とある男の話をしよう。その男は幼少期の頃から自他共に全てを与えられたと思っていた。他人よりも優れた才能、他人よりも優れた容姿、他人よりも優れた家柄、他人よりも優れた体躯。皆が皆、その男を讃えていた。いずれはその男の父に取って代わってその家の王となる日が来る日も近いと言われるほどに。ある日のこと、なんて事はないいつもの昼下がり。まだ少年であった頃の男はとある話を聞いた。実力至上主義にして個性至上主義である実家にいるに関わらず、しかも強さを求められる筈の男でありながら個性は愚か個性因子すら1ミリも持たない落ちこぼれがいるのだと。少年は気になった。どんなショボくれた顔をした男なのだろうと、どんだけ惨めな顔して生きているのだろうと。心躍らせながら部屋を駆け巡る。ワクワクと楽しく探し続ける。
そうして少年は念願の個性因子すら持たない現代では生きていけない筈の生き物と出会った。しかし、見かけたと同時に抱いたものは期待とは全く異なるものだった。彼はそこで他と隔絶した圧倒的な強さを持つ者が存在するということを知る。理の外を歩む怪物の姿を。種を超越した生き物の在り方を。そして悟った真の意味で罪深いという事は弱いままで強さを知らないということを。
「だからこそ、俺は失望したんや。甚爾くんの息子であるにも関わらず出てきたのは腑抜けた顔したクソガキやったんだもの。ああ、君のことやで?伏黒くん」
そうして過去を振り返っていた直哉は呆れたように肩で息をしている伏黒に話しかける。それに対して伏黒は未だに直哉の個性について把握し兼ねていた。わかっているのは1秒ごとに直哉の体が加速していくのと、触れられた場合、意識がない為断言はできないが1秒間強制的にフリーズさせられるという事だ。
「言いたい事は以上か?」
「わかってへんなぁ。俺が心優しく教えてあげてんねんで?勝てへんって」
「ご親切にどうもッ」
ニヤニヤと笑う直哉には腹が立つが、事実その通りだ。いかんせん速すぎる。そのせいで秤のときのように式神を呼び出してから戦うという選択肢が無いほどに。曲がり角などを用いて減速させようとしたのだが、どういう理屈からかは知らないがいっさい減速する気配が見れない。ただの加速型の個性でないのと何故か手数が変わらないことに疑問を抱くと同時にそれが攻略の手口であると考える。
「フーッ…」
伏黒は大きく息を吐くと【嵌合纏】を発動させる。そして影の中にいる【玉犬】と【鵺】を組み合わせる事で新たな式神である【顎吐】を生み出すと纏う。攻守走いずれも高水準な【玉犬】に【鵺】の電撃を用いて自分の肉体に負荷をかけることで、限界を超えた反射速度を加算させる。長期決戦では明らかにこちらが不利だと判断した伏黒は単騎決戦を【嵌合纏】として選んだ。ついでにタンク役も呼び出そうとしたのだが、
「無駄やて。このくだり何回やらせるん?」
いつの間にか間合いを詰めた直哉に伏黒は手を弾かれると近接戦闘が勃発した。直哉は伏黒の顔面の経穴である晴明・四白・神庭・迎香・下関・承漿へと部位に応じて打つ型を変えながら殴り掛かるが、伏黒は【玉犬】の肉体を得るのと同時に強化された反射神経を用いて捌き続けると同時に「1、2、3、4、5」と放たれる攻撃の数を数え続ける。そうして20を超えた辺りで直哉は伏黒の手を掴む。その瞬間、伏黒の体が二次元状になると同時にフリーズする。そしてその伏黒目掛けて直哉は加速した体を用いて全力の飛び蹴りを叩き込む。その勢いは凄まじく、伏黒ごと禪院家の演習場として使われている岩山の一部をぶち抜くほどだった。
そうして蹴りの勢いのまま伏黒はナンバウンドかして着地しようとするも、それよりも早く先回りしていた直哉が空中に舞う、伏黒目掛けて蹴りを叩き込む。速度の乗った蹴りは容易く伏黒を吹き飛ばすと叩きつけられた場所に小さめのクレーターが出来上がる。
