「……慣れねぇな、チクショウ」
頭の上にあるスマホのアラーム音を聞いて起きた伏黒の第一声はこれだった。目の前に広がる天井は少しだけ慣れていた寮とは違って木造で寝ている布団はベッドでは無く、畳の上に敷かれた掛け布団の上で寝ていて、部屋は今まで見たことないほどとてつもなく広かった。そうして見慣れない景色を見ていくうちに伏黒は自身が禪院家にいるのだと再確認させられた。
アラームを寝ぼけ眼のまま、手探りで探って消すと上体を起こして伸びをする。バキバキと体を鳴らしてから個人用に設置されている洗面所で顔を洗う。そして部屋に戻ってみるといつの間にか枕元に置いてあった手触りがやたらと良い着物が置いてある。それに対して【玉犬】と【鵺】を呼び出して何も無いか確認していく。そして何も確認されなかったことを確認すると伏黒は慣れない手つきでその服に着替えていく。
「さて…今日も1日頑張りますか」
慣れない屋敷の中で伏黒の禪院生活、2日目が始まった。
◇
「今の事業はどうなっている」「今んとこはこれといって変化は見られへんね」「つまりは安定している、と?そこんとこどうなんだ?当主殿」
「少なくとも手元の資料を見た限りでは変動は無しだな。むしろ若干、右肩上がりなまであるぞ」
朝早く起きて朝食を食べた後、今伏黒は禪院家で行われているとされる定例会議に当主ということもあって司会役として立ち回っていた。今回の議題は昨日伏黒が纏めていた当主が没した後に巡ってくる資金が主題だった。伏黒と元当主候補者を除いた面々とは初めての邂逅ということもあってが無駄に長引いてる。その上、無駄に長ったらしくなった原因としてダル絡みしてくる直哉の存在もあった為、ストレスはさらに加速する。しかし、どれだけ長引こうとも物事には終わりが存在しているのだ。
「そろそろ予定の時間になりましたので、会議のまとめをしていきたいと思います。今回の議題に関してですが、今後もこの形を維持という結論に至りました。この結論については、のちほど議事録を配布するんでご確認ください」
そうして締めくくると禪院家の定例会は終了した。そうして皆が立ち上がっていく中、伏黒はある人物を引き留める。
「すみません。いくつか聞きたいことがあるので残っててもらえますか?甚壱さん」
その言葉に振り返る野武士面の大男、甚壱。伏黒が甚壱に質問しようとした理由は単純にここに来てまだ2日目だが、一番話が通じやすいのが甚壱だからだ。直哉は論外として他にも翁という選択肢はあるがなんというか翁からは嫌な感じがするため聞く対象から外した。そして甚壱なのだが、昨日風呂場で邂逅した際に酒片手に入浴しながらだったが伏黒の体つきを誉めるなど、気軽に話しかけてきたことや、定例会が始まるまでの道中で下部組織との関係はかなり深いのか躯倶留隊の隊員達からは慕われている様子だったからだ。他の隊員からも聞けないことはないが、知っているとしたら、宗家の人間の中でも当主候補者であった人間の方がより詳しく知っていると思い、甚壱を選んだ。
「どうした、当主殿」
「恵で良いですよ」
「そうさせてもらうわ。それで?俺に何のようだ」
「二つほど聞きたいことがあるんですけど、取り敢えずは直哉のことです。何であんなに目の敵にしてるんですか?」
伏黒は禪院家に来た時からずっと敵意を剥き出しにしている直哉について甚壱に聞く。伏黒は絡んでくる直哉のことをうざったく思う反面、そろそろ疑問に思い始めている。一体何故、直哉は自身をここまで蛇蝎のごとく嫌っているのかと。初めこそ当主の座を奪ったのが原因だと思っていたが、考えてみれば顔合わせの段階から直哉は伏黒のことを嫌っていた。伏黒は会ったこともない人間にここまで敵意を晒らされたのは初めてな為、とても困っていた。すると心当たりでもあるのかあー、といった顔をしてから頭を掻くと予想でしかないがと前振りをして話し始める。
