「伏黒ちゃん、大丈夫?」
「……」
机の上に突っ伏した伏黒を見て蛙吹は心配そうに声をかける。京都で起こった禪院家のお家騒動に巻き込まれた伏黒は夜遅くということもあって話しかけてくるクラスメイト達をガン無視して自分の部屋に戻ると速攻で寝ようとした。しかし、あの日の出来事はベッドの上に寝転がれば一瞬で寝付けるような内容ではなかった。一体これから自分はどうなるのか、禪院家の当主とは何をするのか。禪院家の当主に任命されてた次の日が週末ということもあって色々と考えてみたが、やはり、これといった考えは浮かばなかった。
「友よ…せめて何があったかだけでもいい。教えてくれ」
「常闇君の言う通りだよ。何をそんなに悩んでるんだ、君らしくないよ」
見かねた緑谷と常闇が蛙吹に釣られる形で伏黒に寄り添ってくる。それに対して伏黒は状態を起こして顔を向け、何か喋ろうとする。すると、
「予鈴がなったら……って、1人無事じゃないのがいるな」
カァンッという音をたてながら扉を開けた相澤が席に着くようにと命令しきるよりも前にグロッキーな伏黒が目に映る。先週のことは伏黒と同行していた相澤は言及することなくそのまま壇上に上がると順番に出欠を取っていく。そして、
「
「…はい」
伏黒の苗字を相澤が禪院と読んだ瞬間、場の空気が変わる。
「相澤先生。伏黒ちゃんの苗字は伏黒よ」
「先週まではな。今週からは禪院だ」
蛙吹の指摘に対して相澤はなんて事無さそうに答える。それと同時に教室内でざわめきが生じる。ざわめき始めた生徒たちを尻目に相澤は伏黒に目配せをすると伏黒は首を縦に振るって許可を出す。すると相澤は他言は絶対に無用。外に漏らした瞬間、除籍すると言うと先週あったことを説明する。禪院家の屋敷に招かれた伏黒と同行する形で共に禪院家邸へと赴いたこと。そしてその中で先代の禪院家当主の遺言状が理由で第27代目禪院家当主が伏黒恵となったことを。
伏黒の苗字が変更した経緯を聞いた皆の反応は様々だが、皆が一様に驚愕しているということに変わりなかった。禪院家と言えば"禪院家に非ずんば人に非ず 個性が非ずんば人に非ず"という何処ぞの平家が言ってそうな平安時代から時が止まってるのではないかと聞きたくなるような独善的かつ封建的な思想にある。おまけに個性至上主義といったところや男尊女卑のきらいがある上に前々から後ろ暗いことがよく見え隠れする一族。間違ってもヒーローとは縁遠い存在であるからだ。
「いや待てよ!何だって伏黒が禪院家の当主なんだよ!?」
「それに関しては遺言残した
意味がわからないといった様子で叫ぶ切島の言葉を答えたのは相澤ではなかった。皆が声のした方に目線を向ける。そこには相澤の開けた扉の壁に寄りかかるようにして腕を組んだ直哉がそこにはいた。それに対して伏黒は立ち上がると直哉の方へと歩いていった。
「何の用だ、禪院直哉」
「敬語の一つも使えへんのか?礼儀一つ弁えられへんなんて、お里が知れるわ」
「敬語ってのは『敬い語る』と書いて敬語なんだよ。自信満々に当主になると宣言した癖して、いきなり現れた俺に当主の座を掻っ攫われた。その挙句、俺のことを殺そうとして反撃喰らって無様に跪いてたお前のどこに敬う要素あるんだ?」
呆れたように鼻で笑う直哉に対して伏黒は心底見下すような顔をしたかと思うと先週のことを引き合いに出すと歯が砕けんばかりに噛み締めながら「クソガキがぁッ」と怨嗟の混じった声で呟く。クラスメイト達は直哉が身内である筈の伏黒を迷うことなく殺そうとしたという事実に戦慄する。すると、そんな2人の間に割り込むように相澤が入り込むと直哉に何の用か聞く。
「今日は荷物を回収しに来たんや。聞いてるやろ?禪院恵の居住地を禪院家本邸に変えること」
すると、相澤の質問に直哉が思い出したかのようにそう言う。その言葉に伏黒を含めたクラスメイト全員が驚愕して相澤に目線を向ける。そこには表情こそ変えなかったが、目つきは変わっていた相澤がいた。そして少しするとゆっくりとだが首を縦に振るった。そんな様子を見た直哉は先ほどの苛立ちが嘘のように消えると説明する。何でも禪院家の面々から当主が管理すべき家を離れるのはいかがなものかと言う発言が出たらしい。
「じゃあ、学校とかどうするんですか!?」
