禪院家を一言で言い表すならば“才能と力を尊ぶ統制された戦闘一族” である。強力な個性をもつ人間をその家系に取り込むことで発展してきた一族であり、その総合的な戦闘能力は国家権力相手にできるほどのものとされている。今から1000年以上も前、すなわち平安時代から存在している現存する中でも世界最古と言ってもいいほどの一族である。中でも特徴的なのはその思想。"禪院家に非ずんば人に非ず 個性が非ずんば人に非ず"という何処ぞの平家が言ってそうな平安時代から時が止まってるのではないかと聞きたくなるような独善的かつ封建的な思想にある。おまけに個性至上主義といったところや男尊女卑のきらいがあるなど、ハッキリ言って世間から見ても碌でもないイメージしか存在しない。
「そんな禪院家が今更になって俺に何のようなんですか?」
伏黒は今、相澤と丸メガネの人物と共に京都へと向かう新幹線に乗っていた。あの後、丸メガネの男の口から飛び出してきた禪院という単語に相澤は伏黒が禪院家と血縁関係にあることを知ると驚愕した。そしてそれが事実なのかと伏黒に問うと、父親が禪院だったのをエンデヴァーや組屋蹂造から聞いたと伏黒の口から聞くと顔を俯かせて大きく息を吐いていた。
相澤の反応は無理もない。何せ禪院家と言えば昔から後ろ暗い話しか聞かないようなヒーローと完全に対極な存在なのだから。少しして相澤は顔を上げると少し考え込んでいた。そして「遺言ならばここで言えばいい」と言った。しかし、どうやら遺言状を読み上げるに当たっての条件として今ここにいる伏黒の他にも当主候補者である3名が揃ってからでないと開示してはいけないよう決まっていたらしい。相手が禪院家ということもあって一教員と一生徒が断れる筈もなく今現在新幹線の中で揺られていた。
「先ほどもおっしゃった通り、遺言故にですよ。それにあなたが前当主である直毘人様とは近縁であることも重要ですから」
伏黒の険悪そうな顔にフルダテはニッコリと笑って流すとそう言う。いまいち掴みどころのない不気味な様相に伏黒は一度舌打ちするとこれ以上は無駄だと判断し、相澤同様に喋ることをやめようとする。しかし、気になったことがある為、再度フルダテに質問する。
「そう言えば直毘人?って人が死んだって言いますけど、死因はなんですか?」
「直毘人様がお亡くなりになった原因はヴィラン連合が操る脳無によるものでございます」
ヴィラン連合という今この場に出ることはないと思っていた単語の出現に寝たふりをしていた相澤も目を見開く。話によるとどうやらほんの1週間ほど前の話になるが、禪院家邸に脳無が襲撃してきたらしい。その際、真っ先に狙われたのが直毘人とのことだ。しかも襲撃した脳無とやらは驚くべきことに片言であるが喋れる知性、自らの状況を即座に理解する思考能力を持っていたらしい。数々の個性、馬鹿げた膂力を前にさしもの禪院家の当主も圧倒されたらしく、最終的に致命傷を負いながらも脳無を屠ったとのことだ。そしてその怪我が原因で死亡したらしい。
その話が言い終わると同時に、相澤と伏黒、フルダテの
車から降り、石造りの階段を登ると禪院家の門の前にいた女中と思しき人物が一礼すると当主候補者がいるとされる部屋に案内される。迷路のように複雑な家の構造を前に伏黒は何故、門前に女中がいたのかを理解する。そうして女中がある部屋に止まると跪いて障子紙が貼られた戸を開ける。
「む、お前が甚爾の…」「……」
伏黒と相澤が部屋に入るとすでに2人ほど部屋にいた。1人はツンツンに跳ねた長髪に太い眉、筋骨隆々とした体躯に無精髭を生やした野性的な外見に額には大きな十字の傷痕が特徴的な男性ともう1人は長い髪をポニーテール風に後ろで束ねた、痩身の壮年男性。だった。
「伏黒恵です。よろしくお願いします」
馴れ合うつもりは毛頭ないが、初対面ということもあって取り敢えずは挨拶だけでも済ませておこうと一礼する。しかし、挨拶をしたはいいものの一向に返事がない為、何事かと頭を上げる。すると、両者共に驚いた顔をしながら伏黒の顔を見ていた。
「どうかしましたか?」
