。それを言葉にして例えるならば圧倒的な邪悪。伏黒は自身の一挙一投足の全てが死因として成りうるほどの恐怖を感じ取る。それを目の前にした伏黒は幾度も自身の死を連想させられたほどだった。息をすることすら自身の死の原因になるのではないかと錯覚する。言われなくてもわかった。指摘されるまでもない。今まさに自身をここに連れてきた目の前にいるこの男こそが。
「オール・フォー・ワン……」
「おや?僕のことを知ってるのかい?」
思わず名前を漏らしてしまったことに伏黒は失態を悟るもののなんとか笑いながら未だに口の周りに残る黒い液体の手で拭うとと誤魔化そうとする。
「親父が酒に酔った勢いであんたの名前を呼んでてね」
「うん、嘘だね。甚爾ならあり得ないとは言えないのが残念だけど僕には嘘は通用しないよ?…となると後はオールマイトくらいかな?僕のことを知ってるのは。相変わらず嘘が下手なのか口が軽いのか…。こんな少年に僕のことを教えるなんてねぇ」
伏黒の誤魔化しを秒で看破すると教えた人間に当たりをつけて呆れたようにため息を吐く。そして【円鹿】を今破壊されるわけにもいかないため仕舞うとどう逃げたものかを考える。しかしそれは
「げえぇぇぇ……」「何なんですか…」「いやん、もう臭い!」「何かクッセー!いい匂い!」「全く逃すためとはいえ勘弁してくれよ」「先生………」
後ろに現れたヴィラン連合のメンバー全員が現れることで阻まれる。移動方はどうやら伏黒と同じだったらしくあのバーにいたヴィラン連合の人数分の水の音が響き渡る。状況がさらに悪化したという事実に目を背けるとオール・フォー・ワンは死柄木に歩み寄る。
「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子もね…。君が『大切な駒』だと考え判断したからだ。いくらでもやり直せ。その為に僕がいるんだよ。――――全ては君のためにある」
少しだけ失意に沈む死柄木にそっと手を差し伸べて慰める姿は不覚にもオールマイトより先生していると思わされる。すると、少しして何かに気づいたようにオール・フォー・ワンは顔を上げる。
「やはり、来てるな」
1人でにそう呟くオール・フォー・ワンと空から降り落ちたオールマイトとの衝突に秒も要らなかった。
「全てを返してもらうぞ!オール・フォー・ワン!!!」
「また僕を殺すか?オールマイト」
そうして上からの衝撃に地面が耐えきれずバキバキに割れるほどの勢いでぶつかり合う。そして互いにその場を離れた。一連のどこにでもあるヒーローとヴィランとの攻防、ただ、それだけで近くにいたヴィラン連合も伏黒も関係なく仰け反ってしまうほどの衝撃が辺りを駆け巡る。咄嗟に顔を覆って衝撃の震源地に目線を向ける。視線の先では先ほどまで一緒にいたオールマイトの姿とオール・フォー・ワンとが対峙していた。
「随分と遅かったじゃないか。バーからここまで5㎞余り…。僕が脳無を送ってから優に30秒は経過しての到着とは……。衰えたねぇ、オールマイト」
「貴様こそ何だその工業地帯のようなマスクは!?大分無理してるんじゃないのか!?」
息をするように煽り合う2人に伏黒はオールマイトの攻撃を弾いたこともそうだが、半ば確信していたとはいえ目の前に立つ魔王の如き男こそがオール・フォー・ワンなのだと知る。オールマイトはその場でトントンと軽く何度か飛ぶ。
「5年前と同じ過ちは犯さん。オール・フォー・ワン!伏黒少年を取り返す!そして貴様を今度こそ刑務所にぶち込む!貴様の操る敵連合もろとも!!」
「そいつはやることが多くて大変だなぁ!お互いに」
オールマイトが榴弾と見紛うほどの勢いで突っ込み間合いを潰そうとする。それに対してオール・フォー・ワンは軽く左手を挙げるだけで対応する。すると次の瞬間にはオール・フォー・ワンの腕が不自然なまでに膨張するとオールマイト目掛けて見えない何かが射出される。それを喰らったオールマイトは吹き飛ぶ。そしてその吹き飛んだ勢いはビルを幾つもぶち抜き、薙ぎ倒すほどだった。
「【空気を押し出す】+【筋骨バネ化】、【瞬発力】×4、【膂力増強】×3。この組み合わせは楽しいなぁ。増強系をもう少し足すか……」