「そんなん辞めるの一択に決まっとるやろ。家の存続と飯事、比べるまでもあらへん」
緑谷が叫ぶように言うと直哉はにっこり笑いながら手を合わせて辞めるしかないと言い切る。これを聞いた伏黒は反論することが出来ない。断ろうにも先代の当主からの遺言状という強制力がある以上は断ることが出来ない。伏黒の苦渋の表情に直哉が過去一番嬉しそうな顔をする。しかし、それに相澤が「その必要はありません」と待ったをかけた。
「その間は伏黒はオンデマンドでの授業を行いますので辞める必要はどこにもありませんよ」
「実技の方はどないするん?救助訓練とかあるって聞いとったけど」
「実技の面ではインターンをさせることで補います」
「アホなんか?自分、舐めすぎやろ。禪院家の当主になるっちゅうことは先代の仕事を全て引き受けるっちゅうこっちゃ。それなのにそこからさらに授業受けさせて、ヒーローにこき
「ご生憎様、うちの校訓は"Plus Ultra"。限界を越えさせてなんぼなんでね。それにウチの
嘲笑う直哉に目を逸らさずにどこまでも愚直に向き合い続ける相澤。そんな様子を見て未だに自身はここにいていいのだと、自身はここまで信頼されているのだと思うと伏黒はらしくもなく泣きそうになった。周りのクラスメイト達もまとめたノートを定期的に送ることや難しいところは分かり易く解説を入れていくなど、伏黒に対して出来うる限りのサポートをしていくと宣言する。周りの空気が蘇ったのを悟ったのか忌々しそうな顔をして舌打ちをする。
「で?そのインターンを請け負ってくれるヒーローは何処におるん?当主様が職場体験先に選んどったオールマイトの元サイドキック様との事務所からメッチャ遠いねんで?」
「そこに関しては問題ありませんよ。そちらの当主様は酷く優秀ですからね。もうすでに来てますよ」
「あぁ?」「本当ですか?」
「では、入ってきてください。―――ミルコさん」
相澤が意外な人物の名前を言う。瞬間、伏黒と直哉目掛けてA組のドアが凄まじい勢いと共に飛んできた。2人揃ってギョッとしながらも【嵌合纏】を発動させた伏黒は飛んできたドアを膝で受けて、直哉は伏黒が減速したドアを天井目掛けて蹴り飛ばすことで防いだ。
「うははははは!!今の防ぐとはやるじゃねぇかッ!2人いるのは聞いてないが、そっちの胡麻プリンみたいな方じゃなくてウニ頭で生意気そうな顔した奴が伏黒恵だなッ!」
「何しれっと攻撃した挙句、暴言吐き散らかしてるんですか」「個性だけでなく、頭ん中まで野生に還るの辞めてくれへん?」
攻撃された挙句、あんまりな物言いに2人仲良く額に青筋を浮かべながらキレ散らかす。そんな2人に対しても小麦色の肌に白い髪、赤い瞳、鍛えられて引き締まったしなやかな体躯、そして何よりも特徴的なのが人の耳が生えているはずの場所から兎のような耳が生え、外側を向いてピンと立っているところだ。この人物こそ伏黒のインターン先として立候補したラビットヒーロー《ミルコ》である。
「それじゃあ、お前のことも確かめたッ!先に京都に行って待ってるぞ!」
ひとしきり満足したように頷いたかと思うとその場から脱兎の如き勢いでぶち破った扉から跳んでいくように消えた。言いたいこと言って消え失せたミルコにさらに罵詈雑言を浴びせようとした直哉は振り下ろすべき筈だった拳のいく先を見失うと「門前で待っとるから早よこいや」と苛立ちを隠せないままA組の教室から出て行った。嵐が通り過ぎたかと錯覚するような出来事に伏黒は茫然としていると、袖を軽く引っ張られる感覚がする。目線を向けるとそこには目を涙で潤ませた蛙吹がいた。そんな蛙吹に対してどうしたのかと聞くと声を震わせながら、
「伏黒ちゃん、絶対に死なないでね。友達が死んだら私、とっても悲しむわ」
と言ってきた。それに対して伏黒はどうしたものかと考えていると、次に常闇が寄ってくる。
「泣くな、あす…梅雨ちゃん。しかし、我が友よ俺の方からも頼む。ここまで俺と仲良くしてくれたお前が逝けば俺とて辛いのだ」
常闇もどこか悲しそうな顔をしながらそう言う。それに釣られるように緑谷も「仮に何かあったら呼んでくれよ!何が何でも駆けつけるから!」と言い、爆豪も「勝ち逃げなんざ許さねぇからなァ!影野郎!」と言い、八百万も「勉強の方は任せてください。ですので伏黒さんは何としても生き抜くことを考えてください」と言う。その他にも伏黒のことを案じた声が続々と集まっていく。それを聞いた伏黒は一度俯くとすぐに顔を上げて笑う。