「あ、ああ、その、なんだ。お前の顔で頭下げられると違和感があってだな……。俺は甚壱、禪院甚壱だ。一応は貴様の叔父に当たる。隣にいるのは扇だ」
「勝手に私の名を呼ぶな。だがそれ以上に度し難いのは貴様だ伏黒恵。―――何故、禪院家と関わりのない人間がここにいる。しかも、次の当主が決まるかもしれない重要な時に」
一体全体、自身の父親が自身の兄弟相手に何をやらかしてきたのか気になるレベルで戸惑っている甚壱に対して扇と呼ばれた痩躯の男性は不快気な顔をしてぐちぐちと言いながら相澤を睨みつけていた。それに対して相澤は問題なく受け流すとその場で頭を下げる。
「伏黒のお目付役のようなもんですよ」
「名は?」
「相澤消太と言います。雄英高の教師を務めています」
雄英の単語を聞いた瞬間、扇は目元をぴくりとさせた。その違和感に対して伏黒が疑問を抱くよりも前に閉めたはずの戸が開く。すると空いた戸から出てきた人物を見た扇がさらに不快気な顔をする。
「何をしていた、直哉。実の父が峠を彷徨っていたというのに……!!」
伏黒は後ろを向いて誰が来たのかを確認する。そこには毛先が黒くそれ以外を金髪に染めた狐のような釣り目で優男な風貌のチャラ男がいた。伏黒は地元にいたチンピラに似たような奴がいたなと思っていると直哉と呼ばれた男は伏黒の顔をじっと眺めたかと思うとその視線を体に移していき、最終的に鼻で笑ってきた。その対応に思わず伏黒は「あ゛?」と喧嘩腰になるが相澤に捕縛布で巻かれて「よせ」と引き留められる。
「ごめんちゃい♡……でも別にええやろ?俺が来んでも来やんでも。―――次の禪院家の当主は俺なんやから」
そんな2人を他所に扇の方に向き直ると心底舐め腐ったような顔をするとこれまた舐め腐った口調で謝ってくる。そうして自分こそが次の当主であると言い切る。いやに確信的なもの言いに何かしら理由があるのかと不思議に思っていると展開された持論がこれまた酷かった。
「俺の兄さん方は皆ポンコツやし。叔父…
片っ端から全方面に喧嘩を売っていく直哉。そして最後の最後で甚壱の顔を見ると片目を瞑った自身の顔を指差して回しながら遠回しに面が悪いと指摘する。直哉が言い切ると同時に張り詰めていた空気が一気に千切れる。まず始めに甚壱が座り込んでいたにも関わらず、いつの間にか立ち上がったかと思うと凄まじい勢いで直哉の顔面を殴り飛ばそうとする。しかし、直哉はこれを回避するがその回避した先を予測していたかのように抜刀した扇が抜き身の刀を直哉に突きつける。それに対して余裕綽々といった様子で手を挙げると悪びれる様子もなく「堪忍したってや」と言う。相澤は特に何もしなかったが、突如として始まった内輪揉めに呆れ、伏黒は「当主とかどうでもいいから早めに終わらせてくれ」と言う。
「皆さんお揃いで」
険悪になっていく空気を晴らすように伏黒を迎えに行ったフルダテが伏黒たち同様に障子の戸を開けて部屋に入ってきた。先ほどとは違い、何やらがま口を見立てたような鞄を横抱きにしている。
「ご遺言状はこのフルダテがお預かり致しております。ご遺言状は直毘人様のご意志によって禪院扇様、禪院甚壱様、禪院直哉様、伏黒恵様の4名が揃われた時に私からお伝えすることになっています」
そう宣言すると同時にフルダテはがま口の鞄を開けると中にある遺言状と思しき紙を取り出す。相違なければご遺言状を読み上げますと言うと内容が語られる。
一つ、第27代目禪院家当主を禪院直哉とす。
一つ、保管されている器具を含めた全財産を直哉が相続し、禪院扇・禪院甚壱のいずれかの承認を得た上で直哉が運用することとす。
ここまで最後の一文を聞いた直哉が舌打ちをしたこと以外はこの場にいる全員が特に表情を変えることはなかった。伏黒と相澤はいくら遺言状を読み上げるための条件とは言え、わざわざ長野から京都まで足を運んだにも関わらず語られた遺言の内容に伏黒が微塵も関わってないのを聞くとこれ以上は無駄と判断して部屋から出て行こうとする。しかし、次のフルダテの言葉で場が一気に変化する。
「ただし、なんらかの理由でオールマイトが死亡または戦闘能力の喪失した場合、伏黒甚爾との誓約状を履行し伏黒恵を禪院家に迎え、同人を禪院家当主とし、全財産を譲るものとする」