「オールマイト!!」
自身の腕を見ながら何やらブツブツ呟くオール・フォー・ワン。ただ無造作に個性を放っただけでこの威力。あまりにも隔絶しきった実力差に伏黒は愕然としつつもオールマイトの安否を気にして叫ぶ。しかしそんな伏黒を安心させるようにオール・フォー・ワンは語りかける。
「気にせずともあの程度でやられるほど柔な奴じゃあないよ。だから…ここは逃げろ弔。
そう言うと今度は右手をスッと出すと指先を稲妻の如く赤い線の入った黒い触手のような物に変化させる。そして伸ばした触手を黒霧に突き刺す。その行動にマグネは転移させる個性があるならそれを使えばいいと言うが、かなり条件が厳しいらしく出来ないと言う。それと同じタイミングで不定形の黒霧の体が大きく膨れ上がる。
「さあ、逃げなさい」
「先生は………」
死柄木が呟いた直後、遠方でボゴォォォォン!!という爆発音のような音がした。皆がその音の方向を見る。そこには吹っ飛ばされたオールマイトが凄いスピードでオール・フォー・ワン目掛けて向かってくる姿が見えた。オール・フォー・ワンもそれを確認すると空に浮かび始める。
「常に考えろ弔。君はまだまだ成長できる」
そう言ってオール・フォー・ワンはオールマイトの振り下ろした拳を両腕で受け止める。
「……」
「行くぞ死柄木!あのパイプ仮面がオールマイトを食い止めてくれてる間に!駒持ってよ!」
「―――悪いがこれ以上、茶番劇に付き合う気は毛頭ない」
未だにオールフォーワンの方を見つめ続けている死柄木に対してコンプレスが気絶している荼毘をビー玉に変化させながら伏黒も連れていくよう声をかける。それに応えるようにコンプレス、トガ、トゥワイス、スピナー、マグネが伏黒と相対する。
それに対して伏黒は一度目を閉じて考える。今この場で手持ちも体も万全ではない自分に何ができるのかを。逃げようにもこの面子から逃げ切れる保証はどこにもない。むしろオールマイトの心配がこっちに行き過ぎてオールマイトの負けという最悪の結末すら想像できる。そこまで考えると伏黒は腹を括った。自身の持つ最強の手札を切ることを。冷めきった顔をする。【嵌合纏】を発動させる。そして【脱兎】を纏うと次の瞬間、
「はぁあ!?」「驚きましたね」「面倒なことに」
その事実にヴィラン連合は驚きつつも口々に文句のようなことを言う。そして分裂した方に戦闘を預けてオール・フォー・ワンを吹き飛ばしたオールマイトの元へと駆け寄る。
「ナイスだ伏黒少年!このまま逃げるぞ!」
「すみませんがそれは無しです。オールマイト」
「What!!??」
「今、アンタが俺を抱えて飛んでも撃ち落とされるのが関の山でしょうに」
オールマイトが逃げるように指示を出すがすぐに断ってくる伏黒に思わずアメリカンに反応してしまう。それに対して伏黒は抱えられては足手纏いになると言うとオールマイトは否定できなかったのか呻く。
「10秒だけでいいんです。時間を稼げませんか」
「策があるんだな!?伏黒少年!」
「絶対に呼び出した奴の邪魔をせずに協力するって約束してくれるんでしたら。必ずオールマイトを勝たせて見せます」
飛んでくる空気の砲弾を自身の拳をぶつけることで迎撃するオールマイト。そして伏黒の方でも治癒自体はされずに未だにボロボロなこともあって分裂体がそろそろ限界なのか不定形になり始める。少しして「ムムムッ」と唸った後にオール・フォー・ワンを引き寄せて空中目掛けてぶん投げる。
「わかった!やってくれ!」
「ありがとうございます。―――
オールマイトが伏黒の前にどっしりと立つと安心した伏黒はその場で跪いて左腕内側に右手拳を押し当てた上で呪文のようなものを唱える。すると伏黒を中心に力の奔流が流れ始める。今この現場に居合わせる全ての人間の視線が伏黒に向いた。その力の圧力はあのオール・フォー・ワンですらもオールマイトから伏黒に攻撃の矛先を変えるほどだった。しかし、伏黒の前に立つのは平和の象徴。一発も撃ち漏らすことなく守り切る。
それを見た伏黒は安心して分身体が解くと
8月9日、19時23分頃。神奈川県横浜市神野区にて最強の式神が顕現した。