「それは多分、お前の親父が甚爾だからだな」
「は?俺の親父が原因でいびってきてるの?アイツ」
「まぁな。実力至上主義なアイツにとって甚爾は憧憬というよりも崇拝すべき相手に近い存在だからな。そんな甚爾から生まれたのが甚爾よりも遥かに劣っていた人間だと知って憤慨してんだろ」
「じゃあ、俺が親父より強くなったら従順になるとでも?」
「いや。癇癪起こして認めないと思うぞ」
そこまで聞いた伏黒はガキかよと吐き捨てると元々治す気のなかった関係が修繕することはないと悟る。伏黒の反応に対して甚壱は口元を僅かに歪めて笑うと「言えてるな」とだけ言う。頭を抑えてどうしようもないことだけを理解した伏黒は次の質問へと移行した。
「次に…と言うか最後に何ですが。何で俺が当主に選ばれたんです?」
そしてなぜ自身が当主に選ばれたのかを問う。何せいきなり当主が死んで、その遺言状からは『今日から見知らぬ奴が当主になります』などと言われたら反感を買うし、何だったら内輪揉めが勃発することなんて目に見えているのは任命された当初から思っていることだ。それに何より直哉は兎も角として甚壱や翁が反対しなかったのが謎すぎる。伏黒がそんなことを考えていると甚壱は目を開き呆気に取られたような顔をする。
「…なんですか、その顔」
「いや、だってお前、甚爾から何も聞いてないのか?」
「あの男が家でやることと言えば金数えることか女を連れ込むぐらいでしたよ」
伏黒の言葉に甚壱はマジか、とだけ呟くと考え込むように髭の濃いアゴを撫でる。そして少ししてから話しても問題ないと判断したのか伏黒の質問に答えることにした。
「それはお前が禪院家にとって、江戸時代以来の【
「とくさ?それに江戸って…」
「お前の個性の正式名称だ。まぁ、詳しいことは脳無の襲来でいくつかの書類が燃えたせいであんまり残ってないが、【十種影法】についてだったら多分残ってると思う。知りたきゃ、当主の権限を使って倉庫を漁って調べてみな」
甚壱はそう言い切ると話はこれまでと言ってその場を後にする。伏黒はいきなり厨二チックなことを甚壱が口から飛び出してきたことにフリーズしたが、甚壱の言葉に従い倉庫へと足を運んだ。
◇
そうして伏黒が倉庫に閉じこもって甚壱の言っていた【十種影法】について調べていた。種類の幾つかが消失したことが原因で飛び飛びになっていることもあってこれが創作物なのか事実なのかはわからない。だけども取り敢えず甚壱の言っていた正式名称が違えていないことは知れた。そんなこんなで伏黒は今、コスチュームを着ずに私服での集合を言い渡されていた。職場体験の時は常にコスチュームを着ていたこともあって少し疑問に思っていると、
「お前、伏黒か?」
後ろの方から本来であれば聞く筈のない聞き慣れた声が聞こえてくる。伏黒はそんなまさかと思いながら振り返る。
「常闇、なのか?」
そこには雄英の制服を着こなす鋭い目つきに赤い瞳の黒い鳥のような顔をした風貌の常闇踏影がいた。伏黒が知る限りでは常闇はホークスの事務所、つまり九州にいる筈だ。関西にある京都とは地理的にも文化的にもかけ離れている。
「何だってこんなところにいるんだ?」
「ホークスから2日目以降は京都で活動すると言われてな。お前の方は…どうやら元気そうだな」
どうやら常闇曰くインターン先のホークスは京都へと仕事先を移したらしい。そしてそう言った後に伏黒の顔を眺めるとフッと安心したように笑う。それに関しては昨日のこともあって肩の力が抜けたからだと説明していると