「13、14、15、16……」
ボソボソと伏黒はカウントを続けながら起き上がってその場から離れようとするもののまたもや直哉に吹き飛ばされる。そして転げ回る伏黒の足を掴むと自身の速度を利用して岩壁に引き摺り回すとトドメと言わんばかりに何回転もして遠心力を高めるとその勢いのまま岩山に伏黒を叩きつけた。
「ここまでやって俺に1発も当てられへんなんて。ほんまに宝の持ち腐れやね」
「19、20、21、23、24。…わかった」
「あ゛ぁ?何がじゃ」
「お前の個性、自分の動きを1秒間に24分割してるだろ」
伏黒の言葉に直哉から笑みが消える。伏黒はただ攻撃を受けていたわけではない。元々、疑問はあった。あの時の攻撃はフリーズさせずとも自身を屠ることができたにも関わらず、どういう訳かフリーズさせて蹴飛ばすと追撃はせずにどうしてから遠回りして再度攻撃を始めていた。そのため伏黒は攻撃を捌いたり受けたりする最中に攻撃の数をカウントした。そしてどの攻撃も24度までであることがわかった。
「ついでに言うと俺にも24分割の行動を強制している。しくじったら強制的にフリーズするってところか?」
「なんやその頭は飾りやないんやね、安心したで」
少し意外そうな顔をすると直哉は伏黒の考察に対して肯定した。そうこれこそ、禪院直哉の個性【投射】である。自らの視界を画角として「1秒間の動きを24の瞬間に分割したイメージ」を予め頭の中で作り、その後それを実際に自身の体で
さらに、個性使用者の手に触れられた者にも同じ効果を適用することができる。この作用は敵にもメリットがあるように思えるが、実際には触れられてから1/24秒という短い時間で動きを作ることを強制され、個性の情報や特別な訓練なしで即座に24コマ分の動きを正しく作るのはまず不可能なので、事実上は触れた相手を強制的に1秒間フリーズさせる技として機能する。このフリーズは術をかけられた者には自覚が無いらしく、相手からするとまるで時間が1秒飛んだかのように感じてしまうため対処は容易ではない。
「まぁ、それでも今更やね。あんだけバカスカ殴っておいて効かへん事ないやろ?」
トン、トン、トンとその場で何度か軽く飛んだ瞬間、伏黒の目の前から直哉の姿が消える。そして伏黒の周りをぐるっと回って背後に回り込もうとすると、伏黒はそれに合わせて掌底を放つ。直哉はそれに驚きはしたものの難なく回避すると伏黒の腹に一撃見舞う。
「残念。こっちはカウンターを前提で動き作っとんのや」
「チッ!」
そう言う直哉に伏黒は再度組み立て直そうとすると足から力が抜けた感覚が起きる。何事かと目線を向けると自身の腹から夥しい量の血が溢れ出ていた。殴るや抜き手などではつく筈の無い怪我に伏黒はすぐに刃物によるものだと当たりをつける。
「あんまりにもしつこいから使わせてもろたで、獲物。【円鹿】を調伏出来てるのは知っとる。止血に気を回しながらどこまで俺とやれるか試してみよか」
「獲物は引っ込めるんだな」
伏黒は全身から少しずつ冷めていく熱に焦りを感じながらも【嵌合纏】を【顎吐】から【円鹿】に切り替えると少しでも時間を稼ぐために血を払って匕首を引っ込める直哉を指摘する。するとどうやら直哉は武器持ってる人間がダサく見えるらしい。実力のあるものなら大概は五体で戦うのだとか。ケラケラと笑いながら直哉はそう言うと再度伏黒を見据える。
「で、怪我治すための時間稼ぎは済んだ?」
そして伏黒の目論見をあっさりと見透かすと伏黒はここまでだど思い【魔虚羅】を呼び出そうとする。しかし、それよりも早く加速した直哉が伏黒を岸壁めがけて殴り飛ばして中断させる。そして頭を打った衝撃で【嵌合纏】が解け、伏黒の意識が沈んでいく。
◇