「は?」「あ゛?」
この言葉に真っ先に反応したのは伏黒と直哉だった。扇や甚壱、相澤もフルダテの語られた遺言状の内容に信じられないと言わんばかりに目を見開き驚愕する。特に顕著だったのは直哉だった。自身が次期当主であると信じて疑っていなかったこともあって目を血走らせながら声に殺意を迸らせている。
「寄越せや」
遺言状を握るフルダテを殴り飛ばし、持っていた遺言状に目を通す。それを数分間何度も何度も目を通したかと思うと叫び声を上げながらグシャグシャに握りつぶし、遺言状を投げ飛ばす。足元に転がっていった遺言状を伏黒は拾うと広げて隣にいた甚壱と相澤も一緒に読んでみる。
「なるほど…何一つとして間違いはないようだな」
「巫山戯んなや。何が悲しくて夢と現実の区別もつかんガキを当主にせなあかんのや。絶対にお断りや」
甚壱の言葉に対して直哉は目だけでなく声にまで殺意を迸らせてそのような事があってはならないと否定する。そして伏黒の方に体を向けると語りかける。
「なあ、出涸らし。ジブンは確か当主の座に興味ないって言うとったやんな。知っとる?ここは日本の法が届かへん治外法権やねん。つまりな?ここで人死がでても世間には晒されへんねや。いらん席に座してても邪魔なだけやろ?やったら死んで俺に譲れ。―――禪院家当主はこの俺や」
瞬間、伏黒の視界から直哉が消え失せる。気がつけば伏黒の死角に回り込んでいた直哉は迷うことなく伏黒の急所に当たる部分目掛けて一本拳を叩き込もうとする。しかし、伏黒はあのミリオ相手に勝利した男。速さには驚いたが、
「離せや」
しかし、直哉はそうならないように掴んだ手を振り払うと無理矢理体を捩じ込んで伏黒の脇腹に触れるとすぐに離れるとすぐに戻ってきて大ぶりの一撃を放ってくる。いきなりの直線的な行動に不思議に思いながら【嵌合纏】を発動させた伏黒は直哉の一撃を容易く避けるとカウンターの要領で直哉の顔面に拳を叩き込む。そして突き刺さった拳は直哉を容易く吹き飛ばし、禪院家の木造の壁を容易く貫通して外に叩き出す。
「ありがとうございます。相澤先生」
「―――こういう時のための俺だ。だから気にすんな」
伏黒は拳が刺さる寸前に呆気に取られた顔をする直哉を見て不思議に思っていた。しかし、相澤の方を見て【抹消】の個性が発動していたことを察すると触れられた瞬間に何かされていたことを悟る。加速系の個性ではないのかと不思議に思いながら壁に空いた人間大の穴から外に出る。するとそこには跪いて鼻から蛇口を捻ったかのように血を流す直哉がいた。
「大丈夫か?」
「ッッッ!!出涸らし風情が何見下してくれてんねんッッ!!」
伏黒は流石に咄嗟に拳を引いたとはいえガードが不可能な状態で【嵌合纏】の一撃はやりすぎたと思い心配したのだが、それが直哉の琴線に触れたらしくふらつきながら立ち上がって襲い掛かろうとする。すると、
「おい…2人して何の真似やッ」
「決まってるだろ」「下郎から禪院家27代目当主を守っているのだ」
伏黒と直哉の間に刀を抜いた扇と上半身裸になった甚壱が割り込むように現れる。そして女中に案内させるから今日はもう帰るように甚壱から言われる。それを聞いた伏黒と相澤がその場から去ろうとする。
「こんのッ、タマナシ供がァァァァァァァ!!!」
すると、後ろの方から戦闘音が響き渡る。それを聞きながら2人は女中の案内の元、禪院家を後にした。
◇
「相澤先生。今日は何から何まで本当にすいませんでした」
「謝らなくていい伏黒。教師は生徒に試練を与えるのと同時に守ることをしなければならない。これは義務で仕事なんだ。やって当然のこと。それに、あんなの誰にも予想できない」
帰りの新幹線に乗った伏黒と相澤は疲れ切った様子でそう話す。疲れ切るのも無理はない。禪院家に行ったら伏黒は禪院家当主に任命されるわそれにキレた当主候補者に殺されかけるわで、内容が濃いにもほどがあった。しかし、解せないのは何だって直毘人は伏黒を禪院家当主にしたのかということだ。生まれてこのかた、禪院家との関わり合いはゼロだった。考えることが山積みになりながら伏黒と相澤は雄英へと帰還した。