「よ!伏黒。それに隣にいるのは…」
「以前言った俺のクラスメイトの常闇だ」
「ああ、お前が。いつも伏黒が世話になってんな。知ってるかどうかもわからないから一応自己紹介しよっか。私は拳藤一佳、よろしくな!」
「あ、ああ、常闇踏影だ。伏黒とは友人のような関係だ。よ、よろしく頼む」
今度は拳藤とも遭遇すると慣れない女子との会話からか少しおどおどしている常闇と手慣れた様子で笑いながら手を差し出してくる拳藤とで自己紹介をする。そして、伏黒と拳藤は同じヒーローが担当している為一緒の道を歩めるが、常闇は他のヒーローである為途中で別れると思いながら行動していたのだが、改札の中に入ればここらで常闇とは一時的とは言え別れることになるかと思いきや、皆同じ電車だという。
3人して不思議そうな顔をしているが、足を止める理由にもならない為、同じ電車に乗ることにした。そしてどちらかが先に電車を降りるのではないかと思いながら揺られていると目的の駅のホームに辿り着く。伏黒と拳藤が立ち上がるも常闇も立ち上がっていた。偶然にしてはよくできていると思っていたが、歩く方向も曲がり道を曲がる時でさえも同じとなると伏黒の頭の中にもしかして目的地すら同じなのではないかと言う考えが浮かぶ。そしてその考えは正しかったようで3人仲良く目の前にある建物の前で止まる。3人が顔を見合わせ、少し戸惑いつつも指定された場所へと行くべく、建物の中に入った。
◇
建物の中に入って指定された階層へと行くべく、エレベーターに到着するとそこにはミルコを筆頭にシンリンカムイやエッジショット、Mt.レディや雄英でお世話になってるミッドナイトにソファーでくつろぐホークスがいた。まさかまさかの有名どころのオンパレードに驚いているとヒーロー全員が3人の存在に気がつく。
「お、来たね3人とも」
3人が来たことに真っ先に反応したのはNo.3ヒーローのホークスだった。赤い羽が特徴的なホークスが3人に近づいてくるのに対して伏黒は思わず引き下がってしまう。
「あらら…俺ってばなんかしちゃった?」
「すみませんでした。そちらは何もしてないですのでご安心してください」
頰を掻きながらアハハと笑うホークスに対してやってしまったと思いながら伏黒は頭を下げる。伏黒がホークスが近づいてきたのを見て引き下がったのはホークスの笑みが禪院家の人間の浮かべる笑みに少しだけ似ていたからだ。どこか影のあるようでこちらを伺うような嫌な目が伏黒をいやでも警戒させた。しかしそれでも警戒心剥き出しは失礼だと思い咄嗟に頭を下げる。それに対してホークスは良いって謝らなくてと言って流すと後ろを振り向く。
「そんじゃ、役者も揃ったことですし。会議室へと向かいますか」
ホークスがが全員に会議室の席に着くよう促したのでその場にいる全ヒーローが会議室へと向かっていく。縦長の机を四つほど使って円卓のような形を作り上げると各自が書類が置かれている場所に腰を下ろす。ホークスが議長席に座ると満面の笑みを浮かべながら一礼をする。
「はい、ではこの度皆さんに集まっていただきありがとうございます!」
「前置きはいいからさっさと本題移れよホークス」
「手厳しいなぁ、ミルコさん。まぁ、確かに前振りとかはどうでもいいですよね。それでは早速、とある事情によって前々から公安で考えていたことを実行することができる可能性が出来ました」
「考えていたこと?」
ホークスの言葉にミッドナイトは訝しみながら復唱するとホークスは満足そうな顔をしてから発言する。
「はい。それは禪院家の解体です」
衝撃的な言葉が会議室を駆け巡る。こうしてインターン先で行われようとしている最大級の案件の話し合いが勃発しようとしていた。