場面は数日前に戻る。禪院家の不正の事実を明らかにした一行に課せられた内容は各自、作戦実行までの間に牙を研ぎ澄ましておく事だった。
「ハイ、また私の勝ちだな」
そして圧縮訓練の時と同様に格上相手に鍛錬をつけて貰えば短期間でより深い知見と新たなる発見を得られるのでは無いかと拳藤と伏黒は頭を下げてミルコに相手して貰っていた。そして今この瞬間、私服姿の伏黒は同じく私服姿のミルコに転がされていた。個性有りで怪我した場合は伏黒が癒すというルールの元で行われている鍛錬なのだが、拳藤は攻撃を当てられているのに対して伏黒だけは何故か攻撃を当てられはしても本当に数えられる程度しかできなかった。
何故こうも上手くいかないのだ。伏黒は悔しそうに俯いて何故なのか思考を巡らせているとミルコから衝撃的な言葉を発せられる。
「シャドシュピ。本気の出し方知らねぇだろ」
「は?」
ミルコの言葉に伏黒は思わずと言った様子で反応するとミルコの言葉の意味を噛み砕く。そして言っている意味がわかるのと同時に伏黒の視界が真っ赤に染まるほどの激情が伏黒を支配した。
「俺が本気でやってないって言うんですか!?」
「やってないじゃ無くて、出来てねぇんだよ。そうだなぁ…、お前さぁ」
何であの日、逃げずに【魔虚羅】を呼び出したんだ?
ミルコの言葉に伏黒は一瞬、何を言ってるのか理解できずにいた。何だってミルコが伏黒の秘中の秘である筈の【魔虚羅】を知っているのか。それに関しては伏黒を預かるにあたって公安から説明を受けていたらしく、何かあったら速攻で対処できるようにする為だったらしい。
「自分が死んでもオールマイトに勝たせたかったか?それはご立派」
しかし拳藤はあの日の状況では例え伏黒の個性を持っていたとしても常に最善を考えながら逃げられるように考えていたと断言する。別にあの日の選択肢が悪かったわけでは無い。チームは団体競技。それぞれに役割があるのだから。しかし、ヒーローはあくまでも個人競技であるとミルコは言う。
「他のヒーローとの連携は重要でしょうに」
「まぁなッ!一理あるッ!でもよ、
鍛錬の直後ということもあって座り込む伏黒にミルコは目線を合わせるとそう断言する。そして言葉を続ける。曰く、伏黒は自他を最小評価した材料でしか組み立てができない。少し未来の強くなった自分を想像できないのだと。これはひとえに伏黒の【魔虚羅】と言う特級のジョーカーを持っているが故の悪癖。最悪自分が死ねば全て解決できると思ってるようではトップ10は愚かマイナーなヒーローにすらなれないと言う。
「『死んで勝つ』と『死んで
そう言うといつの間にか額に持ってきていた手でデコピンすると伏黒を驚かせる。そんな様子を見たミルコはニシシと笑ってその場を後にした。
◇
そうして最近の出来事を思い出したのと同時に伏黒の意識は浮上する。近づいてくる直哉を前に伏黒はどうしたものかと考えを巡らせると。フッ、と笑い。
「やめだ」
両手をあげてあっけらかんと宣言する。突拍子もない伏黒の様子を見た直哉は不思議そうに見てくる。
「影の奥行きを全て引き出す……形は秤先輩のがいいなぁ…」
ブツブツと呟きながら想像する。限界を超えた未来の自分を。個性を持つ者の成長曲線は必ずしも一定かつ緩やかでは無い。確かな土俵、一握りのセンスと想像力。後は些細なキッカケで人はいくらでも変わりうる。高い戦闘能力を持ちながらも行き過ぎるほどの慎重な性格と、奥の手を持ち合わせたが故の考えが災いしていた伏黒の殻が今、破れようとしていた。
「やってやるよ!!」
普段の伏黒からは想像し得ないほど荒々しく笑うと両手を前で合わせる。いつものように動物を模るのではなく結ぶ印相は薬師如来印。それを見た直哉は被る。かつて自身の目で収めた天与の暴君の姿と。発動させてはマズイ。そう思いながら個性を発動させようとするも、それはあまりにも遅かった。