「安心しろよ。お前らの誰よりも強い俺が死ぬわけが無い。問題なんてさっさと解決して必ずここに戻る」
そして自身の周りとのつながりが思っていた以上に大きくなっていたことを自覚しながらそう言う。最後に伏黒は相澤に一礼する。その際に相澤からスマホを寄越すように言われ渡すと「何かあったら連絡するように」と言いながら伏黒のスマホに見たことのない連絡先を登録した。そして、伏黒は雄英高校の門の前にある黒塗りのリムジンに乗る。そこには足を組んだ直哉がニヤニヤと笑って待っていた。
「随分と遅かったなぁ。クラスメイト達との別れの言葉はしっかりとしてきたん?」
それに対して伏黒は憤ることも動揺することもなかった。寧ろ直哉の質問に対して鼻で笑い飛ばしてやると
「別れにはならねぇよ」
そう宣言した。それを見た直哉はつまらなさそうな顔をしたかと思うと運転手に早く行くように指示を出す。そうして禪院家の用意して高級車に揺らされながら伏黒は禪院家本邸へと向かっていった。
◇
こうして雄英高校での一幕があった後にリムジンに揺られながら5時間ほどかけて禪院家本邸へと辿り着いた。そこに着いて早々に行われたのは先代禪院家当主であった禪院直毘人の仕事の引き継ぎである。伏黒は挨拶回りとかしなくていいのかと案内していた女中に聞くと何でもそれはしばらくして行われる『継宗の儀』という伏黒が禪院家当主の座を継ぐための式があるらしい。その日には禪院家、及びその関係者が全員集まるため必要はないのだとか。そうして行われた引き継ぎの仕事なのだが、嫌がらせか何かなのかと疑いたくなるレベルで多い。これだけでも辟易しているというのにここから更にオンデマンドの授業とインターンである。
「全く、面倒なことこの上ない」
思わずそう呟いてしまうが伏黒の顔に翳りが見えることはなかった。筆を動かして一時的に伏黒の秘書役を任命されていた女中の指示に従い、片っ端から仕事を片付けていく。
すると、ただ事務処理をしているだけでも知れることも多かった。例えば膨大な資金を持ち合わせ、兵力に関しても間違いなく国内の非公式な組織の中でも最上位に位置付けられる禪院家なのだが、その仕事は意外と単純。それは自警団である。
京都内で限定した話になるが、禪院家の影響や戦力では絶対的と言っていいほど強いものだ。毎月の資産さえ払ってくれれば確実に民衆を守ってくれる彼らにとってヒーローの必要性がどこにもないのだ。そして個性社会となった現在は犯罪が蔓延っている。すると京都内での企業から、護られるために配られる資産は自然と禪院家へと集まっていく。戦力面でも警察という国家権力以上の組織力を保有しており、部隊が3つに分けられている。まず初めに数ある禪院家の中から実力と強個性であると認められた者のみで構成された精鋭術師集団「炳」。次に個性こそ強力であるが炳の入隊条件を満たさない者が所属する「灯」。最後に武芸を叩き込まれた弱個性、没個性、無個性の男児で構成された下部組織「躯倶留隊」とかなり幅広い。それが理由からか仕事数も確かに多い。しかし、それでも
「どう考えたっておかしいだろ…」
「どうかなさいましたか?恵様」
「何でもないですよ」
明らかに渡されている書類から確認できる仕事の数とそれに寄って得られる収益があってない。金の扱いなど家計簿止まりのズブ素人である伏黒でさえも「うん?」と首を傾げるレベルで違和感がある。これは前任が間抜けだったのかと思った。しかし、直毘人の代では怪しい話こそ湧いてはいたがあくまでも都市伝説止まりだった。なのだが、何と言うか直毘人が死んでからの金銭面の管理が杜撰すぎる。確かに明確な証拠こそないがこれでは疑ってくれと言ってるようなものだ。伏黒は色んな意味で頭を悩ませながら書類を片付けていくと最後の書類を終わらせていたことに気がつく。
「事務処理完了したんで、行って来ますね」
そうして伏黒は女中に書き終わった書類を全て渡すと、ここに来る前に支給されていたコスチュームを収納したアタッシュケース開いて着替えると指定された場所へと足を運んだ。