「領 域 展 開ッ!!」
その言葉と共に伏黒を中心に影が溢れ出るとドーム状になって巨大な脊髄骨が浮かぶ液状化した影で埋め尽くされた空間が出来上がった。あまりの光景に影の国へと引き摺り込まれた直哉から笑みと余裕が完全に消え失せる。
「ハハッ!!」
「何っ、じゃこりゃあッ…!」
目や鼻、口から流れ出る血を無視して笑い飛ばす伏黒。それでは正反対に思わずと言った様子で呟きながら動揺する直哉。が、直哉はすぐに自信がやることは変わらないと判断すると個性を発動させてこの空間を作り上げたであろう伏黒を叩き潰すべく突撃しようとする。しかし、足が何か引っ掛かったように動かない。何事かと目線を向けるとそこには大量の【蝦蟇】が直哉の足を掴んでいた。
「しまっ…!」
その事実に直哉は言葉を漏らすよりも前にあらかじめ決めてあった動きができなかったと言う罰が降る。直哉が二次元的なボードに成り替わりフリーズする。それを伏黒は見逃すことなく【嵌合纏】で【虎葬】を纏うと迷うことなく顔面を殴り飛ばす。プシューッという勢いと共に鼻血を出して吹き飛んでいく直哉を待ち構えていたのはいつの間にか現れていたもう1人の伏黒が【蝦蟇】の背中に乗ってサーフボードのように軽やかに移動する勢いを利用して背中を思いっきり蹴り飛ばす。
痛みにうめきながらも直哉は腰に穿いていた匕首を殴り飛ばした伏黒の眉間目掛けて投擲する。すると寸分違わず眉間に命中して伏黒は膝から崩れ落ちる。それを見た直哉は思わずニヤけるが崩れた伏黒が影になったのを見て偽物であると理解するのと影から飛び出してきた2羽の【鵺】が直哉を吹き飛ばすのは同時だった。ボロボロになっていく直哉目掛けて数多の式神が殺到していく。
「俺が負けるかァァァァァァァァァ!!!」
しかし、相手は禪院家で最強の男。こんなところで諦めるわけがなかった。殺到していく式神を片っ端からフリーズさせて破壊していくと今度は加速し始める。先ほどと同様に足を絡め取ろうとすると出来ないことに気がつく。それは土壇場に直哉が考案した【投射】の応用。個性【投射】の「1秒間フリーズ」を応用して、あらかじめ決めていた軌道に沿うように足元の空気を何層にも分けて空間に固定してその上を歩いていたのだ。
そして決意する。もう2度と止まらないと。ちまちまとした攻撃はやめて自身の持つ最高速度で打ち抜くのだと。そうこうしているうちに直哉の速度が亜音速に突入する。これを喰らえばさしもの伏黒とて一撃で死に絶えるのは間違いない。にも関わらず、伏黒は笑うと大きく腕を広げて待ち構える。するとすれ違い様に直哉が伏黒を叩く。触れられてから1/24秒という短い時間で動きを作ることを強制され、術式の情報や特別な訓練なしで即座に24コマ分の動きを正しく作るのはまず不可能。その間も直哉はトップスピードを維持したまま伏黒目掛けて突っ込んでくる。そして伏黒の頸椎目掛けて蹴りを放った瞬間、自身の視界に拳のみが映り込んだ。
「この結界内は俺の身体の中そのものみたいなもんだ。理屈はわかっても捉えられなかったお前の動きがよくわかったよ」
「このッ!偽も゛ッ!!」
何かを言い切るよりも前に伏黒の拳が直哉の顔面を捉える。亜音速で突っ込んできた人間に対するカウンター。それはたとえオールマイトであっても耐えられる代物では無い。頬骨どころか鼻っ柱も砕いて目玉が片方潰れると凄まじい勢いで飛んでいき結界の外へと誘われる。最終的に壁に叩きつけられると飛んでいくのが終わる。
「……疲れた」
それを見届けるとハイになってた状態が解けて素面に戻る。そして思わずと言った様子でそう呟き倒れ込む。そしてそのまま伏黒の意識は闇の中へと消え去っていった。
――――禪院直哉vs 伏黒恵
勝者、伏黒恵。